旅路
「はぁ……次の街まで……後どれくらいだ……」
「あと少しですよ」
「もう……ヤマトはだらしないのね」
「馬鹿、お前を背負って無ければこれぐらい余裕だ」
「荷物持ちに勇者を連れてきても良かった気がするね……」
「その扱いは流石の勇者でも可哀想だな……」
俺達は駄弁りながら、辺り一面を森に覆われた道を進む。
アカツキが言うには、ただひたすら道なりに進めば街に着くと聞いたが、かれこれ半日近く歩いても、その街とやらは見えてこない。
途中からはティアを背負って進んでいる。重くはないが軽くもない。地味に体力が失われていく。
やはり馬車という足を壊されたのはやはりそこそこの痛手だ。あれは一朝一夕に用意出来る物ではない。
「そう言えば、魔王ってのは魔王領を統べるのが普通なのか?」
「そうでもありません、古い文献によると、魔王領を放置して人間の国を統べていた事もあるそうです」
「魔王領なんにも無いからな……」
「はい、魔王領と言えば、魔の塔と無数の迷宮、あと魔王城があるぐらいですね」
「魔王城……ってのは魔王の根城か?」
「そうなります、魔王が魔王の権能を振るえるのは魔王城でのみ、魔王城の外では所詮とてつもなく強い魔物のような物です」
「魔王の権能ってのは?」
「魔物、魔族への絶対命令権、それと魔王固有の何らかの"才能"です」
「自分の城でしか才能を発揮できないとか可哀想だな……んで魔族ってのは?」
「神が人に祝福を与えるのと同じように、魔王は人に穢れを与える事が出来ます、魔王から穢れと力を与えられた種族、それが魔族です」
「穢れってのは才能なのか?」
「いいえ、より深い、魂に刻まれる呪いのような物です。一度でも穢れを受けた種族は、その穢れが必ず子に継承される為、永遠に魔王の支配から逃れることは出来ません」
「そりゃ恐ろしいな……」
俺はクロセルを手の中で転がす。
こいつもかつては魔王だったのだと思うと、魔王という存在がとても小さな存在に感じられる。
実際はそんな事無いのだろうが、元魔王と当然のように暮らしてきた俺からすれば、魔王なんて物は身近でありふれた存在なのだ。
「魔王になると人格が変わったりするのか?」
「そうですね、元の人格は破壊され、殺人、略奪、破壊の衝動に支配されると聞きます」
「それを抑え込んだ魔王の前例とか無いのか?」
「私が知る限りでは……居ませんね。唯一、先代の魔王グレモリーが衝動を抑えられず自身を封印した例があるぐらいです」
「やっぱり抑えようとした奴は居るんだな……今まで多くの魔王が居て、中には衝動を抑えようとした奴も居た筈だ、それが一度も成功してないとなると……望みは薄いか……」
「皇帝が衝動を抑えるかもしれない、と思ったんですか?」
「あ?それは無い、あいつが衝動を抑えるとかありえない、衝動に任せて暴虐の化身となるのが関の山だろうよ」
「そうですか……」
そんな風に歓談しながら歩いていると、遥か遠くに街が見えてくる。当然だが、アカツキの言葉に間違いは無かった。
このまま転々と街を渡り歩き、目指すは教国とやらだ。
神の加護があり、魔王の侵略とは最も縁のない土地。王国や帝国なんかよりは、きっと安全だろう。
「そう言えば、転移と馬車による移動ばっかりで全く掴めてないんだが、国同士の位置関係ってどうなってるんだ?」
「一つの大きな円を思い浮かべてください。それをざっくり五等分。最北に位置する王国から時計回りに帝国、教国、公国、魔王領となります。大きさは魔王領が一番大きく、続いて王国、帝国、公国。そして教国が一番小さい国となります」
「なるほどな……なんとなくだが理解した」
「ヤマトさん……地理は苦手そうですね……」
「義務教育すらまともに修了してないからな、俺の知能に期待するなよ」
「そうなんですか……それにしては頭が回る気もしますが」
「場数と経験だけは踏んできてる。大体は経験則と勘だ、俺に知識なんて皆無だぞ」
「それでも勇者のように只の馬鹿に見えないのは……やはり天性のカリスマですかね」
「まぁ、前世も支配階級だったからな、俺の偉力に人が集まってくるってのはあるだろう」
「それを自分で言いますか……」
「事実だから仕方ない」
「ヤマトは昔偉い人だったの?」
「あぁ、そうだ、俺は昔暴君だった」
「暴君?ヤマトは悪い人じゃないわ!」
「んな事言われてもなぁ……」
前から思うが、周りからの俺の評価が些か高すぎる気がする。
根はこんなにもクズで悪い人間だと言うのに。
「私も、ヤマトは良い人だと思う」
「私もそう思いますよ」
「おい……やめてくれ……褒められるのは性に合わない、というか気分が悪くなる……勘弁してくれよ」
周りから絶賛を受け、俺は頭を抱える。穴があったら入りたい。
もう少し悪い子アピールをした方が良いのだろうか。でもどうやって?
「ふむ、そうだな……ならこうしてやろう!」
色々と考えた末に一つの答えが思い付いた。
それは何かって?
まず暴力はいけない、つーか出来ない。
なら言葉で脅す?それもダメだ、こいつらには効かない。
それなら……セクハラするしか無いだろ!
