プランB
「……」
「よう、また会ったな」
わたし達の目の前にあの黒ずくめの男が現れた。
一度目の邂逅は帝都で。エルを傷付けて、わたしを攫ったらしい。
わたしはその時眠らされていたから、この男について知ることは少ない。
でも、何故かその時に私は殺されなかった。
そして二度目は魔窟。男はエルと勇者ニコラスを倒した。
その時も、何故かわたしは狙われなかった。
「ヤマト君、僕とエルちゃんに任せてくれ」
「はい、今度は負けません」
「そう言えばお前達にとってはこれがリベンジになるのか、燃えるじゃねぇか、頼んだぞ」
そう、あの男がわたしの仲間を傷付けたのは事実だ。わたし達の敵である事に違いはない。
エルに掛けている強化魔術を維持しながら、わたしも魔術で援護する為に戦闘の様子を後ろから眺める。
「……」
「そんな目で俺を見るな、ヤマトさえ始末できればそれで良い、俺は魔王だが、王である以上、約束は守る」
「……」
魔王を一瞥すると、黒ずくめの男は拳を構え、ヤマトの方に迫る。
「(個別に指揮するのが面倒だから纏めて指揮するぞ、勇者は正面から迎撃、エルは3秒後に追撃、座標は……)」
「させないよ!」
勇者ニコラスがヤマトの前に躍り出ると、剣を構えながら黒ずくめの前に立ち塞がる。
それに対し、黒ずくめの男は勇者ニコラスと一定の距離を取った状態で、その足を止める。
そこに、エルの追撃が入る。短剣による剣戟を手で受け止めようとするが、ヤマトの的確な指揮によりエルの攻撃は黒ずくめの男の手をすり抜け、その身に叩き込まれる。
相殺に失敗した事を悟ると、男は直ぐにその場を飛び退き、エルの更なる追撃から逃れようとする。
あの時とは違う。見ているだけでも分かる程に、勇者ニコラスとエル、そして黒ずくめの男の間には圧倒的な力の差がある。
この様子では、わたし達の勝利は確実だ。ヤマトの指揮があれば、わたし達は魔王にも勝てるだろう。
「(よし、十分だ)」
「え?」
ヤマトがそう命じれば、容易に追撃は叶うだろう。だが、ヤマトはその命令を出さなかった。
代わりに与えられたのは、攻撃を停止する指示。
何故だろう?どうしてヤマトはあの男を仕留めない?
「やはり力を取り戻しているか、なら……ふん、時間稼ぎにすらならんな、使えない駒だ」
「……」
「何故だか知らねぇが、魔王オセ、お前は俺以上に俺の力について詳しいようだな」
「憎き宿敵の事を調べ上げるのは至極当然の事だろう、お前が俺の権能を知っていたようにな」
「あぁそうか、まぁ隠せるもんじゃないだろうし別に良い、分かった所でお前に何か出来る訳でも無いだろうしな」
「そうでもないぞ?俺は知っている、お前がその力を行使出来る時間には限りがあるとな」
「なっ!?チッ……当然か、魔窟の時に魔剣の悪魔の前で醜態を晒したからな、お前が知っていてもおかしくはない」
話の流れを聞くに、どうやらヤマトには力があるらしい。
それは先程から使っている指揮の才能の事だろうか。単純にヤマトが才能を隠し持っていたという訳では無いのだろうか。
難しい。わたしにはよく分からない。
「頃合いだろう、さっさとそいつを殺して俺を狙えば良かった物を、馬鹿な男だ」
「馬鹿はお前だ魔王オセ、こいつを殺してお前を倒しても良かったが、それでは間に合わないと最初から分かっていたからな、プランB……だ」
魔王を指差しながら、ヤマトがそう告げたかと思えば、突如大きく目を見開き、頭を抱える。
「これが……俺の最後の指揮だ、男を殺すな、俺を守れ……うぐっ……あぁぁぁぁああああああああああ!?」
ヤマトは頭を抱えながら、その場に膝を突き、痛みに苦しむように絶叫する。
