テラ
「悪いけど……ヤマト様の障害になるのなら、貴方には死んで貰う!」
ティア様の吹かせる追い風に乗りながら、私は短剣を引き抜く。
強化魔術の影響もあって身体が軽い、これなら私でも戦える。
「魔王、流石に分かってると思うが俺の実力じゃどうにもなんねぇからな?」
「無論だ、バックアップは任せておけ」
「そもそももう少し戦力を用意しておけば対応出来ただろうに……まぁ良いけどな」
テラは両手で二本の薬瓶を呷る。中には何らかの薬品が入っているようだが、残念ながら私には何の薬か判別出来ない。
ただ……それを飲み干したと同時に、明らかにテラの持つ気配の色が変わる。
「エル!気を付けろ!」
「別に……俺が全員ぶっ潰せば良い話だから……な!」
「っ!?」
青年から殺気が放たれたかと思えば、私は宙を舞っていた。
突然の事で、何が起きたのか理解が追い付かない。ヤマトが言うには……あの男はただの技師。戦闘能力など無い筈だ。
私は地面に叩き付けられる寸前で受け身を取る。痛覚を辿り、ボディーの損傷を確認。腹部に一撃……か。
「あの籠手……精密機械じゃないのかよ……エル、大丈夫か?」
「大丈夫。吹き飛ばされただけ」
今醜態を晒したのは相手の攻撃が不意打ちだったからだ。大丈夫、二度目は無い。
そう自分に言い聞かせると、私は直ぐに立ち上がり、短剣を握り直す。
「馬鹿、立ち上がるまでの隙を敵が待ってくれると思うなよ」
「なっ!?」
男が籠手を付けた片腕を振り上げた姿勢で私に迫る。
速い。強化を受けた私でも捉えるのが精一杯だ。
「オラァ!」
私は回避機動を取れるか演算する。無理だ、間に合わない。なら……
「ほう?」
「うぐっ……」
私はまたしても無様に地面を転がった。
だが、今度は一矢報いた。殴られる寸前で、懐に入り込み、その胸元に短剣を突き刺した。
手応えはある、やったか?
「笑わせてくれる、この程度で俺を倒したつもりか?」
「な……んで?」
今のは頭部に一撃。脳震盪により眩暈がする。
確かに攻撃を入れた筈だが、浅かったか……
「嘘だろ?こいつ……傷が……」
ヤマト様が驚いている。まだ視界の定まらない私には確認できないが、恐らく私の与えた傷が再生したのだろう。
先ほどの薬の一つが回復薬だったのだろうか?
だとすれば……再生を許さず一瞬で仕留める必要がある。私の短剣術は手数で攻める戦闘術だ。相性は悪い。
「ティア、エルの短剣術の才能指数は?」
「4よ、それにわたしの強化魔術で才能指数7が加算されてエルの今の戦闘力としての才能指数は9+2」
「11じゃないのか?」
「才能指数10は例外だから、原則支援や相乗効果で才能指数が9を超えた場合は+で表記するのよ」
「そうなのか、初めて知ったぞ」
「ごほっ……ともかく……そうなるとこの男は薬と魔王の何らかの支援で才能指数9+2以上の戦闘能力を持ってると推定できるね」
私は鈍く痛む頭を押さえながら、再び男と相対する。
9を超えた才能指数における+の数値は才能指数の差では無い。
+の数値の差は確かに"差"ではあるが、厳密には同じ才能指数9として扱われる。
つまり、仮に目の前の男が才能指数9+3以上だとしても、才能指数10でない以上、私にも勝機はある。
「まぁ、圧倒的に不利な事に違いは無いけどね……」
「オラオラ、まだいくぞ!」
「こうしてる今も勇者が戦っている……出来る限り早急に決着を付けないと」
そう呟いたのも束の間、テラが私の眼前へと迫ってくる。
これ以上の追撃を許すのはまずい、身体をあまり大きく損傷すれば逆転の芽は潰える。特に頭部と手足へのダメージは避けねばならない。
「死ね!」
私は短剣を構えた姿勢で、テラを迎え撃つ。
次の攻撃は……捉えた。先程振り抜いた右拳を右上方向に薙ぐ事による肘部位による打撃攻撃。
刹那の間に。私はふと思い出す。そう言えば、前に戦ったあの黒衣の男も格闘を得意としていた。
テラの攻撃は、あの男に比べると洗練さには欠ける。強化された肉体で力任せに戦っていると評するのが相応しいだろう。
それに気付いた途端、思考が覚める。
そうだ、この男の攻撃は単調その物だ。こんな攻撃……少し考えれば簡単に予測できるじゃないか。
「チッ……避けたか」
私は地面を蹴って飛び上がり、空中でその身を丸めて回転しながら、テラの後ろへと降り立つ。
視界からテラは消えるが、次の行動は予測できる。攻撃動作を伴わない振り向き。であれば……
「なっ!?」
「馬鹿だな、俺に見えてなくても魔王様にはばっちり見えてんだよ」
振り向くテラの死角へと滑り込みながら短剣で横腹を傷付ける……予定の動きは、まるで予測していたかのように看破され、私の移動方向へと的確に蹴りが放たれる。
見えないから適当に攻撃した、とかでは無いだろう。完全に、此方の動きを読まれていた。この男の攻撃にそんな戦術的思考は見て取れないというのに、何故だ。
「魔王様のお陰で俺は操作に集中出来る、全く楽な仕事だな」
「どういうことだ?魔王は何もしてないだろ……」
「テラ、口を慎め」
「あーそう言えば秘密にしてたんだったな、悪い悪い」
「まさか……」
私は地面を転がりながら、耳に入ってくる情報を処理する。どうやらヤマト様が何か気付いたようだ。
