隠れ家
「あ?俺に客だと?」
「みたいだよ、公衆浴場の区画にある個室で待ってるらしいから行ってらっしゃい」
「アカツキからの伝言か?」
「うん、そうだけど」
「そうか、まぁありがとう、気は乗らないが行ってくる」
公衆浴場の営業時間中、人気も落ち着き俺が暇を持て余していた所、エルに声を掛けられる。
なんでも俺を訪ねてきた客人が居るらしい。珍しい物だ。
正直、面倒なのだが放置する訳にもいかない。俺は重い足取りで指定された部屋へと向かった。
「此処か、待たせたな」
「お邪魔しているよ」
「久しぶりだね!ヤマト君!」
「うげ……」
俺が扉を開け、その目に飛び込んできたのはアカツキ。
そして彼女に向かい合うようにして教皇イヴ・エンドと祝福の勇者ニコラスの二人が座っていた。
「アカツキ……客ってこいつらの事か?」
「そうですよ?ほら、早く座って下さい」
「そうか……分かった……」
教皇は兎も角、勇者が絡んだ案件となると、俺としては嫌な予感しかしない。絶対に面倒事を持ち込まれる流れだ、これは。
俺は椅子に座ると、軽く辺りを見渡し、疑問に思った点について質問を投げる。
「今日は福音使徒のボディーガードとか居ないのか?」
「勇者様を連れてきたのは私の護身の目的もあるからね、それに出来れば外部に漏らしたくはない話なんだ、と言えば要件は察して貰えるかな?」
「あー……先日の案件か、進捗はどうなんだ?」
「違法な奴隷売買に直接関わっていた実行犯は摘発、同時に下層と繋がっていた各種盗賊団は逮捕。違法奴隷の解放。とまぁ、この案件は八割程度達成出来たと言って良いんだが……」
「残りの二割は何なんだよ」
「違法奴隷を匿っている隠れ家がまだあるみたいなんだ、そして実行犯を裏で操っていた黒幕が誰かを暴く必要がある」
「その隠れ家が何処か分からないのか?」
「大方の目星は付いている。後は制圧するだけだ」
「ならさっさとやれば良いじゃねぇか、俺達に何の関係があるんだよ」
「誰が黒幕か分からない以上、福音使徒を使って捜査をするのは悪手だ。万全を期す為には、聖教会の外部の人間に依頼する必要があった」
「……それを俺達にやれと?」
「そういう事になるかな、戦力として祝福の勇者ニコラス君が君達の仲間として動いてくれる手筈になっている、どうだろう、引き受けて貰えないか?」
「ふむ……なるほどな」
要するに。俺達は敵の隠れ家に行ってそこを制圧、黒幕を捕まえてくれば良いらしい。
クロセルに加えて勇者も付いて来るとなれば、戦力は十分だ。難しい依頼ではないが……
「報酬は?」
「金銭で良ければそれでも良いし、他に望みがあるなら聞いても良い」
「……いや、やっぱ無しだ、違法奴隷の件でお前には十分働いて貰ったしな、引き受けてやるよ」
少し考えるように腕を組みながら、思考を巡らした後。悪い事でも思い付いたようにニヤリと口角を上げ、俺は教皇の依頼を承諾する。
それを聞いて、一番に反応を示したのは教皇でも勇者でもなく、アカツキだった。
「え!?あの……ヤマトさん……?熱でも出しましたか?」
「あ?うるさいぞ……快く引き受けたのに何か文句でもあるのか?」
「いえ……ごめんなさい、ちょっと驚いただけです……ヤマトさんが無償で他人に奉仕が出来る人間だったなんて……」
「お前、俺の事馬鹿にしてるだろ」
「そんなつもりはないんです……ごめんなさい」
まぁ下心が無い訳ではない。後の事を考えて教皇とは良い関係を築いておきたいと思っただけだ。
「まぁ、この程度の仕事、俺とクロセルに掛かれば余裕で解決してやるよ」
「心強いですね、引き受けて頂いてありがとうございます」
「ヤマト君とクロセルちゃんが強い事は知ってるけど、僕の事は忘れてないよね?」
「いやお前……また無茶しただろ……上層で会った時は気付かなかったが鎧がボロボロだぞ」
勇者の黄金の鎧は、到るところに裂傷の跡があり、何らかの不思議パワーで継ぎ剥がれ、何とかその形を留めていると言ったような容態だ。
勇者自身の身体は不死身でも、その装備品には確かに寿命がある。もう十分に買い替え時だと思うのだが……あの鎧には何か思い入れでもあるのだろうか。
「気にしないでくれ、僕の性能に支障はない、今回は武器も健在だ」
「まぁ別にお前を幾ら消耗しようと俺には関係ないから別に良いんだけどな、精々盾になってくれ」
「うん!僕に任せてくれ!」
皮肉を言ったつもりなのだが、何故か嬉しそうだ。
自信満々に拳で胸を叩く勇者を横目に、俺は教皇に話を振る。
「んで……その隠れ家の場所ってのは何処なんだ?」
