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Side Story『聖域』

 ~Side Story~


「此処より先は神聖なる聖域である!不敬なる侵略者よ!近付くな!」


「これは結界か?」


「みたいだな……斬っても突いてもびくともしねぇ」


 聖教会の本部は全ての外装、内装、調度品が白色で統一されている。

 それは神に仕える福音使徒達が潔白である証明。

 だが、そんな聖教会の本部に、唯一白色以外が使われているエリアがある。

 その名も、聖域。その場所だけは、白色では無く、無色透明の建材が使われている。

 神の使徒が清廉なる白色であるならば、神は何色なのであろうか。

 答えは無色である。神は黒ではなく、白でもない。何色にも染まらぬ唯一にして無二の存在。

 故に神の過ごすエリアである聖域では、全ての物が無色透明で統一されているのだ。


「……」


「神様、御安心下さい、貴方様の事は私達が全力で守ります、命を懸けて」


「結界を張り続けろ!絶対に破られるな!」


「無茶を言わないで下さい!維持するのが限界です!」


 十数人の福音使徒が一つの椅子を取り囲んでいた。

 その中央に座す少女こそ、神である。この世界を生み出した唯一神。創造神。

 神はこの緊迫した状況下でも、酷く冷静に冷たい瞳で虚空を見つめていた。


「結界を張ってるのは一人だけだ!魔力が尽きるまで叩きまくれ!」


「応援が来る前に結界を突破すれば俺達の勝ちだ!」


 使徒の内の一人が、聖域を取り囲むようにして巨大な結界を張っていた。

 だが所詮は一人の力。あらゆる武器、手段で傷付けられ続ける結界の修復、維持が限界であった。

 そしてそれも……有限。彼の魔力が尽きれば、後は帝国兵達が福音使徒、そして神を蹂躙するだけである。


「全く……まーだ壊せないんですか?」


「ラプラス様、それがこの結果を張っている福音使徒、中々にしぶといようで……」


「もー焦れったいですねぇ……早くどうにかしてくださいよー」


「後少しで破れると思いますので、どうか暫しお待ちを……」


 聖域の入り口に突撃する帝国兵達を遠目に見守る黒髪の少女が居た。

 片手には光り輝く剣を携え、それを気怠げに振り回しながら、話し掛けてきた帝国兵にジト目を向ける。


「聖剣で突いたら一発だったりしないですかねぇ……」


 少女がそう呟いたかと思うと、その瞳が一瞬、青く光る。

 そして何かを悟ったかのように溜息を吐くと、再び気怠げな様子で言葉を続けた。


「ダメみたいですねー……無駄なことはしたくないし此処は帝国兵の皆さんに任せますよ、ちゃっちゃとやっちゃって下さい」


 それから暫しの時が流れた。

 今まで奇跡的に維持されていた結界が、ついに限界を迎える。


「すい……ません……神様……」


 結界魔術を張っていた男が意識を失い、倒れ込むと同時に、聖域を取り囲んでいた結界がガラスの割れるような音と共に弾ける。

 こうして、兵達と神を隔てる壁はなくなった。


「今だ!突撃!福音使徒を殺せ!」


「俺が一番乗りだ!」


「うおおおおおお!神!殺す!」


