魔窟
「これが……魔窟か」
翌日、俺達はアカツキに案内され、魔窟に来ていた。
此処に来る途中で数度、獣の魔物に遭遇したが、只の魔物など俺達の敵ではなく、クロセルと勇者が即座に処理していた。
魔窟の入口とは、即ち巨大な穴であった。まるで湖を彫り抜いたのでは無いかと思うほどに、巨大な穴が空いている。
蟻地獄のような形状のその穴には縄梯子が掛けられており、真っ直ぐ中央へと、地下へと続いている。
縄梯子は人為的な物だろうが、それ以外は人の手によって整備されている様子も無い。地下であるが故に中は暗いと予想されるが、この様子だと自然の明かりなんて物は無さそうだ。
「まるで奈落だな……本当にこの先に行くのか?」
「此処まで来てしまった以上、行くしか無いですね」
「なんだいヤマト君、怖気付いたのかな?」
「あ?なんだと勇者」
「全く、ご主人は直ぐに挑発に乗るでない」
「チッ……分かってる、次は無いからな勇者」
「ほ……ほんの軽口のつもりだったんだけどね……」
「今回の探索では、進める場所まで進んだら座標を記録、魔術で拠点に帰還します。次の探索の際は記録した座標に飛び、同じ場所から探索を続けることになります」
「そうして最深部を目指すんだな、空間魔法が使えない奴はどうやって探索してたんだ?」
「人力でマッピング、迷宮内に籠もる形で探索していたみたいですね」
「よくそんなことをやるな……それほど魔窟の最深部に眠ってる物は期待されてた訳だ」
「これでも最大規模の迷宮ですからね、奥にはとんでもない宝が眠っていると噂されていたみたいです」
「その実態は魔王が封印されています、か……そりゃ誰も探索しなくなる訳だ」
「地図は冒険者から入手しているので、迷うことは無い筈です、真っ直ぐ最深部に向かいましょう」
「用意がいいな、流石はアカツキだ」
うんうんと頷く。相変わらずアカツキの奴は優秀だ。
俺は一度後ろを振り返り、仲間と顔を見合わせる。覚悟を決めた。
「よし、行くか!」
「はい、行きましょう」
縄梯子を降りて、魔窟の中へと進んでいく。
明かりがないと本当に何も見えない。
暫く闇の中を降りて行くと、やがてストンと足が付く。
「クロセル、明かりを」
「魔術回路改竄……略式詠唱展開
属性魔術……光籠手」
クロセル手が強く発光し、辺りが照らし出される。
奈落のような穴の底、魔窟の入口は、広い回廊になっていた。
天井も奥行きもかなり広い。東西南北、どちらに進むことも出来る。
少しでも動けば、縄梯子の位置を見失ってしまいそうだ。
本来ならば、精巧なマッピングが要求されるのだろう。空間魔術が無ければ帰還すら困難そうだ。
「クロセルとアカツキが先導、最後尾は勇者に任せた」
「無難な所だな、はぐれないように付いてくるのだぞ」
「あぁ、こうすれば大丈夫だろう」
俺はティアとエルの手を取り、握り締める。
拒まれるかもしれないと思ったが、特にそういう反応は無い。
最後尾の勇者がはぐれる可能性もあるが、あいつははぐれても大丈夫だろう。死なないし。
流石にクロセルの光だけでは心許無い為、ティアにも同じ魔法で光を放って貰った。これならそこそこ視野が確保される。
「よし、それじゃ進むか」
「はい、私は迷わないように進むのが精一杯なので、戦闘はお任せします」
「任せとけ」
「ご主人は戦えないだろう……」
「……任せた」
言わずもがな、戦えない俺が出張っても邪魔になるだけだろう。此処は大人しくしていることにしよう。
「と、早速来やがったか」
「後方だ!勇者!」
「これが僕の聖剣だ!フルティィィィン!」
勇者が背後から迫って来ていた人型の魔物を切り裂く。
裸で毛むくじゃら、猿と鬼の中間のような魔物だ。
それが頭から綺麗に真っ二つにされ、どくどくと血を流している。
「人型を斬るのに抵抗が無いんだな」
「僕は人斬り抜刀斎だからね、正義の名の下であれば人だろうと魔物だろうと何でも斬り裂いてみせるさ」
「だからお前の剣は刀じゃないだろ……」
「抜剣斎なら文句は無いかい?」
「お前剣抜いてないだろ……というかその剣に鞘無いだろ……」
「なら……剣斎?」
「まぁ……もう……なんでも良いんじゃないか?」
