エル
あれ以来、俺とクロセルは特訓の日々を続けていた。
それも代わり映えのない日々かと言われれば、そうではなく。少しだけ変化があった。
「お待たせしました、ヤマト様」
「折角お庭に来たのに……ヤマトは遊んでくれないの?」
「言われた通りに手配はしたけど……これで良いの?」
「うん、これだ……実にグレイトだぞ、アカツキ」
「全く、ご主人は一体何人の女性を侍らせるつもりなのか……我は複雑だぞ……」
「一人でも多く見てくれる人が居た方が頑張れるだろ?」
「それでもこれは……ヤマトさんの趣味を疑いますよ」
「うるさいなぁ……たまには良いだろ」
なんとも賑やかだ。女三人寄れば姦しいって奴だろうか。
アカツキに頼んで例の使用人には俺の世話をさせている。忠実で仕事熱心、おまけに可愛いと来た。文句の付け所は無い。
今日はそれに加えてティアも遊びに来たと来て、俺は四人の女に囲まれることになった。
「と言っても、俺が負け続ける様子も見るのも暇だろうし、アカツキと君はティアの相手を……そう言えば君の名前を聞いてなかったな、名前はなんだ?」
「エル・シュルツヴェールです……」
「オーケー、んじゃエルとアカツキはティアの相手任せたぞ」
「私はヤマトさんとクロセルさんのお目付け役なんですが……」
「目に届く範囲に居れば大丈夫だって、何も中庭から塀を飛び越えて王城から出ようだなんて考えない……よな?クロセル」
「ご主人は我をなんだと思っているのだ……」
という訳で、ティアの相手をアカツキとエルに任せると、俺とクロセルは特訓に取り組んだ。
「ご主人!良く動きを見るのだ!本当の意味で隙の無い攻撃など存在しない!それを見付け出し、確実に点くのだ!」
「んな事は、分かってる!」
そんな言葉を交わしつつ、クロセルと肉弾戦を続ける。
俺の方は防戦一方。クロセルの拳を躱し続けるのがやっとで、打ち込むチャンスなど見当たらない。
だが、これで良い。俺には傷害の才能がある。そのハンデを最小限にするには、勝つ必要はない。
要するに負けなければいいのだ。どんな手段であれ、先に立っていた方が勝者である。
最小限の動きで、相手の体力を消耗させる。そうすれば……
「視えた!」
クロセルの体力も無限ではない。打ち込み続けて僅かに息を乱した瞬間、それがチャンスだ。
此処ぞとばかりに一気に踏み込み、拳を放つ。
そして遂に、その拳はクロセルの身体へと届いた。
案の定、拳はばしんと弾かれる。その鈍い痛みすら今の俺には愉悦の燃料だ。
「よし!これで一本取ったな」
「ご主人、ここ数日で驚く程に実戦慣れしたな……成長速度が才能持ちのそれと変わらんぞ……」
「これでも殴り合いの経験はそこそこにある、鈍ってた感覚を取り戻したに過ぎないからな」
ニヤニヤと笑いながら拳を握り締め、開くことを繰り返す。
この数日の特訓で唯一にして初めての勝利だ。これで浮かれない方がおかしい。
だが、この程度で喜んではいられない。確かに今の戦いは俺が傷害のディザビリティを持っていなければ勝利だった試合だ。
しかし俺は傷害のディザビリティを持っている。今の一撃を加えたとして、相手にダメージはないのだ。
「どうやったら俺は勝てる?体力の我慢大会しか手段が無いなら人外相手に通用する気がしないんだが」
「傷を付けられないならば無力化すれば良い、それも魔術を使えば簡単なのだが……道具でやるとしたら……ふむ、これは我の教えでは不足かもしれんな」
クロセルは乱れた息を整えながら、考えるように腕を組む。
「縄や鎖を使った捕縄術という物がある、本来は才能が無ければ使い物にならないような術なのだが……ご主人であれば、或いは」
「才能持ちは同じ才能持ちで自分以上の才能指数の相手には敵わないんだろ?」
「あぁ、その通りだ。そういう力が働く」
「じゃあ該当の才能の無い人間が該当の才能のある人間に勝てることは有り得るのか?」
「本来は……有り得ない、だがご主人は例外だと我は思っている」
「どういうことだ?」
