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外伝 クロセル神様大作戦Ⅳ

「随分と大所帯ですね……」


 式典当日。関係者席には、魔杖クロセルに縁のある人物の顔が勢揃いしていた。

 アカツキ、カナデ、ゼノ、ティア、あとニコラスもちゃっかりいる。


「クロセルの晴れ舞台だからね、そりゃみんな気になるよ」


「教国は小さな国だと思ってたけれど、今日のお祭りは王国にも負けないほど盛大ね!」


「クロセルさんにはいつもお世話になってるからなぁ、いや結構イジメられてる気もするけど……」


「勇者が要らなくなったとしても、今まで神の護衛として頑張ってきたんだから、僕にも出番があっても良いはずなのに……しかも祝福の勇者だよ……?」


 楽しそうに談笑する仲間たちを遠くから眺めながら、私は気を引き締める。

 衣装よし、杖よし、言葉遣いよし、あとは心意気。よし!


「教皇、私はいつでも大丈夫です」


「分かりました、それでは始めましょうか」


 私の様子を見て、教皇は満足そうに頷くと、杖をコツコツとつきながら歩いていく。

 式典会場は下層で最も大きい教会の前の広場で行われる。広さは半径50mくらいの円形はありそうだ。そこに、教国の民たちが、足の踏み場もないほどに集まっている。

 そして、その注目は広場の中央に位置するステージ、ただ一点に集中していた。


「これより、教国建国◯◯周年記念式典を執り行います――」


 教皇の、粛々としたその一声で、神聖なる舞台が幕を開けた。

 聖教会のトップであり、この教国を統べる王の口から、なんだか難しそうな前口上が紡がれていく。

 内容を理解しようと頭を回そうとするが、どうも緊張で全く中身が入ってこない。落ち着け私、大丈夫。


「……そして、時代は新たなステップへ移ろうとしています。我らが神様は、ある時憂いたのです。自らの代わりになって戦う勇者たちを。愛する民の苦しみを、遠くから眺めることしか出来ない無力さを――」


 そうだ、そういうシナリオだった。だから神は自ら世に降り立って世界を救うことにした、という話だ。

 大丈夫、台本は頭に入ってる。小さく頬を叩いて最後の決意を胸に抱いて。私はコツコツとヒールを鳴らして舞台へと上がっていく。


「今日は新時代の幕開け、神と人が接近する、奇跡の日です、今ここに、神が降り立ちます――!」


 裏方に控えている福音使徒の魔法で、舞台の中央にスポットライトが当たる。やけに凝った演出だ。

 そこに、ゆっくりと、穏やかな足取りで、私は確かにそこに立つのだった。


「…………」


 顔を上げる、民衆の顔が、私の視界に入る。期待の眼差し、羨望の瞳、あぁ、胸は痛くない。ヤマトの言う通り、私だって誰かに愛される役が出来るのだと――


「皆様、はじめまして……いいえ、違いますね、私は皆様を天高くからずっと見守っていました、なので、ごきげんよう……私がこの世界の神、皆様を救うべくして降臨した、その映し身で御座います」


