闇の中で
私は闇の中に居た。
何も見えない。上も下も分からない。
朧気な意識で記憶を辿る。私は誰だ?
徐々に浮かんでくる記憶。断片的な光景の数々、私は……クロセルだ。
虚無の中で、私の思考だけがただ浮いている。気持ち悪い。
「………」
暗い、怖い。助けてと叫ぶが、声は出ない。
孤独、私は一人だ。此処には誰も居ない、私しか居ない。
淡々と過ぎる刻をただ数えるだけ。今は何年目だろう。
考えるのが億劫になり、思考を放棄する。でも眠れない、意識だけは覚醒したまま。
これは呪いだ、私の罪だ。裏切り者に与えられた相応の罰だ。
「………」
身体が恋しい。大声で叫び散らし、気持ちを吐き出したい。誰かにこの思いを伝えたい。
そんな人間らしい考えだけが虚しく思考を支配する。私は魔王だというのに。
そんな時だった。
闇が揺さぶられる。世界が歪む。
――私を取り囲む牢獄が壊れていく。
周囲の空間が明るく輝く。懐かしい風景、光景。
明るい光と鮮やかな色彩を全身に浴び、思わず眩しいと感じた。
長い解放された。その事実に身震いする。
しかし、私の身体は無かった。当然である、私は彼の王の悲願を達成する為、その力と肉体を捨てたのだから。
今の私は魔杖クロセル。分類では魔族に該当する、命の宿った杖。
今感じている世界は杖として感じている世界。見ている世界。
私の唯一の取り柄である魔術を活かすには、この姿に魂を封じ込めるのが一番合理的であった。
「汝、我を封印より解き放つ者、我は魔杖"クロセル"古代に於いて最強の杖だ」
私を監獄から解き放った恩人、解放者にそう告げる。
――が、そこには誰も居なかった。
ゴトン……と重力に従い私の身体は地に横たわる。その瞬間、私の世界は再び闇に覆われる。
差し伸べられた救済の手は今や消え失せ、夢見た光景が夢に過ぎなかったと自覚する。
全身を絶望が蝕む。どうして私がこんな目に合わねばならないのか、何が義理だ、何が約束だ、私に自由はないのか。
そんな憤りを覚えながら、存在しない手脚を伸ばし、もがく。ただもがく。闇の海から逃れようと、きっと何処かにある光を求めて。
違う、こんな記憶は存在しない。
――そう……これは、悪い夢だ。
「っ……」
朧気な意識が覚醒する。感覚が戻ってくる。
目を開け、身体を起こせば、時はまだ深夜のようで、辺りは真っ暗であった。
悪夢が覚めたと分かると、どっと安堵が全身を包む。
隣を見れば、普段は厳つい表情で何に対しても睨みを効かせている彼が、無防備な表情を晒し優しい寝息を立てている。
そんなことに特別感を覚える。少しだけ楽しい。
私は悪戯が好きだ。魔王としての悪魔的な一面でもあるが、こればかりはそれ以前から変わらない私の性格である。
明日は一体どんなことをして困らせてやろうか、そんなことを考えながら、私は再び横になる。
失敗して怒鳴られるのも呆れられるのも心地よい。
どんな無理難題な注文だろうと私は"完璧に出来てしまう"。
自惚れてるかもしれないが、それほどまでに私は自分の才能に自信があった。
「でも……」
今回は慢心が過ぎた。別行動の命令にリスクのあることぐらい分かっていたはずなのに。
私は悪戯心で彼を危険に晒してしまった。彼は強い男だ、ある程度の苦難であれば難なく超えてしまう。
それは上に立つ者の器、私が仕えるに値する"彼の王"と同じ器を持つ男だ。
私は同じ過ちを繰り返すことになるのか?否、そんなのお断りだ。
私は二度と主人を失う訳にはいかない。
己の欲を抑えて命令を完璧にこなすんだ、そうすれば大丈夫。本気の私に失敗はない。
「ご主人、私は貴方を必ず守るよ」
眠っている横顔にそう小さく告げると……私は再び意識をゆっくりと手放す。
大丈夫、今度は悪い夢なんて見ない。
私は孤独じゃない。仕えるべき相手が、大切な存在が、確かにここにあるのだから。




