帝都
「降りますよ、皆さん」
「まだ着いてないぞ?」
「皇帝の差金で、二ヶ月程前から検問が強化されています。私達の素性を考えると、正面からは入れないと考えるべきです」
俺は促されるままに馬車を降りる。
そして、馬車の進行方向へと視線を向けてみれば、そこには王都のそれの倍の高さはあるであろう、厚く巨大な城壁が聳え立っていた。
続いて他の皆も馬車を降り、各自大凡は俺と似たり寄ったりの、様々な反応を浮かべている。
「あれが検問か」
そして、ゆっくりと視線を降ろすと、そこには大きな門があり、多くの兵士が立っているのが見える。
確かにあそこから入るのは厳しそうだ。となると……どうやって帝都へと入るのだろうか。
「馬車はそのまま検問を通します、私達だけ別の手段で帝都に入り、後に馬車と合流する、この流れで行きましょう」
「それで……どうやって帝都に入るんだ?この城壁、そう簡単には飛び越えられない気がするが」
「物理的な障壁であれば、私やクロセルさんが居ればあって無いような物です、取り敢えず此処だと目立つので、離れましょう」
確かにこの大所帯では嫌でも目立つだろう。
俺達五人は、城壁に沿うようにして森の中へと向かうアカツキに着いて行く。
「ご主人、熱は大丈夫なのか?」
「あぁ、エルのお陰で完全に調子は戻った、ありがとな」
「いえいえ、そんな……私はヤマト様の使用人ですから、あの程度は当然の事です……」
隣を歩いていた、エルの頭を優しく撫でる。
恐縮して縮こまる様子に思わず笑みが浮かぶのを抑えつつ、俺は軽く伸びをした。
「ま、俺があの程度でくたばる訳無いわな、他の皆も心配掛けた、悪いな」
「まぁ、ヤマトさんの事ですから大事は無いと思いましたよ」
「ヤマトが元気になったようで良かったわ!」
「ヤマト君が居なくなればこのハーレムは僕一人の物になったんだけどね、残念だよ」
「ニコラスさん、そんな事を考えていたんですか……?」
「全く、最低な男だな」
「ヤマト様、すいません……仲間を少し軽蔑してしまいました……」
「あ……あはは……おかしいなぁ~?僕の扱いが酷く無いかい……?僕は祝福の勇者だぞ!?」
「黙ってれば格好も付くんだけどな、口を開いたら残念なのがお前の致命的な欠点だ。アドバイスはしたからな、頑張れ」
「なるほど!確かに黙っていれば僕にもクール属性も付いてモテモテって訳だね!分かったよ!黙ってる!」
「ニコラスさんに関しては、黙ったら誰も相手してくれないと思いますけどね……」
ぼそりと呟いたアカツキの言葉は、どうやら後列のニコラスには届かなかったらしい。相変わらず可哀想な男だ。
「この辺まで来れば大丈夫ですかね……クロセルさん、向こうの様子は分かりますか?」
「あぁ、大丈夫だ。人の気配は無いぞ」
「では始めましょうか、魔術回路構築……詠唱……
ル・トゥーム・アルガス・ティル
空間魔術……接続!」
アカツキが城壁に手を向けたまま詠唱を行ったかと思えば、城壁の空間がぐにゃりと歪み……やがて大きな穴が生まれる。
魔術で直線状の二箇所の空間を繋げたのだろう。どうやら穴は城壁の向こう側まで通じているようだ。
「相変わらず便利だな、空間魔法」
「魔術的な障壁が無ければこれで大体の場所は通れますからね、便利ですよ」
「どうとでも悪用出来る力だからな、つくづくお前のような良い奴が持ってて良かったと思うよ」
「良い奴ですか……やってることは不法入国、悪人と変わり無いんですが……」
「魔王の封印という大義名分があるからな、その過程で何をしようと俺達は正義だ」
「その通り!勇者である僕らに間違いは無い!僕らが正義であり!正義とは僕達の事なんだ!」
「大きな声を出すでない、馬鹿者」
「おっとそうだったね……失敬失敬」
「こいつ俺より足手まといだったりしないか?」
「正直な話、ありえますね……」
幸運にも、近くに人は居なかったようで、俺達は穴を潜って帝都の内部に入ることに成功した。
まず思ったこととして、帝都の様式は、王都より僅かに現代に近い印象を受けられる。
王都やタルフの村の建造物は基本的に木造が多かったが、帝都の建造物は石造に煉瓦屋根が大半である。
此方の方が、俺達の抱いている中世の風景の印象に近いかもしれない。
「中に入ってしまえばこっちの物だな」
「そうですね、では宿の手配をして、馬車に荷物を取りに行きましょうか」
アカツキの指示に従って、俺達は宿に向かった。
唯でさえ広い帝都である。無数にある宿の一つの二つ、難無く見付ける事は出来た。
出来たのだが、流石は帝都の宿と言うべきか、宿泊料金が一人辺り銀貨50枚とのこと、その金額に俺は大変驚いた。単純計算でタルフの村の宿の5倍である。
一方、アカツキはそんな事を気にする様子もなく、淡々と宿の手配を進めていく。どうやらこの中で金銭感覚が庶民的なのは俺だけらしい。
「ヤマトさんは先に部屋に行って休んでいても構いませんよ」
