聖都襲撃
「魔王軍が攻めてきたって……どういうことだ、教国には神の加護とやらがあるから安全なんじゃないのか?」
「確かに神の加護では魔の者、要するに魔物や穢れを持った魔族、魔王や悪魔などの存在の力を奪う事が出来ます」
「なら!」
「ご主人……こっちに来て外を見てみるが良い」
一体何がどうなっていると言うのだろう。
俺は困惑しつつも、クロセルの元へ歩み寄り窓の外へと視線を向ける。
「あれは……船?」
「飛行する船だな、我の時代には無かった物だ」
「飛行船、飛空艇……まぁそんな物です、前皇帝エルクの任期中に帝国が発明した最新兵器ですね」
「でかいな……暗いのは此処があの船の影になってたからか……」
窓の外から見えた物は、俺のよく知る飛行船その物であった。
上部に気球があり、それに吊られる形で船体が付いている。
「飛行船は帝国の兵器なんだろ?なんで魔王軍が使ってるんだ」
「これは推測ですが……恐らく帝国は既に魔王の支配下にあるんだと思います……」
「つまり……帝国は滅びたのか?」
「いえ、正確に言えば……帝国は魔王の傀儡国となったんだと思います」
「……待て、つまりあの飛行船に乗ってるのは……」
「十中八九、帝国兵だな、王なき帝国にもはや魔王に対抗する力は無い、故に従わざるを得なかったのだろう」
「公国は滅びたのに帝国は生かすのか……意味不明だな」
「一応……魔王にとって帝国は元々自分の国ですからね、壊すより利用する事を選んだんでしょう」
「だからと言って教国を攻め込むのか……随分と強気だな」
「と言っても……狙いは下層では無いみたいですね、あの飛行船の本来の使い方は爆撃機です、それを行っていないということは、ただ移動手段として飛行船を用いたのでしょう」
「なら中層……いやまさか……」
「もしこれが政治的戦争であれば行政の中核を担う中層を落として国の機能不全を狙う、という手もありますが……単に破壊を目的とした戦争であれば中層を狙う理由は無いですね、下層を爆撃するのが無難でしょう」
「下層、中層が狙われていないとすれば……言うまでもなく狙いは一つ、上層に住まう"神"だと言って良い」
クロセルが重々しくそう呟いた。俺は外に再び視線を移す。
あの巨大な飛行船は確かにここ下層を無視して、空高くにある巨大な施設。上層を目指しているように見える。
「魔王は神を殺すつもりなのか?」
「全能の魔王にとって脅威に足り得るのは神と勇者だけですから、そこを潰しに来る事自体は理に適ってると思います」
「確かにおかしな話ではないが……無謀じゃないのか?」
「神と言っても仮初ながら人の身体を持つ生物だ。"死"は確実に存在する」
「この世界を作った神だろ?人間の身体じゃ寿命が持たないんじゃないのか、今までどうしてたんだ?」
「神は十歳の少年少女の肉体を借りる形で現界する、そして二十歳になるとまた新しい肉体に移るのだ」
「待て……その肉体の元の持ち主はどうなるんだ?」
「使い捨てだよ……」
ここで黙っていたVが初めて口を開いた。そう言えばこいつも神について詳しかったな。
そんな事よりも。Vの口から発せられた言葉が意味することの方が重要だ。それがそのままの意味なら……
「依代になった肉体は死ぬのか?」
「神をその身に宿しておくというのは、僕達が思っている以上に肉体に負荷をかける行為なんだ。だから十年の間、神を宿した後、使い終わった肉体は滅びる」
「これまた酷い話だな……でもそれなら、神の肉体を破壊しても次の依代に移れば良いだけの話なんじゃないのか?」
「神の継承は魔王の継承とは違うんだ、複雑な儀式が必要、それが神の作った"ルール"だ」
「神って奴は馬鹿なのか?簡単に乗り移れるような"ルール"にしておけば安全だってのに、わざわざ付け込める弱点を用意するなんて」
「僕もそう思うよ、どうしてそんなルールを作ったのか、それは神様しか知らない謎だ」
「……もし神が死んだらどうなる?」
「分からない、もしかしたら世界が終わる可能性もある」
「ならなんとかしないとまずいだろ……本当は面倒事に関わりたくないんだがな……」
「駄目ですヤマトさん、魔王にとってヤマトさんは憎き宿敵、幸いにもそんなヤマトさんの所在は魔王に知られていません、ですがもし今ヤマトさんが魔王に立ち向かったら……もう私達に逃げる場所は無くなるんですよ?」
「チッ……ここで指くわえて見てろってのか」
「今回ばかりはそうするしか無いだろうな、我慢しろご主人」
俺は窓の外を一瞥して小さく舌打ちをすると、ベッドに背中から倒れ込む。
下層と言えど空から魔王に見つからないとは限らない。魔王軍が撤退するまで、外に出るのは危険だろう。
それまでの間……特にすることもない。
俺はゆっくりと目を閉じた。そして、その直後……
「ヤマト様!大変だ!」
エルが慌てた様子で部屋に駆け込んできた。
魔王の襲撃の件なら既に聞いているが、別の案件だろうか。
「あぁもう!どうしたんだ……全く、今日は誰もが俺の部屋に慌てて駆け込んでくるな……」
「あはは……ごめんよ……」
「申し訳ないです……」
「そんな事よりエル、何がどうしたんだ」
「ティア様が……上層に向かった」
「……本当か?」
「本当、部屋にも居なかったし彼女が"勇者"であることを考えればそうとしか思えない」
「そうか……」
魔王の襲撃が来た時点で、薄々こうなることは予想出来ていた。