「実は正確には絞れていないんだ、だから幾つかの候補地がある、詳細は彼女に渡した書類に書いてある」
「ヤマトさん、此方です」
「どれどれ……」
アカツキが地図らしき物を机の上に広げる。そして懐からペンを取り出すと、地図の複数箇所に丸を付けた。
「結構多いな、一日だと回りきれなそうだ」
「あぁ、これ全部を回る訳では無いですよ。書類と照らし合わせて可能性の高い場所を特定しますから大丈夫です」
「なら出発は後日になるか」
「そうなりますね、その間……ニコラスさんも一緒に住みますか?」
「良いのかい?」
「おい、アカツキ」
「構いません、明日には発てると思うので滞在して頂くのは一晩程度になると思いますが」
「それなら然程迷惑も掛からないかな、お言葉に甘えることにするよ」
「俺は許可してないぞ!?」
「この施設は半分以上私の物ですからね、ヤマトさんに決定権はありません」
「うぐっ……確かにそうだが……」
「じゃあ、話も纏まったようだし、私はこの辺で失礼するよ。引き受けてくれてありがとう」
俺とアカツキが言い合っている中、教皇が一つ頷くと、そのまま席を立つ。そして深くお辞儀をすると、そのまま部屋から出て行く。
「お見送りします、じゃあヤマトさんはニコラスさんを部屋に案内しといて下さい」
「分かった……客用の部屋で良いんだよな」
「それで大丈夫です、頼みましたよ」
そう言い残すと、アカツキは教皇に付いて部屋を出ていった。
後に残された俺と勇者は、気まずい雰囲気の中、お互いに沈黙する。
「あー……じゃあ部屋に案内するから着いて来い」
「うん!分かったよ!」
不本意だがアカツキの意向なら仕方ない。俺は勇者を部屋に案内し、そのまま一晩泊める事になったのだった。
そして翌日。俺とクロセル、そしてアカツキと勇者の四人は、拠点の前で集合していた。
「三人は留守番か」
「犯罪者の隠れ家に向かうんですから、黒幕に抵抗される可能性もあります、その際に戦えない人が居ると危険ですからね」
「俺は戦える奴扱いなのか……?」
「武帝と称されるあの皇帝を二度も破ってるんですからもっと自信を持って下さい、ヤマトさんは強いですよ」
「まぁな……傷害のディザビリティさえ無ければ異世界で無双ハーレムも夢じゃ無かったってのに……惜しい物だ」
「……何も言わないでおきましょうか」
「早く出発しよう!悪は僕が裁くんだ!ジャスティス!」
「うるせぇ……んでアカツキ、隠れ家の場所は絞れたのか?」
「一箇所まで絞れました、要するに確定ですね、聖教会の資料に間違いがなければ間違いなく絞れてる筈です」
「流石だな、んじゃ案内は任せるぞ」
「任されました、では行きましょうか」
アカツキが地図を片手に歩き出す。俺達三人はその背に付き従うようにして歩いた。
そして、聖都を数時間程度歩いただろうか。俺達は一軒の民家らしき場所の前に立っていた。
「此処なのか?」
「クロセルさん、中に人は」
「魔術回路改竄……略式詠唱展開
――空間魔術 空間精査」
クロセルが速やかに詠唱し、魔術を行使する。
特に何も起こらないが、クロセルは何かが分かったようで、大きく頷くと、アカツキに向けて言葉を投げる。
「地下があるな、中の生命反応は数十体、この数だと敵の戦力に加えて奴隷も含まれていると推定出来る」
「通路は確保出来てます?」
「障害物、要するに扉はこの正面の一つだけだ。この扉さえ開けば真っ直ぐ最奥まで向かえる」
「では役割分担しましょうか、ヤマトさんと私で黒幕を捕獲、クロセルさんとニコラスさんの二人で敵戦力の無力化」
「戦力が偏り過ぎじゃないか?黒幕の戦闘能力次第だと俺とアカツキだけじゃ捕獲は厳しいかもしれないぞ」
「捕獲、と言いましたが実際の所はクロセルさんとニコラスさんが敵を全滅させて合流するまで、時間を稼げれば良い訳ですから多少戦力不足でも問題ありません」
「そうか、ならそれでいこう」
「ではニコラスさん、一番槍は任せました」
「任された!行くぞ!ニコラス流……ニコン式奥義……ヒーローアターック!!!」
勇者は刀に手を掛けて扉へと突き進んでいくと……その刀を抜き放つ……事はなく。そのまま体当たりで扉を蹴破る。
俺は唖然としながらそれを見ていた。その間にも、勇者はそのまま建物の奥へと走っていく。
「ヤマトさん、行きますよ」
「あぁ……おう……」
クロセルも勇者に続いて走っていき、後には俺とアカツキだけが残された。
アカツキは俺の手を掴むと、そのまま手を引きながら走って行く。
