Side Story『魔王オセ』
~Side Story~
「魔王様!報告が……」
魔王城、最奥部の玉座の間。そこに一人の魔族が慌てた様子で駆け込んだ。
その部屋、玉座に鎮座していたのは赤い瞳、浅黒い肌に角を生やした人型にして人ならざる者。彼の者こそ、アステカス公国を滅ぼし、神の命を狙った魔王。その名もオセ。
同時に、クロム帝国を統治し、魔王を蘇らせその力を取り込んだ過去も持つが、それはもう昔の話である。今のオセにクロムの皇帝、エルクの面影は無い。
オセは駆け込んできた魔族を冷たい目で見下ろすと……興味を失ったとばかりに視線を逸らし、一言で一蹴した。
「報告だと?俺には必要無い、既知の事象だ」
「そうでしたか……失礼しました、それで……対応の方は……」
「既に指示は出してある、指示を受けていないという事は……お前に仕事は無いという事だ」
「さ……左様ですか」
「失せろ、目障りだ」
魔王オセは教国の兵が魔王城に攻め込んできた事を知っていた。
それは未来視の力……では無い。魔剣ラプラスは魔王の側に居なかった。故に、魔王が魔王城への侵入を予期したのは魔王自身の能力による物。
それが何か。それは魔王に仕える魔族らですらも知り得ない事実である。
「ですが……魔王様、勇者の襲撃に対し護衛の一人も付けないというのは些か不用心では……」
そんな魔族の警告にオセは視線すら寄越さないまま、吐き捨てるように告げる。
「俺が勇者如きにやられるとでも思っているのか?」
「それは……」
魔族は唇を噛みながら心の中で毒づいた。なんて傲慢な王なのだろう、と。その慢心が身を滅ぼすのだと。
「そもそも、お前は俺に意見出来るような立場なのか?」
「いえ……そういう訳では……」
「なら身の程を弁えて貰おうか」
オセは魔族を一瞥すると、そのまま立ち上がった。
その瞬間、魔族は恐怖した。本能が危険を告げている。
同時に憤りすら覚えた。何故?自分は貴方の身を案じて言葉を掛けたのに。善意に基づいた行動が何故咎められなければならないのだ。
そして、その時。魔族の心の中に一つの感情が芽生えた。その名は勇気。勇気を覚えたのだ。
魔族は立ち上がった魔王に声を掛けようとした。胸に手を当て、身体を奮い立たせると、そのまま身を乗り出し……声を出そうとした。
「……」
しかし、声は出なかった。魔族は疑問を抱いた。何故?どうして声が出ない?
そんな疑問を抱いたと同時に、魔族の視界から魔王の姿が消えた。
――或いは……魔族の目には映っていたのは魔王の姿は、元よりただの残像だったのかもしれない。
魔族は疑問を抱いた。しかし思考が上手く回らない。疑問は疑問のまま、それが何かすらも朧気なまま。
魔族の見ていた世界が傾いた。どうしたのだろう。立ち眩みでもしたのだろうか。
傾いた視界は高度を下げていく。魔族は疑問を抱いた。
やがて、地面に触れる。痛みはなかった。疑問だけがあった。
それ以上の事を考えなければと、魔族は焦った。自分は確か、魔王に何かを伝えなければならないのに。
「……」
オセは剣を振り抜いた姿勢で立っていた。その背後には魔族が居た。
魔族の身体は立ち尽くしたまま。その頭部だけが地面に転がっていた。
魔族は自らの死を自覚する事も無いまま、その人生に終わりを告げた。
それは、或いは安らかな死だったのかもしれない。
「全く……床が汚れてしまったではないか」
魔族の身体が、ゆっくりと傾き、地面に倒れ込んだ。
こうして玉座の間の床に、また赤い華が咲いた。
オセはそれを冷たい目で一瞥すると、剣を鞘に仕舞い、玉座へと舞い戻る。
「やはり慣れんな、こんな時だと言うのに……ラプラスは何処で何をやっている」
