オークション
「すごーい!綺麗!」
「悪くないではないか、あの廃墟が随分と見違えたな」
「ほんと、立派だね」
「奮発しましたからね、後は備品を買い揃えればいつでも開店できますよ」
あれから暫くの時が経った。
その間、俺とクロセルは特訓に励み、特にアクシンデントの類は何もなかった。
本当に、教国での生活は平和その物。魔王が復活したとは思えないほどに平和であった。
「忙しくなりそうだな」
「ある程度軌道に乗ったらヤマトさんの仕事は無くなりますから大丈夫ですよ」
「いや……それ全く嬉しくないんだが……」
公衆浴場の改装工事が終わり、廃墟であったあの建物は見違えるほど綺麗な施設となった。王国の建築様式に近い辺り、アカツキが逐次細かく指示を出しながら改装したのだろう。異世界人らしい、時代錯誤な設備もあり、手がかかっている事が分かる。一体幾らしたのだろうか……
「あっ、それと居住スペースも用意したので、長くお世話になった宿とはおさらばですね」
「これだけ広ければ居住スペースも確保出来るか、個室なのか?」
「一応全員分部屋はありますけど……クロセルさんはヤマトさんと一緒に寝るんですよね?」
「うむ!そうなるな!」
「今までは宿代が浮くから許してたが……まだ続けるのか?」
「嬉しい癖に何を言っている」
「いやたまには一人でゆっくり休みたいんだが……」
「わたしもヤマトと一緒が良いわ!」
「駄目だ」
「えーなんで?」
「駄目な物は駄目なんだよ」
「魔杖は良いのになんでわたしは駄目なの?」
「あーめんどくせー……アカツキこいつ説得してくれ」
「ティア様の言う通りだと思うんですが……」
「なら全員一緒に寝る?」
「ははは……エル、冗談だろ?」
「冗談だよ」
笑顔のままぴくりとも表情を変えずに冗談を言い放つエルに少し恐怖を覚えた。
心做しか目が怖いし、なんだか不穏な空気になってきた。これは俺が悪いのだろうか?
「と……取り敢えず、買い物にでも行くか」
「そうですね、公衆浴場の備品と生活備品が必要ですし」
「荷物持ちなら任せろ」
「あっ……なら私も行くよ」
「我も着いていこう」
「わたしも行くわ!」
「結局全員で動くことになるんだな……」
「私達王国のお尋ね者ですし、変に分かれて動くより安全ですからね」
「それもそうか、じゃあ行こうぜ」
そんな訳で、久々に全員揃って買い物に行くことになった。
砂漠にあると言えど此処は教国の首都、殆どの物は買い揃えることが出来る。
「だからと言って不要な物は買うなよー……」
「ヤマト!あそこでオークションがやってるわよ!」
「お前オークション好きだな……前に王宮を抜け出した時と既視感を感じるんだが……」
「見るだけですからね、高価な品を買える程今はお金に余裕は無いので」
ティアが指差す方を見てみると、確かに大きな人集りが出来ている。
少し背伸びをしてみるが、流石に見えなかった。これじゃあティアは何をやっているか見えないだろう。気は乗らないが、止むを得ないか。
「ったく……見えないだろ、ほら、乗れよ」
「ヤマトありがとう!」
「うぐっ……」
遠慮は一切無用、ティアは此方へ走り寄り、そのまま飛び乗ってきた。
同時に首に結構な衝撃が走る。思わず声を漏らしてしまったが、ティアぐらいの子供であれば楽々持ち上げられた。
これだと俺は見えないが、まぁ興味はないので別に構わないだろう。
「ふむ、我も少し興味があるな」
「流石に二人は無理だぞ?」
「案ずるな、こうすれば良い」
クロセルも背が小さい。ジャンプや背伸びじゃオークションの様子は見えないと思うが……
「魔術回路改竄……略式詠唱展開
――属性魔術 風迅空歩!」
ふわりとクロセルの身体が浮き、そのまま彼女は宙を蹴るように数歩歩く。
そして気が付けば、クロセルは俺の頭上へと立っていた。
「あー……既視感二度目、そう言えばそんな魔術もあったな」
「あれ?我がこの魔術を使うのは初めてのはずなのだが」
