表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/133

Side Story『アステカス公国』

 ~Side Story~


 アステカス公国領、ある一つの街。

 逃げ惑う人々。魑魅魍魎の魔物の群れ。百鬼夜行の大殺戮。

 魔王領から進軍してきたその軍勢は、いとも容易く一つの街を轢き滅ぼしていく。


「うわああああああ!嫌だ!こっちに来るな!」


「誰か!戦える冒険者は居ないのか!?」


「うっ……ぐっ……どうか……貴方だけでも逃げ延びて……」


「嗚呼……神よ……どうか我らをお救い下さい……」


「こんなの……どうしようもないだろ……」


 悲鳴と嗚咽、血が飛び交う。

 冒険者が武器を取り、果敢に立ち向かうが、圧倒的数の差に為す術はなかった。

 やがて、絶望が街を支配する。逃げ惑う人々、祈る神父。そんな希望も虚しく、魔物は人を一人残さず破壊し、その身を喰らっていく。

 家屋は崩壊し、火の手が上がる。街は炎に包まれる。


 あれからどれほど経っただろうか。やがて、魔物の行進が終わる。

 先程まで街だった場所。そこには、何もが残らなかった。




 時は進み、場所は公都。そこには、各地の惨状と、絶望的な現状の報告が上がってきていた。


「魔物の軍勢は三方向より進軍。道中の街は一つ残らず……全て滅ぼされたとのこと」


「公主様!王国と帝国に向けた援軍要請の返答が来ました!どちらも……援護は出来ない、とのことです……」


「まぁ、そうだろうな……此処でツケが回ってきたか」


「数時間後には軍勢は公都に到達する、どうするんだ……兄さん」


「逃げる選択肢は無い、ドラゴファースト家の名に掛けて、俺は公国と運命を共にする」


 そう高らかに言い放つ金髪の青年は。ドラゴファースト家の当主、アイシィ・ドラゴファースト。事実上、現在の公国を統べる代表者である。


「万が一公都が落ちたら、ボルト、お前はファイを連れて教国に逃げろ」


「そんなこと出来るか!兄さんが残るなら僕も残る!」


「ダメだ。お前が生き延びればドラゴファースト家が復興するチャンスは残る、此処で俺達の守ってきたこの家を、途絶えさせる訳にはいかない」


「でも……」


「それに、まだ終わった訳じゃない。公都は総力を以て魔王軍を迎え撃つ。そして勝てば良いだけの話だ」


「兄さん……」


「指揮は俺が取る、公国軍の配置を見せろ」


「此方になります」


「まだ時間はある!ボルト、冒険者を掻き集めろ!総力戦になる、戦力は一人でも多い方が良い」


「分かったよ!行ってくる!」


 戦力は圧倒的な差。有利な防衛状況下と言え、公都の死守は絶望的。そんな状況下でも、公主は諦めていなかった。

 的確な指示が飛び、一人ずつ決戦に向けて動き出す。


「公都防衛戦は、三方向による同時戦闘になると想定されます」


「おかしい……相手は魔物だ、それも種族は無作為。なのに何故統制が取れている?」


「我々もそこが疑問に思っていました、魔王軍は余りにも統制が取れすぎている」


「何処かに魔物を指揮する者が居るのか?だとすれば……チャンスはある」


「どういうことですか……?」


「相手は魔物だ、指揮系統を破壊できれば、それは軍勢ではなく只の群れになる、そこを叩けば……或いはって所だ」


「なるほど……」


「考えうる限りの精鋭を集めておけ、それが恐らくこの戦いで鍵になる」


「承知しました、公主様」


 来たる防衛戦に向けて作業は急ピッチで進んでいく。国の命運が掛かった戦いだ、気合の入り方は並の物ではない。

 公主、アイシィは剣を取り、席を立つ。そして向かうは……演説台であった。

 一方、屋敷の外はと言えば、魔王の放送で絶望を突き付けられ、民衆は完全にパニックに陥っていた。

 暴れ出す人、泣き出す人、逃げ出す人、祈りを乞う人、諦めた人。

 多種多様な人が不安を煽り合い、そのパニックは公都の交通網に支障をきたしてきた。

 今は一刻も時間が惜しい。戦の準備を円滑に進める為には、まず民衆の不安を解消せねばならない。


「皆の衆!俺だ!アイシィ・ドラゴファーストだ」


「公主様!」


「くそっ!何が公主様だ!国の一つも守れない癖に!」


「そうだ……どうせ……俺達は死ぬんだ……」


「今!この国は最大の危機に陥っている!だからどうか!俺の言葉にどうか耳を傾けて欲しい」


 恐怖と不安は人を狂わせる。公主が発した言葉は、民衆の心には届かない。

 演説台に石が飛んでくる。随所で暴動が起こる。アイシィは、それに動じず言葉を続ける。


「告げる!俺はこの国の領主だ!俺は逃げも隠れもしない!建国の日を思い出せ!俺は!命尽きる最後までこの国を守ると誓った!それは今も変わらない!俺はこの国を守る!だからどうか!俺を信じて欲しい!今日のこの日まで!この国を導いた俺を!どうか信じてくれ!公都防衛戦では他でもない俺が指揮を執る!この国に!俺に!どうか着いて来てくれないだろうか!」