オセは一人。毒を吐いた。
――否。この部屋に居たのは一人では無い。
「片付けておけ」
「俺に言ったのか?」
「違う、お前だ」
いつからか、或いは最初からか。玉座の後ろには人影があった。
オセは、その中の一人を指さして、魔族の死体を片付けるように命じた。
指を指された人影は、暗闇から静かに出てくると、黙って遺体を片付けに動く。
「本当にこの面子で迎え撃つつもりか?」
「ラプラスが無い事以外は計算通りだ、それに奴も呼び寄せた」
「今からじゃ間に合わないだろ」
「空間魔術の使い手の一人や二人、用意できる筈だ」
「まぁ、それもそうか」
人影の一つ。一人の男は、オセと言葉を交わす。
敬語すら用いない様子から、男とオセは気の知れた関係だと言う事が察せられるだろうか。
「っと……やはりそうか」
「どうした魔王」
「いや、俺の因縁の敵が死にに来たようだ、歓迎してやらねばなるまい」
「あー……確かヤマトだか何だか、お前を二度も破ったっていう」
「勘違いするなよ?俺はもうエルクじゃない、魔王オセは未だ一度も敗北していない、そうだろう?」
オセはやや強い口調でそう告げる。それを聞いた男は、ふっと軽く笑うと……その言葉を肯定する。
「あぁ、そうだな、お前は不敗の魔王様だ」
「それより、例の駒は実用可能か?」
「魔王の権能と俺の才能と組み合わせれば、まぁそれなりにはなると思うぜ」
「よし、なら用意しろ」
「ぶっつけ本番で上手くいくかねぇ……」
「失敗は許さないから覚悟しておくんだな、テラ」
「おぉ怖い怖い、んじゃ準備してくるから俺は失礼するぜ」
テラ、と称された男は小さく笑って肩を竦めると、暗闇から足を踏み出し、その姿を露わにする。
チェスターコートを羽織った淡麗な顔付きに長身の茶髪の青年。その腰にはベルトが巻かれており、工具らしき物が幾つもぶら下がっている。
「全く……珍しく招集が掛かったかと思えば戦に非戦闘員ばっかり用意して、本当に大丈夫なのかよ」
テラは呆れた様子でそう小さく呟く。
「何か言ったか?」
「いえ何もー?んじゃまた後で」
オセの言葉に軽い口調で返すと、先程の人影に続いて玉座の間から去っていく。
残された人影はあと一人分。先程から沈黙を続けている。
「……」
「あいつらが最上層の此処まで来るまで、あと30分も無いと言った所か……防衛の指示は出しているが、まぁ無駄だろうな」
「……」
「何か言いたそうだな?」
「……」
「まさかとは思うが、奴と顔を突き合わせるのが怖いのか?」
オセのその言葉に、人影は図星とばかりに肩を震わせる。そして、人影は静かに沈黙を破った。
「……僕をこの場に呼んだのは悪趣味としか言いようがないね」
「くくく……奴がお前を見たら驚くだろうな、まさか魔族として俺に仕えているとは思いもしないだろう」
「あぁ、本当に悪趣味だな……魔王オセ」
「まぁお前は何もしなくて良い、所詮は保険だ、くくく……」
オセは心底楽しそうに笑い声をあげる。そんなオセの姿を見ていた人影は、両拳を握り締め、そのまま一歩踏み出そうとする……が。
「命令だと言っただろう?"動くな"」
「っ……」
「魔族である以上、お前に為す術は無い、呪いたければ穢れを受け入れた自分自身を呪うんだな」
魔王の持つ権能の一つ。魔族に対する絶対命令権が発動する。
人影はオセに対し敵意を持っているが、魔族である以上、一矢報いる事は敵わないのだ。
「では二人で待つとしようか、奴らが来るのをね」
「……」
「くくく……あははははは!!!」
今まさに攻め込まれている最中である魔王城に、オセの高らかな笑い声が響いた。
――人と魔王、その運命が決まる時は、決着の瞬間は、近い。




