何時かの何処かで
「っ……まずい、我としたことが寝過ごした……」
鈍い頭の痛みを覚えながら、私は起き上がる。
まず覚えたのは、胸の中にぽっかりと穴が空いたような感覚。
立ち上がろうとするが……身体に力が入らない。
仮初の肉体である私に体調不良など有り得ない。ならつまりこれはどういうことだ……?
「私の存在が不確かになりかけている……魔術は完璧な筈だ、こんな馬鹿な話が」
「……あるんだよ。ようやく目覚めたようだね、魔杖クロセル君」
突如、聞き慣れない声が耳に飛び込んでくる。
声のする方向を見るが、視界がぼやけて良く見えない。
誰かは分からないが、男が私の前に立っている。
そう言えば、ヤマトは何処だ?一緒に馬車に乗っていた筈なのだが……
「主に犯罪抑止の為に作られた封能薬、君みたいな魔術の塊のような存在には良く効くだろう」
「答えろ。お前は誰だ?ヤマトを何処へやった」
「己の身より先に主人の心配とは、良く出来た忠誠心だね……!」
八つ当たりするような声色と、頭に割れるような痛みを覚える。
どうやら蹴り飛ばされたらしい。不安定な肉体がバラバラになりそうになるのを、ギリギリで意識を強く保ち踏み止まる。
「どんなトリックだか知らないが、我の力を封じるとはな……中々やるじゃないか」
「君が生きていた時代には無かった物だからね
あはは……君は己の才能に酔って、慢心していた訳だ」
「っ……!」
否定出来ない。そう、確かに私は慢心していた。
ヤマトの言う通りに実力を隠し大人しくしていれば、こんな事にはならなかった筈だ。
私の僅かな油断と、悪戯心が、最悪の事態を招いたのだ。
そもそも、一体誰がこんな真似をする?狙いはなんだ?
冷静に考えろ、私の分析力を以てすれば、今のこの状況から因果を逆算できる筈だ。
「私の力が目的か……」
「その通りだ、君の力を貸して欲しい、もし断ると言えば……分かるね?」
「私を殺す……と貴様には都合が悪い、となればヤマトを……私の主を殺すつもりだな?」
「物分りが良いようで何よりだよ、引き受けてくれるかい?」
忌々しげに男を睨み付けながら、俯いて冷静に思考を加速させる。
ヤマトの安否に関して、考えられる可能性の一つは、私から遠く離した別の場所に監禁されている可能性だ。
その場合、ヤマトであれば自力で脱出した可能性も考えられる。その場合はこの男に従う理由はない。
そして……最悪の可能性は、既にヤマトは殺された後、という物だ。
この場合も、男に従う理由はなくなる。
総合的に考えて、今現在この男の言う通りにするのは悪手だ。
ならば出来ることは……
「分かった、我に考える時間をくれないか……期間はそちらで決めていい、ただしその間はヤマトに手を出すな」
「ふむ、そうだね……では二週間の猶予を与えよう。此方も余り時間が無いんだ、君に投与してる封能薬も有限なんでね」
「承知した……それまでに結論は出す、約束だぞ」
「あぁ、約束しよう、魔杖クロセル君」
この男は私が魔杖クロセルであることを知っている。
クロと名乗る私が魔術の才能を持っていることを知っている人間の中に、この件に加担した人物が居る筈だ。
……駄目だ、候補が多すぎる。やはり才能を隠しておくべきというヤマトの言葉は偉大だった、反省してもしきれない。
「それでは僕は失礼するよ、精々限られた時間で良く考えるんだね」
「安心しろ、時間は取らせない」
取り敢えず限りはあると言えど、時間は確保出来た。
その間に、私は出来ることをしなければならない。
「しかし……この身体では……」
視界はぼやけ、感覚は麻痺している。魔力の通り道が完全に切断され、動くどころか立ち上がれそうもない。
封能薬と言っていたか、その薬を継続投与することで私の才能、力を封じているらしい。
ならばその薬を摂取しなければ良い。何か、何か方法があるはずだ。
「……そうか」
一つ方法が思い付いた。しかし、それを実行すれば確実に怪しまれる。
最悪、約束が破綻する可能性も高い。今は、奥の手としておこう。
後は、これは有り得ない妄想、希望論に等しい戯言なのだが。
「助けてくれ……ご主人……」
悔しさか寂しさか、とうの昔に捨てた筈の感情が胸の内に溢れ、思わず涙が零れる。
ヤマトが自力で脱出し、私の元に救出に来る可能性。
有り得ない…こんな考えは非論理的だ。
だが私は、そんな考えに縋る程に、精神を疲弊していたのだろう。
ヤマトもきっと、私の助けを待っている。
私が一人で……なんとかしなければならないのだ。
私よ、気を強く持て。お前は誰だ?最強の魔杖にして元魔王クロセルだろう。
そう自己暗示を重ねていく。
「だから――、泣くな」
私の名を呼ぶ。何処か優しく懐かしい、そんな声が聞こえた気がした。
気持ちを切り替え、荒い息を整える為に深呼吸をすると……涙で潤んだ世界を、虚空を一人仰いだ。




