王都
王城で惰眠を貪り、時々訪れるティアの相手をする日々。
アカツキも忙しいのだろう。会話の機会を作ろうと思ってはいるのだが、暫くまともに顔を合わせていない。
そんな平穏がいつまで続くかと言った境、出立の準備も整い、後は期日を待つのみとなったある日のことだった。
「おはよう!ヤマト!」
「ん、今日は一人か」
あれから何度かティアと遊んでいるが、勿論、大事な王女様を俺のような人間一人に任せるという訳にもいかない。
故に普段は使用人が一緒の筈なのだが……この様子だとまた抜け出してきたのだろう。相変わらずよくやる。
「あの人達は今頃、私の偽物の相手をしてるわ」
「どういうことだ、影武者でも居るのか?」
「かげむしゃ……?良く分からないけど、私にかかればこれくらい簡単ね」
「違うのか……俺には良く分からんな」
子供の言う事など真に受けても仕方ない。
一体どんな手法を用いたのか分からないが、使用人達を出し抜き逃げ出してきたというのは確かだろう。
「お前を勝手に連れ出したとバレると俺がお咎めを受けるんだよ……全く面倒なことをしてくれる」
「そう、今日はヤマトにお願いがあるの」
「なんだ?聞くだけ聞いてやる」
「わたし、王城の外に出たいと思ったの、だから城下に出向くのに付き合ってくれない?」
「……嫌だ、城の外って言うとあれだろ……城門を通ることになる、そこで捕まって終わりだぞ」
「ふふっ、わたしに考えがあるのよ、良いから着いてきなさい」
思わせぶりな態度を取りながら、くるりと身を翻して……部屋のベランダに走って行く。
一体何を考えてるのか分からないが、危険な事なら止めないといけない。渋々と言った様子でティアに着いていく。
「魔術回路構築……詠唱……!
ル・スォーム・レクシオ・ティロ
さぁ、飛ぶわよ!風魔術……風迅空歩!」
「おい待て、それっって魔術の詠唱じゃ……」
慌てて静止に掛かるが、既に詠唱は最後まで終わった後。
もはや今から止めても無駄だと理解し、後悔する。
ティアはベランダから身を乗り出し、そのまま空へと躍り出た。
このままでは彼女が落ちてしまう、そう咄嗟に思った俺は、慌ててティアの手を掴んだ。
引きずられるかのように、ベランダから半身を乗り出しながら、ティアの腕を握り締め続ける。
此処は城の二階だ、落ちたら怪我は免れない。
しかし、握り締めた腕に重力は感じなかった。
落としてしまったのかと焦るが、確かに手には彼女の腕の感覚がある。一体どういうことだ?
「ふふっ、どう?凄いでしょ!」
「お前……浮いてるのか?」
乗り出した身をゆっくりと戻し、眼の前で起きている光景を視認する。
俺の眼前で、ティアは宙に浮いていた。
比喩でも何でも無い。正真正銘、彼女は足元に何もない場所に立っていたのだ。
この状況を説明するのに、便利な言葉がある。
「魔術か……まさかお前のようなガキでも使えるとはな……」
「魔術ってのは、才能があれば使える物よ、どう?凄いでしょう?」
「あぁ、凄いな……空を飛ぶ、いや歩ける魔術があるとはな……素直に凄いと思うぞ」
「じゃあヤマトはそのまま私の手を握っててね、離したら落ちるわよ」
感嘆の声を漏らしながら呆然としていた俺の手が、強く引かれる。
俺は本来これを止めなければならないのだが……未知の体験である空中散歩という魅力的な提案、好奇心には抗えなかった。
俺もベランダに脚を掛け、覚悟を決めるとそのまま宙に身体を放り出す。
一瞬、自由落下の感覚。だがそれは一瞬だけだった。音も無く、見えない足場に足が付く。
軽く足踏みをしてみるが、どうやら落ちる様子はない。ティアと手を繋いでる限りは、俺も魔術の恩恵を受けられるようだ。
「それじゃあ行くわね」
