監禁
俺は何時ぞやの如く、言いようもない圧迫感を覚え、目を覚ます。
寝覚めは最悪、視界が上手く定まらず、頭もズキズキと痛む。
記憶の糸を辿れば、確か馬車の上で眠ってしまったのだ。あれから何時間経っただろうか、辺りは真っ暗であることから既に夜であると推察出来る。
「いや、これは……」
幾ら何でも暗すぎる。明らかに不自然だ。慌てて寝惚けた頭を目覚めさせ、立ち上がろうと体を動かすが……
「なるほどな……そういうことか」
腕が後ろ手に縛られていた。そして俺は何かの中に居る。動かせる関節を軽く動かしてみれば、布が擦れるような音。
これは、麻袋に詰められていると言ったところか。そして次の問題、そもそも俺は何故袋詰めにされて転がされているのか。
可能性その一。積荷狙いか或いは人身狙いか、馬車が何らかの襲撃を受け、俺達は全員捕まったという説。
可能性その二。商人が俺達を嵌め、誰かに売り渡したという説。
「口が自由ってことは、取り敢えず声を出しても無駄ってことだろうな」
視界は確保出来ないが、すぐ近くに人の気配は無い。
クロセルはどうしただろうか?
彼女のことだからこの程度の拘束、難無く抜けて脱出出来るだろう。
であれば、俺とは別の場所に連れて行かれたと考えるのが妥当か。
奴を信じるならば、必ず俺を助ける為に探し回っているはずだ。
彼女の分析の才能があれば救出が来るのも時間の問題だろう。
「それまで待ってても良いが……何か癪だな」
こんな真似をされて、大人しく待ってられる性格ではない。
クロセルが派手な真似をすれば、今回の主犯は確実にその身を隠す。
そうならない為には、俺が内部から主犯を見付け出して一泡吹かせる必要がある。
「さて、まずは拘束を解かないとな……」
施されている拘束は腕の縄と麻袋。袋は腕が自由になれば強引に突き破れそうだ。
となると、問題は腕の拘束となる。どうやって解こうかと少し思案した後、俺は行動を起こした。
両手の指先を突き合わせ、そのまま己の爪の中へもう片方の手の爪を差し入れる。
「ビンゴ、ちょろい物だな」
自傷行為に見えざる力が働き、両手が相反する方向へと弾かれる。それと同時に、ブチブチッ……と音を立てながら縄が切れる。
上手く言ったことに思わずニヤリと悪い笑みが浮かぶ。ハンデである才能も見方を変えれば強力な異能だ。
残念なことに、使い勝手は非常に悪いが。
麻袋を破き、ゆっくりと立ち上がる。どうやら見張りの類は居ないようだ。本当に舐めた真似をする。
改めて周囲を確認すると、どうやら此処は倉庫のような場所らしい。
周囲にはコンテナのような箱が転がっており、いずれも中には見たこともない草や果実が入っている。
床と壁は石造りで、声を上げても問題ないことから、人里離れた場所か地下のような場所に居ると推察出来る。
「さーて……見付かる前にさっさと動くか」
カモフラージュに麻袋に草花を詰め、穴の空いた方を下にして転がしておく。
近付いて確認されれば確実にバレるが、何もしないよりはましだろう。
丁寧に気配を探りながら、部屋を出る。そこにはこれまた石造りの廊下が広がっていた。
左奥には扉、右奥には階段が見える。上への階段ということは、此処は地下で間違いないだろう。
選ぶ道は勿論……左だ。
勿論、脱出するだけなら簡単だ。恐らくこのまま右に行き階段を上がれば、地上に出られるだろう。
後はそのまま身を隠していればクロセルが助けに来てくれるはずだ。
だが、今回の目的は脱出ではない。俺をこんな場所に監禁した黒幕を暴き、報復すること。
だから、俺はこの施設の先に進むと決めた。
リスクは重々承知だ、だがそれ以上に、不埒な輩を放っておくことは俺の信条に反する。
というのも格好付けているだけ、単に俺を舐め腐った真似をした輩を許せないだけだ。
俺は左の道を進み、辿り着いた部屋への扉の前で立ち止まる。
まずは扉にぴったりとくっつき……その先の気配を探る。
耳を澄ませろ、人が居るならその息吹が聞こえる筈だ。
「………」
「言われた通りに。魔術師の方は念の為に封能薬を飲ませて既に移送しました、男の方はどうします?」
「―…――……、――……―……」
「分かりました、それぐらいなら簡単な仕事だ、へへっ……報酬は期待してますよ」
「………――…」
「えぇ、それにしても王国の輩に先を越されなくて良かったですね」
「流石は姉さんの作戦だ、今の所は万事上手く行ってます」
肝心の所が聞き取れない。少なくとも中には三人以上。内一人は雇い主であり、指示を出せる立場ということだ。
そして、なんとも嫌な予感がする。封能薬とは一体何だ……?文字通りの意味ならば、恐らくそういうことだろう。
まずいことになった。このままでは助けは見込めないかもしれない。それどころか、救出の必要が出てくる可能性が高い。
それに王国、フォンベルク王国の事だろう。そちらにも俺達は狙われていると考えられる。
いや、"俺達"ではないか。奴らの狙いはクロセルだ、早くしなければ手遅れになる。
焦りが全身を蝕み、思わず姿勢を崩してしまう。そこで、眼の前の扉を蹴ってしまった。まずい。
「……!」
「そこに居るのは誰だ!まさか……縄を抜け出したのか!?」
「追っ――ださい、奴は――です、必ず――めなさい」
此処で初めて指示を出していた人物の声を聞き取れた。女性……だろうか?声色が中性的で判別が付けられない。
取り敢えず逃げなければ。俺は俺が思っていたより、ずっと大きな事に巻き込まれているらしい。
階段の方へと走り出す。間も無く後ろの扉が開け放たれ、数名の男が武器を携え此方を追ってくる。
戦闘を仕掛けても良いが、流石にこの狭い廊下で奴らを相手取るのは難しい。
「くそっ……金で雇われた雑魚が!」
階段を駆け上がった所で、置いてあった木箱を階段の下へと転がす。
ドミノ倒しに転げ落ちていく男を一瞥すると、そのまま全速力で出口へと向かった。
僅かだがこれで時間は稼げるだろう。
「此処は何処だよ……このまま逃げても遭難だぞ……」
外に出ると、目の前には一面の森が広がっていた。
念の為と振り向けば、そこにあった建物は風車小屋のようで、その地下に俺は監禁されていたのだろう。
時間がない。後先など考えてられるか。
冷静さを失い、焦燥感に包まれたまま、俺は闇雲に森へと走り出した。




