奪回作戦
「だいぶ近付いたな」
「うむ、あの様子だと帝国兵は既に聖教会の奥に進んだようだな」
俺とクロセルの二人は、長い空中散歩の末に、上層へと辿り着いた。
飛行船は施設の壁へと錨を刺しており、施設の入り口へと桟橋が掛けられている。
門らしき場所は見事にバラバラに破壊されており、帝国兵が強引に内部に押し入った事が分かる。
「飛行船の周りに数人見張りが居るな……まぁ飛行船が無いと帰れないんだしそれを守る奴が居るのは当然か」
「ご主人、どうする?見張りを始末するか?」
「いや、必要無い。このまま中に入ろう」
見張り達の意識は船の方に集中しており、門の方は警戒が手薄なようだ。
これなら姿を隠したまま中に入れば見付からないと判断し、俺はクロセルにそう指示する。
「分かった、しっかり掴まっているのだぞ」
「分かってるって」
俺達はそう軽く言葉を交わすと、直ぐに口を噤む。声でバレたら今までの努力が水の泡だ。
そして、俺はクロセルに手を引かれるまま聖教会の本部の奥へと進んだ。
この施設。外装もそうだが、内装も含め、白一色の建物だ。恐ろしい程に掃除が行き届いており、汚れ一つ見当たらない。
強いて言えば少し目に痛いのが玉に瑕か。
長い廊下を進んでいくと、やがて広い場所に出る。
「此処は広間か……っておい……なんだこれ……」
「ご主人、声を抑えろ、まだ生きている」
俺達が辿り着いた広間には、地獄絵図が広がっていた。
無数の帝国兵達が謎の光の鎖で全身を締め上げられ……悲痛な叫び声をあげながら……死んでいる。
思わず声を出してしまったが、辺りは悲鳴に包まれており、俺達の会話はまともに聞こえていないだろう。
「……酷いな」
「一思いに殺さず、拷問のような責めを受けさせながら殺すとは……なんとも悪趣味だな」
「これも魔術か?」
「うむ、恐らく光属性の上級魔術だ、帝国兵がやられていると言うことは、教会側の魔術師の仕業だろう」
此処は教国の頂点に位置する組織の本部だ。高度な光属性魔術を使える魔術師が福音使徒の中に居てもおかしくはない。
それにしてもこれは酷いと思う。元は咎人である俺ですら吐き気を覚えるレベルだ。
この惨状にばかり目が行ってしまったが、この広間には他にも何かがある。そんな直感に従って俺は辺りを見渡す。
「おいクロセル、あそこに誰か居ないか?」
広間の中央。謎の巨大な彫像の足元にある二つの人影を、俺は指差す。
「どこだご主人」
「あぁ……指差しても見えないよな、正面だよ正面、あの彫像の下」
それから僅かな沈黙。俺の視力では捉えられないが、クロセルであれば見えるだろう。
そして、クロセルは口を開いた。
「ティアと……老人だ、何処かで見覚えがあるが……」
「その老人は帝国兵じゃないんだな?」
「服装は福音使徒の物だ、聖教会側の人間だろう」
「爺さんはどうでもいい、それよりティアだ、連れ戻すぞ」
「ふむ……ではまだ生きている帝国兵の意識を奪うか?」
「頼んだ」
俺がそう答えたと同時に、クロセルは聞き慣れた短い詠唱をすると、俺の手を離して片手を天に向かって挙げる。
クロセルの掌から大きな水の球体が出来たかと思えば、間も無くその球体から全方位に水の弾丸が飛んで行き、的確に帝国兵達の急所を撃ち抜いていった。
そして、辺りは静寂に包まれる。先程までの喧騒を思えば、この状態はなんとも不気味だ。
「殺したのか」
「……あのまま放置しても死ぬ運命だ、一思いに殺してやった方が楽に逝けると判断した」
「そうか、良くやった、じゃあ行くぞ」
こいつらは敵だ。殺しても何とも思わない。良心の呵責など俺には存在しない。
そう自分に言い聞かせると、俺はティアと老人の元に駆け寄った。
「おいティア、何してる」
「ヤマト!?と魔杖ね、こんな所まで来てどうしたの?」
「それはこっちの台詞だ、神の御告げだか何だか知らないが、俺に断らず勝手に外に出るな」
「我とご主人はお前を連れ戻しに来たのだ」
「でも……私は神様に逆らえないから……」