「前にティアが……ってじゃあ肩車する必要無かったじゃねぇか」
「えー魔術使うの大変だし……このままヤマトに乗ってるわね」
「くそっ……気付くのが遅すぎたか……」
「なんだかんだ言いつつ降ろさないヤマト様って優しいよね」
「あれぐらいはまともな男性であれば当然だと思いますけどね……」
そんな風に談笑していると、ふと此方へと視線が集まっていることに気が付く。
辺りを見渡して、その視線の先を辿ってみると、そこには宙に浮いたクロセルが居た。
「そう言えば魔術の才能持ちって珍しいんだったよな……」
「おっと……この視線は……我の放つ余りの威光に平伏しているのか?」
「オークションの野次馬だからな……珍しい物には目が無いんだろ」
「本当はあまり目立ちたくないんですがね……」
アカツキがそんな不満を零したのと、クロセルが近付いてきた野次馬に話しかけられたのは同時だった。
「お嬢ちゃん魔術の才能持ってるのか、凄いね」
「おいおい、確か空を飛ぶ魔術って確か風の魔術だったよな」
「風の魔術と言えば、王国の王女様は風魔術が得意だって聞いたな」
「もう少し……もう少し近付けばスカートが……」
「そんなことよりお嬢ちゃん、暇ならちょっと付き合ってくれない?」
一度誰かが話し掛けたと思えば、それに便乗して四方八方から人が近付き、辺りに人混みが出来ていく。
クロセルは満更でもない様子だが、俺やアカツキの心象としては悪目立ちしたくないのが本音だ。
となると……此処は俺の出番か。
「あぁ!?お前ら何俺に無許可でこいつに話し掛けてんだ!?」
「うん……?彼女は君の連れなのかい?」
「俺はこいつの主人だ、俺の所有物に勝手に近付くんじゃねぇ!」
「うわー怖いねぇ……この子君の奴隷なのか、酷いなぁ……ねぇ君、僕に着いてくればこんな野蛮な男の所よりずっと良い待遇で面倒を見てあげるよ?なんなら君の望みを幾らでも叶えてあげても良い」
綺麗な衣を纏った貴族風の男がそんな風にクロセルに声を掛ける。下心が見え見えで実に気持ち悪い。
「てめぇ、痛い目に遭わねぇと分からないか!?」
あぁ、イライラする。虫酸が走る。クロセルは俺の物だ。他の奴に渡すなど言語道断。絶対に許さない。
気が付けば俺は、その男に掴み掛かっていた。
「暴力は良くないなぁ……僕は教会の人間だよ?もし怪我を負ったりしたら……只で済むとは思わない方が良い」
「ヤマト様、此処は抑えて……」
「クロセルさん、ヤマトさんが暴走する前に、お任せしますね」
「うむ、そうだな」
クロセルは宙に浮いたまま、声を張り上げて言葉を続けた。
「我はこの男の物だ、この男が貴様らを邪魔だと言うのなら、この男の言う事が聞けぬのなら、我が容赦しない」
そう言いながら片手を振り上げると、口元が少し蠢く。
それと同時に、クロセルの頭上からクロセルに向かって稲妻が落ちたかと思えば、巨大な雷鳴が鳴り響く。
「――我に近付くな、痛い目に遭いたくなければな」
彼女自身のカリスマ溢れる容姿に加え、魔術まで用いた見事な演出であった。
言っていることは俺と全く同じだというのに、その影響力の差は歴然としていた。
周囲の人間は完全に怯え、多くの者は言葉を失い沈黙していた。
それはあの男も同様。クロセルを見ながらガクガクと震え、そのまま小走りでその場を離れていく。
「クロセルさん?事態の収拾を付けたのは良いのですが、少しやり過ぎかと」
「そうだね、関係ない人も怯えちゃってるよ」
「ヤマトより魔杖の方が格好良かったわね」
「俺の威厳が無いのは主に肩に乗ってるお前のせいだと思うんだが?」
「それが分かってるなら降ろせばいいじゃないですか……」
「ああやって褒められると降ろしづらいだろ……くそっ」
完全に俺だけ空回りしていたようだが、なんとか人払いは出来たようだし結果オーライか。
「ついでにオークションを見るのに邪魔だった人混みも払えたな、これなら俺でも見える」
