謁見
「全く目に悪いな……」
光が収まったことを確認すると、俺はアカツキの手を握ったまま、ゆっくりと瞼を開いた。
「驚いたな、瞬間移動って奴か」
「珍しい言い回しをするんですね、これは転移の魔術です。と言っても今や空間魔術の才能もかなり珍しいんですけどね」
目を開けば、そこには見たこともない部屋が広がっていた。
ピカピカに磨かれた木製の調度品と絢爛な装飾。
壁に置かれた本棚の多さから書斎のようにも思えるが、そこに収められているのはどちらかと言うと書類の類。となると……
「……此処はお前の執務室か」
「正解です、転移の魔術と言っても、何処にでも飛べる訳ではないので」
納得したように一つ頷くと、視線をアカツキへと戻す。
余り人の部屋をじろじろ見るのも失礼だろう。
「んで……俺は何処に連れて行かれるんだ?」
「私は国王陛下に報告を、貴方は此処で待っていて下さい」
「良いのか?逃げるかもしれないぞ」
「ですが平民であろう貴方を連れて行く訳にも……」
「なんか嫌な響きだな、別に偉い人の前ってなら大人しくしてるさ、任せとけ」
「仕方ないですね……では付いてきて下さい」
意外と押しに弱い性格らしい。
面倒な謁見に参加せず、大人しく待っていても良かったが、実は少し打算がある。
国王がどんな人間か確認するのが一つ、もう一つはアカツキの黙秘した内容に関して聞けるかもしれないという物だ。
俺なんか相手にされない可能性もあるが、その場合はそういう結果として受け入れよう。試してみる価値はある。
「それより、良いのか?」
「何がですか?」
「手、もう離しても良いんじゃないか?」
俺は既に掌を開放しているが、アカツキの方は腕を握ったままである。
俺が逃げないように……という意味なのかもしれないが、取り敢えず案内するのに腕を引く必要があるとは思えない。
そんな事を邪推していると、本人もそれに気が付いたようで、慌てた様子で手を離す。特に意味はなかったらしい。
「……失礼しました、では行きましょうか」
「初心だな、顔赤いぞ」
やはり恥ずかしかったのか、顔を赤くするアカツキに、ニヤニヤと笑いながら、頬を指を指してそう誂う。
無言でそっぽを向かれてしまった、これはこれで可愛い反応だ。
「取り敢えず行くか、着いてくぞ」
怒っているのか、反応がない。
が、そのまま歩き出した辺り、声は届いているのだろう。
アカツキの背中を追いながら、辺りをきょろきょろと見渡す。
部屋もそうであったが、廊下も如何にも豪勢な作りだ。
真っ白な大理石の床に赤いカーペット。
廊下の脇には金色のランタンが掛けられ、天井は全力で跳んでも手が届かないであろうほどに高い。
気が付けば夜も明け、僅かに光が差し込む大きな窓の外を見てみれば、そこにはタルフの村と比べ物にならない程の大都会が広がっていた。
となれば、此処は恐らく王都にある一番大きな建物、間違いなく王城だろう。
もし何も起こらなければ、俺達は眼下に広がるこの王都で、平穏な日々を過ごせていたのだろうか。
なんとも複雑な気分だ。
「アカツキです、王に報告と……謁見を求める方を連れてきました」
そのまま入り組んだ廊下を進み、やがて行き止まりに辿り着く。
アカツキは大きな扉の前に立つと、その小脇に立っている一人の男にそう告げた。
「……魔杖はどうした?」
「申し訳ありません、別の組織に先を越されました、何とか魔杖の主人だけ救出出来た次第です」
「なるほど。事情は把握した。王への謁見を許可する、名を呼ばれるまで待っていろ」
「分かりました」
アカツキの立場からすれば、俺とクロセルの保護という目的を達成出来ていない。
つまり任務に失敗した訳だが、それを咎める様子が無い辺り、理解のある人間なんだろう。悪い奴では無さそうだ。
男が大きな扉を小さく開き、中へと入っていく。
この奥には国王が居るのだろうか、そう考えると俺であってもやはり恐縮する。
無礼を働けば罪に問われるかもしれない、此処は大人しく、冷静に対応しよう。
「そう言えば、アカツキは国の人間と聞いたが……何の役職に就いてるんだ?」
「聞いて驚け、国王秘書ですよ」
「意外だな……お前の振る舞いはどちらかと言うと……俺達の同類に思える」
「庶民らしい……という意味でしたら間違ってはないです、私も庶民の出ですから」
「成り上がりか、やるじゃないか」
「神から頂いた才能の賜物ですかね、この世界では才能が全て、優秀な才能を持っていればそれだけで簡単に出世出来るんですから」
