帝都からの逃避行
「む、戻ったかご主人」
「あぁ、全員無事か?」
「大丈夫です、ティア様も含めて全員居ます」
「……?ティアは連れ去られた筈じゃ……」
慣れない長距離走で息を切らしつつ、慌てて周囲を見渡す。
しかし、何ということだろう。ティアは確かにそこに居た。怪我をしているようにも見えない。床に転がされたまま眠っているようだ。
「どうやら今回の犯人は、ティアを眠らせて此処まで連れてきた後に、捨て置いたようだ」
「意味分からないぞ?犯人は何がしたいんだ……?」
「うむ、我としてもそこが不可思議であった、ただ、状況的にはこれが二度目の警告と取るのが無難な所だろう」
「わざわざ警告なんて回りくどい真似をせずに、エルとティア、直接戦力を潰しておいた方が相手としては有利になる筈だが」
「我々を脅して生かしておく理由があるのだろう、それが何なのかは現状不明だが」
犯人は傷を負ったエルにとどめを刺す事も出来ただろうしティアに至っては誘拐したまま交渉材料にすることも出来た筈だ。
それなのにどちらも中途半端、決定的な事を起こしていないというのは、とても不自然な事に思えた。
相手は一体何が目的なのだろう。俺達を泳がせておく理由は何なのだ?
幾ら考えても、俺には到底理由が思い浮かばなかった。
「取り敢えず全員無事なら何よりだ、エルが死んで、ティアも連れ去られたのかと思ったから焦った」
「エルに関してはかなり危ない所だったな、あと数刻遅れていれば命はなかったかもしれん」
「話は出来そうか?」
「無理だな、逸る気持ちも分かるが、話を聞くのは後にしよう」
「なら、動かす分には問題無いか?」
「傷は完全に塞いだ、運ぶ分には問題無い筈だぞ」
「よし、なら予定通り、ロイトンを目指そう」
「そうですね、あれだけ騒ぎを起こした以上、帝都に長居することも出来ませんし」
「俺がエルを運ぶ、ティアは……勇者、任せていいか」
「勿論だよ、僕に任せてくれ」
勇者にティアを任せるのは、実のところ、些か不本意だ。
しかし、力仕事の出来る男手が二人しか居ない以上、つべこべ言っては居られない。
仲間が全員居るのを再確認すると、俺達は最寄りの帝都の城壁へと向かった。
「アカツキ、撃てるか?」
「少し厳しいです、クロセルさん、お願い出来ますか?」
「任せられた
魔術回路改竄……略式詠唱展開
空間魔術……接続!」
「前から思ってたが……ティアやアカツキが略式詠唱を使わないのは何でなんだ?」
「略式詠唱の難易度が高すぎるんですよ……並大抵の才能の持ち主じゃ出来ません、それに魔力消費も増えるので……人間が使う物じゃないですね」
「なるほどな……クロセルは魔力が無尽蔵だからあれだけぽんぽんと略式詠唱を使う訳だ」
「と言っても、別に略式詠唱が悪いという訳ではないのだぞ。戦場では数秒の差が生死を分ける事になるからな。まぁ……確かに常に略式詠唱をする必要は無いと思っているのだが、こればっかりは癖なのだからどうしようもない」
城壁とその外部を繋げた空間の穴を通り、俺達は森の中へと姿を消す。
その後は、アカツキの言葉を頼りに、ロイトンを目指して森の中を進んだ。
数時間は歩いただろうか。森を抜け、俺達は広い草原を進む。
障害物が無い為に、遥か先まで見通せるが、まだ街らしき物は見えてこない。
「やはり徒歩だと遠いな、ロイトン」
「馬車でも一晩は掛かる距離ですからね、そう直ぐには辿り着けませんよ」
「追手も流石に此処までは追いかけてこないだろうし、今夜はこの辺で野宿したらどうだ?」
「そうですね、少々目立ちますが、魔物のことを考えれば此処の方が森の中より安全かもしれません」
「そうと決まればテントを建てようか、荷物は持ってきてるか」
「我とアカツキが半分ずつ持ってるぞ、今広げるから待っておれ」
