再び魔王領へ
瞬く間に一月は経ち、遂に決戦の日がやってきた。
教国の兵を総動員するともなれば、戦の存在が公になるのは至極当然と言える。
兵の招集と同時に教皇は魔王領への進攻を宣言。旗印となるのは祝福の勇者ニコラスという事になっている。
本来の作戦の主導を握る俺やクロセル、その他の仲間については伏せてある。これは簡単、王国に知られると問題になるからだ。
「それにしても凄い人数だな……」
「確かに兵の数だけなら魔王軍に対抗できるように見えるが、彼らの練度は低いからあまり期待するなよ」
「なんでだ?」
「魔物の少ない教国の兵は実戦経験がないからな」
「あぁ……なるほど、それに他国との戦争も未経験、訓練は受けてるだろうが経験が欠如してるか」
「それでも居ないよりはましだがな」
俺とクロセルは高台から整列する兵達を眺めていた。
俺達は聖教会の儀礼用の制服を着てフードで顔を隠している。一応、聖教会の幹部という設定だ。此処まで手を回してくれた教皇には感謝だな。
「教皇は残るんだよな」
「はい、私まで聖都を離れると神を守る人が居なくなってしまうのでね」
「となると現場の指揮は勇者に頼らざるを得ないのか……不安だな……」
「いえ、現場の指揮は私が担当します、どちらかと言えば非戦闘員なので」
話を聞いていたのか、俺達の背後からアカツキが現れ、そう告げる。
「作戦の概要は兵達に伝えてあるのか?」
「勿論手筈通りに、不備がなければしっかりと伝達されてる筈ですよ」
「ならまぁ大丈夫か……」
これから俺達は"魔王城に直接"転移する。そして、魔王城に魔族や魔物が入れないように防衛するのが兵達の役目だ。
兵達が時間を稼いでいる間に俺達が魔王城を制圧、魔王を封印するという作戦になっている。
「クロセル、この人数の転移って本当に出来るんだな?」
「任せておけ、確かに少々骨が折れる仕事ではあるが、不可能ではない」
「そうか……流石だな」
胸を張って自信満々な様子を見ている限り、本当に大丈夫そうだ。
そんな風に話している最中、少し遠くの方から大きな声が響き渡る。
「皆の者!良くぞ集まってくれた!」
「あれは……勇者か、演説でも始める気か?」
「士気が上がる分には寧ろ好都合ですから放っておきましょう」
「うむ、奴も民からの人気はあるからな」
俺達より更に少し高い位置で、兵達に向かって声を届ける男、祝福の勇者ニコラス。
今回の魔王退治の表舞台では彼が主役だ、それを兵達に印象付ける為にも演説をする事自体は何ら問題はない。
事実、それは効果覿面であった。兵達は歓声をあげ、勇者の登場を期に辺りは熱狂に包まれる。士気は十分と言って良いだろう。
「でもあいつが歓声を貰ってるのを見てると……なんか腹立つな」
「嫉妬せずとも、今回の作戦の本当の主役はヤマトさんですから」
「いや……俺が主役は無いだろ……」
「計画を立案したのも我や勇者のような戦力が集まったのもご主人の力だ、もっと誇って良いのだぞ」
「まぁな……」
クロセルやアカツキには煽てられるが、俺の自己評価はそこまで高くない。
敢えて言うならばこの作戦が成立したのは皆のお陰だ、俺だけの手柄じゃ決して無い。
「僕らの神に牙を剥いた魔王を許しておく事は断じて出来ない!僕らは力を合わせ、必ずしも奴を断罪してやろうではないか!」
「そう言えばアカツキ、エルとティアは何処だ?」
「さっきまで一緒に居たんですが……何処に行ったんでしょう」
「まぁ時間までに来てくれればそれで良いが」
軽く辺りを見渡してみるが、それらしき人影は見えない。
まぁまだ心配するような時間では無いから良いのだが。
「と……噂をすれば影が差すだな」
階段を登ってくるティアの姿が見えた。後はエルだけだ。
ティアも揃い、決行の時間まで待機していると、一人の福音使徒が走って来る。
