教会
「勝手に入って良いのか?」
「立入禁止とは書いてなかったし大丈夫だと思うよ」
俺とVの二人は調査と情報収集の為に聖教会の教会施設に来ていた。
堂々と入り口を通り、俺達は中へと足を踏み入れる。
建物の中は礼拝堂のようになっていて、綺麗かつ広々としている。下層の施設と言えど此処は聖都。聖教会の施設であるのだからこれぐらい立派な建物でもおかしくはないか。
「一般人も多いね、これなら僕達も目立たずに済みそうだ」
「いや、お前の格好はそれでも目立つと思うんだが……」
Vの纏っているそれは未だこの世界で見たこと無い服飾をしている。
強いて分かる事と言えば、それがテレビで見るような上流階級の人間が着るような物であるという事ぐらいだ。
何処かの国の貴族なのだろうか。だとしたら何故妹と二人で教国に来たんだ?何か教国に来る目的でもあったのだろうか。
「残念ながら余裕綽々とした家族旅行では無くてね、服はこれしか持ってないんだ……」
「なら時間のある時に買いに行かないとな、お前自覚してないだろうがその服かなり目立つぞ」
「そうだったのか……気が付かなかった、御指摘感謝するよ」
Vはその場でくるりと回りながら自分の姿を確認する。
そして驚いたように一つ頷くと、俺に向き直り笑顔で感謝の言葉を述べた。
「……変な奴だな、俺のことが嫌いなんじゃないのか?」
「仲間の事を嫌うわけ無いだろ?」
「あー……そういやお前そういう奴だったな……面倒くせぇ」
何とも形容し難い複雑な気持ちだ。これだから無垢な子供は苦手なんだ。
俺の言葉に返答はなく、ただ沈黙が訪れる。
しかし、そのままでは事が運ばない為、Vはやれやれと言った様子で沈黙を破った。
「そんな事より……うーん、どうしようか、まずは教会に来ている一般の方達に聞き込み……」
そんな風にVが言葉を紡いだかと思えば、後ろに誰かの気配を感じる。殺気ではないが……
「此処は初めてかい?君」
「……」
「教会の人……ですか?」
当たり前だが敵ではないようだ。
取り敢えず振り向いてみれば、そこには教会員の白い制服を着た茶髪の男性が立っていた。
俺達を外部の人間と見抜いたのか……?いや、単純にこれはVの服装のせいだろう。
「おっと、突然声を掛けてしまってごめんね、君の言う通り、僕はこの教会の人間だ。よく来てくれたね、歓迎するよ」
「いえ、大丈夫ですよ」
「お前……どうして俺達が此処に来るのが初めてだと分かった?」
「見ない顔だったから……かな、僕はこの教会の施設長をしててね、此処に来る人が誰かは大体記憶しているんだ」
男は俺に視線を移すと、笑顔を浮かべて説明する。
面と向かってみて気付いたが、とても細い目をしている。あれで前が見えてるのだろうか……
「そうか……勤勉な奴だな」
「君達はこの世界の神様が誰であるかは知っているかな?」
「……知らないな、何か名前があるのか?」
「いや、僕の知る限り……神に名は無い、ですよね?」
「先に謝っておくよ、すまない。この問いは神について知っているかを問う有名な問いなんだ、本当は彼の言う通り。神に名前はない。それが何故か分かるかい?」
「俺は分からん、神が教えないとかそもそも聞いてないとかそんな所じゃないのか?」
「そうですね……名前が必要ないから、でしょうか」
「ご名答、その通りだ。唯一の存在である我らが神に名前は要らない。だって"神"の呼称が指すのは神様ただ一人だからね」
「なるほど、納得だな」
「この教会……いや聖教会は、そんな神を崇め、祀り、そしてその意志を代行する組織なんだ」
「各地に置かれている此処のような聖教会の施設では、神の意志、教えとも言えますね、それらを布教する目的もあるんですよね」
「まさにその通りだよ、君は詳しいんだね」
「ありがとうございます、これぐらいは当然の知識ですからね」
「お前俺のこと馬鹿にしてないか?」
何も知らない、と言いつつ基本的な知識はしっかり抑えている辺り、なんとも騙された気分だ。
そんな俺の気持ちなどいざ知らず、Vは食い気味な姿勢で言葉を続ける。
「聖教会に入るにはどうすれば良いんですか?」
「興味があるのかい?」
「はい」
「聖教会の構成員を僕らは神の使徒である事から「福音使徒」と称している、そしてこの福音使徒となるには試験がある」
「その試験に受かれば福音使徒となれるんですか?」
