魔王城
「クロセル!案内は任せるぞ!」
「うむ、外から見た通りなら、構造は変わっていない筈だ、我が先陣を切ろう」
クロセルは短く詠唱すると、皇帝と剣を交えた際に用いた不可視の刃、氷の剣を手にする。
そして更に詠唱。その身体が青く発光するのを見て、俺はクロセルの戦闘準備が終わった事を理解する。
「魔王の元へ真っ直ぐ向かうのかい?」
「そうだな、寄り道してる時間は無い、アカツキ達がどれだけ時間を稼げるかも分からないんだ、真っ直ぐ魔王の元へ向かうべきだろう」
「分かった、では付いて来い!」
勇者と速やかに言葉を交わすと、俺達は魔王城の上層へ向けて走り出す。
が……無論、魔王側から何の抵抗も無い筈はなく。
「魔族か……人型だと、少しやりづらいな」
「ははっ!人斬り抜刀斎の本領発揮だ!」
二人の魔族が武器を手に取り、俺達の行く手を阻んだ。
魔族と言っても魔王に命令されているだけの可能性もある。
そんな、彼らを傷付けるのは確かに少し良心の呵責があるかもしれない。
と……そんな事を考える俺の事などいざ知らず。勇者は抜刀し、容赦無く切り込んでいく。
「って何だと!?僕の剣を受け止める……だと……?」
何という事だろう。魔族の一人が、剣で勇者の抜刀の一撃を受け止めた。
そしてそこから、魔族と勇者は剣の打ち合いに発展する。
「おいおい……魔族と言っても基本性能は人と同じだろ?勇者レベルの才能持ちからすれば雑魚じゃないのかよ」
「ふむ……我と同じように、何らかの強化が掛かっていると考えるのが無難だろう」
「強化魔術か?」
「此奴等から魔力は感じられないのだがな……」
「なら何だよ、薬でもキメてるのか?」
「さぁな、現時点では判断のしようがない、最も……この程度の強化では相手にならないが」
クロセルも氷の剣で魔族と応戦しながら、涼しい顔で俺と会話をする。どう見ても余裕があるように思える。そしてその予感は見事に的中した。
「雑魚に違いはないが、これは予想以上に時間を食わされるな……」
クロセルと勇者はほぼ同時に、相手をしていた魔族を斬り伏せる。
殺してはいないようだが、あの傷では追っては来られないだろう。
「うぐっ……痛い……痛い!」
「お前達も本意じゃないのかも知れないが、それはこっちも同じだ、悪く思うなよ」
「ご主人、進むぞ」
「おう」
床に転がり痛みに泣き叫ぶ魔族を一瞥すると、俺は一つ深呼吸をして気持ちを切り替え、クロセルの後に続いた。
それから先、迷路のように入り組んだ魔王城の内部を進む中、何度も魔族との戦闘があった。
瞬殺……とまでは行かないが、クロセルと勇者が前線を張り、ティアとエルが後方支援する形で大体の敵は片付いた。
そうして、魔王城を進んでいると、先頭を走っていたクロセルが足を止める。
「待て」
「どうしたクロセル」
「此処は一本道の筈なのだが……道が二本に分かれているな」
「クロセルの知る魔王城とは構造が変わってるって事か」
「どうするの?魔杖」
「うむむ……片方の道を進んで間違っていた場合、相当時間をロスする事になるな」
「二手に分かれて進んで、正しい道を進んだ方に空間魔術で合流……とかは出来ないかな?」
「戦力の分散はリスクを伴うが……決定はご主人に任せるぞ」
俺は腕を組んで考え込む。
これだけ入り組んだ魔王城だ、間違えた道を進んで引き返していたらアカツキ達が保たない。となると……此処は勇者の提案を呑むしか無いだろう。
「止むを得ないだろ、今は時間の方が大事だ、クロセルと俺、エルとティアと勇者、で良いか?」
「連絡はどうするんだい?正しい道を進んだ方が間違った方の組に居場所を教えないとだろう?」
「それぐらいは魔術でなんとかなる、我は良いが……ティアは大丈夫か?」
「大丈夫よ、空間魔術も連絡魔術も使えるわ」
「なら決まりだな、勇者……ちゃんとティアとエルを守れよ?」
「任せてくれ、レディを守るのは勇者の仕事さ」
「エル、勇者に何かされたら俺に報告しろよ」
「分かったよ、ヤマト様」
「もう少し信用してくれても良いのに……」
「うるさい、さっさと行ってさっさと合流するぞ」
「じゃあまた後で」
「おう、後でな」
そう短く言葉を交わしたのを最後に、勇者達三人は片方の道を進んで行った。
後に残されたのは俺とクロセル。戦力としては此方の方が心許ないが、俺には奥の手がある。
「では我々も行くとするか」
「おう、任せたぞ」
俺はクロセルに付き従って道を進む。
そして、暫く歩くと、ある事に気付いた。
「クロセル……この先って一本道か?」
「いや、違うぞ?」
「クロセルは分かるのか?」
「さっきの分かれ道以外の構造は把握しているからな、分かれ道があっても正しい方向ぐらいは分か……あ……」
「勇者達、それ分からないよな?」
「……」
「もしこっちが間違いで……正解が勇者達の方だとしても……」
「勇者達は上まで辿り着けない……だろうな」
「この作戦ガバガバじゃねぇか!考えたの誰だよ!」
