公衆浴場
「盛況だな」
「教国には無い文化ですから受け入れられるか心配だったんですが、杞憂でしたね」
数日前より始めた公衆浴場だが、その盛況っぷりは予想を遥かに上回る物であった。
教国は比較的気温が高く砂塵が多く、中でも神の住まう神聖な都市である聖都に住む人間は綺麗好きな人間が多い。
その為、"安価で身体を清めることの出来る"施設というのは需要とマッチしていた訳である。
水が貴重なのもあり、聖都こういった施設は他に一件も無い。故に、公衆浴場が新たな文化として受け入れられるかは怪しい所であったが、その心配は見事杞憂に終わった。
良心的な価格設定に加え、珍しいと言う事から話題性もあるのだろう。
結果として、開店から一週間と経たず、公衆浴場の人気はピークを迎えていたのであった。これはアカツキも想定外だったようで、現状スペースも人手も圧倒的に足りていない。
外部の人間を雇うにしろ準備期間が足りなかった。だから今だけは代わりとして、俺とVも手伝いに駆り出されているのであった。
「これだけの人気が続けば時間はかかるだろうが元は取れそうだな」
「そうですね、ってそんな事よりヤマトさんは用が済んだなら早く戻って下さい、ほらもう、列が乱れてますよ」
「分かった分かった……」
三時間待ちの行列が出来る公衆浴場とか聞いたことがあるだろうか。因みに俺は無い。
今俺は、そんな意味不明な行列の列整理をさせられている。Vは男湯の雑用担当らしい。この人の出入りだと、俺より忙しそうだ。
「というか……Vとかアカツキなんかより過労死してそうなのはあの二人だな……」
クロセルとティアは交代で水の供給をしている……らしい。
貯水タンクは居住スペースの方から入れる地下にある為、一般の人間は立ち入れない。
地下には他にも部屋があるらしいが……俺は入ったことがない。
「魔術を使うエネルギー……魔力……的なあれにも限度はあるっぽいしな、前に魔力が枯渇してクロセル半透明になってたし」
最も、普通の人間が魔力枯渇状態になるとどうなるのかは見たことがない。ティアにはそこまで重労働させられないしな。
「あー……最後尾はこっちだ、そっちじゃない、ほら、早く来いよ」
「ヤマト様……相手はお客様だからね……?」
最後尾の看板を片手に、適当に列整理をしていると、横から声を掛けられる。
エルの声だ。声の方向に振り向いてみると、衣服やタオルの山のような物を抱えて俺の横を通り過ぎる所であった。全く仕事中だというのに俺の行動を見れるだけの余裕があるのか……
「エルか、お前も忙しそうだな」
「うん、だからヤマト様に付きっきりにはなれない、ごめんね」
「いや必要ないから……早く行けよ」
「分かった、じゃあ頑張ってね」
そんな軽い会話を挟みながら、俺達は公衆浴場の運営に尽力するのであった。
そして……あっという間に時は流れ……
「ヤマトさん!」
「Vかよ、チッ……なんだよこんな早くに……」
「なんだよじゃ無いよ!僕の妹を助けてくれるって約束はどうなったんだ!?」
「あ……」
「ご主人……さては忘れてたな?」
「いやいや引き受けるって言ったの俺じゃないから!?アカツキだろ?クロセルもエルも賛成してたし、俺は反対した立場だからな!?」
突然のVの襲来に、寝起きの頭が一気に醒める。朝から迷惑な事だ。
因みに目を醒ましたのはクロセルも同じようで、隣で呆れたような声を漏らしている。
「妹が攫われてからもう一ヶ月近く経つんですよ……?まだ妹が無事な保証なんて……」
「Vとやら、気持ちは分かるが落ち着け、別に我々も何もしていなかった訳ではない」
「えっ……?」
「ヤマト、もしかしてVに伝えていなかったのか?」
「あー……ごめん、そっちは完全に忘れてた」
「どういうことですか……?」
商売が忙しい期間が続いたが、それでも話し合うだけの時間はあった。
俺はクロセルとアカツキと相談し、一つの策を練っていたのだ。
そして今日この日まで、俺達三人はその策を踏まえて動いてきたのだが……
「エルに話したんだけどな、肝心のVに伝えるのを忘れてたわ……」
「全くご主人は……我が説明しても良いか?」
「良いぞ、任せる」
「何か良い方法が思い付いたんですか?」
「うむ、今の我々が持っている手札を利用して、この件を解決する最も無難な方法が一つ、ある」
「どうすれば良いんですか?」
「まず、我々の公衆浴場に来る客層がどんな物か、お前は知っているか?」
「一般人と……あ、それと聖教会の福音使徒も身を清める為に来てましたね」
「うむ、その割合は決して少なくはない、恐らくだが中層、上層には水を大量に使えるような施設は無いのであろう、故に大量に水を消費する必要がある際には下層に降りてくる必要がある」
「少し前に調べてきた事だが、福音使徒の奴らは神聖な儀式の際に身を清める、その為に今までは聖都の郊外にあるオアシスを利用していた」
「そう今まではそうであった、だが今は下層に公衆浴場がある、綺麗な水を山のように使える施設がな」
「地から湧いてきたオアシスの水と、魔術で無から生み出した水、どちらが儀式に用いる際に有用だと思う?」
「魔術で生み出した物質には一切の穢れや不純物が無い……つまり魔術で生み出した水の方が綺麗で有用だと言えますね」
「うむ、つまり聖教会の人間としてはこの公衆浴場で使われている水を使いたい訳だな」
「綺麗な水を無償で提供する代わりに、その水が入り用の際は下層の公衆浴場まで直接来ることを条件にすれば……」
「理解が早いな、まぁそういう事だ、既に俺が聖教会に水を提供する事を交渉してきた、結果は言うまでもないな、二つ返事で了承されたよ」
「つまり……後は聖教会の上層が儀式を行うのを待てば良いって訳ですね」
「そうなる、それでこの公衆浴場の評判を落とさない為にも、今は仕事に集中するべきだと思った訳だな」
「全く一人で空回りしやがって、人騒がせな奴だ……」
「ヤマトさんが教えてくれなかったのが悪いんじゃないですか!」
「あいあい、反省してます」
「だが確かに時間は有限だ、いつまでもVの妹が無事な保証はない、我々が取った方法は酷く遠回りで、時間の掛かる策であることに違いはない、それは事実だ、すまないと思っている」
「いえ……大丈夫です、僕の妹もそう簡単に折れるほど弱くはないですから……きっと大丈夫なはずです……」
どうやらVも分かってくれたようだ。これでひとまず一件落着だろう。
全く意味もなく早起きしてしまった、まだ空は暗いし……暗い?
「待て、クロセル……俺の体内時計が正しければ、もう日が昇っててもおかしくはない時間だよな?」
「……確かにおかしいな、待っていろ、今窓を開ける」
そんな言いようもない違和感を覚え、クロセルが窓に近付いていったその時。
「クロセルさん!開けないで下さい!」
「アカツキか、どうしたこんな朝早くに」
「そこまで早くないです、それと今は静かにして下さい、窓は閉めたままでお願いします」
「どうしたのだ、アカツキ」
「少しまずいことになりました……幸運にも狙いは下層じゃないみたいですが……」
「まさかとは思うが……ついに来たのか?」
「多分……ヤマトさんの予想であってると思います」
全力で走ってきたのだろう、息を切らしたアカツキは胸に手を当てて深呼吸すると、俺達を見渡し、重々しく言葉を紡いだ。
「――魔王軍の……襲撃です」




