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入浴

「ほう……これは凄いな」


「此処が王国でも最大規模の浴場だと言って良いだろう、今の時間ならば誰も来ない。貸し切りだぞ」


「今の時間こそ風呂が賑わいそうな時間だと思ったが、そうでもないのか?」


「文化の違いだろうな、この世界の人間は基本的に朝風呂に入る習慣がある、夕刻に入る者は珍しい」


「二十四時間湯を沸かしてるのは王城だからか……贅沢な事してるんだな」


 そんな会話をしながら、脱衣場で服を脱ぐと、浴場へと入っていく。

 プールなのではないかと錯覚するほどに広い浴場には大きな湯船は勿論、荒い布と石鹸すらも用意されている。

 流石にシャワーは無かったが、それでも十分だろう。


「タルフの村には無かったが、浴場自体は珍しい物でも無いのか?」


「これほど綺麗な場所は他に無いだろうが、大きな街であれば公衆浴場があるな」


「そうか……もし王城を追い出されても王都に住めばその辺りは困らなそうだな」


 桶で身体を流しながら、ゆっくりと考え事に耽る。

 内容は傷害のディザビリティを乗り越える対抗策と、もはや残り半月に迫った魔王の復活の件。

 最近は暇さえあればこれらの事ばかり考えている気がする。


「ご主人、そんな場所で座っていては身体が冷えるぞ」


「あぁ……そうだな、んじゃ入るとするか」


 促されるままに、ゆっくりと湯船に浸かる。

 正面に居るクロセルの事だが……直視出来ない。

 予想はしていたことだが、混浴とはやはり居心地の悪い物だ。落ち着いて居られやしない。

 それはクロセルも同じようで、先程までは嬉しそうに歩いていたというのに、今になっては黙りこくって俺から目を逸らしているようだ。

 うん、何とも気まずい。やはり風呂は一人で入る物だ。次からはクロセルを連れて来ない事にしよう。


「ご主人は何故こっちを見ないのだ……?」


「女の裸は目に毒だからな、襲われたくなかったら黙ってろ」


「そうか……ふふふ、そうかそうか」


「何を楽しそうにしてるんだよ……意味分からねぇ……」


 何故か喜ばれた。こいつは俺に襲って欲しいのだろうか。

 いや、駄目だ。こいつに手を出すと主従関係が拗れる気がする。

 俺とクロセルは今のままの関係でいいんだ、今のままの関係が心地良いんだ。


「ふぅ……それにしても、短い間だったが……俺達にも色々あったな」


「何をいきなり言い出すのだ、一生の別れでもあるまいし……」


「こうやって落ち着いて寛げる場だからこそ、考えさせられる事もあるんだよ」


「そういうものなのか……」


「そういうものなんだ」


 ちらりとクロセルの顔色を伺ってみれば。何やら不思議そうな顔を浮かべて、うんうんと頷いている。

 そんな姿に思わずドキリと胸を跳ねさせつつも、諸行無常。やましい感情を切り捨て、思考をぐるぐると回転させていく。


「……そう言えば、クロセルの過去については聞いてなかったな」


「ふむ、確かにそうだ。だが……我の昔話は、話せば長くなるな」


「言いたくないなら別に言わなくても良いぞ、暗い話は興が削がれるしな」


「そうだな……ではまたの機会にしよう」


「その代わりに……そうだな、恥ずかしい秘密でも言ってみろ、命令だ」


 悪い事を思い付いたとばかりに、ニヤリと口角を上げる。

 たちまち真っ赤になり、慌てた様子のクロセルを見て癒されながら、返答を待った。


「それはまた……難儀な質問だな……そもそもこれは、人ならざる者、杖に聞くものでは無いと思うのだが……」


「人だった頃の話でも良いぞ、魔王時代の話でも良い」


「いや、1つあった。この魔杖クロセルに秘められた秘密が1つだけな」


「そうか、なら言ってみろ」


「……血吸いだ」


「……とは何だ?」


「魔杖クロセルは、人の生き血を吸う事で魔力を生み出す力を持っている……」


「それは……なんというか、完全に呪われた武器って感じだな……でも俺は今まで一度も血を吸われた記憶はないが」


「別に吸わなくとも魔杖として最低限の機能に支障は無いからな……それに血を吸うのには少し抵抗がある」


「それは……人型の状態で吸うからか?」


