魔剣ラプラス
魔王、クロセル、ニコラス、ヤマト、エルの主戦力の大半を喪失。
私も帰還分の魔力を考えれば戦闘不能、ティア様はそもそも殺し合いに場馴れしていない。
これは……万事休すか。
「お、始まりますね」
黒髪の悪魔は笑みを浮かべる。全てを見通すかのようにキラキラと光る青い瞳。
間違い無い、奴は何かを見ている。そして、それは直に分かる事だろう。
「魔剣、道化師、悪魔……貴方は……」
「道化師とは素晴らしい賛辞!ボクは感激だなぁ……」
「道化が賛辞?それはどうしてです?」
「え?そんなの決まってるじゃないですか、道化師はトランプでは切り札ですよ!切り札!どんな逆境もひっくり返すイレギュラー!いやーそんな素晴らしい物と同一視して頂けるなんて、なんとも光栄ですなぁ!」
「なるほど……貴方にはどんな言葉も褒め言葉になるんですね」
「えぇ、ですから貴方は言葉でボクを傷付ける事は出来ない、言葉なんて薄っぺらい物で揺らぐ心など持ち合わせていない」
「なら対話は無意味、そういうことですね」
「そういうことになります、さて……そろそろ始まりますよ、良く見ていると良い、絶望の舞台の幕開けだ!」
悪魔が剣で皇帝の身体を指し示す。
刹那。皇帝の身体が膨れ上がる。
胸部が大きく膨張し、もはや不要だとばかりに臓物が飛び出る。
「魔王の血……まさか……」
「あははははは!もしかして今更気付いたのですか?馬鹿ですねぇ……もう少し早く気付いていれば良かった物を」
悪魔の少女が高笑いを浮かべる。
おかしい。最初に魔王の血を浴びたのは悪魔の少女の筈だ。
しかし……今異変が起きているのは皇帝の身体。どういうことだ?これが意味する所は……
「本当の継承の条件は……死んだ魔王の血を取り込むこと?」
「そうですよ?あれあれ?知らなかったんですか?」
「寧ろ貴方が何故そこまで詳しいのか聞きたい所ですが……」
「あぁ、それはボクが魔王に仕えていた存在だからですよ。魔王オロバスの持つ魔剣。その名を"ラプラス"。それがボクだ」
「ラプラス……」
なるほど。55代魔王オロバスの最期を見届け、今の世まで存在し続けたと言うのならば、魔王の継承にも詳しい訳だ。
魔王が死んだ今、その継承は成立する。私達には……もはや止める術は無いのだろうか。
「何か考えてるみたいですけど……こうなったらどうしようもないですよ、さっさと逃げることを勧めます」
「私達を逃がすのですか?」
「はい、逃しますよ?別にボクは貴方達に恨みがある訳でもない、寧ろボクの愉快な余興として、もう少し足掻く様子を見ていたい物です」
皇帝の身体は更に膨張し、やがて巨大な肉魂と化す。
ピンク色の肉に覆われ、心臓のように脈動する。
どうやら今すぐ魔王が生まれる訳では無いらしい。
戦闘不能者を含め、今なら転移魔法で逃げることは出来る。
だが……それだと魔王の誕生を放置して逃げることになる。
封印の儀式はティア様の魔力があれば成立する。
しかしその場合、あの悪魔が邪魔をしてくるだろう。それさえどうにかなれば……封印も可能だ。
「良いこと教えてあげましょうか?」
「なんです?」
「……貴方の持っている石版、確かにそれは魔王の封印とその解除の儀式について記されている物だ」
「それがどうしたと言うのですか?」
「それ……偽物ですよ?だって本物は……」
悪魔はニヤリと笑うと、肉魂の中に手を突っ込み……一枚の石版を取り出す。
まずい。そう思った時には遅かった。
悪魔は石版を床に置くと……
――それを剣で叩き割った。
「此処にあるのだから!あははははは!」
「そんな……でも、言われてみれば確かに……」
皇帝の部屋の金庫に鍵が掛かっていなかったのは偶然ではない。あれは罠だったのだ。
私は見覚えがあるという理由であれを本物だと断定した。
それが間違いだったのだ。それもそうだろう、私は一度も"本物を見ていない"のだから。
五芒星で見たあの石版は偽物だったのだ。私はあれと同じだという理由、直感を信じて、あれを本物だと断定した。
