教国へ
「ふはははは!我!完全復活!」
「あーうるせぇうるせぇ……ったく……心配して損した」
「何!?ご主人は我を心配してくれてたのか!?」
「馬鹿、嘘に決まってるだろ」
「なんだ……そうか……」
端的に言えば、その日、クロセルが目を覚ました。と言っても……いつかのように半透明だ。
なんでも魔力が枯渇し実体化出来なかっただけで意識はあったらしい。少しは反応してくれても良かった気がするが。
姿こそは弱々しくも、その口調は元気そのものだ。元気な姿を見れて嬉しくもあるが、少し腹が立つ。
「再三言うがお前は馬鹿か……嘘なのは損したって方の事だ、決まってんだろ」
「それはつまり……やはり心配してくれてたのだな!ご主人!我は一生ご主人に着いて行くぞ!」
「んな事は元から分かってる、まぁ……無事目を覚ましたようで良かった」
「ヤマト様も素直になってきたね」
「あ?何か文句があるか?」
「そんな事無い、素直なのは良い事だと思う」
「そうか……まぁ俺は嘘が苦手だからな」
「クロセルさんに嘘をついた直後に堂々とそれを言いますか……」
「細かいなぁ……嘘が苦手なのは本当だ、だが嘘を言わないとは一言も言っていない」
「そうですか……まぁ良いでしょう、取り敢えずさっさと乗って下さい、明日までに国境を越えられないと色々と面倒なので」
「確かに魔王の誕生が知れ渡ったら安全である教国の国境には規制が入りそうだよな……」
「そういう事です、ですので早く」
「分かった分かった、ほらクロセル、行くぞ」
俺はクロセルの手を引いて、馬車に乗り込む。
そこにエルとティアが続き、アカツキが俺達全員が乗り込んだのを確認すると、一つ頷く。
「余り大きな馬車では無いので、この人数だと狭いと思いますが我慢して下さい」
「御者が居ないが……アカツキが動かすのか?」
「そうです、経験は無いですが……まぁ勘でなんとかなるでしょう」
「些か心配だが他に出来そうな奴も居ないしな……」
「うむ、残念だが我も馬を走らせた経験は無い」
「それにしても本当に一日で用意したんだな……流石としか言いようがない」
「こう見えて本当は結構危ない橋を渡ったんですが……結果オーライですよね」
「それは良くないな……次から危ない事に手を出すなら俺を連れてけよ」
「ヤマトさんが居ると事態が悪化しかねないので……遠慮しておきます……」
「なんだと?俺が面倒事を起こすとでも?」
「我もアカツキに同意だぞ、ご主人に穏便な交渉事は向いてない」
「まぁ……そうか……否定はしない」
クロセルに窘められる。これに関しては、俺の経験からしても事実だから何とも言えない。
喧嘩っ早い俺の性格は、確かに交渉事には向いて無さそうだ。
だが待って欲しい。間違い無くクロセルの交渉は俺より過激だ。こいつ、人の事は言えないのではないだろうか。
まぁ、実際それで事が上手く運び、助かっている以上、文句は言えない。
「では出発しますよ」
「おう」
そんな短いやり取りの後に、ややぎこちなくも、馬車は走り出す。
前から思っていたが、直感の才能は勘に従って事を運べば何でも上手くいく才能だ。
正直、あれはチートスキルだ。万能すぎる。率直に言って羨ましい。
才能指数の格差は今まで何度も感じてきたが、才能の種類でもかなり格差があると実感した。
同じ魔術でも『魔術』と『空間魔術』では出来る事の幅が全く違う。才能指数だけでは測れない、才能の種類で決まる価値も存在するのだ。
そう考えると、相変わらず神とやらは不公平な奴だと思う。
まぁ……仮に公平だった場合、それはそれで大変な世界になるのだろうし、不満を唱えられる立場では無いのだが。
「ご主人、そう言えば勇者は本当に置いてきて良かったのか?」
「連れてく理由が無いだろ、あいつ肉壁にしかならんぞ」
「ご主人より強いのだぞ……?」
「うるせぇ、あいつは皇帝に負けた、俺は皇帝に勝った、だから俺の方が強いんだ」
「ご主人、我が負けた後、あの皇帝に勝ったのか?」
「あぁ、剣術のディザビリティを使ってな」
「ぐぬぬ……我が負けた相手にご主人が勝ったのか……嬉しくもあるが悔しいぞ……」