「何が起こっているのか分からないが……ヤマト君を守れば良いんだね」
「大丈夫、指揮の効果はまだ発揮されている、ヤマト様を守る事に集中して」
「……」
「うがぁぁぁぁ……ああっ……っあああああ!!!?」
「今しかチャンスは無い!急いでヤマトを仕留めろ!」
黒ずくめの男は、魔王とヤマトを交互に見ると、再び拳を構える。
気の所為だろうか。私の目には、黒ずくめの男の手が震えているように見えた。
ここぞとばかりに魔王が立ち上がり、剣を抜いてヤマトの元へと走り出す。
「エルちゃんは黒ずくめを、魔王は僕に任せてくれ」
「分かった」
勇者ニコラスが魔王の行く手を阻む。
魔王は素早く剣を振るい、勇者ニコラスを斬り伏せようとする……が、勇者ニコラスはその剣を己の剣で容易に受け止める。
「勇者如きが俺の道を阻むか!」
「何を言ってるんだい、魔王の道を阻むのは……昔から勇者の仕事だろう!」
そう高らかに告げながら勇者ニコラスは魔王の剣を打ち払う。
そして、そのままの勢いで追撃を試みる。が、それは魔王の剣により弾かれ、防がれた。
「っ……やはりヤマト君の指揮の力は"守る事"にだけ発揮されているみたいだね、攻める事には適用されないか」
「ヤマト様が動けるようになるまでの辛抱です、今は耐えましょう」
「くっ……ヤマトめ……最後の最後で置き土産を残しやがって」
「あぁぁぁぁああああああああああ!?」
魔王の相手をしている勇者ニコラスが心配であったが、あの様子では魔王が勇者ニコラスを突破する事は出来ないだろう。
エルの方を見てみるが、あちらも大丈夫なようだ。
「うっぐっ……エル……勇者……無事……か……?」
「ヤマト様!?身体は平気?」
「チッ……目も耳もまともに仕事をしねぇ……魔王と戦ってるのは勇者か、もう暫く足止めを頼めるか」
「あぁ、任せてくれ!」
「という訳でプランBだ、聞いてるか黒ずくめ」
「……」
「取り敢えず俺の言葉に耳を傾けてろ、攻撃を止めるのは好きなタイミングで良い」
「……」
その声が届いたのだろう。黒ずくめはエルへの攻撃を一度止め、飛び退く。
「皇帝は魔王の力を得る為に、魔王の復活を企んだ、お前は最初……それを止めようとしたんだ」
「……」
「お前はその立場上、この世界を破滅に導く危険因子を始末する必要があった。危険因子は二つ、魔王復活を企む皇帝と魔杖クロセルの主人である俺だ、この二人をお前は勇者の手で始末しようとした」
「っ……勇者というのは僕の事かい?」
「あぁそうだ、だがその計画は失敗した、魔王の復活は果たされ、クロセルを取り戻した俺の事は容易に倒せなくなった。そして、お前は俺とクロセルと言葉を交わし、その上で俺達の存在は危険では無いと判断した」
「……」
「お前は俺達を利用して皇帝を止めようとした、が……そんな時、お前は皇帝との首脳会談で脅される事になる。脅しの材料は国だろう、謳い文句は『僕に協力しなければお前の国を滅ぼす、もし計画が成功した暁には、お前の国の無事を保証する』とまぁこんな所だろう。これが魔王オセが誕生した後に、アステカス公国のように王国が襲われなかった理由だ」
「ヤマト様、って事はまさかこの人は……」
「その脅しに屈したお前は、王国に影武者を用意した。入れ替わったのは恐らく俺達が魔王復活阻止に発つ少し前だろう。だからそこでお前にとって想定外な事項が発生した」
「……」
「それはティアの存在だ。皇帝の命令で俺達に警告を出した時、お前はティアを殺さなかった。魔窟でも、この場でも、お前はティアに一切手を出さなかった」
「っ……」
「それが何故か、その答えは一つ、お前がティアの父親だからだ」
ドクン、と胸が跳ねる。