この建物の内部構造は至ってシンプルだった。一階部分はカムフラージュの為に何の変哲も無い民家となっており、その一部屋が地下に続く階段になっている。
そして地下に進むと、そこは地下牢と呼ぶに相応しい空間が広がっていた。真っ直ぐ通路があり、その両脇に長屋のように牢獄が配置されていた。
その道中には見張りらしき福音使徒が何人か見受けられ、その全員が武装、俺達に牙を剥いてきた。
だが、その凶刃が俺達に届く事は無い。クロセルと勇者が無詠唱魔術と鮮やかな剣戟で速やかに敵勢力を無力化していく。
そのお陰もあり、俺とアカツキの二人は一切敵と交戦する事無く、その最奥部まで辿り着く事に成功した。
「見事に牢屋と通路しか無かったな、部屋は此処一つだけか」
俺は立ち入った部屋の中を見渡す。そこにはロープや鎖、拷問器具や無数の鍵が壁に掛けられ、床にはまだそう時間が経っていないであろう血痕が広がっている。本棚には書類が詰め込まれており、残るは机と椅子。
例えるならばそれは……悪趣味な書斎……とで形容するのが相応しいであろう部屋であった。
「お前が盗賊と通じて違法な奴隷を売買していた黒幕だな」
「……」
「ヤマトさん、気を付けて下さい」
その部屋に居た黒幕と思われる人物は、俺達に背を向けるようにして椅子に座っていた。
俺がその人物に近付こうとすると、アカツキが俺の胸の前に手を出し、制止する。何故だ?
「おかしいな……僕の部下が来る筈だったんだけど……教皇も中々頭が回る、内通者の存在を加味して外部の人間に摘発を依頼するとはね」
「お前は……」
「でも教皇は詰めが甘いな、これも僕の中では想定内だった、そう……君達が来る事を知っていたから、僕も少し準備をしたんだ」
黒幕は背を向けたまま、俺達に向けて言葉を紡ぐ。
俺はポケットから一枚の紙とペンを取り出すと、何か文字を書く。
そんな俺の行動に不思議そうに首を傾げるアカツキ。まぁ分からないのも無理はないと思いつつ。俺はそれを遥か後方へと放り投げた。
「人質を解放しろ」
「うん、やっぱり君達だね、と言うことは……この子が大事なんだろう?」
黒幕は立ち上がると、ゆっくり俺達の方へと振り向く。
その右手にはナイフ。左手には、意識を失った赤髪の少女が乱雑に抱き抱えられていた。
「ヤマトさん、彼女は?」
「Vの妹だろう、俺達にとっては一番厄介な人質だな」
「戦闘音……まだ仲間を連れてきてるんだね、困るなぁ……僕の大事な部下を傷付けるなんて」
「殺すつもりはない、無力化するだけだ」
「そうか、君達は優しいんだね、僕と違って」
「あぁ、俺達に比べればお前は最低だな、卑怯な手を使いやがって」
「違法奴隷売買の黒幕は……貴方だったんですね……」
「そうだよ、僕が黒幕だ」
「どうしてこんな事をするんですか……
――アダンさん……」
俺達の前に立ち塞がっていたのは、茶髪に糸目の男性。
聖教会に属する福音使徒の一人、アダンであった。
「簡単な話だよ、この商売は金になる。僕は高い地位を利用して盗賊から買い取った奴隷を売り捌いた。罪人は大した値じゃ売れないからね、盗賊から買い取った従順な奴隷は良い値で売れるんだよ、奴隷の売り上げが評価され昇格も出来た。僕の人生は順風満帆だった……んだけどね……」
「それも此処までだな、俺達はお前を捕らえ聖教会に突き出す。証拠なら此処に幾らでもあるからな」
「あはは……そうなんだよね……だから僕としても君達を無事に帰す訳にはいかないんだ」
「どうすれば人質を解放してくれる?」
「そうだな……まずは大人しく拘束されてくれるかな、君の仲間も一緒にね」
「そんな条件……呑める訳……」
「アカツキ、"黙れ"」
俺は強い口調でそう告げると、アカツキの方に視線を向け、瞳で何かを訴えかける。
通じたかは分からないが、ひとまず口を噤んでくれたようだ。
それから間も無く、後ろから大きな足音を立ててクロセルがやってくる。
クロセルは辺りを見渡すと、現状を理解したように唇を噛み……悔しげな視線を向ける。
「どうだい?僕の要求を呑む気にはなったかな?」
「俺達全員を拘束したら、お前は彼女を解放するんだな?」
「そうだね、君達全員を捕らえたら彼女の無事は保証しよう」
「分かった。要求を呑む、俺達を拘束しろ」
「助かるよ、ありがとう」
アダンはほっとしたように溜息を吐くと、ナイフを突き付けたまま俺達に近付き近くにあった鎖で全身を拘束していく。
片手で人質を取ったままもう片方の手で拘束するとは、何とも器用なものだ。
そして、俺達三人はアダンの手によって完全に拘束されたのであった。