「私達も見えますが……あれは……ちょっと余り面白い見世物では無さそうですね……」
オークションの会場を見た途端、アカツキが目を細めて俯く。
一体何の競りを行っているのだろう、遠目に見て分かるのは、人が並んでいるということ。人が並んでいる?どういうことだ?それも並んでいる人は皆、手足を鎖のような物で拘束されており……それはまるで……
「奴隷売買……か……」
「みたいですね……王国では禁止されている行為ですが、ここ教国では容認されているのでしょうか……」
文字通り、人間が売られている。
売られるということは親や身内に売られたか、或いは賊に捕まったのか、その経緯こそ不明な物の、少なくとも自ら望んで奴隷になった訳ではないだろう。
「日本の裏社会に精通した俺だが、人身売買は始めて見たな、少し興味がある」
「本気ですか?」
「本気だよ、奴隷にされた奴らに関して哀れだとは思うが、所詮は他人だからな」
「まぁクロセルさんを奴隷のような扱いで侍らせているような人ですもんね……そりゃ奴隷にも抵抗は無いですよね」
「おい、俺はクロセルの事を大事に扱ってるつもりだが?」
「……時々結構酷い扱いをされることもあるがな」
「と本人は言ってるけど……」
「時々だろ、いつもじゃない」
少し遠くて良く見えない。俺はもう不要だろと断ってティアを降ろすと、一人その会場へと近付いてみる。
近くで見て確信する。これは人に良く似た異種族とかではない、間違いなく人間だ。
鎖に繋がれた奴隷達は皆同じような服装をしている。と言っても薄布一枚という訳ではなく、教国に住む人々と同じきちんとした洋服だ。加えて極端に痩せ細ったりしている訳でもない。最低限の衣食住は確保されているのだろう。
「そこまで酷い扱いをされてる訳じゃなさそうだな、商売道具なんだし当然と言えば当然だが」
「最も、買われた後に必ずしも幸せになれるとは限らないけどね……」
「なんだお前」
ふと、気が付けば横に一人の少年が立っていた。
金髪に帽子を深く被っており、服装は教国の物では無い、見たことのない物だ。
少年と言っても年は俺と同じくらいだろうか、背が低いだけでその風貌は何処か大人びて見える。
「お兄さん、さっき騒ぎを起こしてた魔術師の主人なんでしょ?」
「あぁ、そうだが……何か文句でもあるのか?」
「滅相もない、人払いをしてくれて助かったよ、そして長い話は嫌いそうだから手短に話すけど……」
そう告げると少年は俺の耳元に口元を近付け、小声で続けた。
「王国王女ティア、王国国王秘書アカツキ、お兄さん、この二人を連れてるよね?」
「……なぜ分かる?」
「分かる物は分かるんだ、続けるよ、王国では"ヤマト"という男が反逆罪、加えて略取・誘拐罪として指名手配になってる」
「……」
「――君でしょ?ヤマトって」
ニヤリと少年の口元が歪む。こいつ……俺達の事を知っている人間だ。服装からしても教国の人間ではない。
「王国の追手か?」
「違うよ、僕は貴方達の敵じゃない」
「なら大人しく黙っててくれるんだろうな?」
「そうしたいのは山々なんだけど……ごめんね、こっちも事情があって、一つ条件があるんだ」
「脅迫か、なるほどな……」
此方は弱みを握られている。それに対して此方は相手に付いて何も分からない状態。これほど不利な交渉はない。
此処は大人しく条件を呑むしか無いか……?
「いや、条件とか言ったら脅迫だよね、ごめん言い換えるよ、お兄さん……いや、ヤマトさん、お願いがあるんだ」
どうやらこの少年は強硬手段は取りたくないようだ。と言っても、状況は脅迫に変わりないのだが……まぁ確かに命令されるよりはお願いされた方が相手の心象は良くなる。交渉術に長けた少年、いや……単純に純粋なだけなのかもしれない。
少年は俺に向き直ると、帽子を取り、此方に頭を下げながら言葉を続けた。
「――僕の妹を助けて欲しいんだ」




