敗走
俺は、ベッドの上で目を覚ます。
生きている。その事実に安堵する。
続いて、鼻腔を刺激する死臭で場所を予感する。
皆は……皇帝は……魔王は……どうなったのだろう。
「目が覚めた?ヤマト様」
「エルか……皆は……無事か?」
「驚くことに……全員無事だよ……アカツキ様が言うに……あの悪魔が逃してくれたとか」
「嘘だろ?あの悪魔が?」
才能の解放は心身共に大きく消耗する。
まだ全身の節々が痛むが、無理を効かせて俺は起き上がる。
此処は拠点だ。アカツキかティアの転移魔法で戻って来たのだろう。
エルは俺の事を介抱してくれていたらしい。感謝しなければ。
「迷惑掛けたな、助かった」
「いえいえ……私はヤマト様の世話係だからね」
王城を離れた今、エルが俺に仕える理由は無いというのに、律儀な子だ。
俺はベッドから立ち上がり、辺りを見渡す。
「アカツキは……寝てるのか」
「魔力欠乏で、此方に転移した直後に意識を失ってしまったみたい」
「魔力が枯れると意識を失うのか……俺には分からない感覚だな」
「魔力と言っても体力と似たような物だからね、短時間の内に継続的に使用しなければ負担はない」
「体力と違ってリミッターが無いから意識を失うまで使える訳か……簡単に無茶出来るのは便利そうだが……少し恐ろしいな」
「そうだね……私も気を失うまで魔術を使った事は無いから……少し怖い」
「それより、エルは大丈夫なのか?」
「うん、直ぐに立てなかっただけで……傷自体はどれも浅い、勇者様のお陰だよ」
「あいつのお陰?」
「彼は私を庇ってくれたから……感謝してる」
「あいつが身を挺して人を庇うとか……想像出来ないな」
「格好良かったよ、勇者様」
「よくやるよな……祝福があるからと言って無茶しやがって……」
勇者は祝福によって高い自己修復能力がある。数日もすればいつもの調子に戻るだろう。
「それより……クロセルは何処だ?まさか置いてきては無いよな?」
「大丈夫、ちゃんと連れてきてるよ」
そう言うと、エルは俺に杖を差し出す。
それを手の中で転がしながら、俺は大きく頷く。間違い無い、クロセルだ。
「良かった……これで俺も一安心だ」
「ヤマト様はクロセルさんが大切なんだね」
「当たり前だろ、こいつは俺の物だ、誰にもやらん」
「あはは……私は取ったりしないから安心して」
エルが困ったように笑う。気が付けば、俺は魔杖クロセルを胸にしっかりと抱き抱えていた。
ふと、クロセルは杖のまま、このまま目覚めないのでは無いかと、不安になる。
クロセルの仮初の身体は皇帝によって破壊された。あれが死を意味するとしたら……
「らしくないな……考えるのはやめよう」
「どうかした?」
「大したことじゃない、気にするな」
エルが心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
俺は小さく首を振ると、心に掛かった暗雲を晴らすように軽く手をパンと叩く。
「ところで、皇帝と魔王はどうなった?」
「魔王は死んで、皇帝が魔王の力を継承した」
「やっぱりそうなったか……猶予は?」
「悪魔の言葉が確かなら……3日」
「よし、それだけあれば逃げれるな」
「何処に逃げるの?」
「俺とクロセルは王国には戻らない。行くなら……そうだな、教国とやらを目指すか」
「王国に戻らないの……?」
「あ?別に着いて来る必要はないぞ、お前が王国に戻りたいなら俺は止めない」
「いや、それなら私も着いて行く」
「良いのか?」
「うん、私はヤマト様に着いて行くって決めたから」
「そうか」
俺達は任務に失敗した。
魔王の復活を許し、新たな魔王を生み出してしまった。
俺達は罪人だ。このまま涼しい顔で王国に戻る事は出来ない。
帝国は間も無く魔王の手に落ちるだろう。
そうなると、安全な教国に逃げるのが得策に思える。
「俺は身勝手だからな、魔王を倒すだとか世界を救うとかいう面倒な事に手を出すつもりはない。そんなのは俺の仕事じゃない、勇者の仕事だ」
「そうだね」
「今回の任務も皇帝に対する私怨を晴らす為に同行したに過ぎない」
「私もヤマト様の世話をしたかったから着いて来た、世界がどうなるかなんて、興味ない」
「そうか……ならまぁ、良いだろう、これからも俺に着いて来い」
