逃走
「落ち着け、方向感を失うな……」
入り組んだ森の中を、一心不乱に真っ直ぐ走る。
振り向く余裕など無いが、現在追われていることは確かだ。
殺気の籠もった怒号が飛んでくる。
飛んでくるのが声なら別に良い、飛び道具で無くて良かった。
「やっぱ森の中は動きにくい、こうしてると舗装された道の有り難さを感じるな」
そんな事をしみじみと思う。此処が街中であれば確実に逃げ切れていただろう。これでも逃げ足には自信がある。
だが慣れない森の中、それも夜間となると、やはり思うように進めない。
だが確実に追手との距離は取れている。破裂しそうになる心臓に無茶をさせながら、ただひたすら脚を動かす。
一体どれほど走っただろうか。
慣れない長距離走で、足の感覚が麻痺している。もし足を止めたら、もう一歩も動けそうにない。
「はぁはぁ、撒いたか……?」
息を切らし、よろよろと歩きながら、そのまま操り人形の糸が切れるようにガクンと力無く倒れ伏す。
この程度でへばるとは情け無い。もしもう少し力尽きるのが早ければ、奴等から逃げ切れなかっただろう。相変わらず運がいい。
「取り敢えず、夜が明けるのを待つか……下手に動けば見付かる可能性がある」
少し先に見える、木々の開けた場所まで這って進む。
喉が渇いた、空腹感も感じる。
しかし荷物は完全に奪われ、今手元にあるのは腕を縛っていたロープ程度。
ただ隠れているだけでは、やがて餓死する。余り残された時間はない。
限られた時間で、的確な行動を起こさねばならない。
考えろ、考えるんだ。二度とあの時のような失敗は繰り返さない。
俺とクロセルが助かる方法、可能性は必ずあるはずだ。
「くそっ……俺一人じゃ……」
ダメだ。どう考えても今俺に出来る事は無い。
このまま野垂れ死にする未来しか見えない。
俺に力があれば、仲間が居れば、結末は変わっていたのかもしれない。
無力にして孤独。俺は最弱の存在だ。
その時、唐突に殺気を感じた。
この気配は人間では無い、獲物を狙い低い唸り声をあげる……そう、魔物だ。
慌てて立ち上がろうとするが、足に力が入らない。無為に膝を付いたまま、悔しげに唇を噛む。
「第二の人生も此処までか……早い物だな……」
狼の魔物が二体。正面からにじり寄ってくる。
武器になるのはロープ程度、傷害は出来ない。
これは……詰んだか。
覚悟を決め、深呼吸すると……そのまま目を閉じた。
「グシャッ……」
鈍い音が響く。肉が潰れ、弾ける音。鮮血が迸り……噴き出る音。
しかし、何故か痛みはなかった。何故だ?俺は不思議に思い、ゆっくりと目を開けた。
「お前……は……」
「大丈夫ですか、ヤマトさん」
俺は生きていた。それどころか、俺を襲った二匹の狼は、腹から見事に真っ二つに切断され、完全に絶命していた。
これは偶然でも奇跡でもなんでもない、第三者の干渉があったのは確かだ。重い頭を上げ、辺りを見渡せば……
「アカツキ……だったか、何故お前が此処に」
「"また来る"と言いましたよね、貴方を助けに来ました、ヤマトさん」
そこに居たのは、片手を狼の方にかざし、此方へと笑顔を向けてくる、俺と同じ黒髪に黄色い肌をした女性。
以前アカツキと名乗り、件の竜の召喚に関して俺達の関与を調べてきた人物だ。
「訳が分からないが……助かった、でも何故俺の場所が分かったんだ?」
「直感です、ヤマトさんも運が良いですね」
さらりと受け答えしながら、俺の方へと歩いて来る。
直感で俺の位置を探り当てるとは、クロセルとはまた別の方面で、恐ろしい女だ。
「クロセルさんと一緒では?」
「今更隠しても無駄だろうがクロだ、あいつの正体を悟られると……まぁこんな事になるからな」
