旅立ち
「よし、こんなもんか。忘れ物は無いな?クロ」
「そもそも我は持ち物が無い、案ずる必要はないぞ」
「あー……そう言えばそうだったな、何か欲しい物があれば言えよ、今ある有り金の殆どはお前が稼いだ物なんだから」
そう言う俺も荷物らしい荷物は持っていない。
金を入れた袋と替えの衣服や携帯食料を詰めた小さな鞄一つ。それを肩に携えたまま、商人の馬車の荷物の山へと乗り込む。
ついでにステラから餞別と貰った酔い止めの薬を飲んでおく。薬と聞いて少し臆していたが、思っていたより甘い。砂糖に砂糖を加えたシロップのような感じ。正直これはこれで甘すぎて苦手だ。
それに続いてクロセルも荷台に乗ろうとするが、身長が足りないのか少し迷ったように右往左往する。
手が焼ける……と思いつつも、溜息を吐きながら片手を差し出して、クロの身体を一気に引き上げた。
「おぉ、助かったご主人」
「もう少し大きな身体を用意出来なかったのかよ……それじゃ不便だろ」
「見た目を自由に弄れる訳ではないのだ……我の記憶にある自身の姿にしか姿を変えられない」
「……お前いつから杖になったんだよ」
「大凡100の時だな、魔王になってから成長が止まっている故に……これ以上若くなることは出来ても大きくなることは……」
「それ以上幼くなったら流石に俺も相手に困るからもうそれで良い……期待して損したな」
しかし、今の姿でも十分に幼過ぎる。もう少し成長していれば何かと楽しめたのだが、残念だ。
必要ないと思いつつも、クロセルに先程と同じ薬を渡しておく。丁度二人分貰ったのだから使わなければ勿体無いだろう。
「んじゃ、出発と行こうか、待たせたなおっさん」
「あはは……お二人とも仲が良いようで、では出発しますね」
商人のおっさんが温かい目で此方を確認すると、やがてゆっくりと馬車は走り出す。
王都とやら、この村より大きな都市であることは間違いない。これから出向くであろう未知の世界に対して好奇心が疼く。
言ってしまえばワクワクしている。心地よい蹄と車輪の音を聴き、馬車に揺られながら、俺は改めて空を見上げた。
生前の俺の世界は狭かった。言うなれば井の中の蛙、その狭い世界で俺は全知全能の存在。敵なんて居ないと思っていた。
だが実際は、俺の見ている世界はずっと狭くて。広い世界では俺の存在なんてちっぽけな物だと思い知らされた。
「世界は広いな、クロ」
「突然どうした、ご主人らしくないな」
「らしくないってなんだよ……俺だってこれぐらい考えることもあるさ」
何故か驚いたような顔をしているクロセルに、苛立ちを覚え拳を飛ばす。弾かれる。
「直ぐ手が出るのはご主人の悪い癖だぞ~?もう少し忍耐って物を……」
「説教を垂れるな、当たらないと分かってるからやってるんだ」
勝ち誇ったように笑うクロセルを睨み付ける。だが彼女の言うことは最もなことだ。
今でも俺は怒りっぽくて直ぐに手が出る。弱い者を虐げ強い者に媚びる最低な人間だ。
「ま、だからと言って直すつもりなんて無いけどな」
神の思う通りに真っ直ぐ生きることすら、天の邪鬼な俺は従いたくないと感じる。
命を救って貰った感謝はするが、俺は神に祈ることも助けを乞うことも無いだろう。
「本当はお前を頼るのも不本意なんだがな……」
「我はもっと頼って欲しいと思ってるぞ、ご主人に尽くしたいと考えている」
「全く……お前の忠誠心は何処から湧いてくるんだか、俺なんかに仕えて楽しいのか?」
「あぁ!楽しいとも!我は存分に楽しんでいるぞ、ふはははは!」
高らかにそう宣言し、笑い声を上げるクロセルの姿を見て、呆れたような態度を取りつつも、内心は少しだけ嬉しかったりする。
一体何を思って俺に付き従っているのか、真意は見えないが……この笑顔が嘘だとは思いたくない。
俺はこいつを信じると決めたのだから、今更考えるまでもないか。
そんなこんなで、暫く馬車に揺られていると、自然と眠気が襲ってくる。
娯楽も何もない旅路で、楽しめることと言ったらクロセルを弄ることぐらいだ。
そんで肝心のクロセルも……
「すぅ………」
俺の膝に頭を乗せながら、すやすやと寝息を立てるクロセル。
睡眠は必要ないと聞いたが、やはり眠気は人並みにあるのだろうか、寝顔を見ていると何故か苛々してくる。
「はー……代わり映えしない風景ばっか見てても何も面白くねぇ、俺も寝るぞ」
誰に言うでもなくそう一人呟くと、積荷に背を預け、そのまま目を閉じる。
思っていた以上に眠気が回っていたらしい。数刻もしない内に、俺の意識はずぶりと水底へと沈んでいく。
そして俺は、後にこの瞬間を後悔することになる。




