Side Story『教皇イヴ・エンド』
~Side Story~
「エンド様!大変です!」
「……なんだね?」
「帝国です、帝国軍が攻めてきました!」
「……国境警備隊は何をしていたのだ」
「それが……帝国軍は空を飛ぶ兵器に乗って来たようで……迎撃する術が無く……」
「そうか……それなら仕方がないな」
「エンド様……ど……どうするんですか?」
「全く、慌て過ぎだよ……神に仕える者であるならば、もっと冷静に物事を考えなさい」
「そう……ですね……取り敢えず、敵の狙いは上層のようです、中層に救援を要請しましたが……敵の到着の方が早いかと」
「敵の狙いは……私か……或いは神様か、どちらにせよ……食い止めねばならないね」
『エンド』と呼ばれる老齢の男。白い福音使徒の制服に高い帽子を被った彼こそ、聖教会のトップ。教皇イヴ・エンドである。
教皇は白一色の床と壁に覆われた一室で、椅子に座りながら優雅に茶を飲んでいた。
「取り敢えず神様には"聖域"から出ないように指示を出してくれ……勇者と援軍の到着までは……まぁ私がなんとかするよ」
教皇は焦り一つ見せず、呑気な様子でそう告げると、カップを机に上に置き、ゆっくりと立ち上がる。
「君達は神様の護衛を頼んだよ」
「……分かりました」
教皇と話をしていた一人の福音使徒は、その言葉を聞くと教皇に深く一礼し、早足でその部屋を後にした。
後に残された教皇は、両手を上に伸ばし、伸びをすると……そのまま近くに立て掛けてあった杖を手にする。
そしてそれをコツン……コツン……と地に突きながら、教皇も部屋を後にした。
「着いたぞ、錨を刺せ!」
「全く人の気配がないな……本当に此処に居るのか?」
「魔王様が居ると言ったんだから居るんだろう……それに居なかったとしてもどうすることも出来ないしな」
「神を殺した奴は……本当に魔王様の寵愛を受けられるんだよな?」
「殺さないと……家族を守らないと……」
上層にある施設、聖教会の本部へと飛行船の錨が乱暴に刺される。
それと同時に橋が掛けられ、本部の入り口に帝国兵が雪崩込んでいく。
そのまま帝国兵が通路を進んでいくと……やがて広い広間のような場所に出た。
「神はどっちだ!?」
「本当に誰も居ねぇなぁ……案外楽な仕事かもしれねぇぞ」
「おい待て、あそこに誰か居るぞ!」
一人の帝国兵が広間の中央にある高台を指差す。
そこには男とも女とも取れない大きな子供の彫像があり、その足元に福音使徒の制服を纏った一人の人間が立っていた。
「誰だ!」
「武器を置いてそこに跪け!大人しくすれば命は助けてやる!」
「神の居場所を教えるんだ!」
「はぁ……全く……神聖なこの場所で騒ぎを起こしてはいけませんよ」
一人の人間が、ゆっくりと振り向いた。
そしてその手に持った杖を、地面に強く打ち付ける。
「私を誰と心得ているのですか、神の代行者にして忠実な側近、教皇イヴ・エンドとは私のことですよ」
「教皇?」
「この国のトップじゃねぇか!神には劣るが、殺せば魔王様に褒められるぞ!」
「殺せ!」
「静粛に……と言っても聞いて貰えないんでしょうね、全く困りました……」
帝国兵が教皇に向かって一斉に駆け寄る。
ある者は剣を向け、ある者は槍で突き、ある者は弓を構えた。
四方八方からの同時攻撃。盾になってくれる者も、支援をしてくれる者も居ない。
これに為す術を持つ者は、居ないだろう。
――そう、彼を除いては
「……魔術回路構築」
教皇は、静かに構えると、立ち向かってきた者の剣を杖で弾き、心臓を貫かんと迫る槍の一撃を、後方に宙返りして躱す。