頭の弱い人間の相手は疲れる。無視しよう。
「雑談している暇は無い、次が来るぞ」
「魔物の巣窟だってのは分かってたが、こうも頻繁に接敵するのか」
「地上に魔物が溢れるぐらいですからね……中はこんな物ですよ」
「左!此処は私が……はっ!」
エルが俺の手を解き、両手で腰から短剣を抜くと、目にも留まらぬ速さで闇の中を切り裂く。
俺に敵影は見えないが……ゴトンと何かが落ちる音がした。
「虫の魔物ですね……気持ち悪い……」
エルの足元に視線を移すと、そこには確かに巨大な虫の死骸が転がっていた。
形容するならば、過剰に羽の生えた大きなトンボ、キィキィと鳴きながら床で蠢いている。確かにこれは気持ち悪い。
エルは短剣を腰に仕舞うと、そのまま何事も無かったかのように、先に進む。
今度はさり気なく向こうから手を繋いできた。少しドキリと胸が跳ねる。どうやら初心なのは俺の方だったらしい。
「またこっちに敵だ!埒が明かないぞ!?」
「耐えて下さい、体力が限界になるまで進みます」
勇者は後ろから迫る敵を一人で次々と斬り捨てていく。
傍から見れば簡単で単調な作業に見えるが、この暗闇の中であれだけの動体視力、反射神経を発揮するのは、並大抵に出来ることではない。
勇者が確かに勇者なのだと、改めて実感する。彼は間違いなく俺より有能だ。
「……どれくらい進んだ?」
「まだ目標の半分も進んでませんよ、頑張って下さい」
「やっぱ暗闇だと気が滅入るな……体感時間が引き伸ばされているように感じる」
果ての見えない回廊を俺達は真っ直ぐ、時折曲がりながら進む。
体感ではもう10時間近く歩いたのでは無いかと思う。
「ヤマト、脚が疲れたわ」
「仕方ないな……ほら、乗れ」
まだ幼いティアにはこれは重たい仕事だろう。
俺は屈み、ティアを背負ってやる。どうせ戦えないのだ、こういう仕事は積極的にやらねばならない。
「本当に、なんで俺に人選を任せたんだか……」
「そういう王命でしたので……私も本当は不本意でしたが……」
「王命?ってのは王様が直々に……俺が選ぶように仕向けたってことだよな?」
「そうですね」
「……そうか、案外期待されてたのかもな」
国王は俺に対して当たりが強い印象を覚えたが、それは俺の偏見で、実際の所はそうでもなかったのかもしれない。
まぁ、だとすれば俺は期待を裏切る事をしているのかもしれないが。
「……っと、どうしたアカツキ」
「此処でこの階層は終わりみたいです、階段があるので足元には気を付けて下さい」
「どれくらい進んだんだ?」
「魔窟は5階層構成なので、丁度此処が今日の目的地になります、お疲れ様です」
「お、つまり地上に帰れるのか?」
「はい、初日ですし勝手が分からなかったのもあります、今日は早めに切り上げましょうか」
「よし、そうと決まればさっさと戻ろう、この暗闇が続くのは精神的にキツい」
「ヤマトさん……暗いの苦手なんですか?」
「……うるせぇ」
実のことを言うと、俺は暗所恐怖症の気がある。
はぐれないように手を繋いでいるのも、本当は心細さを解消する目的でもあったのだ。
最も、バレないように振る舞っていたつもりであったが。
「取り敢えず、魔物が来る前に戻ろう、な?」
「座標を記録しているので少し待って下さい……はい、出来ました、では戻りましょうか」
アカツキの指示で、全員が手を繋ぐ。そして、アカツキが帰還の魔法を唱えたならば。瞬く間に俺達は拠点としている廃墟へと転移するのであった。
「……新鮮な空気だ」
「冗談じゃない、この空気が綺麗だと思うなんてどうかしてるよ」
「それでも、魔窟の中よりは息が出来るんだよ」
俺はそう勇者に言い放ちながら、息を大きく吸う。が、鼻腔を刺激する腐敗臭に思わず吐き気を覚える。確かにこれは新鮮とは言い難い。
「もう日が落ちてる……やっぱ結構な時間潜ってたんだな」
「そうですね、皆さん明日に備えて早く休むように、お疲れ様です」
「あぁ、お疲れ様」
今も跳ねる胸を静かに抑えながら、その日は言われた通り早く眠る。この日だけはクロセルの添い寝が有難かった。
そして、俺達はそれから毎日、魔窟を少しずつ進む日々を続けるのであった。




