冒険者ギルド
「これは……凄いな」
「おう、これを見て驚くってことはお前新米か?」
美術的な感覚は持ち合わせていない俺でも、この施設の内装が良く出来た物だと分かる。
高い天井に一面のステンドグラス。ゴシック様式の建築だろうか。
そんな風に思いながら呆けていると、一人の若い男に声を掛けられる。腰には剣を携え、察する所こいつも冒険者なのだろう。
「あぁ、新米も新米、山奥の田舎から来た冒険者って所だな。ギルドってのはどこもこんな建物なのか?」
「いや、そういう訳じゃない。そもそもギルドってのは各地の金持ちが運営していることが殆どなんだ。この地域で言えば領主がギルドマスターであり、その屋敷をギルドとして利用しているって訳だな」
「なるほど、それにしても凄い建物だな、これほどの建築は初めて見た」
「そんな大層な物かねぇ……都会の教会なんて何処もこんな物だ」
なるほど、言われてみれば神が実際に存在するこの世界で、それを信仰する教会の規模は相当な物になる。
それも唯一神ともなれば他の宗派の付け入る隙もない。
そんな理由でこの手の様式の建物がオーソドックスなのかもしれない。
「俺はヤマトだ、こいつはクロ」
「おっと……小さくて気が付かなかった、嬢さんも冒険者なのか?」
「我はご主人に付き従うだけだ、ご主人が冒険者をするなら我もそれに付き合う事になるな」
「ははっ……奴隷を持ってるとはな、ヤマトお前本当に田舎育ちか?」
「そういう訳でもないんだがな……まぁそういう解釈でも構わん」
説明がややこしくなりそうなので今は奴隷ということにしておこう。
そもそもこの世界には奴隷制度があったのか、嫌な物だ。
「俺はカシスだ。冒険者歴は二年、何か質問があったら俺の答えられる範囲で答えるぜ」
「それは心強いな、でも今日はギルドへの登録に来たんだ、また機会があったら頼むよ」
「おう、暫くはこの街に滞在するから何かあったら遠慮無く言えよ!」
身なりに反して中々人の良い奴のようだ。必要な時には有り難く頼らせて貰おう。
一礼してその場を後にし、奥のカウンターらしき場所へと向かう。
カウンターの後ろには大きな棚が並んでおり、そこには大量の書類が無造作に詰め込まれ挟まっている。
これ管理できているのだろうか……
「ギルドの登録に来ました、ヤマトです」
そう言って書状を差し出す。受付の女性はそれを受け取り封を切ると、暫くそれを読み込み、1つ頷く。
「確認しました、この書状の通りに、手続きは済ませておきます」
「助かる、今直ぐ受けられそうな依頼はあるか?」
「依頼の一覧はあちらの壁に貼ってあるのでそちらを見て出来そうな依頼があったら言ってくだされば構いません」
「なるほど、そういう方法か、了解した」
くるりと指指された方を向けば、そこにはコルクボードに大量の依頼の紙が貼り付けられており、冒険者達は揃ってそれを眺めている。
クロセルの手を引いて歩いて行き、依頼書の山に向き直ると、そこから手頃な依頼がないか目を泳がせていく。
「あぁ、これが例の変異種討伐か」
その中に、聞き覚えのある単語の記された依頼書を見つけ、近付き読み上げる。
内容を要約すると、フェイモスの変異種がアランの森付近で見つかった。暴走しており危険なので至急討伐せよ……とのこと。
実際に被害も出ており、怪我人数名、死者も出ているようだ。
「どう考えてもあの猪だよなぁ……」
討伐対象の容姿に関する記述が正しければ、例の兄妹と行動を共にした時に出会った猪で間違い無さそうだ。
あの時の事を思い出すと今でも武者震いに襲われる。早めに解決すると良いが、俺には手に余る依頼だろう。
「俺にも出来そうな依頼は~っと…」
そこで目に留まったのは、薬草の採取依頼。依頼主はどうやらこの街の薬品屋らしい。
ファンタジーの薬、その材料の採取と言うと怪しげなイメージがあるが、他に出来そうな依頼も見当たらない。
致し方無く依頼の名前を記憶し、再び受付へ行く。
「すいません、E28の依頼を受けたいのですが」
「分かりました、では此方が依頼書の控えとなります」
先程見た書類と同じ物を渡される。
今から探しに行く薬草の詳細が図解付きで書かれており、書類としては作りが非常に丁寧だ。
この依頼を出した人間は真面目な人間なのだろう。
「それにしても印刷技術があるのか……これほど精巧なコピーを取れるんだな」
そんな技術に対して意味もなく感動しつつ、身を翻して出口へと向かう。
「行くぞ、クロ」
「あ……あぁ、ご主人」
ふと振り向くと、少し驚いた様子で此方へと走ってくる。俺が受付と話している間、何かを見ていたようだが……
「何してたんだ?」
「ご主人は気にするな、野暮用だ」
「……そうか、まぁいい」
答えたくないなら無理に吐かせる必要も無いだろう。
次の目的地はアランの森に隣接した狭い森。
迷子になることは無いだろうが……魔物に出会わない為にも日が暮れる前には帰らないとな。
「ご主人、魔物は昼間でも関係なく出てくるぞ……」
「心 を 読 む な と言わなかったか?」
「すまない……我の悪い癖でな」
呆れて物が言えないとばかりに大きく溜息を吐く。
この読心とも呼べる洞察力を別のことに生かしてくれれば良いのだが……
暫く街を歩き、やがて郊外を抜け森に入る。
鬱蒼とした緑だらけの世界は、都会育ちの俺には堪える物がある。
虫や動物は大丈夫だが、植物の濃い匂いは苦手だ。余談だが、野菜も余り好きではない。
「さて、手分けして集めるとするか。クロ、この見た目の草を集めるんだ、いいな?」
「ご主人……集めた薬草を入れる入れ物を持ってくるべきだったのではないか?」
「うるさい、そこまで頭が回らなかったんだ」
幸運にも要求されている収集量はそこまで多くない。片手が常に塞がることになるが、なんとかなりそうだ。
用意不足が前途多難を招きつつも、俺たちは薬草探しを始めた。