「つまり、俺が最強って事で良いんだよな?」
「揉め手を使ったと言えど、勝ちは勝ちだ、ご主人の強さは認めざるを得ないな……」
「実際、ヤマト様は強いからね、黒ずくめと相対した時も、私なんかよりずっとキレのある動きをしていたし」
「そうだ、俺は強いんだ」
「ご主人……さては"あの力"の事を我以外に言ってないな?」
「何のことだ?俺は知らないな」
「全く……これで嘘は苦手とはどの口が言うか……」
クロセルが呆れたように溜息を吐く。
彼女の言う通りだ。俺は自分の力の事をクロセル以外に言っていない。
だが、それは言う必要が無いから伝えていないだけだ。敵を欺くにはまず味方から。奥の手は隠しておくべきだと思っている。
「……何か事情がありそうですし……深くは聞かないでおきましょう」
「流石はアカツキだ、話が分かる」
話を聞いていたのか、前方からアカツキの声が聞こえてくる。
思考せず勘だけで馬を走らせているからか、会話を聞くだけの余裕があるようだ。
「この調子なら明日には国境まで行けそうですね」
「最初はぎこちなかったが、馬を走らせるのも慣れたもんだな」
「こればっかりは才能の賜物ですね、もうコツは掴みました」
「無理はするなよ、夜には一度馬車を止めて休むべきだと思うが」
「いえ、これは時間との戦いですから、今夜は走り続けます」
「我もアカツキの意見に賛成だな、此処は踏ん張り所だ」
「クロセルやアカツキの転移魔法じゃダメだったのか?」
「我は一度も教国に行ったことがない」
「私も同じです」
「クロセルは兎も角、アカツキは外交で訪れる機会もありそうな物だが……そこまで閉鎖的な国なのか?」
「その通り、教国は他国との外交を一切行わない閉鎖的な国です、とある各国の首脳が集う会談の場においても、トップである教皇が出席したのを私は一度も見たことがありません」
「そうか……」
外交が無いと言う事は他の国家に頼る事無く国家として完結しているという事でもある。
これは、神の力の影響が大きいのかもしれない。
魔の者を退けると聞く神の加護。それが確かならば、教国では魔物の脅威に怯える必要も無い。
魔物の問題が無いとなれば、その分の人手を生産に注力出来る。そう言った理由もあり、小さくも豊かな国なのだろう。
……と思ったのも束の間であった。
「なんか……暑くないか?」
「もうすぐ砂漠に入りますからね」
「砂漠……ってのはあの砂漠で良いんだよな?これまた突拍子だな……」
「ご主人が無知なのが悪い、教国は広大な砂漠地帯にある国だぞ」
「んな事一度も聞いてない……分かる訳無いだろ」
「ヤマトさんの知っている砂漠で相違無いと思います、滅多に雨が降らない乾いた土地、一面が砂で覆われた大地です」
「そうなのか……なんか色々と意外だな」
「ヤマトさん……何も知らずに教国を目指すとか言い出したんですか?」
「魔王から逃げるにはそれ以外に方法が無かったからな、王国でも良かったが……それはそれで面倒だしな」
「計画性がないですね……本当にこんな人に着いて来て大丈夫だったのでしょうか……」
「今更後悔しても遅いぞ」
「分かってますよ、覚悟は決めてます」
馬車の外に軽く顔を出すと、確かに辺りの空気が乾いており、空からは熱射が降り注いでいる。砂漠に近付いている証拠だろう。
「ところで……砂漠の悪路を……馬車で走れるのか?」
「教国は舗装された道路が整備されてるんですよ……」
「マジで……?」
「マジもマジ、大真面目です」
「どういうことだよ……道路舗装技術とかこの世界にあるのか?」
「いえ、道路は神の奇跡による創造物です」
「道路を神が作ったって言うのか?何の為に?」
「さぁ……?神が奇跡を起こせるのはご存知ですよね?もしかしたら教国の民の願いを奇跡で叶えたのかもしれません」
「もしかしたら……ねぇ……神の気まぐれの可能性も有り得るって訳か」
「真実はまさに神のみぞ知る……って奴ですね」
「……」
「なんで黙るんですか……」
「得意げに言ってる様子が可愛かったからな」
「なっ……!?」