「あぁ……もうこうなったら最後まで付き合ってやるよ、後のことなんて知らねぇ」
ティアに手を引かれて、地面から十数メートル程離れた空中を歩いて行く。
見えない足場を歩くというのは、中々慣れない感覚だ。どうしても踏み出すのを躊躇ってしまう。
ティアの方は、俺のように怖じ気付く様子もなく、鼻歌を歌いながら楽しそうに足を踏み出している。
やはり使えるだけあって、この魔術の感覚には慣れているのだろう。
ティアの魔術の才能がどれほどかは分からないが、この魔術は中々に高度な事に思える。優秀な魔術の才能を持っているのは間違いないだろう。
「これ……空を見上げる物好きが居ない限りは寧ろ目立たないんだな……勉強になる」
「代わり映えのないお空を見ても面白く無いものね、これなら絶対に見付からないわよ」
「だと良いな」
ふと、唐突に見えない足場が階段のように変化する。思わず転びそうになるが、辛うじてそれは阻止できた。
どうやらこの見えない足場は術者であるティアの思うままのようだが、一緒に歩くとなると中々に難しい。
もう少し気を利かせて欲しい物だ。
「このまま降りる感じか?」
「そうね、このまま空を散歩しても良かったけど、折角外に出たんだし王都の中を歩いてみたいじゃない」
「それに関しては同意だな、俺も城から出るなと言われてたから実際に王都を見る機会を得られたのは嬉しいこと……だが……あ」
完全に失念していた。アカツキに城から出るなと言われていたことを。
これは二人分のお咎めを受ける覚悟をしておかねばならないな……今更戻っても遅いだろう。
どうせルールを破るなら大なり小なり関係ない。バレないことを祈りながら精一杯満喫するとしよう。
「あの辺りに降りるか、人通りも少ないし悪目立ちもしないだろう」
「そうね、分かったわ」
こう見えてティアは利口な子だ。目立つと良いことにはならないというのは分かっているのだろう。
俺が指刺した方向へと、長い長い階段を降りるように歩いて行く。
俺達が降りた場所は路地裏に位置する小さな広場。
まだ朝早いのもあり、人気はない。降りた様子も見られてはいなそうだ。
「さて、城から抜け出して来ちまった訳だが……何かしたいことでもあるのか?」
「わたしは城から出たかっただけだし……まずは適当に歩きましょ」
「漠然としてるな……俺も似たような理由だから何も言えんが……」
ひとまず手を離す。気が付けば結構手汗をかいていたようだ。
汗で濡れた自分の掌を服で軽く擦ると、そのまま人通りのある街路の方へと歩き出す。
ティアは大人しく俺の背に着いてきていた。このまま一人で逃げ出したりする様子は無さそうで何よりだ。
王都の人の流れは思っていたより多い。
賑やかな道を行き交う人々を見ながら、はぐれないようにと俺はティアの腕を再び掴んだ。
「どうしたの?ヤマト」
「この人混みじゃお前なんか直ぐに流されるぞ、掴まっとけ」
そして、俺達二人は王都を流れる人の波へと繰り出した。
「あぁ、それと俺は一文無しだからな、何か欲しい物があっても買ってはやれないからそのつもりでな」
「いちもんなし……?」
「金が無いって意味だ」
「それなら心配要らないわ、わたし別に何かが欲しい訳じゃないもの」
その発言は、少し意外だった。一国の国の王女ともなれば、手に入れられない物の方が少ないだろう。
故に物欲も強いイメージがあったが、実際はそうでもないようだ。
或いは遠慮しているのだとすれば……子供に遠慮させるような自分が情けなくなる。
「まぁ金がなくても楽しめるだろ……ほら、あっちで何かやってるぞ」
人の流れに任せて歩いていると、大きく響く男性の声が聞こえる。
声のする方向を見てみれば、どうやら即興のオークションのような物を開催しているようだ。
