Side Story『五芒星』
~Side Story~
「タルフの村近郊にて大型の翼竜が目撃されました。」
「ふむ、また勇者一行が問題を起こしたのか?」
「いいえ、今回は勇者とは別件です」
「新しい勇者の報告も来ていないんだったね」
「はい。勇者ティアが『魔術7』の才能持ちであり、彼女を凌ぐ魔法使いは現存していないかと」
「おかしな話だな、また新たに勇者が現れたとしか思えない」
私は跪いた姿勢のまま、何度も繰り返した報告を機械的に読み上げる。
眼前には5つの肘掛け椅子と大きな円卓。周囲には紫色に妖しく光る結界が張られており、この空間は外界と完全に隔離されている。
この場こそ、現存する5つの国の首脳が集う会談。その通称"五芒星"。
だが、そんな上手い話があるはずもなく。事実、この談合の場は既に機能していなかった。
円卓に腰掛け威風堂々とした態度で場を取り仕切る一柱は、今回の件の当事者であるフェンベルク王国の国王ラオン。
「仮に勇者じゃないとしたら由々しき問題だよ。強大な魔法を使えるのは何も勇者だけじゃない」
「魔王の復活……或いは神の降臨か……」
「どちらにせよ事は急を要するね。フォンベルク王国は今回の一件について調査を行ってくれるかな」
「勿論そのつもりだ。クロムの皇帝よ」
その向かい側の席で、机に肘を付きながら腕を組む眼鏡の青年。
彼がクロム帝国の皇帝エルクである。会談の顔ぶれは以上。他の三席は代理人を立てる訳でもなく見事に空席である。
一国の指導者である彼等は忙しい身である故に仕方ないとも言えるが、理由はそれだけではないだろう。
「エルクで構わないと言っただろう、ラオン国王」
「公式な場で呼び捨ては褒められた真似じゃないだろう」
「おっと……言われてみればそうだね。
さて、今の話とは別件なんだが僕の方も土産話がある」
エルクは肩を竦めながら、鞄から一枚の石版を取り出し、円卓の上に広げる。
「ふむ、なんだそれは」
「これは魔窟で見つかった品でね。どうやら80年前に行われた魔王の封印の儀式について記されているようなんだ」
「魔王の封印と言うと……56代目グレモリーが破壊を恐れ自らを封印したあの封印だな?」
「その通り、僕の方で解析してみた感じだと……どうやらこの石版にはその封印の解き方が書いてあるみたいでね」
「それは……随分と危険な代物だな。皇帝はその石版をどうするつもりだ?」
「あはは……そんな怖い目をしなくたって大丈夫だよ。帝国の保護下で厳重に管理する。仰る通り、こんな危険な品を他国に渡す気はないよ」
「……危険と分かっていて何故この場に持ってきた?」
「あぁ、そのことだけど。これも良く似た中身は別物の複製だよ。ははは……本当に実物を持ってくる訳が無いだろう。君達を信用していない訳じゃないんだけどね」
ピリピリとした危険な雰囲気が流れる。
この男、エルクはその力と実力だけで皇帝に上り詰めた人間だ。
故に王としての器が決定的に欠如しているように思える。
この状況は、犯罪者予備軍に核爆弾を握らせたような物だと言える。
なんとかせねばならないが……無力にもたった今出来ることは何もない。
「まぁ、仮に実物を持ってきたとして、また仮にラオンが自分の管理下に置くべく強硬手段に出たとしても。たった二人で僕に敵うとも思えないけれど」
エルクがちらりと此方に目配せをする。
いや訂正。私は跪き額を伏せている為。見られた"気がした"だけである。
だが私の"気がした"は常に正しい。おかしな話ではあるが、私の直感が間違っていることは経験上まずないと言っていいだろう。偶然は必然であり、それが私の才能だ。
「とまぁ……僕の話は以上だよ。これは元々誰かが管理しないといけなかったんだ。それが偶然、僕であっただけの話さ」
「この話はもうよい……。下がって良いぞ、アカツキ」
「……分かりました。失礼します」
声が聞こえる。退出を命じられたと気付くのに一瞬遅れた。
私の悪い癖だ。考え事をしているといつも反応が遅れてしまう。
こんな不甲斐ない私を秘書に置いてくれているラオン国王には感謝してもしきれない。
「魔術回路構築……詠唱……
ラ・トゥーム・タルス・エネギナム・ティロ
――転移魔術……帰還」
慌てて一礼し、一歩下がる。そして慣れない魔法言語を丁寧に詠唱すると、発動した転移魔術でその場を後にする。
恐らく、会談が終わり次第。私にはタルフの村に居ると思わしき"謎の魔術師"を捜索する命が下るだろう。
その為の『直感5』と『分析5』の才能だ。見ただけで相手の才能とステータスを把握できるこの力は、この世界で生きる際に幾度と無く役立ってきた。
私は暁。フォンベルク王国の国王ラオンの秘書であり……元異世界人。
――そう、転生者だ。