 勝利を確信した、嬉々とした声が飛び交う。

 帝国兵達は我先にと神の座する場所へ突っ込んでいく。


 ――その時の事であった。


「いてっ……なんだ……」


「突然目の前に壁が現れたぞ!?」


「これは……結界!?くそっ、結界魔術を使う奴は倒れた筈じゃ!?」


 帝国兵達の眼の前に、再び結界が展開される。

 しかし、その術師は福音使徒達の中には居ないようで、使徒達は何事かと目を丸くして辺りを見渡す。


「どうやら……何とか間に合ったみたいですね」


「誰だ!?」


 帝国兵達の遥か後方から安堵したような声が響く。

 彼らが声の主へと一斉に振り向いたその時の事であった。


「……」


 鞘から刀を引き抜いた時の、草木が擦れる様な音が静かに奏でられる。

 そして、それから間も無く刀を鞘に納刀した時の金属質な音が響く。

 全工程、一秒にも満たず。凡俗な人間には、それがただ刀を抜き、収めただけの動作に見えただろう。

 振り向いた帝国兵達の急所から突如血が吹き出たかと思えば、そのまま一斉に倒れる。


「ふふっ……またつまらない物を斬ってしまったね」


「な……一瞬でこの数の兵を……」


 倒れた帝国兵達の前に立っていたのは、容姿端麗な黄金の剣士。

 剣士はふっと小さく笑うと、再び刀を鞘から抜き放ち、帝国兵に突き付けながら言葉を続ける。

 その姿はまさしく英雄。勇者と呼ぶに相応しい出で立ちであった。


「僕が!僕こそが!人斬り抜刀斎ニコンだ!ばばーん!」


 しかしその本性は、黙っていれば格好良い残念な男である。

 そしてその男の後ろから、コツン……コツン……と何かを突く音。


「皆さん遅れてすいません、でも間に合ってよかった」


 剣士の横に現れたのは、慈愛に満ちた優しい笑顔を浮かべる高齢の男性。

 しかし、その白い制服は鮮血で紅く染まっており、本来なら安心感を齎す筈である笑顔さえ、恐怖を掻き立てる。

 事実、その感想は間違っていないとも言える。本質的に、この老人は恐ろしい男だ。

 この男の笑顔の裏には、その純白の装束で隠された闇がある。この男の本性、それは罪は罰を以て断罪されねばならないと狂信する異常なまでの嗜虐性。

 神が全てであり、その教えが法律よりも重い教国。そんな国を統べるトップとしては、必要以上なまでに素質はあると言えるだろう。


「さて、どうしたものでしょう……神に背き、その御身に刃を向けた罰、死よりも重い罰でしか裁けませんね」


「あぁ……ボクも詰めが甘いですね、苦痛に苦しむ姿を眺めたりせず、さっさとトドメを刺しておけば良かった、これはボクの失敗だなぁ……ごめんなさい魔王様」


 剣を握った少女が現れた二人を眺め、嫌そうに顔を顰める。そして少し考えるように腕を組んだ後、静かに目を閉じる。

 そしてその数秒後の事。少女は一気に目を見開くと、その瞳が青く光り輝き、そのまま駆けるようにして老人、教皇の懐へと一気に距離を詰める。


「――もう一度殺してあげます☆」


「させないよ」


 それとほぼ同時に。勇者が教皇の前に躍り出たかと思えば、刀を振り上げ少女の剣を弾き上げる。


「まぁ君ならそうするよね!ボクは分かってる!君の未来と死が見える!だからこの勝負、ボクの勝ちだ!」


