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平和

 俺は目を覚ます。何かきっかけがあった訳ではない。悪い夢を見た訳でもない。

 強いて言えば、クロセルが出てくる夢を見ていた気がする。その内容は夢特有に朧気で、思い出せない。

 取り敢えず、俺は必要分の休息を得て、目が覚めただけだ。


「俺は……確か……」


 記憶の糸を辿る。確か俺は魔王と戦って、封印して……そして……

 ――魔剣の悪魔にティアが殺された。


「そうだ!ティアは!?」


 俺は慌てて起き上がる。辺りを見渡すと、見慣れた自室の光景が目に入る。

 此処はどうやら教国の拠点のようだ。つまり、クロセルの魔術で俺達は無事に帰還できたという事になる。


「あれから何時間…いや何日経ったんだ?もうティアは……いや……まだだ……蘇生術の才能でティアを……」


「ご主人、落ち着け」


「クロセル……居たのか」


「うむ、ご主人が目を覚ますのを待っていた、ひとまず深呼吸をすると良い」


 言われた通り、息を大きく吐いて、吸い込む。

 それを数回繰り返すと、取り敢えず気持ちも落ち着いてきた。


「よし、俺は大丈夫だ、状況を説明してくれ」


「此処は教国の拠点だ、ヤマトは魔王城で倒れた後、勇者に運ばれて此処まで来た」


「それは何となく分かってる、問題はあれからどれくらい時間が経ったかと、ティアの事だ」


「まぁ待てご主人、順番に説明する。まず時間だが、魔王封印の決行から約二日経っている、今は昼だ」


「そんなに長い間眠っていたのか……クロセルは……ずっと此処に居たのか?」


「べ……別にそこは気にするでない、それで……ティアの事だが」


 クロセルはそこで一呼吸置くと、俺の顔を見つめたまま、ゆっくりと告げる。


「奇跡が起きた」


「……どういう事だ?」


「端的に言えば、神の"祝福"がニコラスからティアに移ったのだ、よってティアは生きている」


「本当か!?でもなんでそんな都合の良い事が起きてるんだよ」


「我にも分からん、偶然か……或いは神が一部始終を見ていたか、って所だろう」


「なるほど、勇者に指示が出来るって事は、勇者の見ている光景は神に届いてるって事だしな、ともかく今回ばっかりは神に感謝しないと」


「そうだな、ティアは目を覚ましていないが、肉体の修復は既に済んでいる、我の見立てだと今日中には目を覚ますと思うぞ」


「そうか……それは良かった」


「次は魔王を封印した後に起きた話をしておこう、まず……今回の魔王封印は勇者ニコラスの手柄となった」


「妥当だな、今回の作戦の旗印になったのも奴だ、名も知れない俺なんかの手柄になっても誰も得しない」


「我としては少し不満なのだがな、ご主人には英雄になって欲しかった」


「他人の評価なんて要らねぇよ、少なくとも、俺の仲間達の中では英雄だろ?」


「……ご主人も言うようになったな、我は嬉しいぞ」


「うるせぇな……んで、続きを話せよ」


「そうだな、それで……勇者ニコラスは魔王を封印した英雄として歴史に名を刻む事になった、大英雄ニコラスの誕生だ」


「英雄……って事は……教国のお墨付きか」


「そうだ、"英雄"の称号は聖教会から特別な偉業を成した勇者にだけ与えられる物、中でも"大英雄"の称号は今まで歴史上に一人しか居なかった、勇者ニコラスが記念すべき二人目ということになる」


「魔王を封印しただけだってのに……それがそんな凄い事なのか」


「魔王を倒す事でさえ今まで勇者達は実現出来ていなかったのだ、魔王を倒した上で封印まで施した勇者ニコラスが、大英雄の称号を得られたのは当然とも言えるだろうな」


「んで、勇者の事はどうでも良い、他の奴らはどうなったんだ?」


「まず国王ラオンだが……我と話し合いの結果、今回の件が勇者ニコラスの手柄となった以上、ご主人の指名手配を解除する事は出来ないとの結論になった」


「まぁそこは仕方ねぇな、別に王国に戻る気も無いから良いんだが」


「ただし、今回は見逃してくれるそうだ、ラオンは既に王国に戻った」


「アカツキやティアは付いて行かなかったのか?」


「アカツキとラオンは微妙な雰囲気だったな、アカツキにとってラオンは命を救って貰った恩人でもあるが、裏切られたのも事実だ、王国に戻って秘書の任に就く気は無いと見て良いだろう」


「ティアは……まだ目覚めてないんだったな」


「あの時も言っていただろう、ティアの意思はこれからもご主人と一緒に暮らす事にある、ラオンもそれを認めた上でティアを連れて帰らなかったのだ」


「そうか……なら取り敢えずは今まで通りって訳だな」


「それと……ご主人の知り合い、ゼノという魔族の事だが……」


「そうだ、瀬野はどうした?無事なのか?」


「あぁ、行く宛も無いという事だからアカツキの計らいで暫く屋敷に住む事になった」


「俺は何も文句は無いが……これまた大所帯になるな……」


「敷地の大部分は公衆浴場に割り当てられてる故、居住スペースはそこまで広い訳では無いからな、部屋が足りなくなった」


「勇者を追い出せば取り敢えずは解決だな」


「確かにそれも手ではあるが、結局Vとファイが同室になって解決した」


「あのシスコンめ……」


「ご主人も人の事言えないと思うがな……」


「お前が勝手に俺の部屋に居るだけだろ、俺は不本意だ」


「……そういう事にしておいてやろう」


「取り敢えず……報告は以上か?」


「そうだな、ひとまず今必要な事は伝えた筈だ」


「そうか、助かった、それとありがとな、俺の側に居てくれて」


 一時はどうなる事かと思ったが、ティアが無事で本当に良かった。

 もしかしたら、俺はもう少し神に対する考えを改めるべきなのかもしれない。

 そんな事を思いながら、俺はクロセルの頭を撫でる。

 クロセルは照れたようにそっぽを向きながら、言葉を続けた。


「と……突然どうしたのだご主人」


「俺、二日も眠ってたんだろ、その間、側にいてくれてありがとな」


「我はご主人の下僕だぞ、従者が主人の側に居るのは当たり前ではないか」


「おう、そうだな」


 照れ隠しをするクロセルを嫌というほど撫でながら、俺はニヤリと笑顔を浮かべた。


「そう言えば……腹減ったな」


「当たり前だろう……ご主人は二日間何も食べていないからな、待っていろ、エルに頼んで用意して貰ってくる」


「あぁ、分かった、頼む」


 俺にそう言い残すと、クロセルが部屋を出て行く。

 そして俺は、部屋に一人取り残された。


「それにしても……魔王の所に行ってから色々ありすぎて、まだしっかり思考が整理出来てないな……」


 まだ調べないといけない事は色々ある。

 瀬野の事。俺の力の事。神の事。クロセルの事。この世界の事。

 別に知らなくても良い事なのかもしれないが……これらはこれからこの世界で生きていく上で、知らなければならない事だ。

 ただ、焦る必要はない。魔王の脅威は去った。俺の長い人生、時間はたっぷりある。少しずつ知っていけば良い。

 この世界はゲームなんかじゃない。魔王を倒して終わりじゃない。世界を救って終わりじゃない。

 これからも、俺達の平和な日常という名の物語は続いていくんだ。


 ――俺達の異世界生活は、まだこれからだ。

これにて魔王編、完結です

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