 ふわり、ゆるり、穏やかな口調で。優しく、優しく、言葉を紡いでいく。

 誰もが私の言葉に聞き入っている。そこに悪意はなく、ただ純粋で尊い信仰だけがあった。

 一度、安心してしまえば、もう怖いことなどない。あとは台本通り、長く、少しだけ説教臭い話をするだけ。


 時間が流れていく。穏やかな時間だった。意外と神様、やれてるじゃん、私。ちらりと後ろを振り向くと、ヤマトも嬉しそうに微笑んでいた。

 良かった、彼を悲しませずに済んで。


 そう思って。


 私は。


 空を見上げた。


 黒い影が。


 頭上を覆って。


 式典会場に、夜が訪れる。


「――神様ッッッ!!!!!!!」


 最初に飛び込んできたのは、教皇の叫びだった。

 あのお爺さん、こんなに大きな声出せるんだ、なんて驚いている間に。

 空から、赤い、赤い、赤い塊が……


 ――キィィィィィィィン……







「けほっ……ごほっ……な、何が起きたのですか……? 教皇……」


 世界が閃いた。輝きが全てを覆った。白く染まった世界が晴れる。

 視界に映る世界には。空を舞う砕け散る結界と、無数の炎塊、そして……


 ――赤き竜が、羽ばたいていた。


「民衆にすぐに避難指示を! 私の結界は一撃で破壊されました! 次はありませんよ!」


 追い打ちをかけるような教皇の叫びで、やっと私は我に返る。

 赤い竜。魔物? 教国に魔物はいないはずなのに……

 混乱する思考。右往左往と足取りがふらつく、どうすれば、私は神として、何を……


「落ち着け、クロセル」


 ぽん、と肩を優しく叩かれる。大好きなヤマトの声で、今度こそ私は正気に帰る。


「神がいなくなって加護が無くなった、それならこういうことも起こり得るだろ」


「……確かにその通りです、今すぐ排除しましょう、あれは明らかに……普通の魔物ではない」


 慣れない敬語で、辿々しく言葉を紡ぐ。竜という魔物自体は、特別珍しいわけではない。

 確かに多くの魔物の頂点に君臨する種族ではあるが、それでもあれほどのサイズ、あれほどの規模のブレスを吐ける生物ではない。


「変異種……か」


「だと思います、聖教会では荷が重そうですね……」


 変異種。『殺人』の才能を持った、人を屠るためだけの魔物。それが魔物の最強種である竜の姿で、私たちの頭上を飛んでいる。

 さっきのブレスも、教皇が結界で防がなければ、恐らくこの会場は火の海になっていたことだろう。

 悲鳴、怒号、人々の心が裂ける音が聞こえる。悲しい音、苦しい音、あぁ……これは何度も見た地獄の景色だ。私が生み出した地獄と同じだ。


「ヤマトさん! クロ……いえ、神様! 大丈夫ですか?」


 絶望が心を支配していく中、聞き慣れた声が私の頭をノックする。

 振り向くと、そこには観客席から駆け付けたアカツキやカナデ、ティアやニコラスがいた。


「狡猾だね……この国の人が一番集まる瞬間を狙って殺しに来るとか、ただ殺すことに限っては魔王より賢いんじゃないかな」


 そう言いながら、ゼノは拳銃にマガジンを装填する。


「わたしも戦うわ! 今の魔杖はあんまり魔法が使えないでしょ?」


「あ、あぁ……助かる、じゃなくて……助かります、ティア様」


 ティアが本を片手に構えて見せる。確かに、今の私は昔のように無限の魔力があるわけじゃない。世界で二番目の魔術師である彼女のサポートほど心強いものはない。


「私は観衆の避難を手伝ってくるね……じゃあみんな頑張って」


 そう言い残して、バチンと空間が弾ける音と共にカナデが消え失せる。自在に空間を移動できる彼女であれば、確かに観衆の避難も容易だろう。


「僕は……」


 勇者は、腰の剣に手を掛けて、そして黙り込む。そうだ、もうニコラスは祝福の勇者でもなんでもない、ただの一人の青年なのだ。無理に命を賭ける理由などない。


「時間がない、ティア、例の空を飛べる魔法を」


「分かったわ! 魔術回路改竄(カスタマイズ)……略式詠唱展開(ファストキャスト)

 ――属性魔術 風迅空歩(スカイウォーカー)!」


 ティアが詠唱を終えると同時に、浮遊感と共に私とヤマト、ティアとゼノの四人の身体が浮き上がる。

 足元には風が吹き荒れており、少し強く踏み込むだけで空中を足場にして歩行できる、これはそういう飛行魔法だ。


「凄いでしょ! 略式詠唱で使えるようになったのよ!」


「グオオオオオオオオ……」


「よし、サクッと竜退治と行こうぜ」


「そうですね、行きましょう、神として……民衆を守らねば」


 覚悟は決まった。私たち四人は頷き合うと、そのまま空中を蹴って竜の下へと駆けていく。

 赤き竜は、かなり上空にいるようで、空を駆けて近づけば近づくほどに、その異常な大きさが際立っていく。

 もしかしたら……教国の空に浮かぶ浮遊城、上層より大きいかもしれない。


「コオオオオオオオッ……」


「なんかあいつ唸ってないか……?」


「っ!? 違う、あれは……!」


 四人は駆ける。だが、竜まではまだ距離がある。どんな魔法も、銃器も、この距離では竜に有効打を与えられない。

 だが、そんな絶望的な距離で、竜は大きく空気を吸い込む動作を見せた。まずい……先ほどのブレスを吐くつもりだ。


 しかも、狙いは私たちじゃない。あの竜にとって私たちは眼中にない。あの竜の目的は、より多くの人間を殺すこと。

 ならば……狙うのは……


「っ! ダメッ!!!!」


 再び、死の閃光が、空を奔り。

 赤く、赤い、暴力が、民衆のもとへと降り注いだ。







 ずっと、考えていた。

 僕が戦う理由を。

 勇者だから? 祝福を与えられたから?

 本当に、そうだっただろうか?

 確かに、最初の動機はそうだったかもしれない。

 無価値な僕に、神様が戦う理由を与えてくれたから。だから僕は戦えた、正義をかざして悪に立ち向かった。

 だから、役割を失くした僕は戦えない。


 本当にそうか?


