束の間の日常
「で、クロセル、俺の華麗な推理はどうだった?」
「中々良い読みだったぞ。流石はご主人だ。確かにあのアダンという男は全盲の上で『聴覚4』の才能を持っていた。それだけあれば視覚無しでも生活出来るのだろう」
「だろ?俺も我ながら冴えてると思ったんだ」
事件が解決して数日が経った。
違法奴隷達は保護された後、任意で解放される事に。
アダンは聖教会に捕まり、皮肉にもその身は奴隷として落とされる事となった。
Vの妹も、クロセルの魔術で拘束具を破壊。暫しの療養の後、無事に元通りの暮らしを送れるまで回復した。
「それにしても無口だよな、お前の妹」
「まぁ、元々そういう性格なので……」
「いや……一度も喋ってるの見たこと無いんだが本当に大丈夫なのか?」
「人見知りなので知らない人の前では喋らないだけだと思いますよ、僕とは普通に話せますし」
「あ?命の恩人相手に知らない人だと?」
「……!」
赤髪の少女は俺の怒気を察したのか、直ぐにVの後ろに隠れる。これは完全に怖がられてるな。
「ヤマトさん、子供を虐めちゃ駄目ですよ」
「子供と言ってもティアと同じぐらいだろ?」
「ファイちゃん、わたしより年上よ?」
「えっマジで?」
「ティア様が物怖じしない性格ってだけで、普通の子なら誰でもヤマトさんを見て怖がると思いますよ」
「そうか……まぁ自覚はしてるけどな」
「ご主人は表情が硬いだけで、強面って訳では無いのだがな……」
「勇者みたいな爽やかな美男子なら子供にも好かれるんだろうけどな」
「確かに彼も子供受けは良いですよね……精神年齢が近いからでしょうか……」
「前から思ってたが勇者ってこの中の常識人枠であるアカツキにすら酷い扱いを受けてるよな……」
「悪い人じゃないんだけどね……寧ろ良い人ではあるんだけど……」
因みに、俺達がこうして話しているのは朝食の場だ。
主に料理はエルがやっている。家事全般もエルの仕事だ。流石は元メイドと言った所か。彼女が居て本当に助かっている。
「そうだよ!僕は正義の味方!善人中の善人だってのに、どうして悪辣なヤマト君の方が人気があるんだい!?」
「つかなんでこいつがまだ居るんだよ」
「部屋が空いてたので……ちゃんと家賃は請求してますから大丈夫ですよ」
「いやそういう問題じゃないだろ……」
「あはは……こうして見ると中々の大所帯になったね」
「僕、ヤマトさん、クロセルさん、アカツキさん、勇者さん、エルさん、ティアさん、ファイ……合計八人か」
「勇者は兎も角、Vとファイを預かるのは一時的って話じゃなかったか?」
「お二人とも行く宛が無いみたいですし……それに私達と似たような境遇の人ですから、助けてあげたいじゃないですか」
「俺達と似たような境遇……?お前らも国に追われてるのか?」
「まぁ……確かに似たような物かな……」
「そうだったのか……まぁ別にアカツキの意向なら文句は無い」
「ありがとうございます、ヤマトさん」
「まぁ僕は正義を為さないといけないからね、御告げが来ればまた遠くに行く事になると思うよ」
「魔の塔の時と言い、上層の時と言い、お前の移動速度は人間じゃないよな……つかあの時どうやって上層に来たんだよ」
「飛行船が聖都に進軍する前に、下層で陽動をする帝国兵を降ろしてたんだ。その際にこっそり乗り込んでたんだよ」
「まさかとは思うが……国境を超えた飛行船を脚で追いかけてたのか?」
「そうだけど?」
「お前やっぱ人間じゃないだろ……」
「勇者さん、やっぱり凄いんですね……」
「そうだよ!だから僕に惚れてくれても良いんだよ?僕は誰でもウェルカムだ!キャー勇者様格好良い!抱いて!」
高らかに勇者が声を上げたと同時に、冷え切った空気の中、沈黙が訪れる。
勇者の発言に対する反応は様々だ。溜息を吐いてたり、怯えてたり、呆れてたり、苦笑いを浮かべてたり。
「なんでみんな黙るんだい!?」
「そういう所だと思うぞ……」
「何が!?」
勇者は困惑した様子で辺りをきょろきょろと見渡す。
駄目だこいつ、分かっては居たがどうしようもない馬鹿だ。
「勇者、俺がアドバイスをやろう。謙虚になれ、自惚れるな、以上だ」
「僕が……自惚れている?」
「そうだよ、お前に力がある事は誰もが認めてる。でもそれをひけらかして自惚れている限り、お前がモテることは出来ないと思うぞ」
「いや、ご主人。そうでもないぞ?」
「あ?そうか?」
「勇者はモテない訳では無い。確かに人気はある。強くてイケメンだからな」
「ならなんで此処ではこんな酷い扱いを受けてるんだよ……」
「より魅力的な存在の前だからだろうな、もし此処に居る男が勇者一人なら今のような扱いは受けていないだろう」
「どういう事だ?」
「まぁ、ご主人は分からなくて良い事だ」
「じゃあやっぱり……僕が輝く為には此処に居てはいけないんだね!」
「まぁ、その解釈でも間違っては無いと思いますけど……」
「僕は旅に出る。探さないでくれ……」
「誰も探さないから安心して行け」
「さて、もうすぐ営業時間ですしそろそろ私は失礼しますよ、エルさん、ご馳走様でした」
「お粗末様だよ」
勇者とアカツキが席を立つ。
それに続くように、皆は次々と席を立っていく。
そして最後には、俺と片付けをするエルだけが残った。
「さて……今日はどうするか……」
現時点において、早急に解決すべき目的は特にない。
