黒ずくめ
「さて……やるか」
俺は二本の短剣を構え、黒ずくめの前に立つ。
意識を集中させ、俺の中にあるスイッチを入れる。大丈夫、感覚は覚えている。必ず出来るはずだ。
"才能『短剣術10』を強制解放しました
エラー……才能データが破損しました"
「よし……これでいい」
脳内に、俺の知らない動きがインストールされる。
相手は俺の得意とする格闘の才能持ちだ。だが、才能の無い俺が才能を持つ奴に同じ土俵で勝つことは出来ない。
故に、敢えて使えない獲物を握って才能を引き出した。格闘の才能を引き出しても良かったが、それは奥の手だ。
相手の才能指数が不明な以上、同じ才能で立ち向かうのは最善手ではない。
ただ……流石に相手の格闘の才能指数が10以上だとは思えないが。
「……」
「もはや、お前に勝ち目はない」
前に立ち塞がったまま行動を制限し、相手の攻撃を避け、的確に攻撃を当てていく。
もちろん、傷害のディザビリティが発動している為、有効打は無い。
これは短剣術の才能に攻撃も含まれている為だ、俺は頭に浮かんだ動きをなぞるだけ。そこに自分の意志は介入できない。それほどまでに才能の強制力は強い物だった。
ノーダメージと言えど、怯ませるだけの効果はある。相手の行動は制限され、やがて相手は徐々に守りの姿勢に入る。
才能の強制力がある故に、相手は俺に攻撃を当てることは出来ない。絶対に勝てないのだ。
「俺は体力が尽きるまで続けても良いが?」
「……」
「アカツキ、ティア!こいつの動きは俺が止める!何でも良いから魔法を撃て!」
遂に、黒ずくめを広間の隅まで追い詰める。
黒ずくめは、俺から逃れようと動くが、俺は直ぐにその前へと立ち塞がる。今がチャンスだ。
「――亜空切断!」
「――鎌鼬!」
「……」
馴染みのある二種類の魔法が、黒ずくめを襲う。が……
「……」
「どういうことだ……?何故効いていない!」
「これは……ヤマトさん!黒ずくめの纏ってる布は恐らく勇者の鎧と同じ……強力な対魔力を持った布です!」
「つまり身包み剥がないと魔法は効かねぇって訳か…」
想定はしていたが、厄介な相手だ。
だが今の俺なら……黒ずくめにダメージを与えず"布だけを斬り裂く"芸当が可能だ。
そうと決まれば、早速黒ずくめへと踏み込み、破こうと迫る……が。
「くっ、何者だ!お前は!?うぐっ……ぐああああああああ」
「全く魔王様とあろうものが、もっと堂々と構えて下さいよ、ついでにそのまま……大人しく死んで下さい」
この声は……誰だ?
聞き覚えは……ある、確か皇帝とクロセルが戦っている時……
「チッ……皇帝の魔剣か!?」
「流石はヤマトさん、ご明察……皇帝の寿命を美味しく頂いたので、ボクも実体化出来るだけの力を得た訳です、でもすこーし……気付くのが遅かったかな?あははははは!」
「嘘……そんな……」
俺は黒ずくめから距離を取り、何事かと振り返る。
――魔王の腹から勇者の聖剣が突き出ていた。
魔王の背後には、勇者の聖剣を握り締めた黒髪の少女。
その顔は見えないが、声色は酷く高く、耳障りに歪んでいた。
ティアとアカツキは完全に俺の方へと注目していた。その一瞬の不意を突かれたのだろう。
「でもでも?ボクは魔王の力には興味無いというか、どちらかと言えば仕える事が本分ですので……」
黒髪の少女。皇帝の魔剣は、魔王の胸から剣を引き抜くと、それを近くに転がっている皇帝の胸へと、躊躇無く突き刺した。
「っああああああああっ!?」
「こうします~あはは、ボクってなんて優秀なんでしょうね」
「悪魔ですか……」
「その通り!ボクは悪魔です!あは?ボクは元魔王のクロセル様様なんかよりずーっと格下の存在。不意討ちでもしないと~魔王を殺せないような?か弱~い悪魔なんです」
魔剣の少女はニヤニヤと口元を歪めながら、ぶすぶすと皇帝の身体を突き刺して回る。
そんなことより……魔王の容態だ、回復魔術を使えるティアが居る、まだ間に合うかもしれない。
「ティア!魔王に回復魔術を!」
「手遅れですよ?だってこれ"聖剣"ですもん?魔王には効果は抜群だ!ってね?あははははは!」
「……」
「あーそんなことより?そこの黒い人逃げるみたいですけど良いんですか?」
「なっ……くそっ、いつの間に!?」
黒ずくめはいつの間にか俺の包囲を潜り抜け、迷宮の方角へと走って行く、奴の目的は自身が魔王になること。
それが成功……いや失敗した為に、目的を諦め、この場から逃げようとしている。
短剣術の技量は高められているが、脚が早くなった訳ではない。今から追っても追い詰けないだろう。
「逃したか……まぁいい、それよりアカツキ!ティア!魔王はどうだ!?」
「どうして!?ヤマト!この人の傷が……塞がらない……」
「魔剣の悪魔の言う通り……この傷は魔術じゃ塞がらない物みたいです…」
「そんな……ってことは」
「はい……このままでは……魔王は死亡します」
「くそっ……此処まで来たってのに……」
既に意識は無く、魔王の身体からは血の気が失せていく。
魔王の最期が、これほど呆気ない物だとは。
魔王も人と殆ど変わりはない。絶大な力を持っていても、不老不死の力は無い。脆く儚い生き物なのだろう。
「むーむー皆様揃ってボクを放置ですか……折角ボクが狂言回しをして、絶望の舞台を演出したのに、つれないなぁ…」
「お前は何がしたいんだ……」
「ボクですか?ボクはご主人の目的を叶えてあげただけですよ?と言っても……別に命令された訳ではなく、独断と偏見で面白そうだからやってみただけなんですが」
「面白そうだからって……てめぇ……」
「あ?怒ります?怒っちゃいます?いやー困るなぁ……ボクこう見えてもか弱い悪魔なので、ぶっちゃけ戦ったら普通に負けちゃうんですよね~……見逃してくれません?」
「ふざけるな!てめぇのような悪魔を逃がす訳ねぇだろ!」
怒りで全身がドクドクと煮え滾る。憤りで思考を支配される。
気が付けば、俺は魔剣の悪魔へと駆け出していた。
あいつだけは、必ず殺す。
「でもでも?ボクが思うに……そろそろ貴方、時間切れなんじゃないですか?」
「あ?っぐあああああああああ!?」
魔剣の悪魔が俺を目の前にして、悪戯っぽくニヤリと笑う。
悪魔の言葉、それはまさしく予知であった。
魔剣の悪魔を目の前にして……俺は胸と頭蓋を駆け抜ける激痛に思わず足を止める。
"致命的なエラーが発生した為……
破損箇所のある才能を破壊します『短剣術0』"
何か聞こえるが、俺の脳には届かない。
雷に打たれたかのような衝撃。視界が明滅し、意識が遠のく。
「あああああああ!?」
「あははははは!無様ですねぇ!?あと少しでボクを殺せたのに、残念」
「くそっ……お前……だけは」
「許さなくて結構、人に恨まれるのは慣れっこなので、貴方の罵倒もボクにとっては褒め言葉、いやー実に気持ちが良いですね!」
「悪魔……が……」
こいつの言う通り、俺の身体は限界らしい。
言うことを聞かない身体が、地面にキスをする。
俺はこのまま死ぬのだろうか。そんな事を考えながら……俺は意識を手放した。