「エンド様、緊急の報告です」
「……何があった?」
「トップ・シークレットに関わる内容なので、此方へ」
「分かった、ヤマト君、私は先に失礼するよ」
「おう、後は任せとけ」
教皇は福音使徒に連れられてその場を後にした。
それにしてもこのタイミングで緊急の報告とは……何とも嫌な予感がする。杞憂であって欲しい物だ。
そして、それから暫くの時が流れ、遂に決行の時がやってくる。
「ご主人、時間だ」
「アカツキ、皆に伝えてくれ」
「分かりました」
アカツキはフードを被ると、先程まで勇者が演説していた台へと上り、兵達に声を掛ける。
「これより魔王城へと転移します!皆さん地面に描かれた魔法陣から出ないようにお願いします」
兵達の足元には巨大な魔法陣が描かれており、それを小さくした物が俺達の足元にも描かれている。どうやらこの範囲に居れば問題無く転移できるらしい。
アカツキはそれを兵達に伝えると台から降り、俺達の方へと戻って来る。そして、アカツキも魔法陣の中へと足を踏み入れた。
「全員居るか?」
「待って!」
俺が辺りを見渡し、全員揃っているか確認していると……遠くからエルが走って来るのが目に入る。
時間ギリギリだ、今の今まで何をしていたのだろう。
「ごめんなさい、遅刻した」
「ギリギリセーフだな、何をしてたんだ?」
「拠点を空けるから戸締まりとか色々と……」
「そうか、ご苦労だったな」
「今度こそ全員揃ったな?」
クロセルが最後に確認を取る。全員居る事を確認すると、大きく頷き、深呼吸をする。そして、地面の魔法陣に手を当て詠唱を始めた。
「魔術回路通力……詠唱……
ル・トゥーム・アウナデム・ティロワール
空間魔術……空間接続!」
俺達の足元、そして繋がっている兵達の足元の魔法陣にゆっくりと光が灯っていく。
普段の魔術の発動のように一瞬ではない、ゆっくりと時間を掛けて魔術が発動する。
「っ……ぐっ……」
「クロセル、大丈夫か?」
「身体から一気に膨大な魔力が引き抜かれてるんです、その際には耐え難い苦痛を伴うと言われています……」
「ふふっ……知ったような口を利くでない、我に掛かればこの程度……!」
余裕そうな言動をしつつも、その腕は痛みに耐えるように小刻みに震えていた。
そして、魔法陣全てが光に包まれたと同時に大量の質量の塊が教国から消え失せ、魔王領へと転移した。
その際の魔力の発光は常軌を逸していた。完全に目を閉じていても目に焼けるような痛みがある。直視していれば失明は免れないだろう。
「無事に飛んだ……か?」
「すいません、目をやられてまだ周囲の確認が……」
「俺もだ、皆も無理をするなよ」
「ふぅ……我はもう大丈夫だ、着いたぞ、魔王領、魔王城前だ」
光が収まり……視界の明滅が収まってきた頃、俺はゆっくりと目を開ける。
そこには、懐かしの魔王領の姿。何処までも続く荒野が広がっている。
そして、その中央に鎮座するように、王国の王城をも凌駕するであろう、巨大な黒い城が目に入る。
「本当に……来ちまったんだな」
「ご主人、まさか今となって怖気づいたか?」
「まさか、武者震いだよ」
俺はクロセルと軽口を叩きながら、ニヤリと笑う。
「陣形を整えて下さい!魔王城を塞ぐように移動します!」
速やかにアカツキが兵達の指揮に入る。遠目にも確認できる程に、周囲から魔物達が集まってきている。
「さて、外はアカツキと兵達に任せて……俺達は中に急ぐか」
「既に突撃兵隊が内部に突入した、我々も続くぞ」
「さぁ、今回こそわたしも活躍するわよ」
「僕も活躍してみせようじゃないか!」
「私は戦力外かもしれないけど……頑張る……」
俺とクロセル、そしてティアと勇者とエルの五人は、顔を見合わせて頷き合うと、魔王城へ向かって真っ直ぐと駆け出した。