「勇者だな!」
「あの馬鹿勇者!少しは考えろ!」
今更二手に分かれる事の盲点に気付いたが、もう遅い。こうなると俺達の方が正しい道である事を祈るしか無いか。
「まぁ安心すると良い、我々の進んでいる道は我の知っている魔王城のルートに近い、こっちが正しい可能性は充分にあるぞ」
「そうだと良いんだけどな……っと!?」
俺達の進行方向にある脇道から人影が飛び出てくる。それを目にするとほぼ同時に、クロセルは速やかに剣を構えた。
「……ご主人、敵だ!数は……」
「三人か……いけるか?」
「違う!全部で五人!ご主人、後ろだ!」
「なんだ……とっ!?」
クロセルの言葉を聞き届けると同時に、俺は横へと回避機動を取る。
その瞬間、今まで俺の居た場所に剣が振り下ろされた。あと僅かに反応が遅れていれば死んでいた。背後から迫る魔族に気付かないとは、気を抜いていた証拠だ。我ながら情けない。
「チッ……囲まれた、ご主人!そっちは自力でなんとかしろ!」
「そうか、無茶言ってくれるじゃねぇ……か!」
俺は振り向きながら腰に携えた鉄の棒を抜くと、それで相手の剣を受け止める。が……相手は二人だ、一人の剣を受け止めても……
「よっ……と、危ねぇなぁ」
受け止めた剣を強引に打ち払い、二人目の剣戟を棒で弾くと、俺は飛び退いて敵から距離を取る。
「俺はこいつらを仕留めれないからな、さっさと加勢してくれよ」
「ふっ、分かっている」
クロセルも速やかに包囲を解き、三人の敵と相対する形になったようだ。
こうして俺とクロセルは背中合わせになる格好となった。お互いに敵を自分の背後へと通す訳にはいかない。
お互いを信じ、必ず背後は安全だと信じ合う事が要求される。俺はクロセルを信じているが、クロセルにとって俺はどうなのだろうか。信頼するに値する人間なのだろうか。
「ご主人、背中は任せるぞ」
そんな俺の考えは、どうやら杞憂だったらしい。
クロセルも俺を信じてくれている、ならば俺はそれに応えねばならない。
「……悪くないな」
「同感だ、だが喋ってる余裕はない」
そう一言交わすと同時に、敵からの猛攻が始まる。
左右から交互、或いはほぼ同時に放たれる剣戟を、丁寧に受け止め、弾き、捌いていく。
クロセルと違って此方は簡単だ、クロセルが敵を倒して、此方に加勢するまでの時間を稼げば良いのだから。
「とは言った物の……こいつら、なんて筋力だ」
敵の一撃を受け止める度に腕が悲鳴をあげる。しっかり鍛えている筈だというのに。この一撃の重さは勇者と同等……或いは力だけならそれ以上か。
「まぁ、動きが素人で助かったな……動きまで勇者レベルだったら流石の俺でもキツい」
そう呟きながら、大きく棒を振り上げると、敵の剣が弾け飛ぶ。
「くっ……」
「クロセル、そっちはどうだ?」
「ふん、良いタイミングだ、丁度片付いたぞ」
獲物を持つ相手が一人になればもう怖くはない。魔族の剣を軽々といなしながら。クロセルに声を掛ける。
そして、クロセルが此方へ振り向いたかと思えば、そのまま流れるように剣を振るい、既に獲物を失った方の魔族は利き腕を失う。
「良く耐えたな、流石は我のご主人だ」
「良く倒したな、流石は俺の下僕だ」
俺は交代とばかりに一歩退き、クロセルに前を譲る。
クロセルが踏み込み、剣を突くと、それは最後の魔族の胸へと深々と突き刺さった。
「うぐっ……」
「さて、先を急ぐか」
「そうだな、急ぐとしよう」
地面に転がった魔族達を一瞥すると、俺とクロセルは再び走り出した。
そして現れる敵を蹴散らしながら、暫く魔王城を進んだ所で、クロセルが再び足を止める。
「間違いない、玉座の間に繋がるのはこっちで正解だったようだな」
「ってことは……この先が?」
「そうだ、魔王の待つ……玉座の間だ」
進行方向を見ると、遠くに大きな扉が見える。あの先に……魔王が居る。
決意は確かだが、やはりそれを前にすると緊張は抑えられない物だ。俺は静かに息を呑んだ。
そんな中、クロセルは小さく詠唱をする。そして、一人頷いた。
「うむ、此処の場所は確かにティアに伝えたぞ」
「ならクロセル、例の"あれ"の準備をしてくれ」
「上手くいくかは不安だが……まぁやってみるしか無いな」
「これは勇者達にも秘密だ、となると……分かれて進んで結果としては正解だったな」
「まぁ確かにそうだな、勇者達が来る前に済ませてしまおう」
俺とクロセルはそんな秘密のやり取りをする。内容は……勿論秘密だ。
「さて、遂に決戦だな……」
俺はそう呟いた。覚悟は既に決めている。
作戦は簡単だ、魔王を無力化し、魔剣グレモリーに教わった方法で、魔王を封印する。
やる事は至極シンプル。だがその過程はとても困難な物になるだろう。
それでも、俺は成し遂げなければならない。無事に魔王を封印して、平穏な日常を手に入れるんだ。
「待ってろよ、エルク……いや、魔王オセ」
最後に宿敵の名を口にして、俺は拳を握り締めた。