「さぁ、皆様……此処にあるこの剣こそ、かの大英雄キュリオスが用いたと言われる聖剣、エックストラカリバーで御座います!現在は金貨50枚!入札は金貨10枚ごとに受け付けております!さぁ、他に入札する方は居ませんか?」
「見るからに曰く付きの品、明らかに怪しいな」
「すごいわね、大英雄キュリオスと言えば知らない人は居ないであろう、凄い英雄よ」
「そんな凄い奴なら尚更、自身の使ってた剣を売り飛ばしたりはしないだろう」
「夢がないのね、ヤマトは」
「まぁ……仮に本物だとしても俺には不要な品だな」
遠目に見ても分かる。ゴテゴテと装飾品が付けられていて一見すると儀式などで使う刃の無い剣に見えなくもないが、その刀身にはしっかりと刃が付いているのが確認できる。
あれは真剣だ。ならば俺には使えない。
それに買える金も無いしな。
「黒金貨1枚だ!」
そんなことを考えながら、遠目にその様子を伺っていると、唐突にそんな声が響く。
声のする方向を見てみれば……そこには腰に剣を携え、金色の鎧にマントを羽織った若い青年が居た。
「なんだ……あいつ」
「あれはニコラス様よ、祝福を受けた真の勇者様、こんな場所で出会えるなんてヤマトは幸運ね」
「なんだって?あいつが勇者?」
ティアの言葉を聞いて、その青年を二度見する。
なるほど、言われてみれば勇者らしい格好をしている。
祝福の才能を持つ勇者は唯一無二と聞いた。つまりあいつがその勇者、不老不死の真の勇者なのか……
「なんというか……イメージと違ったな」
「……はい!勇者様の落札です!おめでとうございます!」
気が付けばオークションは終わり、落札が決まったらしい。
それにしても黒金貨1枚ともなれば、王都で遊んで暮らせる額と聞いた。
あの剣は、そんな額を払うほどの価値がある物には見えないが……
「金持ちの考えることは相変わらず理解出来ないな……まぁ本人が満足ならそれで良いだろう」
そんなことを一人呟きながら、辺りを見渡してみれば、周囲の人々の視線は一斉に勇者ニコラスに注がれていた。
流石は勇者と言った所か、注目の浴び方も人間離れしている。
取り敢えず、あの勇者のような光り輝く存在と俺の間には縁が無さそうだと再度痛感する。
ついでに、俺が勇者の才能を持って転生しなくて良かったとも思った。あんなに注目を浴びたら数日で外に出るのが嫌になる。
「んじゃ、見飽きたし次行くか」
「折角勇者様に会えるチャンスよ?もう行くの?」
「あぁ、俺は興味無いんでな」
そそくさと逃げるように、ティアの腕を引いてその場を離れる。
その後は、露店を見て回ったり、公園で寛いだりと、当たり障りの無い王都観光の時間を過ごした。
そして時間はあっという間に過ぎ去り、日が傾いてきた頃。
「ふぅ……俺は満足だ、やっぱり王都ともなると見る物には困らないな、良い暇潰しになる」
「わたしも歩き疲れたわ、そろそろ帰りましょうか」
「そうしよう、王城には帰りと同じ魔術を使うのか?」
「そうね、じゃあわたしにしっかり掴まってるのよ
魔術回路構築……詠唱……
ル・スォーム・レクシオ・ティロ
風魔術……風迅空歩」
今度は魔術によって生み出された見えない階段を登って行く。
俺達二人は夕暮れの王都を空中散歩しながら、王城へと戻るのであった。
その後は、案の定と言うべきかアカツキにこっ酷く叱られた。
更には、ティアを連れ出した事を王に直接謝罪しに行くという、地獄のような時間を味わった。
なんとか首の皮一枚繋がったが、次は無いと言われた以上……暫くは大人しくしているべきだろう。
因みにティアの方は、別段叱られることも何とも無かったらしい。全く王も王で過保護である。




