魔の塔
脳裏を焼き尽くすかのような強烈な光が止む。
ゆっくりと目を開けば、そこに広がっていたのは生気のない黒い土で覆われた荒野であった。
「魔王領……言葉の通りなら魔王の支配している領土か」
「今は魔王が居ないので、事実上は誰の物でもない領地になります、土地が枯れ果てているのでどの国も欲しがらないんですけどね」
言われてみれば、木々は愚か、植物の類は何一つ見受けられない。
まさしく死んだ土地と形容するのが相応しい場所だ。
「あそこに見えるのが、魔の塔とやらですかな?」
「多分……そう」
俺の後ろでアシュバルとリツがそんなやり取りを交わす。
何のことだと思いつつ二人の視線の先を追ってみれば、確かに……真っ直ぐ天へと伸びる石造の塔があった。
「ステラさんのお陰でかなり急速に事が運びましたね、あそこに魔杖クロセルが監禁されている筈です」
「誘拐から今日で13日目か……無事だと良いが……」
「此処まで来ちまったら退っ引きならないだろ、さっさと殴り込みに行こうぜ」
「そうだな……急ごう」
お互いの顔を見合わせ頷き合い、俺達五人が塔へと向かおうとした、その時の事。
「っ……何ですか!あれは!」
それは塔の頂上付近。展望台のようになっている最上層にて、塔の外周を囲む程に巨大な、紫色の禍々しい魔法陣が浮かび上がる。
しかし、今はそれだけ。今直ぐに何か起こる様子は無い。
「始まったみたいですね……」
「アカツキ、説明を要求する、お前なら何か知ってるだろ!」
「ヤマトさんも聞いていた筈です、あれが恐らく皇帝の行おうとしている儀式です、私も詳細は分かりませんが……猶予は無いみたいですね」
「何をやろうとしているのか知らないが、ステラとの約束もある、止めるしか無いだろ」
「私達の動きがバレて事が早まったのか、それとも私達が偶然間に合ったのか……事実は分かりませんが、一先ず先に進みましょう。慎重な皇帝のことですから儀式の場からは人払いをしてる筈です、侵入は容易だと思いますがいつでも戦闘に移れるようにしておいて下さい」
「「「了解」」」
アカツキの言葉を受け、俺達は塔へと急いだ。
塔までの道の途中で何度か魔物と遭遇したが、ゲーテとアシュバルが難無く蹴散らしていく。
魔物の血肉というのはその殆どに毒性が有り、それこそ薬に使う程度しか用途がない。
この世界の魔物は生活を豊かにすることが無く、主に害としかならない。
故に、これだけ魔物が蔓延っているというのも、魔王領が放置されている原因でもあるのだろう。
「よし、着いたぞ」
「登りましょう、目指すは最上階です」
塔に足を踏み入れると、中には壁を沿うようにして作られている巨大な螺旋階段があった。
そして塔の中央には、一本の柱があり、それが紫色に妖しく光っている。
「……見えた!クロセルだ!」
上を見上げれば、ガラス張りの最上階が見える。
そこに、俺の探し求めていた魔杖、クロセルの姿があった。
ただし"魔杖"の姿で。封能薬の投与で姿を維持出来なくなったのだろう。
そして、杖の姿の彼女を持つ、一人の男が見える。
剣を腰に携え眼鏡を掛けた男。あれが"皇帝"とやらで間違い無さそうだ。
皇帝は此方に気が付いていない。動くなら今の内だ。
「急げ!まだ間に合う!」
「チッ……焦るなよ、急いては事を仕損じるぞ!」
ゲーテの助言も気にせず、螺旋階段を一気に駆け上がる。
長い。とてつもなく長く感じる。体感時間が引き伸ばされ、焦りからか急速に時が進んでいくように感じる。
四人がちゃんと着いて来ているか振り返る時間すら惜しかった。今直ぐに行かねばならない、そんな焦燥に思考は支配される。
「そこまでだ!」
ふと、本能的な危機を覚える。同時に掛け声。
方向は……上だ。
「っ、誰だお前は!」
「勇者ニコラス、人呼んで抜刀斎ニコンだ」
「お前の剣、刀じゃねぇだろ……」
「うるさい、そんな事は些細な問題だ」
直感に任せ慌てて回避動作を取る。
その時、俺の居た所に一つの人影が降り注ぎ、地面へと剣を突き刺した。間一髪と言った所だ。
降ってきたのは、金色の鎧に青いマント、そして聖剣(笑)を握った男。
あぁ、こいつは王都で見覚えがある。確か祝福を受けた勇者と言ったか。
「んで、何でこんな場所に居るんだ」
「僕は勇者だ、勇者とは魔に属する者を滅ぼす者、皇帝の持つ魔杖を破壊しに来た」
「ならなんで俺達の邪魔をするんだ、お前は皇帝の敵なんだろ?」
「敵の敵が味方だとは限らないよ、君達の狙いも魔杖だろう?魔杖の力を欲する不届き者には等しく罰を、僕は君達を先んじて排除せねばならない」
「くっそ……よりにもよってこのタイミングかよ」
「お覚悟を!」
勇者ニコラスは、正眼に聖剣を構え、真っ直ぐ此方へと斬り掛かってくる。
腐っても勇者か、素直で鋭い太刀筋だ。
足場が悪く、回避が取れない。此処までかと覚悟を決めた時。
ガキン、と金属同士がぶつかる音が響いた。
「ヤマト様、此処は私めにお任せ下さい」
「アシュバル……助かった」
否、この音は金属同士の衝突音ではない。驚くことに、アシュバルは片手で勇者の剣を受け止めていた。
強靭の才能というのは、本当に生身で刃物を受け止められるほどに頑強なのか。
「一人じゃ荷が重いだろ、俺も加勢する」
そんな声が聞こえたかと思えば、何処からともなく差し出されたゲーテの槍が、勇者の肩口を穿ってゆく。
「くっ……二対一とは卑怯だぞ……」
「祝福を受けた勇者は死なないんだってな、手加減しなくて良いのは楽だ」
「前衛二人無しでクロセルさんの救出は厳しいでしょう、先に勇者を仕留めます、リツさんも支援を!」
「……分かった」
足場が不安定な階段の上でありながら、前衛二人は落ち着いた様子で勇者に相対する。
「くっ……こうなったら、唸れ聖剣……エックストラカリバー!!!」
勇者の持つ剣が輝いたかと思えば、そのままゲーテに向かって大きく剣を振り抜く。
ゲーテはそれを槍で受け流そうとするが……。
「チッ……嘘だろ?」
剣を受け止めたと思われた彼の槍が両断され、そのままゲーテの胸元を深々と切り裂いていく。
「大英雄キュリオスの聖剣……本物だったのか……」
「ヤマトさんはあの剣を知ってるんですか?」
「知らねぇよ、今言った以上のことはな」
「不味いですね……あの様子だとアシュバルさんの身体でもあの剣は受け止められなそうです……」
「え……えっと……取り敢えず……撃ちます!