話の流れから推測するに、魔王オセの権能が何か、とかだろうか。今の私は魔王に関する情報を持ち合わせていない。
推理する事は出来るが、確証までは得られない、無駄と言う物だろう。という訳で……
「ごほっ……ヤマト様、何か分かったなら……私に教えて」
「魔王オセの権能が分かった」
「テラ、お前のせいだぞ」
「悪い悪い、でもバレてどうこうなる訳じゃないだろ?」
「お前は馬鹿か?これで俺は情報戦における重要なアドバンテージを一つ失ったんだぞ」
「エル、こいつの権能……それは『指揮』の才能だ」
「おっと……」
「……」
「確信は持てて無かったが、この反応だと図星だな」
どうやらヤマト様が魔王の権能を見事言い当てたらしい。確か指揮の才能で出来る事は……
「長距離に渡る念話のような意思疎通、それを用いた遠隔指揮による魔軍の統率、強化された魔族、全部指揮の才能の賜物って訳だ、これだけ出来るんだから才能指数は8か9ぐらいか?」
「ほう……こいつはすげぇな、この様子だと、俺が口を滑らして無かったとしてもバレてたんじゃないか?」
「……」
「ま、だからと言って俺達の有利は覆らないけどな」
「魔王の指揮と二種類の薬、合計でテラの戦闘能力の才能指数は9+3以上……となるとその薬を作ったのも中々の才能の持ち主だと推測できるな」
「へへっ、俺の今の戦闘能力……その才能指数は9+9だ、圧倒的な差だろ?」
「おい、待てよ……仮に魔王の指揮の才能指数が9だと仮定しても、その薬を作った者の才能指数も9ってことになるだと!?才能指数9の薬師なんて居る訳が……」
「それが居るんだな、俺の自慢の妹だ」
「嘘だろ……まさか……な……」
「ヤマト様、私は……勝てるのかな」
「残酷かもしれないが、こいつに対してエルが覆せるような隙は無いだろうな」
「なら……どうすれば……」
「――俺に任せろ」
ヤマト様が強い口調で私に告げる。その一言で、私は勇気付けられた気がした。
あれだけの自信、ヤマト様には何か策があるのだろうか。
そんな事を思っていると……私の頭の中に声が響く。
「(エル、聞こえるか?)」
「ヤマト様……?」
「(よし、聞こえてるな、今から俺がお前を指揮する、お前はただ……俺に従えば良い)」
「うん、分かった」
どうやらヤマト様は才能の解放を使ったらしい。これで私達全員の戦闘能力、その才能指数は敵と並んだ。
――いや、敵を大きく超えた。今のヤマト様の指揮の才能指数は10。9ではない。10なのだ。
その力の差は絶対。才能指数10の力は神の力だ。これでもう、勝敗はついた。
「っと、何が起きている!?魔王!」
私はテラに迫ると、頭の中に響くヤマト様の声を、指示された動きを淡々となぞる。
そこに私の意思は介入しない。それでもテラの反撃は当たらない。その光景は、まるで攻撃の方が私を避けているかのようにすら思えた。
「くそっ、魔王!なんとかしろ!」
「俺は全力でお前を支援している、それで無理だというなら、無理だ」
「嘘だろ!?9+9だぞ……なんでこんなタイミングで形勢が逆転するんだ!?」
目の前のテラが何か叫んでいるが、私の耳には届かない。聞こえるのはヤマト様の声だけ。
何故だろう。私にはその声が、とても心地良く聞こえた。ずっと聞いていたい、ずっと支配されていたい。そう思った。
これも指揮の才能の影響なのか、或いは私自身がそう思っているのか。今は分からない。
「――貴方を排除します」
「うぐっ……馬鹿……な……」
私は倒れ込んだテラの上に飛び乗ると、掌で短剣を回して握り直すと、テラの左胸に深々と突き立てる。
そして引き抜くと、辺りに鮮血が散る。テラの身体は直ぐに再生を始めるが、私とヤマト様はそれを許さない。
私は無心で、短剣を何度もその胸に突き刺す。腕が真っ赤に染まっていく。不思議と恐怖は無かった。私の心の中には安らぎだけがあった。
「大地と星……なるほどな、お前はあいつの……」
「俺は……死ぬのか……?」
「魔王に属した者の当然の末路だ、悪く思うなよ」
「そうか……そうだよな……願わくば、死ぬのはせめて俺と魔王だけ……なら良いな……」
「その願いは聞き届けられるか分からないが、まぁ覚えてはおこう」
「……」
「死んだか」
ヤマト様がそう呟くと同時に、私の下の男は動きを止める。
これで一先ず私達の前に立ちはだかる敵は排除出来た。後は魔王だけだ。
「みんな!大丈夫かい?」
「勇者か、チッ……当たり前だが生きてたか」
「機甲兵は動きを止めたよ、エルちゃんがやったのかな?」
「私と……ヤマト様で倒した」
「そうか、凄いね」
「そんな事より……時間がない、さっさと魔王を仕留めるぞ」
勇者を交えて再び四人。私達は魔王へと向き直る。
魔王は目の前で主な戦力を失ったにも関わらず、何処か余裕げな様子で此方を見ていた。
「魔王、次はお前だ、覚悟しろ」
「いや、俺の前にまだ一人居る、遅刻だぞ」
「……」
一人の人影が天井から降ってくる。既視感。
それは落下に対する既視感ではない。降ってきた人物に対する既視感だ。
私は夢心地な意識を覚醒させ、降ってきた人物を見据える。
その男は。私の知っている男だった。その男は、魔窟で出会った……
――あの黒衣の男だった。