「時既に遅しでしたか……困りましたね、私の任務は貴方と彼女の保護です、何処に連れ去られたか分からないんですか?」
「分からない、俺とは別の所に連れてかれたみたいだ」
「貴方は……命からがら逃げて来たといったところですか」
「ご名答だな、流石は分析の才能だ」
「それが分かると言うことは貴方も分析の才能を持っているんですか?」
「さぁな、お前なら言わずとも分かるだろう」
どうも分析の才能持ちは相手し辛い。幸い、彼女の分析はクロセルほどの才能指数では無いのだろう。
彼女は初対面の際に一目で俺の才能を見破っていた。それに比べてこの女は俺の才能を断定できてはいない。それが根拠だ。
「取り敢えず、俺の分かっていることを教える、お前が本当に俺達の味方か判別する術は無いが、それでも今はお前に頼るしか無いからな」
「そういうことは心の中で言う物ですよ?面と向かって信用出来ないと言われると、そこそこ傷付きます」
「知らねぇよ、良いから黙って聞いてろ、良いか?」
そして俺は今までの経緯を包み隠さず話した。
冒険者に逆恨みで襲撃を受けたこと。
それが理由で村を出ることにしたこと。
馬車で眠っていて気が付いたら捕まっていたこと。
クロセルは封能薬とやらを飲まされ何処かに移されたこと。
相手の主犯格は恐らく女性であること。
「とまぁこんな物だ、俺はクロセルを助けたい、知恵を貸せ、どうすればいい」
「助けて貰ったのに命令口調ですか……仕方ないですね、動機は一致しますしクロセルさんの救出に協力します、が……代わりに貴方の身柄はフォンベルク王国の保護下に置かせて貰います。それが此方の条件です。」
「つまり、俺はクロセルが助かるまで大人しく待ってろと?」
「そういう事になりますね、貴方に死なれると困るので」
「断ると言ったら?」
「残念ですが、貴方を拘束して王都に連れ帰ることになります」
難しい話になった。
いや、別に難しくはない。確かに俺が国の保護下で大人しくしていれば良いだけの話だ。
だがこの話には意図的に隠された幾つかの点がある。まずはそれを明確にしておかねばならない。
「お前の目的は分かった、じゃあお前の国の目的は何だ?俺とクロセルを保護してどうするつもりだ?」
「分からないんですか?クロセルさんのあの力は使い方を誤れば国一つ簡単に滅ぼせる恐ろしい力です。その力が悪い人間に渡らないように、国の保護下に置くのが私達の目的です」
「つまり逆に言えば、今回の一件はクロセルの力を悪用しようとする組織の犯行だと考えられる訳だな」
「そうですね、そうなります」
「じゃあ次の質問だ、クロセルの保護は分かるが、何故俺を保護する必要がある?俺は魔術師でも無い只の一般人だろう?」
「貴方は何も知らないんですね……その理由は言えません、黙秘します」
「そうか」
そう、明らかな違和感はこれだ。俺を保護する理由。
そこに何らかの思惑、裏があるように思える。
「はぁ……分かった、国の保護下に置かれることを許可する。クロセルの救出も国に任せる」
「賢明な判断に感謝します、では早速王都に向かいましょうか、手を握って下さい」
生前の俺は、誰も頼らず……事を一人で解決しようとして失敗した。
熱り立つ心と身体を理性で鎮める。反省するんだ、俺。
俺は無才、無力であるのだから。見栄を張らず誰かを頼るんだ。
覚悟を決め、言われた通りに手を伸ばし、彼女の手を握る。
「魔術回路構築……詠唱……
ラ・トゥーム・タルス・エネギナム・ティロ
――転移魔術……帰還」
詠唱と共に俺と彼女の足元に白い光で描かれた魔法陣が広がる。この女も魔術を使えるのか。
やがて、足元に広がっていく光は徐々に勢いを増していき、やがて眼の前は真っ白になった。




