異世界初夜
「ふぅー……」
ベッドに倒れ込みながら、俺は深い溜息を吐いた。
この世界の食事は質素ではあるが食べれないと言うほどの物ではなかった。
ベッドも柔らかく、全身に満ちた疲労感も相まって今夜は良く眠れそうだ。
「で、なんでお前が俺の部屋にいるんだ?」
「従者たる者、ご主人の側にいるのは当然であろう?」
ふと横を見れば、俺のベッドに腰掛けて悪戯っぽい笑みを浮かべるクロセルが居た。
一応、借りた部屋は二部屋なのだが……
「一緒に寝たいのか?」
「ご主人がそれを望むならそうしてやっても良い、我は睡眠を必要としないのでな」
「じゃあ命令だ、俺と寝ろ」
そう言ってクロセルに背を向けると、何処か嬉しそうな様子で隣に潜り込んでくる。
たまには誰かと寝るのも悪くないだろう。異世界、誰一人知る人間の居ないこの世界で、俺は僅かだが寂しさを感じていた。
「眠気が回ってくるまで話を聞きたい」
「構わんぞ、何か聞きたい話はあるか」
クロセルほどの美少女と向かい合って眠るとなれば、俺が欲に負ける可能性もあり得る。故に、ベッドの上で背中合わせのまま声を掛けた。
「じゃあ、そうだな……この世界の通貨について知りたい」
「それなら簡単だ。銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。金貨100枚で黒金貨1枚だ。黒金貨が1枚あれば暫くは遊んで暮らせる程度の額だな」
「なるほど、物の価値は少しずつ覚えていく他ないか」
日本円に例えるなら1円、100円、1万円、100万円と言った所か。
物価は違うのだろうし一概に当て嵌められる訳ではないが、仕組み自体はシンプルなようで安心した。
「じゃあ次だ、俺のような異世界から来た人間は他に居る、或いは居たのか?」
「異世界人だと自ら名乗った著名な人物は歴史上に居ないな。だが歴史に残っていないだけでもしかしたら居ないとも言い切れない」
「過去の常識が通用しないこの世界じゃ長生き出来ないだろうしな……俺はクロを拾ったから暫くは安泰だろうが」
「死ぬまで側に居てやるから安心すると良い」
「……そうか」
相手にそんな気はないと分かっていても、正直勘違いしてしまいそうになる。
「ご主人……今考えること当ててみせようか?」
「おい待て、やめるんだ、命令だ」
「くくっ……やはりご主人は誂い甲斐があるな」
やはり弄ばれてるだけらしい。思わず呆れて内で暴れる劣情も冷めた。
ふぅ……と再び大きく深呼吸をすると、瞼が重みを帯びているのを感じる。そろそろ頃合いか。
「良い感じに眠くなってきた。さて……最後に質問だ。
――俺はお前を信じて良いのか?」
「……」
静寂。どうしてこんな質問をするのか俺にも分からない。
それは相手が魔杖だからか。魔王だからか。何にせよ、俺の中に確かな疑念が存在した。
俺は利用され、用済みになったら捨てられる程度の存在なのかもしれないと。
「あぁ、我は偉大なクロセル様だからな……ご主人を裏切るような真似は絶対にしないと誓おう」
「そうか……それなら安心した」
この言葉が嘘か本当か、俺には分からない。
だが俺は、直感か本能か、この少女を信じてみても良いと思った。なら信じるまでだ。
どっと押し寄せる疲労感に身を任せ……ゆっくりと意識を手放す。
「おやすみ、ご主人」
何処かで、優しく囁くそんな声が聞こえた気がした。