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外伝 クロセル神様大作戦Ⅴ

 落ちていく。墜ちていく。

 天気は快晴、雲一つない空の上。

 小さな体躯が流星のように曳光を描きながら、墜落していく。


 あぁ、受け身を取らなければ。緩衝水球……いや、その程度の初歩的な魔法すら使えないほどに、今の私の身体は空っぽだった。


「よっ、と……」


 優しく、優しく、私の身体が小さな両腕で受け止められる。小さく顔を上げてみると、そこには勝ち誇った表情で笑っているヤマトの顔があった。


「な、何とかなっただろ?」


「竜は……」


「ちゃんと倒しただろ、お前が救ったんだ、お前は英雄だよ、クロセル」


 ヤマトに支えられながら、ゆっくりと、地面に足をつく。

 小さく手のひらを見てみると、既に身体は半透明になりつつあった。顕界できる時間も残り僅かだろう。


「あぁ、でも……」


 使ってしまった。暴虐の魔法を、滅びの一撃を。

 力という名の恐怖の塊を。

 きっと、私の神様としてのメッキはとうに剥がれ落ちているだろう。救えてよかった、けれど……


「おい、泣くなよクロセル、神の凱旋だ、堂々としないと」


「え……?」


 ヤマトが私の両脇を抱えて、背筋を伸ばさせる。その時、私は初めて視界に民衆の姿を捉えた。

 あの一部始終を目撃したであろう、教国の民衆は……湧き上がっていた。


「神の遣いだ……聖なる竜が邪竜を倒したぞ!」


「すごい……勇者も凄かったが、これが神の力……!」


「あぁ、神様……ありがとうございます……やはり神様は私たちを見捨ててなんていなかった……!」


 聖教会も統率が出来ないほどに、民衆の歓喜の渦が、私の下へと押し寄せる。

 それは悪意だとか、恐怖だとか、そういうものではないのは分かる。だからきっとこの感情は、私を責めるものではなくて……


「神様、近くで見るとめっちゃ可愛いな……」


「おいお前、恐れ多いぞ! 神様は神聖な存在なんだ!」


「神様万歳!」


「神様万歳!!!」


 感謝。感涙。歓喜の嵐が、私の心を揺さぶる。

 ど、どうしたら良いのだろう、こういう時って神様は……と、取り敢えず……


「こ、これが神の力である! ふはははは! 我の勝利だ!」


 手を振り上げてガッツポーズしておいた。あ……でも口調が戻ってる。まずい……?


「うおおおおおおおおお!!!!」


 小さなミスすら気にならないとばかりに、大きな歓声が私を包む。

 私の帰還を知った福音使徒達と教皇が、慌ててこちらへ走ってくる。遠目に見えるだけでも教皇の顔が険しい、やっぱり怒られそう。


 そんなこんなで、私が半ば混乱状態で、目を回している間に、気付けば福音使徒に囲まれて舞台まで運ばれていた。

 結論から言ってしまえば、その後、無事に式典は再開され、つつがなく無事終了したのであった。


 ――もう、胸は痛くない。







「ここにいましたか、カナデさん」


「あぁ、アカツキ、お疲れ様」


 式典会場から少し離れた、見晴らしの良い家屋のベランダ。そこの手すりにカナデは腰掛けていた。


「死傷者は0名、『殺人10』の変異種の災害をこの結果で退けたのは、まさに神の奇跡ですね」


「……あ、もしかしてバレてる?」


 カナデが悪戯っぽく小さく笑う。やはり、そうなのだろう。


「『何回』やり直しました?」


「数えてないよ、ヤマト様とクロセルが竜を倒せる可能性を引き当てるのも勿論だけど……あの勇者が消し炭にならない可能性を引き当てるのも骨が折れたよ」


「『殺人10』……才能指数10の力に抗えるのは、同じ才能指数10の力か、ディザビリティだけ」


「私が『才能指数10の時空間操作でやり直した』という事実が……奇跡を引き起こすトリガーになったんだろうね、言ってしまえばあの変異種の才能を私の才能で中和したお陰で、勇者ニコラスは奇跡を起こせたとも言える」


「本当に……いつもありがとうございます、カナデさん」


「良いよ良いよ、だってこの方がさ……」


 カナデは、ベランダの手すりからぴょんと飛び降りて、くるりと旋回しながら大きく手を広げる。

 そして、まるで、全てを手に入れたかのような。満面の笑みで叫ぶ。


「――誰もが笑える最高のハッピーエンドでしょ!?」







「だ、誰かたすけ……」


「動くな! 動いたらこいつを殺す!」


 教国にある小さな街の出来事。

 小さな少女の首元に剣の刃を突き付ける男がいた。

 周囲には福音使徒が構えているが、人質を取られていては近付くことは難しい。

 どこにでもある、ありきたりな事件の1ページ。


 そこに、冷たい詠唱が響き渡る。


「――属性魔術……水弾(ウォーターボール)(マシンガン)