「あぁ、助かる」
背負っていたエルを地面に降ろし、横たわらせる。
そして俺はテントの設営を手伝った。前世でも野宿する機会は多かった為、この手の作業には慣れている。
そして、物の数分で見事にテントが建った。これは俺だけの力ではない、クロセルも中々手際が良かった。
「流石に全員は入れなそうだな」
「そうですね……エルさんとティア様は確定として、二人は入れそうです。私とクロセルさん、ヤマトさんと勇者さんのペアで眠って、頃合いを見計らって見張りを交代しましょうか」
「そうだな、そうと決まれば時間が惜しい、俺はさっさと寝させて貰おう」
「僕も今日は中々に働いたよ……お疲れ様、ヤマト君」
「おう、お疲れ様だ、勇者」
勇者ニコラス。馬鹿でどうしようもない奴ではあるが、決して悪い奴では無い。
今日も彼が居なければ大変な事になっていただろう。
だから俺は、勇者にささやかな感謝を抱きつつ、そのまま静かに眠りに落ちた。
それから数時間が経ったのだろう。俺はクロセルの声で目を覚ました。
「ご主人、ご主人、アカツキと交代してやってくれ」
「ん……あぁ、そうだったな、悪い」
数回の呼び掛けで意識はゆっくりと覚醒する。
俺は僅かに残る眠気を振り払って起き上がり、テントを出る。
「ヤマトさん、すいません、感謝します」
「気にするな、見張りご苦労だったな」
「いえいえ、では失礼します、おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
「……久々にご主人と二人きりだな」
「そう久しい訳でも無いだろ、それとお前は勇者と交代しなくて良いのか?」
「我は眠る必要が無いのでな」
「完全に忘れてた、そう言えばそうだったな」
クロセルにとって眠りは休息。必須ではないのだ。
と言っても、今夜はクロセルも中々に無理をしている筈なのだが、休息は必要ないのだろうか。
まぁ、本人が大丈夫と言うのなら信じよう。
「夜が明けたら出発、ロイトンに着いたら魔窟を踏破して最深部まで行けるようにしないといけないんだよな」
「そうだな。猶予は残り5日、かなりのハードスケジュールになる」
「クロセルは大丈夫、俺や勇者も丈夫だから大丈夫だと言え、怪我人のエルと幼いティアには無理をさせる事になるな」
「ご主人が選び、連れてきたのだ、覚悟は決めているのだろう?」
「あぁ、勿論だ。俺の見立てで今回の任務に彼女達の力が必要なのは事実、多少無理をさせてでも俺達は任務を遂行せねばならない」
「相当に無茶な任務だがな、我も正直成功するとは思っていない」
「クロセル奪還の時も似たような空気だったが、何とかなっただろ、人間の底力ってのは案外侮れないんだぞ」
「そうだな、特にご主人に至っては……持ち得ない才能を呼び覚まし使うような芸当までこなしてみせた。全く人間には驚かされてばかりだ」
「あの時は無我夢中だったからな、お前を取り戻せて本当に良かったと思っている」
そんな話をしていると、無性に人肌が恋しくなってきた。
俺は、すぐ横に座るクロセルの腕を引いて、そのまま抱き寄せる。
突然の抱擁に驚いたように目を丸くするが、直ぐにその真意を察したのか、俺の胸の中で大人しくなる」
「……約束は違えるなよ」
「勿論だ……我は完璧なのでな」
「あと、勘違いするなよ、今の俺にとって一番は……お前だ、クロセル」
「そうか……っそれは……っ少し……っ予想外かもしれんな」
ゆっくりと紡がれる言葉に、嗚咽が交じる。
クロセルは、笑いながら涙を流していた。
それがどういう意味か、俺には理解できなかったが。
「必ず生きて二人で帰るぞ、大事なことだから何度でも言う。
――絶対に、二度と、俺の側から離れるな」
俺は確かに腕の中にある温もりを、ただ強く強く抱き締めた。




