再戦
戦闘描写が難しすぎて挫折しそうな今日この頃です
「魔術回路構築……詠唱!
リ・スォーム・リクシア・ティル
風魔術……鎌鼬!」
場所は魔窟五階層。光景は代わり映え無く、四方に暗闇が広がる迷宮。
俺の背でティアが詠唱すると、彼女の伸ばした掌より放たれた風の刃が、進行方向を塞ぐ二頭を持つライオンのような魔物の首を刈り取っていく。
それが魔物と相対して数秒の出来事。魔物は二つの頭を失い、ぐらりと傾くと、そのまま絶命する。
「やっぱり魔術の威力は恐ろしいな……」
「魔窟の魔物程度ならクロセルさんとティア様が居れば魔術だけで攻略出来てしまいそうですね」
「地味だが俺達の背中が安全だったのは勇者の活躍あってこそだからな」
「その通りです、ニコラスさんには感謝しないとですね」
「そうだよ!みんな僕の活躍をやっと認める気になったんだね!」
「……」
「何故そこで皆黙るんだい?」
「一々声がでけぇんだよ、全くうるせぇ……ほら、魔物が寄って来たぞ」
「任せてくれ!フルティィィィン!」
闇の中から飛び掛かってきた一体の狼の魔物を、勇者が的確に斬り捨てる。
確実に彼の働きは優秀ではあるのだが、何とも甲乙付け難い。
「それより……今日で期限だろ、復活までの時間はどれくらいあるんだ」
「ふむ、この様子だとあと数時間も無いな」
「最深部まであと少しです、皆さん、覚悟は決めましたね」
「そんなの当の昔に出来てる」
「それよりアカツキよ、封印の方法は用意できたのか?」
「石版を解読した結果、封印の儀式には長大な詠唱と膨大な魔力、そして封印対象の無力化が必要と記されています。魔王の無力化さえ成功すれば、あとは私とクロセルさんで封印を実行出来る筈です」
「復活直後の魔王は弱ってるんだろ?それなら俺達の敵じゃ無さそうだな」
「気持ちは分かるけど、決して慢心してはいけないよ、ヤマト様」
「あぁ、分かってる」
代わり映えしない景色だが、俺達は確かにこの五日間で魔窟を踏破したのだ。その実感こそ沸かない物の、戦闘の経験は十分に積んだ。魔王がどれほど強大な存在か分からないが、今の俺達であれば魔王の無力化も難しくはない様に思える。寧ろ問題になるのは……
「皇帝、奴は確実に現れるだろうな」
「ご主人の推察だと、皇帝の目的は自身の手で魔王を殺害する事だったか」
「あぁ、まずはそれを止めるのが最優先になるだろう」
俺は塔で対峙した皇帝の事を思い出す。
奴は少なくとも祝福の勇者より強い。それはあの時の戦いで分かった。
しかし今回はクロセルが居る。必ず、俺達にも勝機はあるはずだ。
「そう言えば、勇者。お前なんであの時に皇帝とクロセルの場所が分かったんだ?」
「あの時……ってのは魔王復活の儀式のことだよね?」
「そうだ、お前は自力であの塔で儀式が行われることを知り、そして俺達よりも早く辿り着いたのか?」
「それなら簡単な話だ。僕は王命で魔杖の奪取を命じられた、その際に儀式の場所も知らされたから、急いで向かったら君達とばったり出会した訳だ」
「……どういうことだ?」
「そのままの意味だけど……どうかしたのかい?」
理解はしたが、どうも引っ掛かる点がある。
俺は歩きながら、ゆっくりと思考を整理していく。
もし、俺の仮説が正しければ……
「……まさかな」
「どうかしたのか?ご主人」
「いや、なんでもない……」
「皆さん、間も無く最深部です」
進行方向へと視線を移すと、やがて光が見えてくる。
そこに足を踏み入れる。そこは、広い広間のような場所だった。
随所に青い炎の松明が設置され、雛壇のような形で中央への階段がある。
広間の中央部は高い位置にあり、遥か高い天井から一筋の光が差していた。
贔屓目を抜きにしても、幻想的で、綺麗な場所だ。魔窟と称される大迷宮の最深部に相応しい様式をしている。
そして、予想通り。階段に立ち、俺達を見下ろす二人の先客が居た。
その内の片方は、俺達を見下ろしたまま、小さく拍手をすると、そのまま声を発する。
「やぁ、良く来たね」
「……具合はどうだ?皇帝」
「お陰様で、全快までかなりの時間を要したよ、いやはや、あれは良く効いた」
「仕留め損なったのは残念だ」
「おっと、それは申し訳ない事をした」
「……」
「一応聞くが、お前は誰だ?」
「……」
「まぁ、答えないだろうな」
「……」