 不可視、不可避の水の弾丸が、無数に犯人の男を襲う。

 精密に狙い澄まされたその弾丸は、男の剣の柄に嵐のように襲い掛かり、バチンと弾け飛ぶように剣が遥か彼方へと転がっていく。


「いってぇ……だ、誰だ!?」


 男は辺りを見渡す。福音使徒の攻撃ではない、今のは頭上からの攻撃だ。

 見上げる。空は夜空だった。輝く星と、美しい月。

 そして、その輝きに並び立ち、宙に浮かぶ。一人の少女の姿があった。


「我は神である! 不遜なる強盗犯よ! 少女を離すのだ!」


「な……神!?」


 男は焦る。こんな辺境の街に、神が来ているなど聞いていない。

 いや、違う……既に男が事を荒立ててから数時間は経過している、神であれば、それだけの時間でもここに駆け付けることが出来るのだろう。

 万事休す、己の死を悟り、男は自暴自棄になる。


「クソっ……もういい、約束通りこいつを殺すッ!」


 男は、掴んでいた少女の首を締め上げようと、腕を伸ばす。

 そこに、夜闇に紛れて忍び寄る一人の影が疾走する。


 ――カチャッ


「はい、逮捕」


 やけに目付きの悪い白髪の少年が、手錠をかけ、足払いで優しく男を転ばせる。

 福音使徒の制服、だが……近付いてきた気配など微塵も感じ取れなかった。何者なんだ……こいつは。

 混乱しながら、もがいて叫び散らす男を尻目に、福音使徒の少年……ヤマトは、頭上を優雅に浮遊している神……クロセルに合図を送る。


「お疲れさん」


「うむ、見事な手腕だったぞ」


 クロセルが神様になってはや数ヶ月。優雅で可憐な、誰もが思い描く神のイメージよりも、憎らしくも可愛らしい魔王様口調の方が民衆のウケが良いということで、平常運転に戻ったクロセルであった。


「俺を……殺すのか!? はは、神が人を殺すのか!? やってみろよ! 殺神!」


「なんかちょっとだけ上手いこと言おうとしてるのがムカつくな……」


 ジト目で男を睨みつけるヤマトに対して、クロセルはと言えば、その挑発にノリノリで乗っかろうとしていた。


「ふふふ、良いだろう、神の名の下に……ここで貴様を処刑する!」


「なっ――」


魔術回路改竄(カスタマイズ)……略式詠唱展開(ファストキャスト)

 ――属性魔術……水弾(ウォーターボール)(マシンガン)!」


 クロセルの手のひらが、男の頭に翳される。

 放たれるは無数の水の弾丸を放つ魔法。これだけ至近距離で放てば、人間の頭などスイカのように木っ端微塵になるだろう。

 しかし……


 ――ばしばしばしばしばし


「なんてな……我は神だ、民を救うことはあれど、民を傷付けることはないのだ」


 無数の水弾は、まるで男を避けるように、寸前で見えないなにかに弾かれ、ただの水飛沫になっていく。

 ただ手加減した、というわけでもなさそうだ。魔法の寸止めなど、聞いたこともない。

 混乱する男の首根っこを掴んで、ヤマトが引きずっていく。そして、福音使徒に犯人を引き渡す。


「ったく、ビビらせやがって……」


「面白いな! ご主人のディザビリティというやつは!」


 クロセルが笑いながら水弾をぺちぺちヤマトにも放つ。もちろん当たることはない。

 そう、赤い竜を倒すためにヤマトの『傷害0』の力をクロセルが使ったあの時から、クロセルもヤマトのディザビリティの影響を受けるようになったのだ。

 つまり、クロセルもヤマトと同じように、誰も傷付けられなくなったことになる。


「……の割に悲壮感が無いんだよな」


「何を言っている、傷付けずに済むのならばそれに越したことはないだろう」


「……確かにな」


 ヤマトは小さく微笑む。クロセルはそういう奴なのだ。本当は誰も傷付けたくない。とても優しい魔王様。

 だからきっと、これで良かったのだと。


「それに……これはご主人の所有物になった証明みたいなものだし……」


「なんか言ったか?」


「なにも!?」


 少しだけ頬を染めながら、小さな声でクロセルが呟いた言葉は、当然のようにヤマトには届かない。

 そして、そんな間の悪さに追い打ちを掛けるように、ヤマトのポケットに入っている小さな手帳が光を放ちながら震え始める。


「っと、イヴェンから連絡だ、次の案件は……隣街……の隣街だな、いけるか? 神様?」


「無論! ご主人こそバテてないだろうな?」


「従者より先に、主人が膝をつくわけには行かないだろ?」


「あぁ、そうだったな。では、行くぞ!」


 一人の少年と、一人の少女が、笑い合いながら、夜闇に消えていく。

 二人は"誰かを傷付ける"ことなく。そして"誰も傷付けさせない"ために戦う。


 だからきっとこの先に続いていくのは。

 ――最弱無才の二人の物語。




 外伝 クロセル神様大作戦 END

クロセル神様大作戦、これにて終了になります。

ヤマトとクロセルのイチャイチャエピソードでありながら、クロセルの過去の精算の物語。

少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです。


それでは、またいつか、何処かで。

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