面会謝絶
教皇から話を聞く為に、俺達は最寄りの教会へと足を踏み入れた。
少し視線を泳がせれば、アダンの後継人である施設長を見つける。
俺は振り向き、アカツキとクロセルが付いて来ている事を確認すると、早足で施設長へと近付き、話し掛けた。
「おい施設長!」
「ヤマトさんですか、良く来て下さいました、今日は何の用事で?」
民衆に公にはされていないが、聖教会の上層部で俺の名前は通っている。
違法奴隷売買の摘発、そして魔王封印の首謀者として。
「教皇を呼び出せ、今すぐにだ!」
「これまた突然ですね……分かりました、確認を取ってきます」
俺がやや強い語調で告げると、施設長は少しだけ怯むように身を竦ませ、俺に小さくお辞儀をすると、駆け足で教会の奥へと走っていく。
「ご主人……落ち着け」
「俺は十分に落ち着いてる。ただ、今こうしてる間、エルの身に何があるか分からない、だから急いでるだけだ」
「急ぐのは良いですけど……関係ない福音使徒に当たるのは良くないと思いますよ」
「別に八つ当たりした訳じゃねぇよ、少し強く言っといた方が事が早く進むと思っただけで……」
「ご主人、エルの事を心配するのだな、少し妬けるが我は嬉しい」
「何言ってるんだ……エルは仲間だろ……心配するのは当然……」
「少し前のヤマトさんはクロセルさん以外に興味が無い、私達なんてどうなっても良い、みたいな態度でしたけど」
「う……そうだったか……?」
「我は今のご主人が好きだぞ、優しいご主人が大好きだ」
「馬鹿にするんじゃねぇ、仲間だから心配するだけであって、誰に対しても優しい訳じゃない、俺は本質的に利己的だ」
「うむ、まぁそういう事にしておいてやろう」
いつも思うが、クロセルは何を言ってるんだ。
ただ、こればっかりは何度言っても分からないようだから諦めている。
実際、多少丸くなった自覚はあるのだ。それでも俺が英雄ではなく咎人である事に変わりはないのだが。
そんな風に二人と話していると、暫くして施設長の福音使徒が戻って来る。
だが、その周りに教皇の姿は見当たらない。薄々察していた事ではあるが、この様子だと……
「教皇はどうした?」
「すいません、ヤマトさん。エンド様は今忙しく、お会い出来ないそうです」
「何か伝言とかは無いのか?」
「特にありません」
「そうか……教皇は今上層だな?」
「えぇまぁ、そうですが」
「そうか、ご苦労だったな」
こうなる事は予測できていたが、予測が確信に変わっただけ収穫と言えるだろう。
要するに、教皇は俺達に会う気は無い、と。つまりはそういうことだ。
俺は施設長から背を向けると、そのまま教会の出口へと歩いて行く。
そして、教会から出ると、クロセルとアカツキに向き直り、問い掛ける。
「クロセル、エルは何処に居ると思う」
「教皇の居る場所、上層だろうな」
「あぁ、俺もそう思う。ならする事は一つだな」
「ヤマトさん……もしかして」
「勿論、上層に行く」
俺はそうはっきりと言い切ると。拠点の方向へと歩き出す。
そして、アカツキはそんな俺の前に立ち塞がり、慌てた様子で言葉を続ける。
「ダメです!そんな事をすれば……」
「分かってる、勇者でない俺達が行くのは罪に問われ、聖教会と敵対する事になる、要するに悪手だ」
「ならどうするんですか?」
「簡単な話だ、俺達の中に、上層に立ち入れる人間が居るだろう?」
俺は小首を傾げながら、ニヤリと口角を上げる。
それに対して、アカツキは思い付いたかのように呟いた。
「勇者ニコラス……それとティア様ですか」
「そうだ、あの二人なら神の御告げという大義名分を装って上層に侵入できる」
「確かに良い考えではあると思いますが……あの二人だけに任せるのは少し不安が……」
「安心しろ、我も杖の形態を取れば付いて行ける」
「同様にグレモリーも持ち込めるが……あいつは別に要らないか」
「ラプラスさんは論外ですから、クロセルさんと勇者二名の三人で向かう事になる感じですか」
「ん?ラプラス……?あいつは勇者が殺したはずじゃ……」
「我と同じで仮初の肉体だからな、本体である剣を破壊しない限り、生き続ける」
「なんで破壊しないんだよ、クロセルと同じって事は自由に肉体を持てる訳で……危険じゃないのか?」
「本来、魔の力を持った意思持つ武器はエネルギーが無い限り動けない、だから武器を使う者、要するに契約者からエネルギーを得てその真価を発揮するのが一般的だ」
「主に生命力とか魔力ですね、魔王や魔族を除いて、魔術の才能が無い人間には魔力が無いので、大抵、多くの者は寿命を削って武器を扱います」
俺は目を丸くする。
能力を持った武器が動くにはエネルギーが要る、人が食事を取らないと動けないのと同じ、極めて当たり前の事ではあるのだが。この事実を俺は初めて知った。
だがちょっと待て。つまり俺はクロセルから何かを奪われているのか?