「そうだ、それに血を吸うと力に満ちると同時に……その……酔った様になるというか、興奮するというか……」


「あぁ……要するに乱れた状態の姿を見られたくないって訳か、道理で今まで一度もそんなことを聞かなかった訳だ」


「そうだ、それに血を吸った状態の我は理性が蒸発する、何があろうと歯止めが効かないからな……ご主人を殺してしまうとも限らない」


「そんなにヤバイ状態になるのか……それはそれで見てみたくもあるな……」


「馬鹿を言うな、これだから伝えたくなかったのだ……我が全力を出しても勝てない敵と戦う時の、最終兵器だと思ってくれ」


「人にして魔王にして魔杖にして吸血鬼とか、流石に属性が多すぎないか……?」


「それだけ我が万能だと言うことだな」


 確かにクロセルの姿は、人、天使、悪魔、魔王、魔杖、吸血鬼。

 どんな者だと言われても違和感の無い姿をしている。

 それにしてもクロセルの乱れた姿か……俺には想像できない。

 故に純粋に興味がある。いつか命令して試してみよう。


「うーん……確かに驚く秘密ではあったが、恥ずかしい秘密にしては少し物足りないな……他にないのか?」


「あまり女性にそういう質問をするものでは無いと思うぞ……?ご主人……」


「かもしれないが、お前は俺の所有物だからな、遠慮も気を遣う理由も無い」


「ぐぬぬ……決して否定はしないが、どうも気に食わないな……」


「何が不満なんだ?お前は俺にとって唯一無二の特等席に座る女だぞ、光栄だろう」


「確かに言われてみれば……この距離感も特別な物に感じられ……っと、我は騙されんぞ!?」


「別に騙してないんだけどな、じゃあ俺の所有物から俺の従者に降格するか?」


「昇格に感じるのだが……気の所為なのだろうか……」


 そんなことを言い合っていれば、良い感じに湯で疲れも取れてきた。

 そろそろ上がることにしよう。俺はクロセルから目を逸らしたまま立ち上がると、身体を軽く流し、そのまま浴場を後にする。

 脱衣場で身体を拭いていると、続いてクロセルも風呂から上がってくる。

 今この瞬間、初めて彼女の裸体を直視したが……美しいとしか言いようがない、女性として必要な物を殆ど兼ね備えた、抜群の肉体美だ。

 ただ、唯一にして致命的な欠点を抱えている。その部分とは言うまでもなく。無いのが残念としか言いようがない。


「いやーでもやっぱり風呂は良いな、ここ暫くで溜まった疲れが見事に取れたよ、今日は良く眠れそうだ」


「それは良かった、我も教えた甲斐があったな」


「もっと早く教えてくれれば良かったんだがな」


「仕方ないだろう、我は幾ら汚れても大丈夫なのだから」


「お前は身体も服も魔術で出来てるからなぁ……確かに必要無いのも分かる」


「一時的な魔力枯渇はあれど、慢性的な疲労など発生しないからな、そういう意味でも縁が無い場所だ」


「ならなんで着いてきたんだよ、折角一人で浴場を使えると思ったのに」


「ご主人も満更でもない癖に」


「全然そんなことは無いんだが、これっぽっちも、全く」


「そ……そこまで言われると傷付くぞ……」


「勝手に傷付いてろ、というか……こんなこと言われたってお前には痛くも痒くも無いだろ」


「それは……どういう」


「お前にマゾの気があるってことだ、推定だがな」


「マゾ……?とは何だ?」


「流石に通じないか、まぁ知らなくていい、その方が幸せに生きれる」


「ううん……気になるぞ……一体我に何の気があるのだ……」


 うんうんと首を捻って濡れたまま立ち尽くすクロセルにタオルを投げ付ける。

 そして俺はそそくさと服を着ると、クロセルを置いて先に部屋へと向かうことにした。


「ご主人、我を置いてく気か!?」


「いつまでも裸で居る方が悪い、さっさと着替えろよ……部屋で待ってるから」


「そうか、承知したぞ!」


 折角部屋を分けて貰ったというのに、クロセルは依然として俺の部屋に居着いて離れない。

 そう言えば、いつの間にか一緒に寝るのも常になっている。

 最初こそ抵抗した物の、慣れてしまえば別にどうということはないから良いのだが。


 ただまぁ、時々寝相が悪いのは勘弁して欲しい所だ。

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