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ティア

「ふぅ……やっぱ外の空気は気持ち良いな」


 城の中はどうしても息が詰まる。爽やかな外気が恋しくなり、俺は中庭を訪れた。

 流石と言うべきか、花壇や生け垣は良く手入れが行き届いている。中々良い雰囲気の場所だ。


「ん、なんだあれ」


 そんな風に感心していると、視界の端で目を惹かれる出来事が起きていた。

 楽しそうに中庭を駆け回る金髪の幼い少女と……それを追いかける二人の使用人。

 追いかけっこに見えなくもないが、使用人の方は本気で捕まえようと迫っているように見える。

 だがそれに負けじと二人の腕を潜り抜け、逃げ回る少女、中々に素早い、これは少女の方が一枚上手のようだ。


「おい、何してるんだ?」


 野次馬感覚で、その様子をニヤニヤと笑いながら見物する。

 だがそれもやがて飽きて、そもそも何をしているのかという疑問を解消しようと、使用人の一人に声を掛けた。


「お嬢様がお父上の言い付けを守らず部屋から逃げ出してしまって……どなたか存じ上げませんが、良ければ手を貸して頂けませんか?」


 息を切らしながら、言葉絶え絶えにそんな説明を受ける。

 それを聞いて、なるほどな、と一つ頷けば。きゃっきゃと楽しそうに走り回る少女を一瞥する。

 仕方ない、此処は手を貸してやるか。


「あはは!のろまな人達、わたしを捕まえてご覧なさい!」


「よっ、と……捕まえたぞ」


「あなた!何をするの!」


「ふん……中々の逃げ足だが、まだまだだな、もう少し頑張れ」


 手加減など一切なし。全力で地面を蹴り、一瞬にして少女の前に回り込むと、そのまま両脇を抱き抱えて持ち上げる。

 宙ぶらりんになりながら、じたばたと藻掻く少女に、悪戯っぽくニヤリと笑いながら、悪知恵を授けた。


「嫌よ!わたしは外で遊びたいのに……この人達が城の中から出るなって!」


「お前、誰だ?因みに俺はヤマトだ、覚えとけ」


「なんであなたなんかの名前を覚えないといけないの?」


「質問に質問を返すなよ……まぁ覚えなくても良い、んでお前は誰なんだ」


「わたしはティアよ」


「そうか、んじゃティア、大人の言うことには黙って従っとけ」


「嫌!どうしてみんな分かってくれないのよ!」


 ティア、と名乗る少女は、じたばたと俺の腕の中で暴れ回りながら、抗議の声をあげ続ける。

 見た目不相応に大人びた子供ばっかり見ているせいか、相応に子供らしい奴を見ると安心する。


「参ったな……取り敢えずこいつは返すぞ」


「すいません、助かりました」


 バツの悪そうに肩を竦めながら、近くに居た使用人に身柄を渡す。

 暴れられても俺は何ともないが、使用人の方はティアの抵抗で思いっ切り怯んでいる。

 こんなのばかりで大丈夫なのか……


「この無礼者!父上に言い付けてやるんだから!」


「おう、俺はヤマトだ、告げ口するなら良く覚えとけ」


 これに関しては全面的に俺に非は無い。

 こいつの父親が誰か知らないが、何か言われてもどうとでも言い訳出来る。最悪使用人に罪を押し付ければいい。


「ふん、私の脅しで怯まないのね……よし、気に入ったわ!ヤマト、私の遊び相手になってくれたら無礼を許してあげる」


「これまた勝手だな、気に入られても困るんだが」


 子供の考えというのは良く分からない。俺のような人間が何故気に入られたのか。

 物怖じしない態度、という意味ならお互い様だろう。俺の容姿を見て恐れずに物を言うこいつも中々肝が据わっている。


「うーん……でもやっぱ面倒だ、告げ口してくれて構わんから他をあたってくれ」


「なんでよ!意味が分からないわ!」


「それは俺の台詞だ……」


 言われた通りにして厄介事は避けたいと言うのが本音だが、それでも面倒な物は面倒だ。

 ただまぁ、良い暇潰しになるかもしれない。そう考えれば別に断る理由も無いのか。


「俺も忙しいんだ、俺の時間が許す間なら、相手してやるよ」


「やった!」


 両手を挙げて喜びを示す。悔しいが微笑ましいと思ってしまう。

 それにしてもこいつは何者なんだろう、良い所のお嬢様のようだが……まさかな。


「ヤマト、私はお外で遊びたいのだけれど、この人達を説得してくれない?」


「降ろしてやれ、逃げたら俺がまた捕まえてやる」


「しかし……」


「何かあったら俺の責任だ、お前達は俺に脅されたとでも言えばいい」


「そうですか……分かりました」


「流石はヤマトね!私の目に狂いはなかったわ!」


「チビに褒められても嬉しくないんだがな……ったく」


 使用人を説得して、ティアが解放される。

 城の中が余程窮屈だったのだろう、身体が自由になると、俺の周りをくるくると楽しそうに走り回り、屈託の無い笑顔を向けてくる。

 俺はそれが酷く眩しいと思った。

 あぁ、笑顔とは眩しい物だ。俺自身が、心から笑うことが少ないからだろうか。

 或いは、なんだろうか。何か理由があるのかもしれないが、俺には上手く説明出来ない。


「それじゃあ鬼ごっこね!ヤマトが鬼よ!」


「ほう、俺が鬼か……良いだろう、悪鬼と呼ばれた俺の実力を見せてやる」


「本気を出すなんて大人げないわよ!」


「ったく、それは子供が言う台詞じゃねぇぞ」


 呆れ混じりに溜息を吐くと、そのまま駆け足でティアの背を追いかける。

 勿論、手加減をして尚且つギリギリの所で捕まえる。それぐらいのマナーは弁えているつもりだ。


「遊びにマナーもクソも無いけどな……」


「もう、今度はわたしが鬼よ!早く逃げなさい!」


「へいへい……精々頑張って捕まえてみろ」


 こんな事をして楽しいかと言われれば、俺としては暇潰しに過ぎない。

 だが他にすることも無い。それに楽しそうに遊ぶティアの姿を見ていると、その笑顔を踏み躙るのも気が引けた。

 結局、その日は一日中、ティアに付き合って中庭で過ごす事となった。

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