「クロセル……お前あんだけ派手に暴れてくれてるが……まさか俺の生命力を……」
「安心しろご主人、我はご主人から何のエネルギーも得ていない」
「どういうことだ?今お前は魔の力を持った武器はエネルギーが無いと動けないって」
「どうやら我は特別らしいな、無尽蔵に魔力が湧き上がってくる故に、外部のエネルギーには依存しないのだ」
「本来存在するはずの代償を無視して力を行使出来るのか、どう考えても理外のぶっ壊れ武器じゃねぇか」
「ふふっ、褒めてるのか?」
「呆れてるんだよ……」
今更だが、俺はとんでもない武器を拾ってしまったらしい。
ただ、これで魔剣や魔杖などに契約者が必要な理由が分かった。
契約者を失ったラプラスや契約をしていないグレモリーは力を行使できないのだ。
「まぁ、取り敢えずさっきの方針で上層に出向いてくれ、教皇から話を聞き出せればパーフェクト、そうでなくてもエルの無事が確認できれば文句はない」
「うむ、我と勇者に任せておけ」
という事で、俺達は一度拠点に戻り、勇者とティアにこの話をしたのだが……
「嫌だ……行きたくない……」
「そう言えばこいつ祝福を失ったショックで鬱だったんだな……すっかり忘れてた」
「教皇は強いんだ……僕は知ってる、だから歯向かったりしたら殺される……嫌だ……怖いよ」
「おいおい、エルもお前も、一緒に戦ってきた仲間だろ?助けてやりたいとは思わないのか?」
「僕なんかが行っても役に立たないさ……どうせ僕はただの勇者……ただ高IQに容姿端麗で腕が立つだけの残念な男だよ」
「今のお前に自尊心があるのか無いのか分からなくなるな……」
勇者を置いてティアだけを行かせる訳にもいかない。
さて、どうしたものか……
「俺なんかが励ましても意味ないな……此処は女性陣に協力して貰うしか無いか」
「え……私は嫌ですよ?」
「我は魅力的なレディだからな!ここは我に任せても良いのだぞ」
「クロセル、ティア、ファイ……と、やってくれそうなのがガキしか居ねぇな」
「失礼だな!我はこう見えても一番年上なのだぞ!?」
「見た目が幼すぎるんだよ、まともな女性と言うとアカツキぐらいしか……」
「えー……ニコラスさんなら小さい子もいけると思いますけど」
「気持ちは分かるがここは協力してくれ……」
「はぁ、仕方ないですね……任されました」
「じゃあ頼んだぞ」
という訳で、アカツキを残して俺とクロセルは勇者の部屋を出た。
後はアカツキ次第だ。色仕掛けが出来るような性格ではないが、人を立てて説得するという点では一番適任だろう。
「ご主人は……我を子供だと思っていたのか?」
「少なくとも見た目はな、大人の色気はまぁ多少……あると思ってるぞ」
「そうか!ふふっ……やはりご主人も我に欲情するのだな」
「悪いが俺に少女趣味は無いんだ、残念だったな」
「嘘だろう?我に欲情している、いや……欲情していたのは事実の筈だ」
「クロセル、お前俺の心を読んだんだな……あれほどやめろと言ってるのに……」
「うぐっ……だが事実だろう?」
「まぁな、俺が少女趣味なんじゃない、相手がお前だから欲情するんだ、勘違いするなよ」
「っ……!そ……そうか……我だから欲情してしまうのだな、なるほど、それなら仕方ない」
俺はクロセルの頭に拳を落とす。
ばしんと弾かれる手の感触に、何だか少しだけ懐かしさを覚える。
そして、当の本人であるクロセルはと言うと……俺から視線を逸らして赤くなっている。
こういう仕草を見て、可愛いと思ってしまう辺り。俺はもう完全にダメらしい。
殊更クロセルに対しては、隠せる物でも無いのだが、俺の口から言うにはまだ早いだろう。
最も、言う時が来るとは限らないが。
「んで、そういうお前はどうなんだ?俺を大人の男性として見ているのか?」