ニヤニヤと下衆い笑みを浮かべながら、そんな言葉を投げる。
此処からでは馬車を走らせているアカツキの顔は伺えない為、声色から察しただけだが。どうやら図星だったらしい。
とまぁアカツキは放っておいて。俺の中の神のイメージがまた変質した。
今までのイメージは、言い例えるなら絶対中立な観測者。自衛に走ることはあれど、直接人の世界に手は出さない。そういう存在だ。
だがこの話だと、民心に耳を傾けて絶対的な力を行使する。言うなればキリストのような救世主的な存在に近いように思える。
しかしまぁ、百聞は一見に如かずだ。実際に神に会ってみない限りには、全ては推測の域を出ない。
「ところで……神が国の為に奇跡を行使するなら、神を巡って戦争が起きないか?」
「神が教国に抱えられるのは数百年規模の暗黙の了解になってるみたいですね……神が居る限り、教国を攻め滅ぼすことは出来ないので」
「その言い方だと……前例があったように聞こえるな」
「その通りです、過去に何度か、神を巡って戦争が起きています」
「結果は?聞くまでもないか……」
「千年以上前の話ですが、教国に属する勇者の軍勢が神罰を代行し、戦争は終結したとされています」
「勇者の軍勢……?」
「『勇者』の才能の本質は、その才能を持つ者は"神に属する対価に力を得る"という所です。勇者は神の下僕であるからこそ、神による祝福を受けられます」
「詰まる所、勇者ってのは生まれてから死ぬまで神の下僕として生きる訳か……なんか嫌だな……」
「同感です、ですが私達の持つ"才能"は神の生み出したシステム、それに依存して生きる私達は皆、神の下僕のような物とも言えるんですけどね」
「なるほどな……勇者は神に絶対服従なのか?」
「その通りです、ニコラスさんを筆頭として、各地に居る勇者は全員、神によるお告げがあったらそれに従わなくてなりません」
「神に人生を操作されてるのか……なんか可哀想だな……」
「内容は例えば……ティア様もお告げを聞いたことがあるのでは?」
「あるわよ?」
「それはどんな?」
「『あそこの悪人をやっつけなさい』とか『ここではこの魔法を撃ちなさい』とか……」
「聞いてるだけだと只の的確な指示だな、勇者の一挙一投足は何でもお見通しって訳か……」
「良く言えば、勇者の権能の一部とも言えますね」
「だな、状況に応じて最適解を神が指示してくれるんだ、活用すれば只の優秀なナビゲーションに他ならない」
「だいぶ話が逸れましたね……見えてきましたよ、あれが道路です」
「あぁ……あれか……」
アカツキの言う通り、視界の先に舗装された道が見えてくる。
黒いアスファルトに白線が引かれ、左右どちらも馬車が通れる程度の広さがあり……
「ってこれ俺の知ってる道路じゃねぇか!?」
「うぅ……ヤマト様、少し声が大きいかな……」
「……悪かった、アカツキ……これはどういう……」
「ええっと……車両の通行方向って日本と海外じゃ逆なんですよね……左側と右側どちらを通れば良いんでしょう」
「そうじゃねぇ!?いやそこも気になるけども!」
馬車から身を乗り出し、何度も確認する。間違い無い、これは日本で見た道路だ。どういうことだ?偶然の一致?
いや待て、落ち着け。俺をこの世界に転生させたのは恐らく神だ。つまり神は少なくとも俺の世界を知っていることになる。それならば神が俺達の世界の道路を知っていてもおかしな事では無い。
「取り敢えず納得した……色々驚いたけど良く考えればおかしな話ではないな……」
「もしかしたら神様は私達の世界の道路を参考にしたのかもしれませんね、光栄じゃないですか」
「あぁ……そうだな……怒鳴り散らしたから暑くなった、疲れた……」
「あはは……ヤマト様、冷たい手が御所望かな?」
「良い考えだ、少し寝たいしな、前のように目元に頼む」
「了解、分かったよ」
今日という日だけで、神という存在について色々と分かり、分からなくなった気がする。
そして俺はエルの魔術で冷やされた氷のような手に癒され、馬車は時代錯誤に存在する砂漠の道路を進み続けるのであった。