神に……そうでなくとも教国に、危機が迫るとして、真っ先に呼び出されるのは勇者達だろう。
過去に起きた教国を交えた戦争でも、教国の主戦力は勇者だったと言う。これは間違いなく"神の御告げ"で招集が掛かったと見て間違いないだろう。
「ったく……あいつを一人にする訳には行かないだろ……どうする?」
「招集が掛かったのはティアだけじゃない、別の勇者も居る筈だ、ティアの事は……彼らに託すしか無いかもしれないな」
「勇者ってニコラスみたいな奴らの事だろ!?あんな奴らにティアを任せておけるかよ!」
「なんだかんだ言いつつティア様の事大事なんだね、ヤマト様」
「あ?なんか言ったか?」
「何も言ってないよ、ヤマト様」
何故かエルが笑顔である。こんな緊急事態だと言うのに緊張感の無い奴だ。
「行くぞ、クロセル」
「ご主人、策はあるのか?」
「魔王に見付からないようにしつつ、ティアを連れ戻す、以上だ」
「待って下さい!流石に無謀です!」
「クロセル、いけるか?」
「それがご主人の望みならば」
「よし、行くぞ」
「気を付けてね、ヤマト様」
「本当は僕も行きたい所ですが……生憎、戦闘能力は無いので……我慢します」
「エルとアカツキも今回は留守番だ、人数は少ない方が目立たないからな」
「ご主人……魔王と戦いに行く訳ではない、あくまでもティアを連れ戻すだけだからな?」
「しつこいな……それぐらい分かってる」
そんな風に俺とクロセルは言葉を交わすと。俺はベッドから起き上がり、部屋の出口へと歩いて行く。
「じゃあ行ってくる、すぐ戻るから待ってろ」
「行ってらっしゃい」
「気を付けて下さいね」
「ご武運を」
「うむ、では行ってくる」
軽い別れを告げると、俺とクロセルの二人は拠点から出る。
あの飛行船が良くない物だというのは一般人も分かっているようで、外には全く人通りがない。
皆鍵を締めて家に閉じ籠もっているのだろう。
「既に飛行船は上層に到着したようだな」
「勇者を呼び寄せたって言っても転移魔術で呼び出すとかじゃないんだろ?間に合わずに神がやられる可能性もあるんじゃないか……?」
「教国に居て空を飛べるティアが一番乗りの可能性もあるな、そうなると彼女は帝国軍の矢面に立つ事になる、彼女の魔術の腕は確かだが、実戦経験は浅い。非常に危険だな」
「急がないと手遅れになるな……」
俺は空を見上げながらそう呟いた。その時、何かを番えるような音が響く。そして続いて何かを引く音。方向は俺の後方、俺の様子を見てクロセルも音に気付いたようだ。
「下層は狙ってないって言ってたが……クロセル、やれ」
「うむ、任せろ。魔術回路改竄……略式詠唱展開
――属性魔術……水弾・雨!」」
「うぐっ……」
クロセルが短い詠唱を唱え終わると同時に、水滴で出来た弾丸が建物の影へと放たれる。
同時に、何かを貫く鈍い音と共に、何かが倒れるドサッ……という音が響く。
殺気を感じたから誰かと思えば、どうやら帝国軍の伏兵が居たらしい。この様子だと、家に閉じ籠もっているというのは正解のようだ。
「殺したか?」
「否、首元に軽いのを撃ち込んだだけだ、殺傷性は無い」
「そうか……帝国兵は俺達の明確な敵だ、生かすのは気が引けるが……まぁ良いだろう」
「ご主人も無駄な殺生はしたくないと思ってな」
「そんなことはない、俺達の邪魔をする奴は容赦なく殺せ、慈悲は要らない」
「うむ、それがご主人の望みならばそうしよう」
「伏兵は勇者がどうにかするとして、あまり下層に長居するのも面倒だな、ティアは……空を歩いて上層まで行ったのか?」
「空中歩行魔術は彼女の得意な風魔術だからな、間違いなく魔術で上層に行っただろう」
「なら俺達もそれに倣うか、それ以外に上に行く方法は無いしな」
「うむ、転移魔法は使えない故に空を飛ばねば上層には向かえない、だが空中歩行魔術だと飛行船に見つかる可能性があるな」
「どうするんだよ?」
「透明化……とまではいかないが姿を隠す魔術ならある、魔術回路改竄……略式詠唱展開
――属性魔術……風迅空歩
――属性魔術……光錯迷彩」
「連続詠唱とか出来るのか……っておい、クロセル?何処行った?」
「眼の前に居るぞ、ご主人、目をよく凝らして見るが良い」
クロセルが詠唱を終えたと同時に、その身が緑と白の二色の光に包まれ、そして姿が消えた。
言われた通り、良く目を凝らしてみると……確かに人の形らしき輪郭が見える。これは……周囲の風景に溶け込むタイプの迷彩のようだ。
「凄いな……相当近付かないと居ることに気付かないぞ」
「我に触れていればどちらの魔術も効果を得られる。手を掴むと良い、ご主人」
「いや……手が何処にあるのか分からない、そっちから掴んでくれよ……」
「うむ……そうか……残念だ」
「何がだよ」
そんなやり取りをしていたかと思えば、俺の手がクロセルの手に触れる。すかさず俺は離さないようにその手を優しく握った。
「よし、行くか!しっかり手を掴んでいるのだぞ」
「これ、味方同士でも見えなくなるのが不便だな、クロセルから俺の事も見えてないんだろ?」
「うむ!不便だから今まで使わなかった!だがこれだけ近くにいれば大丈夫だろう、では行くぞ」
ゆっくりと足を踏み出し、その姿を隠しながら宙を闊歩していく。
そうして俺とクロセルの二人は、上層に向かったティアを連れ戻しに上層へと向かうのであった。