これは私のミスだ……それも致命的な。
「くっ……悔しいです……」
「はい、これで、もはや貴方達に出来る事は無くなりました、さっさと逃げて下さい、ね?」
「……そうさせて頂きます、ティア様はヤマトさんをお願いします」
悪魔の言葉に偽りはない。邪魔をする事は無いようだ。
私は倒れた勇者を引き摺り、エルの元へと連れて行く。
ティアもヤマトを引き摺って同じ場所へ。
最後に魔杖クロセルを拾い、全員が揃う。
「あーそれと……それ、持って行くと良いですよ」
「魔王の死体……ですか?」
「はい、立場があるのでボクの口からは詳しく言えませんが……面白い事に使える筈なので」
「……何故でしょう、私の直感が貴方は信用出来ると告げています」
「悪魔なんかを信じると痛い目をみますよ?」
「そうかもしれませんね」
私は少女の悪魔が言う通りに、腹部に大穴を空けて絶命している魔王の死体を引き摺っていく。
転移魔法の消費魔力は、転移する質量に依存する。転移に成功したと同時に、私も倒れることになりそうだ。
「新たな魔王の誕生まで……どれくらい猶予がありますか?」
「うーん言って良いのかなぁ……ま、死んでもらっちゃ困りますし教えましょう、3日ぐらいです」
「結構あるんですね……因みにそれまでの間に、その肉魂を壊したらどうなるんですか?」
「無駄ですよ、"卵"は神の強制力によって保護されている、才能を持つ生物がこれを傷付ける事は出来ない」
「それは……つまり……魔王の仕組みは神が作った物……そういうことですか?」
「無知だなぁ……ま、そう思うならそうなんじゃないですか?ボク真面目な話苦手と言うか、つまらないんですよね……さっさと失せてくれます?」
「そうします、色々とありがとうございました」
「あははははは!ボクに感謝の言葉?あははははは!なんて人間は馬鹿なんだろう!悪魔に感謝をするなんて!流石に冗談が過ぎますよ!?」
「神が善行だけをするとは限らないし、悪魔が悪行だけをするとは限らない、大切なのは"それが誰であるか"じゃないんですよ」
「は?脳みそ腐ってるんじゃないですか?悪魔は悪行しかしーまーせーん!間違えないで下さい、全く」
「まぁ……そういうことにしてきましょう、そうです、私達人間は愚かで馬鹿なんです」
何故か私は悪魔に笑顔を向けた。
魔王を殺し、封印する手段を破壊し、新たな魔王を生み出した恨むべき存在であるはずなのに。
何故か。それは私には分からない。
「魔術回路構築……詠唱……
ル・トゥーム・アウナデム・ティロワール
空間魔術……空間接続!」
全身から一気に魔力が引き抜かれ、辺りは閃光に包まれる。
目的地はロイトンの我々の拠点。
それ以上遠くに飛ばなかった理由は、今の魔力残量では転移が厳しそうであったからだ。
実際……ぽっかりと胸に穴が空いたような感覚と同時に、意識が遠のく。
転移した先での事は、エルとティアに任せよう。私も……少し疲れた。
「あ、それとこれ返さないと……って行っちゃった……」
悪魔の少女は、思い出したかのように聖剣を振る。
しかし、そこにはもう誰も居ない。
誰か残っている人間は居ないだろうか……と辺りを見渡すが、残された人間は居なかった。
「まぁ良いか、貰っちゃお」
少女は聖剣を軽く振ると、小さく笑みを浮かべ、その場に座り込んだ。
「それより……ボクも現界し過ぎたな……折角喰らった最後のリソースだってのに」
座り込んだ少女の身体。ゆっくりとその姿が透明化していく。
「まぁ、魔王様が目覚めれば幾らでも魔力が供給されるだろ……えーっと……次の魔王は」
少女の青い瞳が一瞬、一際強く輝く。
そして、小さく頷くと、少女は消え行く身体で肉魂へと背を預けた。
「新たな魔王オセ様……貴方が目覚める時を……ボクは……楽しみに待っています」
やがて、少女の身体は光の粒子になって消え失せる。
そして、そこには、ただ二本の剣と、物言わぬ肉魂が残された。