意味深な笑みを浮かべる皇帝の隣で立ち尽くす、全身を黒い布で覆った人型の何か。
あいつが馬車を襲い、エルとティアを襲った"警告者"の正体で間違いないだろう。
そいつは、俺が声を掛けても、何も答えなかった。
「さて、役者は揃ったようだ、舞台の幕開けといこうじゃないか」
「クロセル、やるぞ」
「任せておけ、ご主人!」
「援護します!」
「僕は黒い方を担当しよう、エルとティアは僕の援護を頼む!」
「分かったわ!」
「了解しました」
戦闘が始まった。
皇帝が剣を抜いたのとほぼ同時に、クロセルの身体が青い光で覆われる。
そして更にクロセルが小さく何かを口遊んだかと思えば、彼女の手元から水が溢れ、長剣の形を形作る。
それは剣の形状を取ったと同時に、一瞬で凍り付き、透明の氷の剣となった。
クロセルが踏み込み、皇帝に肉薄すると、綺麗な高い音が打ち鳴らされる。
俺には目視する事すら困難な速度で、剣と剣の打ち合いが行われる。
傍から見れば互角。刹那であろうとも気を抜いた方が負ける戦い。しかし、クロセルの剣が不可視であるという事実が、クロセルに明確な優位を生んでいた。
少しずつ、皇帝の身体に傷が生まれていく。
「――亜空切断!」
そこに、アカツキによる援護射撃が放たれる。
皇帝は、それを飛び退くことで躱すが、そこで決定的な隙が生まれた。
好機を逃さんとばかりにクロセルが皇帝へと大きく接近し、不可視の刃が振り上げられ、皇帝の胸元を大きく抉る。
周囲には皇帝の血が飛び散り、それがクロセルの剣を濡らす。これでクロセルの剣は不可視のアドバンテージを失った。
皇帝は傷を負っても怯む事無く、追撃するクロセルの剣を的確に弾いていく。この状況でも互角を維持する皇帝の底力に、俺は思わず身震いを覚えた。
「っ……これは少し厳しいな、持っていけ悪魔!」
「おや、良いんですか?」
「どうせ捨てる人の身だ!もはや幾らでもくれてやる!」
「あははははは!それもそうだ!ではでは~契約通りに……」
「はは……視える……視えるぞ!お前も此処までだ!魔杖クロセル!」
「っ、これは……どういうことだ?」
突然、皇帝の動きが変わった。
クロセルの攻撃を全て受け流し、読めない筈の彼女の隙を見抜き、的確に突いてダメージを重ねていく。
一気にクロセルの劣勢となった。皇帝の放つそれは小さい傷の積み重ねであるが、確実に彼女の身体を傷付け、辺りには鮮血が散っていく。
魔剣の力だろうか。皇帝のそれは、まるで"未来を視ている"かのような動きであった。
「っ……亜空切断」
「……そんな避けやすい攻撃、幾ら撃っても無駄だよ」
皇帝はアカツキの詠唱が聞こえない距離に居る。
それでありながら、皇帝はまるで予め知っていたかのような動作でアカツキの攻撃を躱す。それもたった半歩動くだけで、だ。
「ご主人……すまない……これは我の力では……」
「その通りだ、よく分かってるじゃないか、賢い魔杖だ」
「うっ……ぐはっ……」
そして遂に、皇帝の剣がクロセルの胸を刺し貫く。
地面に鮮血の華が咲く。クロセルは、そのままガクンと力無く地面に倒れると、徐々にその姿は半透明になり、やがてそのまま光の粒子になって消失した。
後に残されたのは、完全に沈黙した一本の杖。
クロセルが負けた。その絶望的な事実が、俺の理性を蝕む。
「そんな……くそっ、よくもクロセルを……」
「あはははは……そうそう、その顔が見たかったんだ。ヤマト君、君は絶望して……そしてそのまま死ぬんだ」
「……させるかよ!」
氷の剣はクロセルと同時に消えた。そしてそもそも俺は剣を持てない。
皇帝は、大きく口を歪めて笑いながら、俺の元へとゆっくりと近付いてくる。
何か……何か方法がある筈だ。
「死ね!」
「っ……そう簡単に死ぬかよ」
俺は速やかに構えると、次々と襲い来る皇帝の剣を躱していく。
クロセルとの訓練の賜物だ。今の皇帝の剣速であれば俺でも見切れる。
だが、このまま躱しているだけでは、やがて追い詰められる。
「……避けるのだけは上手いんだね」
「本当は殴るのも上手いんだけどな……」
全身を蝕む絶望を振り払い、冷静沈着に回避だけに専念する。
今の皇帝にはあらゆる行動が予測されている。故に攻撃を仕掛ければ、生まれた隙を確実に突かれる。
ただ"力"を使って攻勢に出るだけではダメなのだ。なら、どうする?
