アランの村
俺達の周囲を取り囲む人間らの一人が、剣を突き付けながら此方へと向かってくる。
恐らく集団のリーダー格なのだろう、やがて光に慣れ、次第にぼんやりとその姿が浮かび上がる。
「何か言い残すことはあるか、侵入者よ」
リーダー格の人間は黒髪に白い肌をしており、助けて貰った兄妹と同じ、アランの民であると推察できる。
「念の為、俺達に刃を向けてきた理由を聞いても良いか?」
「結界に侵入者の兆しあり、長老より至急捕縛せよとの命令だ」
「なら、俺が君達の言う結界の内部で生まれたと言ったら?」
「どんな突飛な理由であれ、君達が侵入者であることに変わりは無いと思うが」
中々難しい問題のようだ。彼等はどうして此処までして他種族を退けようとするのか。
何か理由があるような気もする。後でクロセルに聞いてみるか。
「分かった。俺は侵入者だ。只で帰しては貰えないんだろう?」
「あぁ、君達を村に連行し事情を聴取した上で処遇を決めることになる」
どうやら今すぐ処刑されるようなことにはならないらしい。
最も、危機的状況に変わりは無いが。
再び付いてくるように言われ、その言葉に従い歩みを進める。
周囲を完全に囲まれてはいるが今回も拘束される様子はない。
「そうだ、何故俺達がこの洞窟から出てくると分かったんだ?」
ふと浮かんだ疑問を口にする。さっきのは間違いなく待ち伏せだ。
一体彼等はどうやって俺達の居場所を知ったのだろうか。
「簡単な話だ。君達が出てきた洞窟、あの入り口を警備していたら偶然にも指名手配中の君達が現れた。それだけのことだ」
「何故警備する必要があるんだ?あの洞窟には何かあるのか?」
「あの洞窟はアランの民の聖域だ。長老以外が立ち入ることを禁じられ、奥に何があるのかを知るのは長老だけ。だから誰も立ち入れないように常に警備されている」
「そんな場所から出てきた俺って……」
「恐らくだけど、間違いなく重罪だ。ただアランの民の領域に立ち入っただけなら直ぐに帰して貰えただろうが……」
あの洞窟の先にあった物と言えばクロセルぐらいだ。
封印されていたと言っていたし封印が解かれないよう守られていたのだろう。
余所者でありながら聖域に立ち入り、長い間守られていた封印を解いた俺の罪は重そうだ、無事に帰れそうもない。
いや、生憎今は帰る場所など無かったか。
「さて、付いた。此処が僕らの住む村。アランの村だ」
洞窟から出て、促されるまま暫く森を歩くと、茅葺きの古風な民家が立ち並んだ集落が見えてくる。
村を歩いている時、軽く周囲を確認してみたが、どうやらアランの民の人口はそこまで多くないらしい。
この手の排他的な民族などが外部との交流を絶って本当に大丈夫なのか心配だが、元の世界と同じように案外なんとかなっているのだろう。
そして、俺達は集会場と書かれた大きめの家に連れ込まれることとなった。
「ご主人……少し良いか?」
「うん?なんだ」
「少し思い出したことがあってな。我の予想が正しければ……
――アランの民は滅びるはずだった種族だ」
「どういうことだ、なら俺達は何故今こうしてアランの村に立っている?」
「第50代魔王フォーカスによってアランの民は滅ぼされる運命だった。我の記憶は滅びの実行前で途絶えているから詳しくは分からないが、恐らく……何らかの手段でフォーカスの手を逃れたのだろう」
「それが例の結界か?」
「だけとは思えないな、あの程度の結界なら我でも簡単に破れる。魔王であるフォーカスが破れない訳がない」
「今考えても仕方ないな、タイミングがあれば探ってみるか」
「今生きているアランの民はそんなこと知らない気もするがな、長老を除いて」
「そう言えば長老ってのは?」
「アランの民の中から"結界術"の才能に於いて最も長けた人間が任命される民の長だ。もし何か秘密が代々隠し通されてきたのだとしたら、知っている可能性があるのは長だけだな」
そんな話を二人でしていると、やがて奥から老齢の男が現れ、用意された椅子に腰掛ける。
そして、俺達を順番に見て、何か考えるように腕を組んだかと思えば……そのままゆっくりと口を開いた。
「侵入者よ、何の目的で我らが領域に立ち入り、聖域を踏み荒らしたのだ?」
「誤解がある。俺は偶然アランの民の領域の中でこの世界に降り立ち、こいつは元々聖域の中に居た。目的も他意も更々無い」
「なんだと……?転移魔法によって結界内部に降り立ったのか?」
やはり説明が難しい。
もはや別に隠す必要もないだろう、此処は下手に誤魔化さずありのままの真実を口にするべきだ。
「似てるが少し違うな、俺は別の世界から来た」
「なるほど……異世界からの来訪者か」
「そうだ。爺さん物分りが良いな」
「はぁ……片方は異世界からの来訪者、もう片方は聖域に元々住んでいたと抜かすか。
侵入者の戯言を聞くのは十分だ、これ以上話すことはない。この二人を聖域に立ち入った罪として即刻処刑する。皆の者、準備せよ」
理解を得られたと安堵したのも束の間。作り笑顔も冷めていく。
