回想『Crocell Ⅱ』
魔王と少女の転移した先では、魔物の軍勢が小さな村を襲撃している最中であった。
あちこちで火の手が上がり、悲鳴や絶叫が響き渡る。確かに酷い惨状であるが……これならまだ間に合う。
「これは僕の不手際だ、すまないと思っている」
魔王は槍を抜き放つと、それを薙ぎ、魔物の一軍を一瞬にして切り払う。
魔物はまさか自らの仕える魔王に攻撃を受けるとは思ってもいなかったようで、抵抗する意志は一切無かった。
「君達に罪は無い、安らかに眠ってくれ」
そして……無残に地面に転がった魔物達に、魔王はその槍を深々と突き刺し、一撃で止めを刺して行く。
魔物の無残な残骸の中、地面に倒れ伏している一人の少年が居た。
少年はゆっくりと顔を上げると……魔王の方に視線を向ける。
「あ……貴方は……」
「話すだけの力があるならさっさと向こうに逃げるんだ、二度目は助けられるとは限らない」
「ありが……とう」
少年はふらふらと立ち上がると……そのまま魔王の指差した方に片足を引き摺りながら歩いて行く。
「君は後ろから僕の支援を頼むよ」
「分かりました、魔王様」
その様子を固唾を呑んで見守っていた少女に、魔王は付いて来るように指示する。
少女はその言葉に従い、魔王の背中へと駆け寄った。
「スカルフを捕まえる前に、まずはこの村を守らねばならない、掃討を急ごうか」
魔王は……憂いを帯びた顔付きでそう呟くと、槍を軽く頭上で回しながら構え直すと、別の魔物の群れへと走っていく。少女も、その背に付き従うようにして走った。
掃討作業は、実に順調であった。理由は簡単だ、魔物は魔王に攻撃する意志を持っていない。
故に、魔王の所業は無抵抗な魔物の命を奪うだけであった。魔王は、その命を奪う度に、悲しげな目を浮かべていた。
「大体は片付いたか」
「……助けられて良かった」
「そうだね、生存者の気配はもうない、これ以上の掃討は無駄だ」
魔王と少女はそんなやり取りをすると、魔王は携えた槍をある方向へと向ける。
「魔王の命に反したスカルフを捕らえる、追い付く為に少し急ぎたい、だから悪くは思わないでくれ」
そう断った後に、魔王は槍を背に仕舞うと……少女の方へ向き直り、その身体を抱き上げた。
「っ……!魔王様!?」
「ごめん、嫌だったかな」
「嫌では……無いです……」
「良かった、それじゃあ飛ばすよ」
所謂お姫様抱っこの形で、少女を抱き抱えた魔王は……軽く深呼吸をした後に、一気に地面を蹴り、人間離れした速度で世界を駆けていく。
これは才能の力ではなく、魔王としての基礎性能として設定された高度な身体能力の賜物である。
この生物として完成された高い基礎性能のお陰で、戦闘系技能が無くても魔王は一定の強さを誇る事が出来るのだ。
そして、野道を駆けること数十分。魔王と少女は、スカルフの軍勢の最前部に追い付く。
「スカルフ!進軍を止めるんだ!」
魔王は己の息子に向かって、大きな声で叫ぶ。
それに対し、魔王の息子……スカルフは、魔王に背を向けたまま吐き捨てるように言葉を紡ぐ。
「父上ですか……何故止めるんです?僕は魔族として当然の事をしているだけなのに」
「無辜の民の命を奪う事に何の意味がある?」
「父上は動植物の命を奪う時に罪悪感を覚えるんですか?普通は覚えないでしょう?人間は僕ら魔族より下等な存在、その生命を奪う事に意味が無くても何の問題もない」
「人も勇者も魔族も魔王も、全て等しくこの世に生きる人類だ、その生命は平等であり、価値に上下など存在しない!」
魔王の言葉を聞き届けると同時に、スカルフは重い溜息を吐くと、そのままゆっくりと振り向いた。
「どうやら話し合っても分かり合えないようですね……魔王の命令権を使えばいい、そうすれば僕は父上に逆らえない」
「魔王の権能は使わない」
「なら……戦いますか?」
「……出来れば戦いたくもない、今すぐに引き上げてくれるなら罪には問わない、だから……お願いだ」
「分かりました……無駄な抵抗はやめます」
スカルフは再び、今度は諦めたように溜息を吐く。
そして周りの魔物に向かって撤退の指示を出すと……再び魔王に向き直る。
「諦めました、恐らく僕の目的は父上が魔王である限り達成できそうもないので」
「スカルフ、君の望みは世界征服か?」
「さぁ?父上には言いませんよ」
「そうか……」
「そんな事より、なんですかその弱そうな魔族、母上に言い付けますよ」
「僕と彼女はそういう関係じゃないよ」
「そうですか……はぁ……もうなんでもいいや……さっさと帰りましょ」
「あ……あの……魔王様、もう降ろしてくれても……」
「あぁ、悪かった、忘れてたよ」
魔王は思い出したかのように目を見開くと、少女の身は優しく地面に降ろされる。
「ありがとうございます……」
「スカルフもこっちに来るんだ、一緒に帰ろう」
「え……もしかしてその子、魔術師?」
「そうだよ、彼女は空間魔術が使えるからね」
「なるほど……道理で駆け付けるのが早いと思った」
スカルフが此方へと歩いて来る。
そして、三人が揃うと、少女は魔王へと視線を移し、転移して大丈夫かと尋ねる。
「構わないよ、三人で魔王城に戻ろう」
「分かりました、では……」
少女は魔王とスカルフの二人と、片手を繋ぐ。
そして、しっかりと握ったのを確認すると……魔術の詠唱を始める。
「魔術回路構築……詠唱……
ラ・トゥーム・タルス・エネギナム・ティロ
――転移魔術……帰還」
辺りは光に包まれ、三人は魔王城へと戻った。
そして、その日から、少女は魔王の側近として任命されたのだった。
これはその直後の話である。
「あ……あの……どうして私が?」
「君の魔術は実に有用だ、それに僕と君は気が合うみたいだからね」
「でも……私……魔術以外何も出来ないし……」
「何もしなくて良い、僕の側に居て仕えてくれるだけでいいんだ、駄目かな?」
「そんな事ないです!光栄です!」
「それは良かった、勿論……今まで通り研究も続けて貰って構わない、ただその時は僕も同行する」
「もしかして……側近って、魔王様と常に一緒なんですか?」
「君が嫌じゃなければ……だけどね」
少女の心は揺れ動いていた。同時に、この人ならば信頼できる、仕えても大丈夫。そんな確信が胸の中で芽生えていた。
「私……魔王様の為に頑張ります」
「そうか、ありがとう、これから宜しくね」
「はい、改めて宜しくお願いします」
こうして少女は、魔王の側近として、魔王の側で仕える事になったのだった。