「ちょっと……ヤマトさん!?」
「おっと……今日は珍しくヤマト様が積極的だね」
歩調を緩め、横を歩く二人と一歩分の距離を取る。
そして、クロセルを脚で挟むと、素早く両手を伸ばし、二人の尻を揉む。
全ては俺が思い描いた通り。我ながら完璧な動きだ。
両手に柔らかい感触を感じると同時に、俺は反撃を覚悟して目を閉じる。
が……反撃は飛んでこなかった。
というか俺の手から逃れる素振りすらない。何故だ。
「……逃げろよ」
「何を言ってるんですか!自分で離して下さい……全く……」
「んっ……ヤマト様が望むなら……私はこのままでも良いけど……」
「ったく、これで分かっただろ、俺は変態な悪い子だ」
「ヤマトは変態なのね!」
「そうだ!わかったな!」
「色々と方向性が間違ってる気がしますが……はぁ……まぁ良いでしょう」
「終わりか、残念」
「何を名残惜しそうに俯いてるんだ……嫌な癖に……」
「え?私は嫌なんて一言も言ってない」
取り敢えず手を離す。
確かに良く考えなくとも馬鹿な事をした。
こんな事で悪い人間だとアピール出来る筈が無い。これじゃあ勇者と同レベルだ。
自己嫌悪で足取りが重くなる。そんな俺の気持ちなどいざ知らず、エルは傍若無人と振る舞う。
アカツキも先程の声色こそ怒気が含まれつつも、今はもう気にした様子はない。
全く……俺の周りは精神面が屈強な女ばかりだ。もう少し嫌がってくれないと俺が困る。
「何か失礼な事考えてません?」
「気の所為だ、勝手に落ち込んでるだけだから気にするな……」
「なんというか……相手が悪かったね……今ヤマト様がやったことは此処じゃ逆効果だよ」
「逆効果って何だよ……セクハラで好感度が上がるってか?」
「あれ……よく分かってるじゃないか」
「嘘だろ……何だこの世界、どうなってるんだよ……」
俺は頭を抱える。どうやら異世界である此処じゃ俺の知っている常識は通用しないようだ。
俺はただ悪い人間を装いたかっただけだと言うのに、なんとも難しい。
「ほら、そんな事言ってる間に街に着きますよ」
「あぁ……此処で馬車を手に入れて教国まで逃げるんだな」
「はい、魔王の誕生が発覚したら需要が急激に増えて馬車なんか二度と手に入らないでしょう、なので今の内に時間を使ってでも手に入れます」
「懸命な判断だ、それじゃあ此処に少し滞在する事になるのか」
「任せて下さい、一日あれば用意出来ます」
「嘘だろ……マジで?」
「ふふふ……私の事を舐めないで下さい、これでも王国一の敏腕秘書ですから」
「直感と分析の才能しかない癖によくやるよな……」
「その台詞、ヤマトさんにだけは言われたくないですね……」
そんな会話をしながら、俺達四人は街に入る。
ロイトンのような死んだ街で過ごしたせいか、人の活気が新鮮だ。
此処も明日か明後日には離れる事になる。余り思い入れないようにしておこう。
「今夜は久々にまともなベッドで眠れそうだな」
「ロイトンの廃屋は酷かったからね……」
手頃な宿を見付け、俺はアカツキと別れると、割り当てられた部屋に向かう。
「四人部屋か……アカツキの奴……金はある癖にケチだな」
「クロセルさんが起きたら一人溢れてしまうね……」
「あぁ、それなら心配要らない、クロセルは俺と同じ所で寝るだろうからな」
「そ……そうだったね……」
「……言ってから気付いたがこれだと色々と誤解されかねんな」
「確かにそうだ……でも私は分かってるから、大丈夫だよ」
「みたいだな」
俺は柔らかいベッドに腰を下ろす。
ティアを背負いっぱなしで中々疲れた。肩も若干凝っている気がする。
「エル、肩を揉んでくれ」
「……良いの?」
「何がだよ」
「そういうのはクロセルさんの特権かなって……」
「お前も俺の世話係だろ、これもお前の仕事の一部だ、気にするな」
「言われてみればそうだね、じゃあ失礼して」
エルが俺の後ろに回り、肩に手を触れる。
心做しかエルの手は冷たい。こうやって触れ合っていると、帝都に向かう馬車の中で熱を出した時の事を思い出す。
「そう言えば改めて礼を言ってなかった、あの時はありがとな」
「あの時……とは?」
「帝都に向かう馬車の中だよ、俺が熱を出した時、ずっと手を当ててくれてただろ」
「あぁ……そのことなら気にしないでよ、私はヤマト様の世話係なんだから」
「王国を離れた時点でその役割からも離れてるだろ、もうお前が俺に尽くす義理はないんだぞ」
「分かってる、これは私がやりたくてやってるだけだから……」
「そうか……ならまぁ良いだろ」
前から思っていたが、こいつが俺に尽くす理由は今でも不透明だ。
単に世話好きなのか、或いは何か思惑があってのことなのか。
どちらにせよ、俺に害が無いならばそれで良い。有用なら使い潰すまでだ。
そんな事を考えている内に、エルが俺の肩を揉みほぐしていく。
中々のお手前だ。だいぶ肩が軽くなった。
「よし……そろそろ良いぞ、ありがとな」
「こちらこそありがとう」
「なんでお前が感謝するんだよ……」
「あはは……なんでだろうね」
他愛も無い会話をしながら、俺達は笑い合う。
こんな平穏無事な日常を過ごしながら旅が出来れば、俺は満足だ。
クロセルとの二人旅も魅力的だが、エルやアカツキが居る旅も悪くない。
何より邪魔な勇者が居ないだけでこれほど快適な空間になるとは思わなかった。
良くも悪くも、勇者には感謝せねばなるまい。
そしてその日の夜。俺は未だ目覚めることの無いクロセルを抱えて、深く気持ちの良い眠りにつくのであった。




