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破綻

 俺達はステラの知り合いとやらに物申しに行く為に、タルフの村を出て、近くの森の中を進んでいた。

 ステラを先頭に、俺とアカツキ、そして他の三人が続く。


「ったく、こんな森の奥に連れてきて……一体何をされることやら」


「ゲーテさん、信じると決めたのですからしつこく邪推するのは良くないですよ」


「あはは……怪しまれるのも仕方ないですよ、ボクはそれだけのことをしてるんですし……」


「アカツキ様様の命令だから従うだけで、別に俺は信じて無いからな」


「まぁ……そうだな」


 会話に上手いこと混ざれず、空返事を飛ばしながら、アカツキの方をちらりと見る。

 笑顔で取り繕っているが、あれは何か裏があることを考えている顔だ。なんとなくだがそう思う。

 そして、その考えと同じ物を俺も抱いている……と思う。心は読めない為、恐らくとしか言いようがないが。

 それは"敢えて罠に嵌まる"という手段。ステラが黒か白かはっきりさせる為に、最も愚直で素直な手段だ。

 勿論、仲間を危険に晒すという意味では、リスクのある行為ではある。

 それはアカツキも承知だろう、その上で任務の遂行を優先したのだ、さっきの決断はそういう意図を孕んだ決断である。


「っと……あれは……」


 一体どれほど歩いただろうか。方向感覚も既に失い、帰路を案じ始める頃合いと言った所。俺には強く見覚えのある建物が目に入る。

 そう、そこは俺の監禁されていた風車小屋であった。あの時は夜であった為に良く確認できなかったが、これほどの既視感を感じると言うことは間違いないだろう。


「……到着しました」


「みたいだな、此処がお前の言う知り合いの居る場所で良いんだな?」


「あ……あはは、そうですね」


「私がヤマトさんを見付けたのもこの近くでした、此処が監禁場所……ですね?ヤマトさん」


「あぁ、間違いない」


 アカツキの問いに答えながら、俺はステラの方へと視線を下ろした。

 彼は乾いた笑いを浮かべ、困ったような様子で何かを探すように辺りを見渡す。

 明らかに挙動不審だ、これは……


「……道案内ご苦労だったな、じゃあ潔く、死ね」


 ステラが何か言う前に、ゲーテが行動を起こした。

 徐にその背に背負った槍を抜くと、そのままステラの方へと無慈悲に突きを放つ。


 これは……ステラを殺す気だ。この一撃に一切の躊躇は無い、確実に殺意を孕んでいる。


「っ……早まるな!」


「おせぇよ……」


「うっ……ぐあああああああああ!?」


 慌てて静止の声を掛けるが、もう遅い。

 ステラの腹をゲーテの槍が穿ち、そのまま時が止まったかのように二人の姿は硬直する。

 そして、呆れたようなゲーテの声を合図にして、槍が引き抜かれる。

 ずるり……と嫌な音を零しながら、槍が引き抜かれると同時に、腹部に空いた風穴から鮮血が噴き出る。


「ぐっ……がはっ……ボク……は……」


「見苦しいぞ、黙って逝け」


 ステラは、はぁはぁと息絶え絶えになりつつ、血を吐きながら倒れ込む。

 何かを言おうとしてるが、喉元から逆流してくる血液で、それも儘ならない様子だ。


「い……嫌だ……!嫌だ!?ボクは……ボクは……エルク様に認めて……貰うんだ、こん……な……こんな場所で……死ぬ訳には……いかないん……だ……!」


「ステラさん……」


 アカツキが、何か言おうとして言い淀む。こうなってしまった以上、掛ける言葉は見付からない。

 恨めしい物など何も無いのでは無いかと錯覚するほどに、無垢で眩しい笑顔を浮かべる美少年。

 だがその実態は、帝国に忠誠を誓った悪逆に手を染める大罪人。そんな、ステラという人間の醜い最期だった。

 ……最期だと思われた。


 ステラは横たわりながら、震えた手で、腰に撒いたベルトに装着された薬瓶の一つを叩き割る。

 満身創痍の彼に、今更何が出来るわけでも無いと、この場にいる全員が慢心していた。


「ら……魔術回路通力(ライン)……詠唱……

 ロ・ラルム・デルタイト・ティロ

 光魔法薬……超再生(リジェネレイト)


 魔術言語による詠唱。それが何を意味するかは、魔術に疎い存在である俺でも薄々感じ取れた。

 それに他の皆も気付いたのだろう。慌ててゲーテがその背に追撃を放つが……ステラは横に転がりながら既の所でそれを躱し、飛び起きる。

 あまりに素早い。今の回避は手負いの人間が出来る物ではない。


「な……これは……一体どうなっているのですか?」


「アシュバルさん!臨戦態勢を、リツさんとヤマトさんをお願いします」


「チッ……とどめを刺しておくべきだったか!」


 飛び起きたステラは、そのまま飛び退き、俺達五人から距離を取る。

 全身が血塗れでありながら、その腹部に傷は見受けられ無い。

 ――完全に再生している。


「ステラ……お前……化け物かよ……」


「ヤマトさん……ごめんなさい、でもボクはやはり貴方の味方にはなれない……」


「何言ってんだ、最初から味方になるつもりなんて無かっただろ」


「そんなことはない!ボクは……ボクは……くそっ……もう遅い!ボクが忠誠を誓うのはエルク様だけ、それ以外を信じるものか!二度と……二度とお前らのような人間に騙されるものか!」