ティアが申し訳無さそうな声色で俺達にそう告げると、小さく俯く。
それを見て、俺は少し考えるように腕を組むと、一つ頷く。
ティアに近付いていくと、その手を掴んだ。
「なら命令だ、俺はお前を強引にでも連れ帰る」
「うん、私の意志じゃ帰れないから……頼んだわ、ヤマト」
「あぁ、俺に任せろ」
「あっ!でもその前に……ヤマト、この人を助けないと……」
「あ?なんだこの爺さん、白い服が血で真っ赤だな」
「怪我をして死にそうなの……治癒魔術だけ掛けてから帰らせて頂戴?」
「しょうがねぇなぁ……クロセル、手伝ってやれ」
「うむ、我に任せておけ」
クロセルとティアの二人で、福音使徒らしき爺さんの治療を始める。
船から来た帝国兵に出会すのが怖いが、幸運にも後続は来ないようだ。
それから十数分程度の時間が経った。
「うっ……私……は……」
「お、目を醒ましたか?」
「流石は魔杖ね……あれだけ深い傷をあっという間に治しちゃうなんて」
「ふっふ~凄いだろう、もっと褒めても良いのだぞ」
「君達が……私を助けてくれたのかい?」
「まぁ、そうなるな、礼ならティアに言ってくれ」
「大丈夫?お爺さん」
「そうか……君達、ありがとう」
爺さんは自分の胸元を軽く見て、そのまま立ち上がろうとするが……直ぐに姿勢を崩して膝をつく。
「無理すんな、治癒魔術は体力まで回復する物じゃない」
「私、殆ど仕事が出来なかったし……今は無茶しないとね……神様が危ない……聖域に行かないと……」
「お前、福音使徒だろ?他の奴らはどうしたんだ?」
俺は再び辺りを見渡す。だがそこに転がっているのは帝国兵の亡骸のみ。福音使徒の遺体らしき物は一つも見当たらない。
まさかとは思うが……この数の帝国兵相手に一人で相討ちまで持ち込んだのか?いや、それは流石に無いか。
「他の皆は聖域に避難している、無事だと良いんだけどね……」
「お前、此処で敵にやられたんだろ?その中に魔王は居たか?」
「いや、魔王は居なかったよ、帝国兵と……悪魔が一人、それだけだ」
「悪魔か……となると、俺達は此処までだな」
「うむ、恐らく魔剣の悪魔だろう、奴に我々の存在を勘付かれてはいけない」
「これは私達の問題だからね……部外者である君達を巻き込むつもりはないよ、助けてくれてありがとう、それだけで十分だ」
「本当に爺さん一人で大丈夫なのかよ……」
この弱そうな爺さん、折角命を助けてやったのに、この様子だとまた死ぬんじゃないだろうか。心配だ。
それでも、俺達は着いて行けない。これは俺だけの問題じゃないんだ、アカツキやエル、ティアの為でもある。我慢するしか無い。
そんな時であった。
「――話は聞かせてもらったよ」
「ふむ、この声は……」
「うげ……」
背後から高らかな声が響く。聞き覚えのある声だ。
こんな時、我先にと駆け付けてくる大馬鹿の事を俺は知っている。もはや振り向く必要もないだろう。
「祝福の勇者ニコラス、又の名を抜刀斎ニコンとは僕の事だ!」
祝福の勇者ニコラス。不死身の身体を持つ、人類の希望だ。
黄金の鎧に長い刀を携え、その男は立っていた。
「ヤマト君とクロセルちゃん、それにティア様も居るじゃないか、久しぶりだね」
「あーそうだな……久しいな」
俺はこいつの事が苦手だ。扱いやすい男ではあるのだが、どうも好きになれない。
魔王封印が失敗した際に置いていった後、何をしていたのかは知らないが、どうやらまた聖剣(笑)を新調したらしい。毎回何処から拾ってきてるんだよ。
「僕の鎌矛尾羽針が気になるのかい?」
「別に興味ねぇよ」
「そうかい、残念だな……」
「祝福の勇者ニコラス様ですか……私達の神様を守る為に駆け付けて下さったのですね?」
「そう!その通りだ!僕が今度こそ……この国を!世界を!救ってみせる!」
今度こそ、と意気込むのは失敗続きだからだな。と心の中で呟く。
取り敢えず、こいつが居るのならこの爺さんの身は多少安全になるだろう。
こう見えてもニコラス、あいつの実力は確かだ。