 嘘偽りない事実。ただ戯言を吐いて民を騙すのではない。目を背けず向き合い、訴えたのだ。

 民が王を信じる前に、王が民を信じなくてどうするのだろうか。俺の声は必ず届く、それはアイシィにとって確信であり、やがてそれは確証へと変わる。

 辺りは静まり返り、やがて拍手と喝采、歓声が上がる。

 これは必然。公主アイシィの積み上げてきた全て、人望が為した業だ。

 アイシィの声は遥か遠くまで届き、兵士達の士気は向上する。


「その覚悟!聞き届けた!」


 その時、民衆の中から声が上がる。

 大きな声で叫んだその男は、声と同時に同時にその手に握った刀を突き上げる。


「神の御告げを聞き参上した!世界の危機と聞けば駆け付ける!この僕が力を貸そう!」


「お前は……」


「祝福の勇者だ!」


「おお!祝福の勇者ニコラス様だ!」


「神は我らを見捨てていなかった!」


「これで勝てるかもしれないぞ!」


 黄金の鎧に身を包んだ剣士。勇者ニコラス。

 その人格には難ありであるが、実力は確か。間違いなく一騎当千の戦力だ。


「神も力を貸してくださるんだ!俺が!俺達で!公国を守るぞ!」


「おおー!」


 公主アイシィも勇者に合わせて剣を振り上げる。

 交通網の麻痺は解消され、士気は大きく向上、更に神の使いである勇者の加勢と、大きな成果を挙げられた。

 アイシィは満足気に頷くと、演説台を離れる。次に向かうは最前線だ。


「祝福の勇者の加勢により戦力に大幅に余裕が出来ました」


「たかが一人だろ?彼一人で兵士千人分の戦力ってのは高く見積もり過ぎじゃないか……?」


「いやいや、千人なんて物じゃない。奴の実力はそれ以上だよ」


「兄さん、冒険者の編入が完了したよ」


「ボルト、ご苦労だったな、魔王軍の到着まではあとどれくらいだ?」


「もう間も無いかと」


「報告です!前線より遥か前方に魔物の軍勢が見えたとのこと!交戦開始は30分後と予想されます」


「やっぱり統制が取れてるだけあって進軍が早いな……戦力の配置は完了してるな?」


「既に完了、いつでもいけます」


「よし、良いか?これは防衛戦だ、敵の攻勢を凌いで時間を稼ぐ事だけを考えてくれ」


「ですが……それだけだとジリ貧では……」


「案ずるな、大丈夫だ……」


 そう言い残すと、アイシィは前線へと向かった。

 あっという間に時は過ぎ、交戦が始まる。


「臆するな!俺達の公国を守るんだ!」


「うおおおおおおお!」


 怒涛の勢いで進軍してくる魔物の軍勢を、その僅か半数以下の軍勢で迎え撃つ。

 その戦況は互角。極限まで高まった士気と領主自らによる的確な指揮により、不可能を可能にしていた。


「聖剣!鎌矛尾羽針(かまぼこおはばり)……抜刀!僕が!僕こそが!抜刀斎!だああああ!!!」


 勇者の活躍も大きかった。軍から完全に孤立し、たった一人で戦場を駆け回り、片っ端から魔物を斬り伏せていく。

 その活躍はとても人の物とは思えない、まさしく戦場の鬼であった。