「騙したのはてめぇの方だろうが!!!」


 ステラとゲーテが怒号を交わす。

 ゲーテの方は怒りから今にも飛び出して行きそうな様子だ。

 五体一だ、冷静に考えれば負ける要素は無い。

 だが、ステラの発言が何処か引っ掛かる。


 ――彼は本当に此方側に付く気があったのかもしれない。


 だが、彼の言う通り、もう遅い。お互いを敵として認識してしまった今、もはや関係の修復など不可能。俺達は破綻したのだ。


「……後衛、総攻撃を仕掛けます、前衛は追撃をお願いします」


 こんな状況であっても、冷静沈着なアカツキの指示が的確に通ってゆく。

 思わず俺も構えるが……考えてみれば俺はどちらにも該当しない。

 黙って見ていることしか出来ないというのはもどかしいが、下手に出ても邪魔になるだけだろう。此処は我慢だ。


魔術回路構築(カスタマイズ)……詠唱……

 リ・トゥーム・エクセト・ティル

 空間魔術……亜空切断(ディメンショナルカッター)!」


「ル・ダーム・イヴァヴィス・ティロワール

 闇魔術……包み隠す宵闇(ダークネスウォール)


 二人の詠唱が響き渡る。片方は聞き覚えのある魔術だ。汎用的なアカツキの得意魔術なのだろう。


 詠唱が聞こえている以上、ステラも黙って食らう訳ではない。タイミング良く飛び退いたかと思えば、ステラの目の前の空間が一瞬ぐにゃりと歪む。

 どうやら外したようだ。奇襲には強そうだが、やはり動く的に当てるのは難しいのだろう。


 ステラはそのまま背を向け、風車小屋の方へと走り出す。逃げるつもりだ。


 その時、リツの頭上を中心として、闇の煙のような物が湧き出てきたかと思えば、それがドーム状に広がってゆく。

 広がってゆく闇の障壁は、ギリギリの所でステラの進路を阻んだ。

 ステラが闇の障壁に体当たりを仕掛けるが、強い力で弾かれたかのように障壁から引き離される。

 恐らく結界の類なのだろう。リツが魔法を解除するか、強引に蹴破らない限り、俺達はこのドームの中から出られないと推測できる。


「ゲーテ、アシュバル、任せました!」


「おう!」


「任されましたぞ!」


 前衛である二人がステラへと駆けて行き、追撃を仕掛けに行く。

 が、二人がステラへと追い付く前に、彼は行動を起こした。

 腰に付けた薬瓶を再び一本抜くと、それを闇の障壁に叩き付ける。

 すると、割れた瓶の中の液体が触れた障壁の一部分が、溶けるように消えて行き……人一人が通れそうな穴が生まれる。

 結果として、余りにもあっさりと脱出を許してしまった。


「備えあれば憂いなし……ですね、それでは」


「くそっ……あいつの薬インチキだろ……!」


「驚かされますなぁ……」


「御二人とも感心してないで!追いますよ!」


 障壁に空いた穴を抜けて風車小屋へと走って行くステラの背を、五人で追い掛ける。

 が、必死の追跡も及ばず、俺達は彼の小屋への侵入を許してしまった。


「待って下さい、一旦止まりましょう」


「あぁ……そうだな、この先は敵の拠点だ、迂闊に入れば俺達の方が不利になる」


「私達の攻撃手段を考えても、狭い場所で戦うのに向いているとは言えませんからね、此処は敵が出てくるのを待ちましょう」


「ステラの奴を逃したのは痛いが……中に居る以上何処かに逃げる訳にもいかない筈だ、ゆっくりと炙り出してやろう」


「っ……皆さん……来ます!」


 ステラが小屋に入ってから数分も経たずに、風車小屋の中から武装した男達が出てくる。

 数は十数名、獲物は大体が剣だ。ならず者というよりは、雇われの冒険者って所だろうか。


「分かっているとは思いますが命を取るのは最小限に抑えて下さい、戦闘不能に出来れば十分です」


「この程度の数なら、俺達だけで大丈夫だろ、後衛組は下がってな」


「はい、お任せします」


「ははは、それではご期待に添えるように私アシュバル、全力で皆様を守らせて頂きます」


 数では圧倒的に不利を取っているが、俺達の間に敗北の空気は無かった。

 ステラと相対した時に比べれば、寧ろ余裕さえ感じられる。

 俺とアカツキとリツが後方へと下がり、ゲーテとアシュバルが前に立ち塞がる。

 各陣営のお見合い状態で一刻の静寂。

 それは唐突な誰かの慟哭で破られ、掛け声を挙げながらお互いが戦場へと踏み込んでいく。

 戦闘が、始まった。

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