 少女は剣に体重を乗せたまま、弾かれた剣と共に宙へと飛び上がる。そしてそのまま宙返りをする形で勇者の胸元を蹴り上げた。


「うぐっ……軽いね、そんな攻撃じゃ僕は……」


「あはははは!喋ってる余裕なんて無いですよ!?」


 少女はそのまま着地したと同時に怯んだ勇者に向けて回し蹴りを放つ。


「っ……」


「まだまだ!」


 少女の体躯もあり、大して威力は乗っていないが、姿勢を崩すには十分過ぎる攻撃が二発通った。既に勇者は構えを崩され、勝負は勇者の防戦に傾いていた。

 続いて少女は剣を回しながら握り直すと、そのまま体重を乗せて勇者に斬り掛かっていく。一瞬もの間に行われる幾度もの剣戟に金属音が幾重にも重なって響く。


「さて、そろそろ終幕ですよ」


「くっ……僕の動きが完全に読まれている!?」


 勇者も攻勢に転じようと必死にチャンスを伺うが、少女はその隙を一切勇者に与えることはなかった。そして、この勝負は早くも最終幕へと移る。


「ジ・エンドです、勇者さん」


「がはっ……僕が……負ける……?僕は……祝福の勇者……ニコラス……だぞ……抜刀斎……なんだぞ……」


 少女の剣が勇者の身体を鎧の上から大きく斬り裂く。勝負を決する、深い一撃が入った。勝敗は付いたと言って良いだろう。


「死ね」


 力尽き、膝をついた勇者の胸に、少女は剣を深々と突き刺し、乱雑に引き抜く。

 そして、勇者は力なく地面に転がった。


「あは?教皇の護衛のつもりだったんでしょうが、随分と弱いですねぇ……こんなのボクと魔王様に掛かれば雑魚ですよ雑魚」


「君の罪は重すぎる、とても私では裁ききれない程に……」


「無理しないでくださいよ~ボク知ってるんですよ?貴方が何故ボクと勇者の戦いに加勢しなかったのか。貴方、結界を維持するのに全力で戦う余裕なんて無いんですよね?あはははは!なんて無駄な事を!貴方を守る人が死んで、貴方が死ねば、結界を張って必死に稼いだ時間も水の泡。だって全員死ぬんですから!もし貴方がお仲間の福音使徒と神様を捨てて、勇者と結託してボクに挑めば、勝機もあったろうに!あはははは!馬鹿ですねぇ!」


「君は……何か勘違いをしているようだね」


「は?ボクが勘違い?何が違うって言うんです?ボクはただ真実を述べたまで、この先の未来はボク達の勝ちで確定してい……」


 顔を大きく歪めながら嘲笑を浮かべる少女の瞳が、再び青く光る。


「は?嘘だろ?こんな未来……こんな未来があるなんて!?嘘だ!ボクは認めない!」


「やっと分かったようですね、私は結界を維持するのに全力を尽くしていた訳ではありません、悪魔さん」


「やめろ……嘘だ!?勇者と戦う前は……ボクの勝利の未来があったはずだ!」


「えぇ、そうでしょう。貴方が勇者と戦わずに、何らかの手段で私を先に仕留めていれば、貴方達の勝利は確定していた」


「あぁァァァァァ!?くそっ!ボクは!今からでも、未来を変えてやる!」


「無駄です、全行程終了……

 ――光魔術 神罰代行(ゴッドパニショメント)神魔封印(ホールロック)時空牢獄(タイムプリズン)


魔術回路改竄(カスタマイズ)略式詠唱展開(ファストキャスト)