「ふふん!我からすればご主人はまだお子様だな!あの教皇の爺も我からすれば……」
「嘘だろ?」
「えっ……ご主人は心が読めない癖に何を……」
「お前も隠し事が下手だな、その反応で全部バレてるよ、馬鹿」
「なっ……くっ……純粋な我の気持ちを弄びおって……」
「そうだよ、お前と同じで俺の心だって純粋なんだ、覗き見するのは悪趣味だぞ」
「う……うむ……そうだな……悪かった」
こうは言っているが、俺もだいぶクロセルの事を理解してきた。
クロセルにとって相手の心を読んでしまうのは癖のような物なのだろう。
意識すれば一時的に行わない事は出来るが、無意識の状態では自然と行ってしまう。そういう物だと納得している。
「それにしてもアカツキの奴……遅いな……この様子だと、やっぱりダメか……」
俺が肩を落とし、そう諦めようとした瞬間の事だった。
背後の扉が開き、中から人影が飛び出てくる。
しまった、咄嗟のことで避けきれない。
人影は俺を蹴り飛ばし、俺は地面とキスする事になる。
「てってってっててー!僕!復活!」
「勇者……てめぇ……」
「この仕事が出来るのは僕だけ、大英雄である僕だけなんだ、今すぐエルちゃんを助けに行かなくては!」
俺は勇者を睨み付けながら立ち上がり、全力で顔をぶん殴る。そして弾かれる。
人を蹴り飛ばしておいて謝りもしないこいつに心底腹が立つが、物に当たったらアカツキに怒られる。
俺は苛立ちを収める為に取り敢えず深呼吸をする事にした。
そして、気付いた。勇者がいつもの調子に戻っている。アカツキは一体何を吹き込んだんだ……
「ヤマト、勇者ニコラスはどう?」
「あぁ、大丈夫そうだ、ただ勢い余って変な事をしでかさないか、しっかり見張っといてくれ」
「わかったわ」
「それと……クロセルはティアに預けておくか」
「うむ、そうだな、剣士が杖を持つより魔術師が杖を持っている方が自然だろう」
クロセルは頷きながらそう告げると、その身体が光の粒子となって消滅する。
そして、後には一本の禍々しい杖が残された。
俺はそれを拾うと、ティアに渡す。
「じゃあ三人とも、任せたぞ」
「任せなさい!」
「僕に任せてくれ!エルちゃんは僕が必ず助け出す!」
「いや……取り敢えずは教皇に話を聞いて無事を確認するだけで良いんだ、奪還は必要ない」
「あは……あはは……これでエルちゃんは僕の物だ……」
「アカツキ、こいつ本当に大丈夫なのか?」
勇者に続いて部屋から出てきたアカツキに、声を掛ける。
そしてアカツキの様子だが、青ざめた様子で少し震えている。
「ぶっちゃけやらかしたかもしれません……まぁやる気を出して貰えたので結果オーライという事で……」
「では行ってくる!」
「おう……行って来い、くれぐれも目的を見誤るなよー……」
「行っちゃいましたね……」
「行ったな……」
ティアと勇者が拠点から出て行くのを見届けると、俺とアカツキはほぼ同時に溜息を吐いた。
「心配ですね」
「取り敢えずクロセルが居るから……最悪の事態にはならないと信じよう」
「そうだと良いんですが……」
アカツキの言う通り、心配ではあるが、まぁ何とかなるだろう。
万が一、成果が無くても別の策は既に用意してある。気楽に待つとしよう。
「ヤマトさん、暇ですか?」
「あ?暇っちゃ暇だが」
「ならエルさんがやる筈だった家事の消化、手伝って貰えます?」
「あぁそうか……エルが居ないと家事をやれる人間が居なくなるのか……」
「私も特別得意って訳ではないので……出来れば手伝って欲しいんですが」
「分かったよ、手伝えば良いんだろ」
面倒な仕事はやりたくないが、暇しているのは事実だ。
三人が帰ってくるまでアカツキの手伝いをするとしよう。
こうして俺は、三人が帰ってくるまでの間、アカツキと一緒に家事に明け暮れるのだった。




