聖都アルカディア
「思ったより安いんだな」
「何がです?」
「宿賃だ、王都と帝都に比べるとな」
あれから一週間程経った。
俺達は点々と教国の街を巡り、そして最終的には教国の首都である聖都アルカディアを訪れていた。
一応は、此処が旅の終着点である。長期滞在することになるだろう。
砂岩や煉瓦造りの家が立ち並び、人の行き来も多く、豊かさが垣間見える。
「あまりお金は気にしなくても結構ですよ、この世界では優秀な才能があれば幾らでも稼げますから」
「そうかもしれないがな……やっぱり男としてプライドがあるだろ……」
「そういうものなんですか」
「あぁ、そうだ、そういう物なんだ」
「ふふふ……我に身を守って貰ってる時点でご主人の男としてのプライドはズタズタのボロボロなのではないか?」
そんな風にアカツキと話していると、クロセルが割って入ってくる。
ギロリと鋭い目付きでクロセルへと視線を移す。
今日も今日とてなんとも挑発的な態度だ。ニヤニヤと嫌な笑みを顔に貼り付けている。取り敢えず一発殴りたい。
「チッ……こればっかりは否定出来ないから腹が立つな……」
「ふははー!この世は才能が全てだ、肝に銘じておくが良い、ご主人」
「くっ……くそっ!オラァ!」
安い挑発だ。乗るのも馬鹿らしい。
取り敢えず、行き場の無い怒りを抱えた俺は、壁に拳を叩き付ける。
幸運にも穴は開かなかったが、建物がギシッと嫌な音を立てる。
「人を傷付けられないからと言って物に当たるのは止めて下さいね……」
「……悪かった」
アカツキの叱責で我に返る。
彼女の言う通りだ。俺は項垂れ、反省する。
「ヤマトさんにはヤマトさんで出来る事がありますから、例え才能が無くとも……あまり落ち込まないで下さい」
「あぁ、そうだな……俺にだって出来ることはある、分かってるさ……」
「ご主人……我も少し言い過ぎた、すまないな……」
「いや、クロセルの言う事は事実だ、俺は事実から目を逸らしてるだけだ、だから気にするな」
この世界では才能が全て。それは今まで何度も痛感してきた事だ。
だから、今更落ち込むことなど無い。
「よし、んじゃ取り敢えずこの話は終わりだ、今日は……そうだな……ギルドに行ってみるか」
「私は他に用事があるので別行動で」
「私はティア様を見てるよ、ヤマト様とクロセルさんで行ってくると良い」
「了解、じゃあ行くぞ、クロセル」
「うむ、分かったぞ、ご主人」
アカツキ、エル、ティアの三人と別れると、俺はクロセルを連れて宿を出た。
目的地は冒険者ギルドだ。他の主要都市には必ずあったのだから、聖都にもある筈。
勿論、地図なんて物は無い為、まずは道を尋ねる所から始めることになる。
という訳で、俺とクロセルの二人は、行き交う人から冒険者ギルドの場所を聞き込みながら進むのであった。
だが、こうして聞き込みをしていると、関係無い噂話の類も入ってくる。それは、例えば……
「公国が滅びた?」
「ふむ……確かに魔王は公国を攻め込むと言っていたが……」
「それにしたって早すぎないか?魔王が誕生してからまだ一週間程度だぞ?」
「公国は魔王領と隣り合わせ、何の障害もなく魔王の軍勢が進軍したとすれば……確かに今頃公国が滅びていてもおかしな話ではない」
「なるほどな、でも"何の障害もない"訳が無いだろ……公国だって攻め込まれる事が分かっていたなら対応して迎え撃ったはずだ」
「迎え撃ったからと言って、進軍を抑止出来たとは限らないのだぞ、それほどまでに、力量差が歴然としていたのかもしれん」
「馬鹿げてる、所詮は信憑性の無い噂話だ」
「そうだな……今はまだ、噂話に過ぎない……」
それっきり、クロセルは口を噤んだ。
信じられなかった。あの皇帝、いや魔王が、一つの国を容易に滅ぼすだけの力を持っているという事実が。
もし、その話が本当ならば。教国も……安全では無いのかもしれない。
俺は……本当に奴から逃れられるのだろうか?