となると……完全に自由な時間という訳だが……
「来るべき時に備えて調べ物でもするか。エル、聖都に図書館とかはあるか?」
「あると思うけど……どんな本を探してるの?」
「魔王について少しでも情報が欲しい、その為に過去の文献を漁ろうと思ってな」
「百年以上前の歴史となると……普通の図書館には無いと思うよ、王都だったら王城、教国だったら上層とかで、厳重に保管されてると思う」
「そうか……それなら俺のような一般人じゃ手を出せそうにはないな……」
「魔王について調べたいなら、私達の中に適任が居るんじゃないかな」
「あ?俺達の中に?」
「クロセルさん、元魔王なんでしょ?」
「あーそうか……あいつが居たか……」
確かに元魔王であるクロセルならば、魔王の歴史には詳しい筈だ。と言っても……クロセルは700年の間、封印されていた存在故に、クロセルに聞いて分かるのは700年以上前の歴史となる。
今から700年前に掛けての歴史に詳しいであろう奴と言うと……魔剣の悪魔……ぐらいか。無理だな。
「他に聞く奴も居ないし……クロセルに話を聞くか」
「それが良いと思うよ」
「助言ありがとな、それでクロセルは何処に行ったんだ?」
「地下の貯水タンクか、その隣の休憩室だと思うよ」
「そもそもどこから地下に行けるんだ?」
地下がある事自体はアカツキから聞いているが、実の所、今まで用もなかった為に俺は一度も行ったことがない。
自分の拠点の中をうろうろと探し回るのも馬鹿らしい話だ。此処はエルに頼ろう。
「エル……悪いんだが……」
「……分かった、私が案内するよ」
「おう、助かる」
全て言わずとも意図を汲んでくれたらしい。流石は優秀なメイドだ。
エルは机の片付けを速やかに済ませると、俺の方に向き直りこっちへ来いと手招きする。
俺はそれに従って歩いた。迷路かと錯覚するような複雑な構造の拠点をぐるぐる歩き回った後に、地下への階段を発見する。
「ここを真っ直ぐ降りて直進すれば貯水タンク、その隣の部屋が休憩室だよ」
「分かった、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
エルに見送られ、俺は地下への階段を一歩一歩降りていった。
地下に降り立った感想なのだが、思いの外空気が綺麗だと感じた。換気が行き届いているのだと察せられる。
「この様子なら地下に居てもそこそこ快適だな」
地下の廊下を歩きながら、俺はそんな感想を一人述べる。
そして、貯水タンクのある大きな部屋へと足を踏み入れた。
「うん……?誰だ?」
「俺だよ、ヤマトだ」
「ご主人か、どうしたのだ?」
そこに居たクロセルに声を掛ける。それから間も無くクロセルが振り返り、俺の方へと視線を注ぐが、一瞬俺が誰か分からずに首を傾げていた。恐らく暗くて顔がよく見えないのだろう。此方からもクロセルの顔はよく見えない。
「仕事の邪魔をしたか?」
「そんな事は無いぞ、定期的にタンクの水位を確認しつつ必要な際に水属性魔術を使うだけの簡単な仕事だ。水の補充も一時間に一回程度、基本的には暇をしていると言っていい」
「そうか、クロセルと少し話がしたくてな、立ち話も疲れるだろ、休憩室に行こうぜ」
「うむ、そうだな、丁度水の補充を終えた所だ、座って話をするとしよう」
クロセルはタンクから離れると、隣の休憩室へと歩いて行く。
俺はその背に付き従うようにして、貯水タンクを後にした。
休憩室は椅子が複数に大きな机。食器や茶や珈琲などが入った棚があるシンプルな部屋だ。
部屋全体を照らせる照明があれば完璧なのだが、贅沢は言えないか。
クロセルは椅子に座ると、机の上のランプに火を灯した。
一方、俺はクロセルと向かい合うようにして席に着く。これで準備は出来た。
「それで、話とはなんだ?」
「まず質問だ、このまま聖都で暮らしていれば、俺達は平穏無事な毎日を送れると思うか?」
「……正直に答えよう、否だ」
「その理由は?」
「魔王は神を殺し、教国を滅ぼす意志がある。故にここ教国が安全で無くなるのは時間の問題と言える」
「その通りだ、だから俺は……魔王を倒す事にした」
「魔王にはもう関わらないと言っていたのでは無いのか?」
「あの時とは状況が変わった、俺達が平和に暮らす為には魔王を倒す必要がある」
「うむ、そうだな……教国を救い、平和な日常を手に入れるには魔王を倒すのが最も手っ取り早い方法だろう」
「そこで……だ、魔王に立ち向かうに際して、俺は魔王に関する情報が必要だと考えた」
「魔王の特性、美点、弱点などを知る為か」
「そうだ、魔王に対して無策で立ち向かうのは愚か極まりない行為だ、俺は魔王を倒す為に……魔王について知る必要がある」
「そこで我に声を掛けたのだな、元魔王である我であれば魔王について詳しく知っていると」
「そういうことになる。あとはクロセル、お前の過去について他でもない俺自身が興味を持ってるんだ」
「分かった、良いだろう。だが……話せば長くなるな」
「構わん、一日で全てを話せとは言わない、少しずつで良いから俺はお前を知っていきたいと思っている」
「うむ、ご主人の気持ちは十分伝わった」
クロセルは一つ頷くと、大きく息を吸い、吐く。
深呼吸の後に目を見開くと、俺を直視したまま、ゆっくりと言葉を紡ぎ出した。
「――此処から先は、我の物語だ」