ヤマトの言っていることは難しくて良く分からないけど、それでも分かる事があった。
黒ずくめの男がわたしの父親?そんな筈はない、だってわたしの父親は……
「待って、どういう……こと……?」
「黒ずくめ、俺はお前の正体を今ここで告げる」
待って。嫌だ、聞きたくない。
だってこんなのおかしい。これはヤマトの勘違いだ。
わたしは思わず耳を塞いだ。
「――お前は……フォンベルク王国国王ラオンだ」
ヤマトの声が、嫌でも耳に入ってくる。
大丈夫、黒ずくめの男は否定してくれる筈だ。
首を振って、再びわたし達の敵として立ち塞がってくれるだろう。
「……これは仕方の無い事だ」
「ラオン、俺が何故此処に居るのか思い出せ。俺は魔王を封印しに来たんだ、お前がこれ以上、皇帝の脅しに屈する必要は無い」
「余に味方につけと?」
「端的に言えばそういう事になる、今の俺達の戦力では魔王を倒せない、だがお前が味方についてくれれば、俺達は魔王を封印できる」
「……それは確実か?」
「確実だ!俺を信じろ!」
ヤマトが大声で叫ぶ。
戦っていた魔王と勇者の動きが止まる。刹那の静寂。或いは嵐の前の静けさ。
辺りは静まり返り、誰もが黒ずくめの言葉を待っていた。
そして……再び時は動き出す。
「……分かった、お前に余の国を預ける」
「プランB……成功だな」
「ヤマト様……説得出来なかったらどうするつもりだったの?」
「その場合はプランCに移行するまでだ」
「はぁっ!まだ策を用意してるなんて、流石はヤマト君だね!」
勇者ニコラスと魔王の戦いが再び始まる。が……先程と違い、勇者が押されているようにも見える。ヤマトの指揮の効果が切れたのだろうか。
そして私は、まるで吸い寄せられるかのように、黒ずくめの男に一歩近付く。
「お父様……なの……?」
「……すまない」
「なんで……どうして……」
「ティア、気持ちは分かるが後にしろ、今は魔王に集中してくれ」
お父様が黒ずくめの男だったなんて、今でも信じられない。
でも、それは事実のようだ。ヤマトと言葉を交わす黒ずくめの声は、確かにわたしの知るお父様の声だった。
一体いつから聞いていなかったのだろう。わたしにはその声が、とても懐かしく感じた。
「さて……それじゃあ魔王、最終決戦だな」
「ラオン!お前は俺を裏切る気なのか!?」
「余は王国を守りたい、王国は魔王の傀儡国家となる訳にはいかないのだ。だから、悪く思うでない」
「……お前の娘を殺すぞ」
「俺達が居る以上……そんな事させる訳無いだろ、馬鹿が」
「チッ……もう良い、どうせお前なんて居ても居なくても変わらない」
「ヤマト君……指揮の力が切れた、一旦態勢を立て直そう」
「分かった、それと……俺から指揮や命令は無い、自己判断で動いてくれ」
「それは……なんでだい?」
「今の俺が指揮をすると絶対に失敗する、だから俺の指示は聞くな」
「常に指示を出す立場のヤマト様が指示出来なくなったら、もう他に何も出来る事無いんじゃ……」
「うるさいぞ、エル」
エル、勇者ニコラス、お父様の三人が魔王の前に立つ。
あとは魔王を戦闘不能にして、封印すればわたし達の勝ちだ。
あと少し……あと少しでわたし達の目的は達成される。
「っ……」
結構な時間の間、強化魔術を維持していたからか、わたしは少しだけふらつく。
と言っても、これは少し気を抜いただけ。残りの魔力量的にも、わたしはまだ大丈夫だ。
「さぁ、決着をつけようか、魔王オセ」
「まだだ、俺は負けない、俺は魔王だ……もう二度と負ける訳にはいかないんだ!」
魔王は再び剣を構え直すと、前衛を務める三人の元へ駆けていく。
こうして、わたし達と魔王との、最後の戦いが始まった。