ラ・ダーム・イヴリム・ティル
闇魔術……闇球」
リツの放った闇の弾丸が、勇者の胸元へと命中する……が。
「ははは、僕に魔法は効かないよ」
「これは、かなりの対魔力を持った鎧を付けてるみたいですね……」
勇者の胸元には傷一つ付くことが無かった。
そもそも、闇の球は鎧に触れた瞬間に消え去ったように見えた。
取り敢えず分かった事実として、生半可な魔法は効かないのだろう。
「強敵ですね……これは……」
「チッ……アカツキ!俺とアシュバルで時間を稼ぐ、どうせ勝てないなら先に行け!皇帝を止めてこい!」
「……分かりました、ヤマトさん!リツさん!行きますよ!」
「おう!」
俺、アカツキ、リツの三人が交戦する三人の横を通り抜けて階段を駆け上がっていく。
あの様子だと、数分も持たなそうだが……今は彼等が一刻も多く時間を稼いでくれることを祈るしか無い。
そして、再び永遠のような長い時間が訪れる。
ぐるぐると塔の中を周りながら、少しずつ高度を上げていく。
そして、遂に塔の頂上へと辿り着いた。
「―……――、っと、邪魔が入ったか……君達は何者だい?」
塔の外へまで広がる巨大な魔法陣の中央に立ち、クロセルを握って詠唱する一人の男。皇帝が俺達の存在を認識する。
「お前は皇帝だな、クロセルを取り返しに来た」
「私達は……そうですね、王国の人間……と言えば分かりますか?」
「なるほど、そうか……驚いたな、良くもまぁ僕と魔杖の場所を割り出したね、予想以上の早さだ」
「お褒め頂き光栄ですが、今は一刻も早くその魔杖を此方に渡して頂きたい」
「儀式は途中なんだ、終わったら幾らでも返すよ、こんな交渉はどうだろう」
「残念ですが、貴方の儀式を止めるのも私達の任務の一部です、今直ぐに取り止めて下さい」
「嫌だと言ったら?」
「三人掛かりで貴方を止めます」
「くっ……あはははははは!」
「……何がおかしいんですか」
「いやはや、失礼したね。でも、あはは……魔術師二人と、無能一人で、一体何が出来ると言うんだい?」
「っ……」
「ヤマト君、と言ったかな……君のことは調べが付いてるんだよ、君は僕に傷一つ付けることが出来ない、そうだろう?」
「あぁ、そうだな」
「試してみても構わないよ、力づくで君の大事な魔杖を奪い取ってみなよ、あははは!」
最大限の皮肉を込めて俺を挑発しながら、声を大にして笑う。
非常に腹が立つが、彼の言うことは事実だ。
俺の弱点、ディザビリティを知っている皇帝に対し、俺は何も出来ない。
眼の前にクロセルがあるのに、奪い取れないもどかしさと悔しさ、そして強い怒りで理性が蒸発していく。
身体が言うことを聞かない。今にも飛び出していきそうだ。
「ヤマトさん!大丈夫ですか?」
「……あぁ」
思わず思考が停止して上の空になっていたらしい。
アカツキの言葉で一先ず正気を取り戻す。
「此処は私達にお任せを、ヤマトさんは見守ってて下さい」
「……あぁ」
何も出来ない。本当に足手まといだ。
俺なんかが着いて来ない方が、事は上手く回っていたかもしれないのに。
アカツキとリツが魔術を詠唱し、皇帝へと立ち向かっていく。
俺はその様子を俯瞰的に、スローモーションとなった世界で見ていた。
そう、ただ見ていた。
魔法を全て躱した皇帝が剣を抜き、アカツキが斬り伏せられ、リツが殴り飛ばされる。
あっという間に勝負は決した。アカツキもリツも行動不能。
皇帝がとどめを刺そうと思えば、いつでもとどめを刺せる。
そんな絶望的な状況でありながら、俺に出来ることは……
――何も無かった。