この世界じゃ当たり前の事を、皮肉のように言うことに違和感を覚える。
それだけじゃない、この女は他の奴等と違う、何処か"浮いた存在"に見える。
そして何故だか強い親近感を覚えるのだ、強く気になるだけに、何故だか訳が分からないのが悔しい。
「アカツキ、ヤマト!国王陛下より謁見の許可が出た!中へと入りたまえ!」
扉の奥から、そんな声が聞こえたかと思えば、目の前の扉が大きく開いていく。
名乗ってない相手に名前を知られているというのは、やはり慣れない物だ。
そんなことを思いつつ、俺は躊躇うこと無く足を踏み出した。
「止まれ!」
「おう」
真っ直ぐと謁見室を進んでいくと、やがてその途中で静止の声が掛かる。
これ以上は近付くなってことか。だが、此処から王の座る椅子までそこまで距離はない。
少し声を大きくすれば届く距離、目視で容姿が判別できる距離だ。
やがて、後から入ってきたアカツキも俺の隣に並ぶ。
この無駄に広い部屋で、重鎮と王の目に一人で晒されるのは些か堪える。
だが二人なら心細さも多少は晴れる、アカツキが居て良かった。
「……お前が魔杖の主か」
「そう……ですね、ヤマトと申します」
王座に腰掛けた王らしき人物が口を開く。そう言えば俺はこの国の王の名を知らない。なんと呼べば良いのだろうか……普通に王様?
他でもない俺に対して問いを投げられたと少し遅れて気付くが、慣れない敬語で言葉に詰まる。
取り繕った姿でも敬意を示せていれば悪いことにはならない……と信じたい。
ただ、畏まってはいるが王に敬意を覚えているかと言われると何とも言えないのが玉に瑕だ。
会話のチャンスを与えてもらって感謝はしているが。
「私の方から今回の一件に関して先に報告を、良いですね?ヤマトさん」
「あぁ、任せる」
「では失礼。結論から言えば、今回の任務は失敗しました、魔杖の主人は救出しましたが、魔杖クロセルが敵の手に渡ったと思われます、不甲斐ない結果に終わり、申し訳ありません」
「ふむ……別の輩に先を越されたか」
「はい、恐らく帝国の仕業かと」
「根拠は何だ?」
「勘です、別の組織に先を越されたと知った時、まず私はそう思いました」
「なるほど。ひとまずはご苦労、大義であった」
黙って聞いていれば、そのやり取りに違和感を覚える。
このアカツキという女はどうやら王とその重鎮から全面的な信頼を得ているらしい。
勘で物を言うというのは、根拠の無い妄想に等しいのだ。
それを信じ、最もだと頷く人達を見ていれば、違和感を覚えない方がおかしいだろう。
「そうだな、確かにクロムの皇帝が"奴の解放"を目的としているならば、魔杖を探し求めるのも一理ある」
「陛下は例の儀式について知っているのですか?」
「あぁ、儀式の詳細は不明だが、一部は伝承として伝わっている」
「そうですか、つまりその儀式に魔杖が必要な可能性があると」
「推測出来る訳だな」
「分かりました、では……今後の方針に関してですが、帝国の中枢に圧力を掛けつつ王国領を中心に魔杖の行方を追うべきでしょう」
「もう帝国領に移動している可能性は無いのか?」
「分かりません、これも半分は勘です」
「おいおい……それで良いのかよ……」
呆れて思わずそんな言葉が漏れる。
幸い、此処から王座には距離がある為、聞こえたのはアカツキ本人ぐらいだろう。
俺について行ける会話では無さそうだが、所々怪しい響きが混じっている。
取り敢えず分かることは、クロセルを拐かし、その力を悪用しようとしているのは恐らく帝国と呼ばれる別の国の仕業であるということか。
一人黙ってそんなことを考えていれば、隣のアカツキは俺の独り言など聞こえていないかのように言葉を続ける。
「封能薬の素材は、王国でしか採れない物が一部あります。在庫だけでは足りなくなるのも時間の問題、同時に調合を進めているならば王国領で必ず動きがあるはず、その動きを見付けて魔杖の居場所を突き止めるのが最善でしょう」
「うむ、余も同意だ。此方の動きを敵に悟られては不味い、優秀な才能持ちを数名、精鋭部隊として捜索に当たらせよう」
「最悪の場合、勇者一行の出番ですかね」
「無論、出来る限り使いたくない手ではあるがな……」
「では手配はお任せを、仰せのままの人員を用意します」
「あぁ、任せたぞ」
アカツキは御意に、と呟き一礼する。
どうやら報告は終わったらしい。
この張り詰めた空気の中で声をあげるのは中々勇気が居るが、あれこれ考えている暇はない。