「こういう仮説だ。ご主人はあらゆる才能を引き出せるのではなく、予め"持っている"。普段はそれが何らかの影響で抑えられていて、ご主人が強く願う、或いは思った際に抑えが解かれ、一時的にその才能を万全に発揮できる状態になる。という物だ」
「また随分と突飛な発想だな……俺が全ての才能を持ってる、なんて仮定がまず成立するとは思えない」
「うむ、我もそう思う。だがこうでもなければご主人の"あれ"は説明出来ないのだ」
「まぁ何にしろ、相手と別の手段を取れば才能で負けてても何とかなる可能性があるって訳だろ?それならその捕縄術、身に付けてみるのもありかもしれないな」
「だが教えられる人物が居ない、本来この才能は忍ぶ者が習得している代物、そんな知り合いは身近に居ないだろう?」
「忍者か……確かにそれらしい奴とは会ったこと無いな……そもそも王国に居るのかすら怪しいだろそれ……」
「まぁ仮にその手の界隈の人間と出会う機会があったら教えて貰う、程度に思っていた方が良い、今は別の方法を考えよう」
「他の方法か……今すぐは思い付かないな……」
「我も考えておくが……余り期待はしないでくれ」
その後も二人で頭を捻ったが、良い案は思い付かず、今日の所の訓練は終了ということになった。
俺は中庭の何処かに居るであろうティア達の姿を探す。
「お、居た居た」
「あ……ヤマト様、訓練お疲れ様です」
「お、終わったのね、じゃあティア様もお部屋に戻りましょうか」
「えー!?ヤマトは遊んでくれないの?」
「俺は忙しいんだ、また今度な」
「ティアお嬢様、行きますよ」
「最後まで任せて悪いな、助かる」
「労いの言葉は我にも無いのか……?」
「あ?クロセルか?そうだな……よくもあれほど負かしてくれたな、こいつめ……」
「痛くない痛くない!痛くないけど取り敢えず止めるのだ!」
クロセルの頭に拳骨を強く擦り付ける。
傷害判定になるようで、若干拳は浮いている。これじゃ痛くはないだろう。
「生意気なこいつに何か仕置きしてやりたいってのに……つくづく不便な才能だな」
「我がわざわざ時間を割いて特訓に付き合ってやってると言うのに……酷いぞ……」
「冗談だ、本当は凄い助かってる、だから顔を上げろ、クロセル」
涙目になっているクロセルが少し可哀想に思えた。少し言い過ぎたか。
握り締めた拳を解き、そのままクロセルの頭を強く撫でる。
「ご主人……」
「こほん!それでは私達は失礼しますので、お二人でごゆっくり」
「なんでアカツキが不機嫌になるんだよ……」
俺の周りの女は意味も分からない所で不機嫌になることが多すぎる。
俺は何もしていないはず、何も悪いことしてない……よな?
「俺達も戻るか、いやー良い汗掛いた……風呂でもあれば良いんだけどなぁ……」
「風呂ならあるぞ?ご主人」
「えっ、マジで?王城にあるの?」
「寧ろ王城だからこそ、だろうな……アカツキも使ってた故に、別に我々が使っても大丈夫だと思うが……」
「あいつ一人で抜け駆けしてたのか……許せん」
「そんなに風呂に入りたかったのか……ご主人は」
「あぁ、風呂は極楽だからな、あれほど疲れに効く良薬はない」
「なら、一緒に……」
「一緒には入らないからな?」
「何故だ!?ご主人は我の身体に興味は無いのか?」
「前から思ってたがお前を性的な目で見るには……少し幼すぎるな、あと4周りくらい胸を膨らませてからやり直せ」
「くっ……我を侮辱したな!?そんな事を言うと、魔術でご主人が入る湯を沸騰させてやるからな……」
「やめてくれ……俺は茹でられる趣味はない」
「なら大人しく一緒に入るがよい!我も水浴びは好きなのでな」
「あー分かった分かった、入れば良いんだろ……んじゃ取り敢えず案内は任せるぞ」
渋々と言った様子で折れる。
本当は一人で落ち着いた時間を過ごしたかったのだが、これほど言われては仕方ない。
最初だけだ、付き合ってやるとしよう。
それにクロセルの裸に……興味が無いと言えば嘘になる。
決して俺に幼女趣味は無いが、それでも好奇心が無いとは言い切れない。
故に、俺は色んな意味で僅かばかりの期待を抱きつつ。こっちだ、と言いながら先導するクロセルに大人しく着いて行ったのであった。