「んじゃ勇者、爺さんと神は任せたぞ」
「君達は来ないのかい?」
「あぁ、俺達は戻る、こっちはお前と違って不死身じゃないんだ」
「そうか、では任せてくれ」
「おう、任せた」
軽く手を挙げてそう言葉を交わすと、勇者は老人に肩を貸しながら、この施設の奥へと進んで行った。
そして残された三人。目的は達成された、後は戻るだけだ。
「行かないと……ヤマト、私を止めて」
「分かってる、あまり動くなよ」
ティアが苦しそうな声色で震えながらそう告げる。どうやら神のお告げに逆らっているかららしい。
行きたくても行けない状況になれば、この症状も収まるだろう。無理を通せとは言わないはずだ。
俺は手錠を取り出すと、それでティアの両腕を拘束する。そして手拭いを取り出すと、それを猿轡にして口を塞いだ。
「これで良し……と、暫くは我慢してくれ」
「……」
ティアはコクコクと頷く。詠唱が出来なければ魔術も発動できない。手が拘束されている以上、抵抗も出来ない。
これで無事に拠点まで連れ帰れれば、恐らく神の御告げには逆らえたと言って良いだろう。
「じゃあ帰るか、クロセル、例の魔術を」
「その手錠とやら、我の知識には無かった物だが、中々に便利だな」
「本当は拘束するのも魔術で一発なんだろ?」
「まぁそうだな、魔術を使った方が手っ取り早いだろう」
「いや……ほんと俺って要らないんじゃないかな……」
「そんな事は無いぞ、ご主人が居なければ我は現界出来ていなかったのだから、我の功績はご主人の物だ」
「慰めてくれてありがとな」
「全く、本当だと言うのに……」
「……」
「あーティア悪いな、さっさと戻ろう」
ティアに少し睨まれた。怒られる前にさっさと帰ろう。
クロセルが魔術を発動し、空中を歩く能力を得ると同時に、その姿が消える。
「えっと……手が空いてないんだが……どうすれば良い?」
現在俺はティアを両手で抱き抱えている。この状態でクロセルに接触したまま動くにはどうすれば良いのだろう。
「って……うぐっ……」
背中に鈍い衝撃。クロセルが何をしたのか直ぐに察した。
首元に腕の感触がある。ついでに背中にも柔らかい感触が……無かった。まぁそれもそうかと一人納得する。
「クロセルもティアも軽くて助かったな……これなら俺でも動けそうだ」
「空中歩行のやり方は分かるな?」
「何度か経験してるから分かるよ、ただ段差は一定に作ってくれよ」
触れていれば魔術の恩恵を受ける事は出来るが、俺が歩く見えない足場を生み出すのはクロセルだ。
故に慎重に進まねばならない。途中で転んだりしたら死ぬからな。
「っと……まずいな、足音だ」
入り口の方向から帝国兵達が走ってきた。恐らくこの兵達も聖域に向かっているのだろう。
俺は通路の端、壁に密着するようにしてやり過ごす。どうやら見付からずに済んだらしい。
「あんな数の増援……勇者や爺さんは大丈夫なのか?」
「信じるしか無いだろうな、我々に出来ることはない」
「そうだな……」
気が付けば、あの勇者や爺さんの事を心配してしまっている。
何故だ?俺はあいつらがどうなっても何とも思わない筈なのに。
「ほら、早く進むぞ」
「あぁ、分かった」
いつの間に立ち尽くしていたらしい。俺は慌ててクロセルに返事を返すと、再び出口へと歩き出す。
そして行きと同じ長い廊下を抜けると、外に出た。
「いい風だな」
外の空気を吸うと、少しだけ落ち着く。さっきの広間は噎せ返るような血の香りで包まれていた為、新鮮な外の空気が随分と心地良く感じる。
「よし、降りるぞ」
そう一言断ると、俺の身体は上層の床から離れ、宙へ足を踏み出した。
そのまま階段を降りるように地上へと向かっていく。途中、振り向いてみるが、誰も追いかけてきたりはしていない。
「ミッションコンプリートだな、完璧だ」
「拠点に帰るまでが仕事だぞ、気を抜くな」
そんな風にクロセルに叱責されながらも、俺は降りていく。
そして暫くの空中散歩を楽しんだ後、俺達は無事に拠点へと戻ってきた。