「あー……国王陛下……様、少し伺いたいことがあるのですが……発言を許して頂けますか?」
「ヤマトであったな、構わんぞ」
「はい……ありがたき幸せ、えっと……聞きたいことというのは、まず俺とクロ、魔杖の保護を思い立った理由は何ですか?」
「簡単な話だ。お前と魔杖が悪い者の手に下ると国が脅威に晒される。それを未然に防ぐ為に、目に届く場所に置いておきたいと思うのは自然なことだろう」
「クロセルが国の脅威になるのは分かります、でも俺まで保護する必要は無いのでは?魔杖だけ回収出来ればそれで良いと思いますが……」
「……」
「……答えたくないなら答えなくて構いません、その代わりに要求があります」
「言ってみろ」
「クロセル、魔杖の奪還に俺も協力させて下さい、お願いします」
これは他でもない俺の問題だ。蚊帳の外で待ちぼうけなど我慢できない。
潔く頭を下げる。無才の俺が行っても足手まといになるだけ、そんなことは理解している。
失敗が怖い、二度とあの感情は抱きたくない。だがそれでも、俺は……
「クロセルの主人は俺です、俺には彼女を救う責任があります」
「ふむ、そうだな……」
完璧だけど不器用で、初心でありつつ悪戯が好き、そんな彼女にまた会いたい。
助けたい。救いたい。その為ならばどんな事でもする。
これはプライドや面子の問題じゃない。俺個人の私情によるものだ。
我儘で何が悪い。あいつは俺の物だ。他の奴に安々と渡す物か。
だから、一心に頭を下げ続けた。
「良いだろう、だが以後、勝手な真似は許さないことを肝に銘じよ」
「……本当ですか!?」
帰ってきた返答は意外な物だった。思わず驚きと歓喜を含んだ声が漏れる。
あまりにもすんなりと了承を得られたことで、逆に裏があるのではないかと疑ってしまう程だ。
それとも、俺の命というのは魔杖のおまけ程度で、そこまで重要ではないのだろうか……?
「お前のお目付け役は……アカツキ、お前に任せる」
「私ですか?ですが陛下の秘書の任は……」
「これは魔杖の奪還任務に含まれる、余のことなら一人でも大丈夫だ、案ずるな」
「……御意に」
王とアカツキの短いやり取り、その会話を最後にして、謁見は終わった。
退室を命じられ、アカツキと並んで部屋を出る。
部屋を出た所で、全身の緊張が解け、力が抜けるのを感じる。
やはり嫌でも緊張していたのだろう、慣れない敬語で顎も疲れた。
「いやー疲れたな……」
「してやられました……まさか陛下に直談判するとは……」
「あぁ、陛下の命ならお前も逆らえないだろうと思ってな、着いてきて正解だ」
「連れてきて失敗でしたね、全く……」
アカツキは部屋から出ると、俺の方を睨み付けながら呆れたように頭を抱える。
その姿はクロセルが居た頃のいつもの俺のようで、少しだけ同情を覚えた。
「まぁ、許可が出なければ無理矢理に此処から逃げ出してたから結果は同じだ、穏便な方が良いだろ?」
「陛下との約束通り、私の言うことには従って貰いますからね?もし下手な真似をしたら……」
「牢獄行き、と言われても別に驚かないな、大丈夫、やることはやるし、大人しくしてるさ」
「破天荒な方ですね……まぁしっかり言うことに従って貰えるならそれで良いんですが……」
「取り敢えず準備が出来たら呼んでくれ、それまでは……」
「私の部屋を使ってくれて構いませんよ、執務室の場所は分かりますよね、その隣が私の寝室です」
「おう、それは助かる、だが王都の宿を使わせないってことは……」
「相変わらず察しだけは良いですね、貴方は王城から出ないように、準備に数日掛かると思うので、その間は私が面倒を見ます」
「城に缶詰かよ……俺は囚われのヒロインか」
「……貴方なら王城を見て回るだけでも楽しめると思いますけどね、何かと部屋の調度品や装飾に目が行ってましたし」
「物珍しいってだけで、暫くしたら飽きると思うけどな……まぁ大人しく待ってますよ」
そう告げると、何処を目指すでもなく徐に歩き出す。思えば時間感覚が狂っていたが、今は早朝だ。
王様を早起きさせてしまったと思うと、少し申し訳ない。普段から早起きなのかもしれないが。
「眠気は無いし……少し散歩するか」
「私はすることが山積みなので、これで失礼しますね、では」
そう淡白に言い放つと、そのまま城の奥へと歩いて行く。
暇だし追いかけても良いが、それでは邪魔になるだけだろう。大人しく城を巡ることにする。