「あれが祝福の勇者の力か……」


「本当に一人でとんでもない戦果を稼いでる……まさかこれほどとは……予想以上です……」


「それもただ無作為に戦ってる訳じゃない……彼の担当してる軍勢が最も死傷者が少ない。戦いながらあの大きさの軍勢を庇っている」


「まるで化け物だ……彼が味方で本当に良かった」


 そんな会話を交わす前線の司令室に、一人の兵士が駆け込んでくる。


「公主様!判明しました!魔族です!魔族が指揮を執っています」


「一人か?」


「はい、各軍に一人!種族は不明です」


「よし、用意してた精鋭部隊を送り込め、相手の指揮官を暗殺する、失敗は許されないぞ」


「分かりました」


 事は順調に運んでいた。公国軍は見事魔王軍を食い止め、その奥に鎮座する指揮官を発見。

 後は敵の指揮官を討てれば、形勢は逆転する。

 アイシィは神妙な面持ちで目を閉じる。

 もし暗殺に失敗すればチャンスはない。公国軍はジリ貧となり、やがて押し切られるだろう。


「それにしても魔族一人か……本当にそれだけであれだけの大きさの軍を統制できるのか?」


 刻一刻と進む戦況の中、アイシィの頭にそんな疑問が浮かぶ。




 淡々と時は過ぎていき。そして……その時が訪れた。


「公主様!報告です!」


「なんだ?」


「精鋭部隊……三部隊全て……壊滅しました……」


「全てだと!?つまり魔族は討てなかったのか!?」


「いいえ……魔族は囮だったようで、魔族が自爆し、それに巻き込まれる形で部隊は壊滅しました」


「どういうことだ!それなら敵の指揮官は何処に居る!?」


「それが……何処をどう見ても、指揮官と思われる存在は見当たりません……」


「そんな馬鹿な……あれだけの軍勢だぞ!?指揮を執る者が居ないはずがない!」


「公主様!」


「立て続けになんだ……」


「それが……先刻敵軍の統制が強まりました、魔物達の連携に為す術無く……我が軍は劣勢です」


「くそっ……一体どういうことだ……」


 アイシィは頭を抱える。

 あれだけ上手く事が運んでいた筈なのに、それが全て無駄に終わったのだ。

 もはや公国軍に逆転の目はない。ただ敗北を待つのみとなった。


「……ボルト、ファイと家を……頼んだぞ」


「分かったよ……兄さん」


「公都に避難指示を出せ、公国は……此処までだ」


「公主様は……」


「俺は最後まで戦う、着いて来る奴は着いて来い、地獄の底まで一緒だ」


 公都に避難指示が出され、公国の民は再び絶望を突き付けられる。

 ボルトはファイを連れて教国へと逃走。アイシィは最前線へと向かった。

 それから数時間後、勇者は討たれ、最後の一人となるまで戦うも、公国軍は全滅。

 魔物の軍勢は公都へと雪崩込み、暴虐の限りを尽くした。


 更に数時間後、公都は完全に陥落。全ては瓦礫と化した。


 ――そしてその日、アステカス公国は滅びた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