「いや、荷物持ちは男の仕事だ、サボる訳にはいかない」
「ご主人のそういう所、格好良いと思うぞ」
「そうですね、私もそう思います」
「意地張ってるだけじゃないのか……?」
「ヤマトを悪く言うなんて、祝福の勇者様なのに心が狭いわね」
「そ……そうだな、そんなことはないな、僕もヤマト君は格好良いと思うよ」
「今更取り繕っても遅いぞ、勇者」
「くっ……何故だ……どうして此処まで僕が責められるんだ……」
少し可哀想に見えてくる。
だがこればっかりは勇者の日頃の行いが悪い、自業自得と言う奴だ。
そんな風に歓談しつつ、俺達は馬車との合流地点へと向かった。
が、しかし……
「これは、どうなってる?」
合流地点に辿り着くと、そこには無惨に破壊された馬車、そして馬と御者の死体が転がっていた。
人気の無い路地裏であった為、騒ぎにはなっていないようだが……これは明らかに人の手が加わっている。
一体誰がこんな酷い真似をしたのだろうか……
「駄目ですね……死んでます」
「荷物は残っている、盗賊の仕業では無いようだな……」
「ティアは下がってろ、余り見て気持ちいい物じゃない」
「うん、分かったわ……」
近付いて観察する。だが俺には馬車の残骸と死体である以上の事は分からない。
此処は分析持ちの二人に任せるべきか。
「獲物は鈍器のようですね、頭に潰れた跡があります」
「まだ温かい、恐らく一時間以内の犯行だな」
「こんな事をするのは、やはり皇帝の手の者と考えるのが自然ですかね」
「そうだな、恐らくこれは一種の警告の類だと見て取れる、明日は我が身だぞ」
二人が冷静に状況を分析していく。
だが、この二人の推測が確かであれば、ある事実が現実味を帯びてしまう。
それは……
「つまり、皇帝は生きていて俺達の邪魔をしている……そういうことか?」
「……高い確率で、その通りでしょう」
「いや、間違い無いな。皇帝は生きていて、裏で手を引いている」
「皇帝が生きている……か、となると俺達の任務は……」
「相当困難な物になるな、唯でさえ不可能に近かった任務が、更に困難を極めたことになる」
「後は皇帝が何処まで私達の目的を知っているか……ですね」
「……余り期待しない方が良い、全部知られていると仮定した上で動くのが無難だろう」
「取り敢えず荷物を持ってこの場を離れましょう、衛兵に見付かると面倒です」
「分かった、勇者も手伝え」
「勿論だ」
俺達は荷物を抱えると、急いでその場を後にした。
そして宿屋に戻り、日が完全に落ちた頃。俺達はある事について話し合っていた。
それは夜間の襲撃に備えて、二人ずつペアになって部屋を使い、交互に見張り番をするという物。
俺とクロセルは普段通り……の筈だったのだが、そこで何故か揉め事になっていた。
「俺はクロセルで良いか?」
「我はそれで何の問題もない」
「いえ、駄目です、仮にヤマトさんとクロセルさん、私とエルさんとすると、余ったティア様が可哀想ですし何より危険です」
「確かに勇者とティアは……一緒にさせたくはないな、というか誰も勇者と一緒にさせたくないんだが」
「此処は大人しくヤマトさんとニコラスさんのペアで行きましょう、それが一番無難です」
「……マジかよ」
「それは僕の台詞だ!僕だって女の子と一緒の部屋がいい!」
「こういう方なので、ヤマトさん、お願いしますね?」
「分かった、背に腹は代えられないからな……勇者は俺がしっかりと見張っとくよ」
「助かります、では私はティア様と、クロセルさんはエルさんとで良いですね?」
「問題無いぞ」
「大丈夫です」
「わたしもヤマトと一緒が良かったのだけれど……アカツキが言うなら仕方ないわね」
「……決まったな、俺は不本意だが」
「僕も不本意だが……民意というならば仕方ない、王は常に民の声に耳を傾ける物だからね」
「お前は王じゃなくて勇者だろ」
面倒な奴と一緒に眠ることになってしまった。
まぁ相手さえしなければ害はない。居ない物と考えれば良いだろう。
「んじゃ勇者は先に寝てくれ、俺は馬車で眠ったから目が冴えてる」
「分かった、有り難く先に眠らせて貰おう、僕に手を出したりするなよ?」
「馬鹿、する訳無いだろ」
「そうだと良いんだけどね、それじゃあおやすみ」
「あぁ、おやすみ」
勇者が眠りに落ちたのを確認すると、俺は重い溜息を吐いた。
「それにしても……やっぱり生きてやがったか……皇帝の奴」
遺体が見付からない辺りで薄々察してはいたことだ。
皇帝とは嫌でも、また相見える事になるだろう。
今度は相手も慢心すること無く、全力で俺を殺しに来る筈だ。
その時に俺は……奴に勝てるのだろうか。
……悲観的になっていても仕方がない。俺には仲間が居る。
俺達全員が力を合わせれば、乗り越えられない物は無い。そう信じよう。
そうして俺は、交代の時間が来るまで、考え事に耽りながら、見張り番を続けるのであった。