「うん」
「そうですか、ヤマトさんは逃げるんですね」
そんな会話をしていると、アカツキが部屋に入ってくる。
いつの間に目が覚めたのだろう。盗み聞きとは趣味が悪い。
「そうだ、何か文句があるか?」
「いいえ?ありませんよ、ただ……」
「ただ、なんだ?」
アカツキは俺の元に歩み寄ると、少し考えるように目を瞑る。
そして、溜息を一つ吐くと、目を開いて言葉を続けた。
「私もヤマトさんに着いて行きます」
「……マジで?お前の本来の仕事って国王秘書だろ?」
「確かにそうです、国王には恩があります、それを仇で返すような真似になってしまうのは不本意です……」
「ならどうして……」
「私の独断です、私がそうしたいからそうするのです。私だってヤマトさんに負けず劣らず、我が儘なんですよ?」
「着いて来いと言う訳じゃないんだぞ?」
「はい、私が勝手に着いて行きます」
「揃いも揃ってどうして俺なんかに着いて来るんだか……俺には理解できん」
「そんなことより……問題はティア様と勇者ですね……勇者は放っておいても良いとして」
「ティアを放置する訳にはいかないな、王国に連れ帰るのも出来ない、となると……」
「彼女の意思に関わらず、連れて行くことになりますね」
「アカツキだけでも帰ってくれれば解決するんだが……」
「酷いですね、そんなに私が嫌いですか?」
「馬鹿か、嫌いなら連れて行くことなんか了承しねぇよ」
「それは良かった」
「ったく……これじゃ殆ど全員着いて来る事になるじゃねぇか」
「これは……予想通りだね」
「同意します、エルさん」
小さく笑いながら顔を見合わせるアカツキとエルを見て、俺は溜息を吐く。
これからは魔王と帝国と王国、これからはそれら全てと敵対した状態になる。
俺達は無事に生きていけるのだろうか。
「そうそう、それと、ヤマトさんに見て貰いたい物が」
「なんだ?」
アカツキが取り出したのは、拳サイズの水晶球。
だが、それが只の水晶球では無い事は一目瞭然であった。
仄かに紅い光を放ち、球体に映り込む世界は真っ赤に染まっている。
「これは……なんだ?」
「魔王です」
「魔王?」
「正確に言えば……魔王の遺体です」
「この水晶球が?」
「そうです」
アカツキが言うに、この水晶球は魔王の遺体が変化した物だと言う。
にわかには信じられないが、アカツキが嘘を言う理由は無い。
これは間違いなく魔王の遺体なのだろう。
「けど……どうしてこんな姿になったんだ?」
「分かりませんが……ヤマトさんに持っていて欲しくて」
「なんで俺なんだ?こんな怪しい物受け取れと言われても困るんだが……」
「なんでと言われても……その方が良い気がするだけなので、何も言い返せませんが……」
「あ、いや、お前の"気がする"は信用出来る、言う通りに、俺が預かっとこう」
「そうですか、それではどうぞ」
「……驚くほど軽いな」
「私も思いました、まるで空気を持っているかのような軽さです」
俺は水晶球を掌で転がす。
確かに空気より重く、故に掌に乗っているというのに、全く重さを感じない。
不思議な球だ。俺はそれを一枚の布で包むと、懐に仕舞う。
「それじゃあさっさとロイトンから離れるか、俺待ちだったんだろ?」
「いえ、私もさっき目が覚めたので」
「そうか、ティアは起きてるか?」
「部屋に居る筈です」
「よし、それじゃあ行くか」
「ニコラスさんは良いんですか?」
「あいつは置いていく、俺の旅には邪魔だ」
「かわいそうな勇者様……」
「文句があるのか?」
「無いですよ、可哀想だなと思っただけで」
エルが少しだけ勇者を気遣う素振りを見せる。
なんか腹が立つ。勇者の奴、一発殴ってから行くべきだろうか。
「まぁ良い……起きる前にさっさと行くぞ」
「全く、ヤマトさんは気が早いですね、荷物を纏めるので少し待ってて下さい」
「俺はティアを呼んでくる、表で集合な」
ティアの部屋に行くと、奴は俺の元に嬉しそうに飛び付いてきた。
俺が王国に戻ることを説明するが、話を最後まで聞くこと無く着いて来るの一点張り。
この様子なら案じる必要も無かったか、なんて思いつつ。俺は拠点を出て、アカツキを待った。
そして、その日の内に。俺達はロイトンを発つのであった。