こんなこと、考えていても仕方がない。俺は思考を一旦放棄し、今現在に集中する。
「ん……?」
「どうした?ご主人」
「クロセル、避けるぞ」
「あっわわっ……ご主人!?」
後方から車輪が激しく回転する音。同時に辺りが騒がしくなる。
振り向いている時間すら惜しいと、俺は道の脇へと移動し、クロセルの手を引いて抱き寄せる。
そして一呼吸の後。今までクロセルが居た場所を、一台の馬車が全速力で駆け抜けていった。
「ったく……危ないな……」
「あれは、馬車か……」
「こんな人の往来の多い場所をあんな速度で駆け抜けていくとか、頭おかしいだろ、何をあんな急いでたんだか……」
「助かったぞ、ご主人……そ、それより、早く離してくれぬか、苦しいぞ」
「あぁ、悪かった」
抱き締めていたクロセルを腕の中から解放すると、走り去っていく馬車の背へと視線を移す。
誰が乗っているかまでは、遠くてよく見えないが……なんとも嫌な予感がする。
言うなれば、事件の匂いって奴だろうか。尤も、俺は自分に関係の無い事件にまで関わる気はない。そういうお節介は勇者の仕事だ。
「……行くか」
「追わないのか?」
「必要無い、俺達は無関係だ」
「うむ……ご主人がそう言うのなら」
あの馬車について、クロセルも何か思う所があったらしい。
だが、無関係な物は無関係だ。下手に関わって不利益を被るのはお断りだ。
俺は引き続き、ギルドの方へと歩みを進めた。
そして、数十分程、聖都を彷徨い歩いただろうか。
俺達はギルドに辿り着いた。
当然、その造りはタルフの村のそれとは別物。その施設の本質は同様であっても、その外見は似ても似つかない。
タルフの村のギルドのように周囲から別段浮いているということもなく、辺りの建物と同じ、砂岩と煉瓦で作られた建物である。
「そこそこ、まずまず、少しだけ、辺りと比較して相対的に、大きな建物……ってぐらいだな、感想は」
「無理に持ち上げる必要はないのだぞ……」
「……ぶっちゃけてしまえば拍子抜けする小ささだな、タルフの村のギルドの方が此処よりでかいだろ」
「教国では殆ど魔物が出ないからな、他国に比べるとギルドの必要性が薄いのだろう」
「そうか、なるほどな」
タルフの村では、確かに魔物に関する依頼が多かった。
冒険者もしっかりと武装し、戦闘を想定した装いの者が殆どだった様に思える。
それに対し、教国の冒険者は、良く言えば平和的と言うか……非武装の人間も多く居る。
というか、見る限り、そもそもの冒険者人口が少なそうだ。此処に来る途中の街には、そもそもギルドが無い場所も多かった。
「というか……この様子だとギルドの依頼で生計を立てるのって……」
「うむ、些か難しいな、我の本領を発揮出来ないのは痛い」
「だよな……」
ギルドに入り、依頼の一覧へと目を移す。
一応、俺達の出来そうな依頼もあるにはあった。
だがどれも報酬が微小か、或いは達成が難しそうな物ばかりである。
「流石は神の国、悪党退治の依頼も無い辺り、治安も良いみたいだな……」
「教国は我々が住むには少し、平和過ぎたかもしれん」
「別の方法で収入を得た方が良さそうだ、流石にこれじゃ依頼で食ってくのは厳しいだろ」
「同意する、何か他の方法を考えねばな」
「んじゃ、取り敢えず今日の所は引き上げるとするか」
そう結論付けると、俺達は足早にギルドを後にした。
そして、帰路の途中。俺達は喧騒を切り裂いて、耳にへばり付くある声に気が付く。
その声は俺にとっては耳障りで、どうも癇に障る。俺は声の方向を見た。
「誰だ?あいつ」
「ふむ……聖教会の者か?どうやら演説をしているようだな」
視線に移ったのは……爺だった。
長い白髪に高い帽子を被った、老齢の男。