唐突に告げられた死刑宣告に、言いようもない憤りを覚えるが……此処で拳を抜いても俺に出来ることはない、何しろ俺は人を傷付けることが出来ないのだから。
「あぁ、まどろっこしいな!我はクロセルだ、そう言えば分かるか!?長老よ」
「なんだと……本当に貴様……あの杖なのか?」
クロセルが名を名乗った途端、長老の表情から余裕がなくなり……明らかに声色に動揺が交じる。
「そうだ、この男が我の封印を解除した、話すことがないのはこっちの台詞だ、アランの民を皆殺しにされたくなかったら我とご主人を直ぐに解放しろ」
「待て!処刑は中止だ!今すぐこの者らを追放する!」
どうやら一転攻勢したようだ。それほどまでにクロセルの名には影響力があるのか……一体どれほど危険な魔杖なのだろう。
今まで俺達を見下してた輩が慌てふためく様子は面白い。便乗して少し悪乗りしてみる。
「追放?解放の間違いじゃないのか?」
「そうだ、言い間違えただけだから許してくれ……今すぐこの者らを解放するように」
「あぁ、それと近くの街までの案内が欲しい。適当に用意して貰えないか」
「良いだろう、好きな者を案内として連れて行け」
「寛大な措置に感謝するよ」
きっと今頃俺の顔は愉悦で大きく口元が歪んでいることだろう。
下剋上。これ以上に愉快なことはない。最も、他人の偉力に頼っているだけではあるが。
「ご主人……これは我のお陰だからな?」
「あぁ分かってる、感謝してるよ」
横で不満そうな顔をするクロセルが目に入る。
今日はこいつに頼りっぱなしだなと思いつつ、お礼を言いながら頭を撫でてやる。
「ふふっ、これが我の力だ、今後も存分に頼るが良い」
嬉しそうに胸を張る様子を見て、思わず微笑ましいなと思いつつ。
俺は集会場から出て、先程此処まで俺を連行した男に声を掛ける。
「……という訳で、無罪放免となった訳なんだが、近隣の街まで案内してくれないか?」
「長老の命令だ、俺の権限じゃ断れないさ」
「助かる、聞いてたかもしれないが俺は異世界から来た人間なんでね」
「我も700年前の地理しか知らぬから案内は助かるぞ」
「ははっ……随分と凄い訳ありなお二人さんだな、まぁ任せておけ」
困ったように笑いながら、着いて来いと言って歩き出す。
最初の印象では気付かなかったが、こいつは案外友好的な奴らしい。
「ところで、クロセルの言ってたアランの民が滅びる云々については聞けなかったな」
「そうだな、だがまぁ……別に気にすることでも無い、少し気になっただけだ」
「それと……腹減ったな、お前は腹減らないのか?」
「食欲は無いが食べること自体は出来るな、所詮趣向品だ」
「お前は一体何の力で動いてるんだ……」
「魔力だ、それもほぼ無尽蔵のな」
どういった仕組みかは分からないが、魔杖クロセルは無尽蔵の魔力タンクらしい。
俺のような人間ではなくちゃんとした持つべき人が持てば魔王とすら渡り合えるポテンシャルを秘めてるとか。
「魔法かぁ……やっぱ使ってみたかったな」
「諦めろ、才能が無い人間には無理だ」
「後天的に才能が開花することって無いのか?」
「基本的には無い。例外は神の"祝福"だな」
「なんだそれ」
「神が"勇者"に与える後天的な才能だ、祝福の才能がある限り死ねなくなる」
「不老不死ってことか?」
「その通りだ、"勇者"の才能を生まれ持った人間自体はそこそこの数が居るが、"祝福"を神から受け取れる勇者はその中から1人だけだ。そして祝福を受けた勇者が同時に存在することはない」
「結構複雑だな……でもその言い方だと神が存在するように聞こえるんだが」
「何をおかしなことを言っている?神は存在するぞ、今も世界の何処かで"奇跡"を起こしている」
「本当に神が居て世界を作り、生まれる全ての生命に才能を与えていたのか……いやそれもそうか、でなければ才能の仕組みなど回らないよな」
「神に関しては私のような魔の人間より教会の輩にでも聞いた方がよっぽど為になる話が聞けるぞ」
「面倒だから別に知らなくて良いな」
「そんなだと天罰が下るぞ……?」
「もう受けてるんだから勘弁してくれ……」
仲良く駄弁りながら森を歩いて行くと、やがて道の先にガラスのような壁が見え始める。
その壁は天高く続き、森をドーム状に囲んでいるようだ。これがいわゆる結界って奴だろう。
「二人共、俺の案内は此処までだ。この先を真っすぐ行けばタルフの街だな。結界は一度出たら戻ってこれないから気を付けろ」
「あぁ、案内ありがとう。また来る……と怒られるだろうからこれが別れになるな、達者で」
「君達こそ達者でな」
別れの挨拶を済ませ、クロセルと共に結界を潜る。
少し心配だったが、別に弾かれたりすることは無かった。
言われた通りに真っ直ぐ歩いて行くと、視界の先に街明かりが見え始める。
気が付けば既に日は沈み、夜の帳が下りようとしていた。
なんとか今夜の宿を見付けないといけないが、生憎金品などは持ち合わせていない。
この先が思いやられるが、きっと大丈夫だろう。何しろ俺には自称最強の可愛らしい杖が味方に付いているのだから。
しかし、所々やや強引な所があるのが玉に瑕か。
そして、俺達はタルフの街に足を踏み入れた。