 ――闇魔術 虚空吸引(ブラックホール)!」


 教皇の詠唱が終わったと同時に、少女の頭上と足元から光の鎖が現れ、少女を拘束すると、そのまま足元の異空間へと引きずり込もうとする。

 だが対抗して詠唱した少女の魔術も同時に発動した。それは周囲の物質を吸引し、飲み込む魔術。それを自分の目の前に展開し、教皇の魔術に対抗しようとしたのだ。


「出来もしない略式詠唱魔術……無茶をしましたね……これだけ不安定な物質を生み出したりなんかしたら……」


 教皇は呆れたように溜息を吐く。そして今にも異空間へと飲み込まれようとしている少女に背を向け、自らの作った結界の内側。聖域へと歩いて行く。

 それを阻止しようと帝国兵が教皇を襲うが、彼はその手に持った杖一本で、兵士達の攻撃を軽くいなし、そのまま悠々と突き進んでいく。

 そして、教皇が結界の内側へ入ったのとほぼ同時の事であった。


「ズバァァァァァン!!!」


「……」


「まぁ、こうなるでしょうね……」


 少女の不安定な魔術により生み出された物体は、周囲の物質を無作為に吸収しながら膨張し、最終的に大爆発を起こした。

 教皇が結界の外へ振り向くと、そこには無残な帝国兵達の亡骸と、ぽっかりと空いた異空間への穴があった。

 異空間への穴はゆっくりと閉じ、やがて辺りは静寂に包まれる。


「さて……皆さん無事ですか?」


「エンド様!助かりました!貴方が居なければ今頃どうなっていたか……」


「流石は教皇、やはり神を守れるのは貴方様だけです」


「神様も、お怪我はないですか?」


「……」


 "神"と呼ばれた少女が、椅子に座ったまま小さく頷く。それを見て教皇は安心したように笑顔を浮かべると、杖をトン、と地面に打ち付ける。

 すると、辺りを覆っていた白い結界が解かれ、宙に光となって消えていく。


「エンド様……結界を外すんですか?」


「えぇ、もう脅威は去りましたからね。ほら、あそこを見てみなさい」


 そう言いながら教皇は透明な床の一点を指差す。

 福音使徒が促されるままにその場所を見てみると、そこには中層から転移してきた聖教会の兵士と勇者達の姿があった。


「やっと応援が来てくれた……助かった……私達は助かったんだ」


「えぇ、ですから安心なさい、後は教国兵と勇者の仕事です、貴方達は早速ですが今回の襲撃の後処理に取り掛かって下さい、また忙しくなりますね」


「承知しました、エンド様、すぐに取り掛かります」


「……」


「神様、勇者を遣わせてくれてありがとう御座います、彼が居なければ今頃危ない所でしたからね」


 教皇はそう言いながら神様に笑い掛ける。神と呼ばれる少女は、それに応えることこそ無かったが、教皇を見て、小さく笑った……ような気がした。


「あの…エンド様、彼って生きてるんですか?」


「あぁ……祝福の勇者だね、半分以上が骨しか無い死体に見えるけれど……数日経てば元に戻るよ、医務室に運んであげなさい」


「……分かりました」


 祝福の勇者。ああ見えても今回の一件に関しては彼も功労者だ。

 彼が時間を稼いでくれなければ教皇は大規模魔術を発動できなかった。

 それはつまりあの悪魔を仕留める事が出来なかったという訳でもあり、その場合、教皇を含め彼らは無事では居られなかっただろう。


「エンド様!飛空艇!撤退していきます!」


「そうか、援軍が下の階も制圧してくれたようだね、これで本当の意味で一息つけるよ」


 今回の功労者は祝福の勇者の他にまだ居る。

 それは死にかけていた教皇を助けてくれたあの少女達だ。

 彼女達が居なければ、教皇は今頃死んでいたのだから。


「なんというか……全ての歯車が上手いこと回って何とか難を逃れた。そんな気がしますね」


「何を言ってるんですか、エンド様の尽力が全てですよ、貴方が居なければ私達、そして神様が生き延びることは出来なかった、本当に感謝しています」


「そう言って貰えると私も嬉しいよ、ありがとう」


 辺りが騒がしくなり、再び上層にも活気が戻ってきたという所。教皇はあることを考えていた。

 それは、今回の襲撃は魔王の本気ではなかったと言うこと。

 本来、帝国の持つ飛行船の保有台数は二桁に到達する。兵士の数に至っては七桁だ。

 そんな魔王軍、ないし帝国の襲撃が飛行船一隻、兵士数千人だけ……というのはあまりにも規模が小さすぎる。

 故に今回の襲撃は魔王の本気ではない。此方の戦力を図る為の襲撃と考えるのが妥当だ。

 そして、此方の戦力が相手に図られた以上、本当の襲撃が来るのは時間の問題。

 それまでに、魔王軍に対抗する術を用意する必要がある。


「間に合いますかねぇ……まぁ、やるしか無いんですが」


 魔王軍に対抗できる戦力を用意する。それは今の教国には無茶な話だ。

 だが、それでもやるしかないのだ。教皇イヴ・エンドは教国を導く者。守る者であるのだから。

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