服装から鑑みるに、クロセルの言う聖教会の者で間違い無いのだろう。
何か言っているが……どうも此処からでは上手く聞き取れない。
不快な声だけが意味を持たずに耳に届く。
「君達、イヴ様を知らないのか?」
「あ?誰だお前」
「いや、大した者じゃないよ、イヴ様を指差して『誰だ?』なんて言ってるからつい気になってね」
「イヴって……男だろあいつ」
「どういうことだい?」
「あぁ……いや、気にすんな。で……イヴ様ってのは何なんだ?偉い人なのか?」
「聖教会教皇イヴ・エンド、この国で神様の次に偉いお方だ」
「ふーん……イヴェンか」
「変な略し方しないでくれよ……君達が何処から来たのか知らないけど、余り下手な事言ってると……聖教会に粛清されるよ」
「それはそれは、ご忠告どうも」
この良く知らない男の言うことを信じていい物か。
いや、この男が俺に嘘をつく理由はない、信じても良いだろう。
教皇イヴ・エンド、この国に於ける事実上のトップ……か。
「爺だけで、神は居ないみたいだな」
「神は教会の奥深く、聖域と呼ばれる空間で生活していて、滅多な事では出てこないと聞いている、こんな場所に顔をだすことはあるまい」
「そうなのか……なんか窮屈そうだな、神ってのも」
「人に崇め奉られる者というのは、常に窮屈に生きている物だ」
「それは魔王的な体験談か?」
「……かもしれんな」
そう答え、クロセルは教皇を一瞥すると、興味を失ったかのように視線を落とし、歩き始める。
俺も同じ様に教皇を一度だけ視界に収めると、クロセルの背を追って歩みを進めた。
「偶然と言えど、この国のトップの御尊顔を拝めたんだ、収穫はあったな」
「ご主人は、あの教皇と関わりを持つ予定なのか?」
「そういう訳じゃないが、俺達の身に何かあった時に頼ることになるかもしれないからな」
「逆に、頼られる可能性もある……な」
「あ、いや、その場合は助けてやる義理はないから放置するぞ」
「そうだったな、助ける義理の無い人間は助けない、ご主人はそういう人だった」
「そうだ、良く覚えとけ」
或いは、それは皮肉だったのかもしれない。
だが、それは事実だ。俺は自分自身から目を逸らさない、だから痛くも痒くもない。
俺は利己的な人間だ。利他的行動や人情とは縁のない人間だ。
そして、俺はそれを悪く思ってはいない。どんな人間であろうと、俺は俺だ。悪く思うことも嫌うことも無い。
俺は英雄の器ではないのだ。勇者の人格ではないのだ。
――なら俺は何なのだろう。
悪人か?咎人なのか?
それなら納得はゆく。
確かにかつて俺は悪人だったのだから、今でも悪人であるのは道理が通っていると言える。
そう、俺は悪なのだ。例え人を傷害する事が無くても、俺は……悪なのだ。
「ご主人……」
「再三言うが、心を読むな……」
クロセルは不満そうな声を漏らす。
何故だ?俺が悪人で何が問題なのだろう。
クロセルだってそうだ、かつて魔王だったのだ。悪人だ。
――本当にそうか?
俺はクロセルを指差して、お前は悪だと言えるのか?
否だ。俺には出来ない。俺にとって、クロセルは悪ではないのだ。
そうか、同じなのか。
きっとクロセルもそうなのだろう、クロセルは優しいから、俺を悪だと認められないのだ。
「クロセル、お前は優しいな」
「それを言うならご主人も同じだろう、ご主人も優しいのだ」
「優しい悪人ねぇ……まぁ、そういうのも悪くないのかもな」
「むむむ……悪人と言う所は譲らないのだな……」
「そうだな、そこは譲れない」
「まぁ……良いだろう、及第点だ」
「それはどうも」
クロセルが諦めたように溜息を吐く。
それに合わせて、俺は自嘲するように鼻で笑った。
そして俺達は足並みを揃えて、帰路を歩んだのであった。