「そうなるね、と言っても……最初は教会に来る人に対する応対や雑務が殆ど、神の意志の代行者としての本質的な役割に就くには十全な下積みが必要だ」
「なるほど、具体的に何をしたら昇格できるんだ?」
「自分より位階の高い使徒の推薦が主になるかな、特別大きな功を奏したならば教皇直々の位階の昇格もある」
「因みにお兄さんはどのくらいの地位に就いてるんですか?」
「僕は聖四位という位階だよ、これでもこの教会の施設長をしているんだ」
「この教会の主か、なるほどな、で……お前は中層に住んでるのか?」
「そうだね、聖五位からは中層に住む権利を得られる、だから僕も中層に住んでいるよ」
「上層に住むにはどのくらいの位階が必要なんですか?」
「聖一位以上、福音使徒の幹部格だけが上層に住む権利を得られる、上層は神が住む場所だからね、そう容易には立ち入れないよ」
「もし、上層の方に会いたい場合ってどうすれば良いんですか?」
「それは難しいね、上層の方が降りてきて下さるのを待つか、自分が上層に立ち入れる位階になるしか無いんじゃないかな」
「そうですか……」
やはり此処でも結論は同じようだ。ただ"上層の人間が降りてくるのを待つ"というのは盲点だった。
自分から上に行かずとも、向こうが降りてきてくれればそれで良いのだ。
実際、聖都に来た当日、教皇が下層に降りてきて演説をしていた記憶がある。つまり上層の人間が下層に降りてくることもあるにはあるのだ。俺達はその機会を待てばいい。
「もし福音使徒となる試験を受けたいのなら、この教会で勉強をすると良い、我らが神について基本的な事さえ知っていれば、試験に受かる事自体はそう難しくないはずだよ」
「なるほど、丁寧に説明をありがとうございます、考えておきます」
考えておく、という文句は、要するにやんわりと断った事に違いない。Vも正攻法で上層に行くつもりは無いようだ。
「そう言えば、その聖教会という組織の内で、自分より下の位階の奴には自由に命令出来るのか?」
「あぁ、正確に言えば二つ以上下の位階の人に対して、ではあるけど、命令する権利とそれに付属する責任が発生する、命令に背いた場合、或いはその命令が神の意志に反した物であった場合、それは神に背いた事に他ならないから重い罪に罰せられる」
「なるほどな、勉強になった」
「色々とありがとうございます、最後に貴方のお名前を聞いても良いですか?」
「僕はアダンだ、またいつでも来てくれて構わないよ」
「分かりました、それでは改めてアダンさん、ありがとうございました、今日はこの施設の説明を聞きに来ただけなので、これで失礼します」
「そうか、それではまたね」
「おい、いいのか?」
Vはアダンと名乗る男に一礼すると、そのまま俺の腕を掴んで出口へと歩いて行く。
まだ調べる事がある気もするが……こいつはどうやら帰る気らしい。
「まぁ調べたいことは大方聞けたし一旦帰ってもいいか」
「ヤマトさん、アダンさんの話を聞いてどう思った?」
「上層の奴が下層に降りてくるのを待つのが一番簡単な方法だと思った」
「そう……だよね……それしか無いよね」
「逸る気持ちも分かるが、ミスは許されない仕事だ、気を長くして待つしか無いだろ」
「聖四位であるアダンさんに話すのは……流石に悪手だよね」
「そうだな、それだともし聖五位以上の奴が黒幕だった場合、打つ手がなくなる」
「あの違法奴隷売買にはそれを指示している黒幕が確実に居る……そいつはそれなりの位階の人間だろうから……万全を期すには上層の人間に直談判するしか無いよね」
「もし聖二位以上の奴が黒幕なら詰むけどな」
「その場合は教皇、或いは更に上、神本人を頼るしかなくなるね」
「……無理だな、まず」
「そうだね……だからそうならない事を祈るしか無いよ」
「じゃあ帰るか、取り敢えず聞いたことをアカツキやらクロセルに話せば何か良い案でも出るだろ」
「アダンさん良い人だったね、僕の中だと聖教会の人って悪いイメージを持ってたから、ああいう親切な人が居るとなると少し安心するよ」
「そればっかりは同意するな、俺もあいつらは嫌いだ、アダンって奴もな」
「ヤマトさんは彼のこと嫌いなの?」
「あぁ、嫌いだ、あいつは信用できない」
「そうか……気が合わないね」
「そうだな」
どうやらこいつはあの男の胡散臭い点に気付いていないようだ。なんとも幸せな奴である。
そうして俺達は教会での調査を終え、帰路についた。