その動きはとても老人の物とは思えない。否、もはや人間離れしていた。
「……詠唱」
弓から放たれた矢が四方から迫るが、教皇がくるりとその場で優雅に一回転したかと思うと、カラン……という乾いた音が幾つも辺りに響き渡る。
ふと気が付けば、全ての矢は教皇の身体に届くこと無く、地に叩き落とされていた。
「……レ・ラルム・アルヴァリアス・ティロワール」
「何をこんな男一人相手に手間取ってる!早く殺せ!」
その後も、立て続けに帝国兵が教皇の元へと迫るが、教皇は軽やかな足取りでそれら全ての攻撃をいなしていく。
それは、まるで踊るかのような舞であった。
「――光魔術……神罰代行・神魔鎖錠」
そして、その口から歌うような詠唱が奏でられたかと思えば、その場に居る教皇以外の全ての人間の天井と足元から、光の鎖が飛び出る。
その鎖は速やかに帝国兵の身体を拘束すると、彼らを地に伏せさせた。
「これは……くっ……外れない…」
「貴方達は神に背いた大罪人です……この魔術は貴方達の罪の重さだけその身を強く締める鎖、その罪……その罰を……その身で受け切れるでしょうか?」
教皇は、地に伏せた帝国兵達を見下ろしながら、笑顔でそう言い放つ。
バキッ……ゴリッ……と嫌な音があちこちで聞こえ始める。
同時に絶叫、悲鳴、嗚咽で間も無く辺りは阿鼻叫喚の地獄絵図となる。
「嫌だ!死にたく無い!うっ……い……息が……」
「全く……此処は神聖な場所だと言っているでしょう、くれぐれも静粛に、静かに罰を受けなさい」
「そうでしょうか?ボクはこの悲鳴と泣き声のオーケストラ、と~っても甘美な音色に聞こえるんですが」
「なっ!?」
教皇が背後に気配を感じ、振り向こうとしたその刹那、教皇の腹部から一本の剣が突き出る。
「ごほっ……この私が……不覚を取りますか……」
「慢心しすぎですよ、ご老人、そこで眠ってて下さい」
「貴方は……あく……」
「おぉ!良く分かりましたね!そうですボクは悪魔です!えっ?なんで悪魔のボクが此処に居るかって?それはですねー神のなんでしたっけ、あのー加護でしたっけ?あれの効果を、何故かこれを持ってると受けないみたいなんですよね」
「せい……け……」
「喋りすぎると死にますよ?そうです聖剣です、なんでボクが使えるのか良く分からないんですけど、まぁこれを持ってる限りボクは加護のある土地でも自由に動ける訳ですよ!とんだ仕様の抜け穴ですね!この加護とかいうルール作った神様って、ガバガバなんじゃないですか~?なんてね、あははははははは!」
何処からともなく突如現れた黒髪の少女は、教皇の腹から聖剣を引き抜き、そのまま蹴飛ばすと、辺りをくるりと見渡す。
「いやー……帝国兵だいぶ消費しちゃいましたね、囮として良くやってくれた物ですよ、それに良い声で鳴いてくれますしね☆いやーボクは嬉しいなぁ」
「ラプラス様……聖域の場所が分かりました、直ぐに第二部隊がやってくるので第一部隊を救出、合流したら向かいましょう」
「あ?あの爺さんが折角こんなに素敵な場を用意してくれたのに台無しにするつもり?あんな奴ら放っとけよ、お前とは関係ないだろ」
「……失礼しました、申し訳ありません」
「ま、いいや……さっさと神殺して帰ろうか、魔王様も待ってることだし」
ラプラスと呼ばれた黒髪の少女は、聖剣フルティンを軽く振るうと、帝国兵に促されるまま、聖教会本部の奥へと進んでいった。
そして、イヴの魔術を受けた帝国兵達が助けられる事は無かった。最後の一人に至るまで。