「皇帝、お前は未来が見えるのか?」
「そうだとも!今の僕には未来が見える!君に限界が来た時、僕は君が死ぬ未来を見るのさ!」
「……そうか」
大凡推察通りだ。皇帝の力がどういう物かは分かった。
奴の未来視は不完全だ。数秒先の"自身の力で達成可能な最も都合の良い未来"が見えているに過ぎない。
不可能や理不尽を押し付けられない限り、皇帝は都合の悪い未来やもしもの世界を見る事は出来ないのだ。
「にしても、厄介な力だな」
「逃げ回っても無駄だよ、僕はこのまま君が消耗するのを待つだけで良いのだから」
彼の言う通り、攻撃側よりそれを避け続ける俺の方が確実に体力は消耗していく。
これはクロセルとの特訓でも想定していた"最悪の状況"だ。
何か……何か無いだろうか。彼の攻撃を止めさせる手段が。
……ある。一つだけ可能性がある。
どうせこのままじゃジリ貧だ、試してみる価値はあるだろう。
「なら、これでどうだ?」
「……っ!何故だ?」
突然、皇帝の攻撃が止まる。
――予想通りだ。
奴には文字通り"視えた"のだろう。攻撃を止めた自分の姿が。
奴の未来視は都合の良い未来しか視えない。攻撃を止める未来は見えても、攻撃を続けた場合の"都合の悪い"未来は見えないのだ。
もし仮に皇帝が攻撃を続けていた場合、俺は"ある事"をしていた。それは皇帝にとって都合の悪い未来に繋がる。故に皇帝は攻撃を止めざるを得なかったのだ。
「どうした?皇帝」
「くっ……何をするつもりなんだ、君は」
「さぁ?お前が現実じゃなく未来だけを見てる限り、分からないだろうよ」
剣を構えたまま立ち往生する皇帝を一瞥すると、俺は魔杖クロセルを拾う。
クロセルの反応はない。死んではないのだろうが、完全に機能は停止しているようだ。
「来ないのか?」
「くっ……」
「ヤマトさん、一体何をしたんですか?」
「んーまぁ……そうだな、秘密だ」
アカツキが俺の元へと歩いて来る。
皇帝は動かない。動けないのだろう。俺に敵意を向け続ける限り、彼の見る未来は変わらないのだから。
もし標的をアカツキや他の仲間に向けたのならば、また違った未来が見えるだろうに。馬鹿な男だ。
「あぁ、くそっ……やってやる!」
「ほう、来るか」
覚悟を決めたのだろう。皇帝は俺に斬り掛かる。
素直な剣筋だ。避けることも容易い。
が、俺は剣を躱すこと無く。両手で剣を受け止め、掴んだ。
そして、俺の腕が斬り裂かれる……事はなく。
――皇帝の剣は"謎の力"によって俺の手から弾け飛んだ
そのまま剣は皇帝の手からも離れ、遥か遠くへと飛んでいき、やがて地面に落ちる。
「っ……これはどういうことだ!?」
「残念だったな、俺の"剣術"はディザビリティだ」
「どういう……ことだ」
「要するに、俺相手に剣は通用しないってことだ」
そう。剣術のディザビリティは"剣に触れる"ことすらも許さない。
俺が皇帝の剣を受け止め、掴もうとした時点で、"見えざる神の力"によって俺の手から剣は弾け飛ぶのだ。
故に、俺に剣による攻撃は通用しない。
――これが皇帝の見ることの出来なかった"都合の悪い未来"だ。
「くそっ……」
「行かせるかよ、剣術しか脳のない奴め」
慌てて剣の方向へと走り出す皇帝の襟首を引っ掴むと、そのまま引き寄せて拘束する。
筋力なら俺の方が上だ。これで皇帝は身動きが取れなくなった。
「くそっお前は無才の癖に何故!僕が負けるんだ!?こんな事有り得ない!」
「うるせぇなぁ……」
俺はクロセルに頼んで作って貰った、金属製の手錠を取り出すと、それで皇帝を拘束する。
本当は魔王に使う予定だったのだが、こうなってしまった以上は仕方ない。そのまま皇帝を押し倒して床に転がす。これで一丁上がりだ。
「驚きました……本当に皇帝に勝ってしまうなんて」
「俺も此処まで上手くいくとは思わなかった。クロセルとの特訓の賜物だな」
アカツキとそんな会話をした刹那のこと。
迷宮の内部で、大きな揺れが起こる。かなり大きな地震だ、立っていられない。
これは……間違いないだろう。遂に……この時が来てしまったのだ。そう……
――魔王の復活が、始まった。