 地上に残った僕は、空を見上げ、叫ぶ。


「アカツキさん! 僕を43m北東に向けて飛ばして!」


「……ニコラスさん? いきなり何を……」


「見れば分かるでしょ、あの竜……ヤマト君たちのことなんて眼中にない、狙いは教国のみんなだ」


 落ち着いて竜の瞳を見据える。間違いない、あの竜の狙いは避難誘導を行っている福音使徒を纏めて薙ぎ払うこと。この距離から走っても、間に合わない。だから……


「死にに行くんですか!?」


「……僕は死なないよ、祝福の勇者だからね!」


 そう言って、いつものように頼りなく笑って見せる。上手く笑えてるかな。

 そして、アカツキさんは、少しだけ逡巡した後に、多分、僕の意図を汲んでくれた。


「勇者には凱旋もセットですからね」


「分かってる」


魔術回路改竄(カスタマイズ)……略式詠唱展開(ファストキャスト)

 空間魔術……空間接続(ゲート)ッ……!」


 バチン、と空間が弾けて。僕の視界が一瞬で切り替わる。

 周囲には福音使徒と、逃げ惑う民衆。その中央に立って、僕は腰の剣を抜き放つ。


「誰かを救うことに、大層な理由なんて要らない」


 竜がこちらを見据える。あぁ、僕だけを見ろ。僕を殺すつもりで放て。そうでもしないと相手に不足だ。

 空気が振動する、大気が震える、そして、閃光が放たれる。


 ――キィィィィィィィン!!!!!


「ニコラス流……」


 聖剣に魔力を込める。いや、これじゃ足りない。全てを消し去る邪竜の一撃を止めるために、支払う犠牲としては軽すぎる。


「ニコン式……」


 聖剣に命を流す。理屈としては分かってる。魔剣に代償が必要なのと同じように、器である聖剣にも込められるはずだ。満ちろ、満ちろ、満ちろ!


「最終奥義ッッッ!」


 聖剣が光を放つ。竜の赤き閃光を上回るほどに、煌々とした白い輝き。聖なる光が、剣から柱のように立ち上る。

 剣を振り上げ、渾身の力を込めて、放つ。


「ヒーローアタァァァァァックッッッッ!!!!!」


 目を見開く。視界は光で染まっている。赤い死閃と白い聖光。それを一太刀と共に重ね合わせる。

 剣が振り下ろせない、ありえない重みが、腕に掛かっている。

 骨が軋んでいる。肌が焼けていく。だが、もしこの腕を離したら、多くの命が奪われる。


 これは命を軽んじてきた僕に対する罰だ。命は一つしかない。

 ――だからこそ、賭ける価値がある。


 祝福で死ぬことのない僕よりも、今日の僕の方が……


「ずっと……強いッ!!!!」


 全身の鎧が剥がれていく、今日までありがとう。随分と無茶をさせたような気がする。

 もはやどこから湧いてくるのか分からない、なけなしの力を、全身全霊を込めて、この一撃を。


「うおおおおおおおおおおッ!!」


 そして、僕は……

 ――ただ一つの命で、無数の死を、斬ってみせた……







「あの光は……」


「……聖剣を振ったらビームが出るんだよ、そういうもんだ」


 とてつもない一撃だった。恐らく、私の持てるあらゆる火力を総動員しても、あれだけの出力は出せない。

 それを、ニコラスは、ただの人の身で防いでみせた。彼はもう、勇者でもなんでもないのに。


「時間稼ぎとしては上等だ、あいつにしてはやるじゃねぇか」


「ただ、もう一発撃たれたら今度こそ終わりだね……」


 地上の惨状を見ながら、ゼノが呟く。そして、深呼吸と共に拳銃を竜に向けて構える。


「……連れてきておいて悪いんだが、瀬野の拳銃じゃああの化け物にダメージは……」


「この拳銃は武器じゃないよ」


 不安そうに呟くヤマトに、珍しくゼノははっきりとした口調で言ってみせた。


「物質の位置の入れ替えは散々練習してきた、ここから走るよりもずっと早く、クロセルさんとヤマトを竜の下に届ける」


「……ゼノ、お前まさか」


 確かに違和感はあった。戦闘能力では、私たちの中で一番低いであろうゼノが、わざわざ空まで付いてきたことに。

 だが、ここに来て、その違和感は確信に変わる。

 ゼノは笑う。瞳を見開いて。絶対に外さないようにと狙い澄まして。


 ――パン! パァン!


 乾いた音と共に、拳銃弾が飛んでいく。人間の目では目視で捉えることの出来ないそれを、ゼノは時間操作の才能で確実に視認し、そして……


「さぁ! 行ってこい! 僕のヒーロー!」


 ――空間操作の才能で、弾丸の位置と、クロセルとヤマトの位置を入れ替えてみせた。 







「昔から、手品みたいなことばっかり器用な奴なんだよ……あいつはな……」


「それも、ご主人を笑わせたいからなのだろうな」


「あぁ、そうなんだろうな」


 もはや、神として取り繕う必要もないだろうと、普段の口調で呟く。

 そして、私とヤマトの二人は、竜の眼前に立っていた。

 ゼノの空間操作は完璧で、この距離であれば私のあらゆる魔法は適正射程、最大火力で放てる。


「クロセル、やれるか……?」


「あぁ、無論……たかがデカいだけの変異種ごとき、対魔力の才能でもなければ余裕で……」


 いつものように虚勢を張って格好つけながら、私は分析の才能を回す。

 この赤き竜の才能を開示する。念には念を入れるべきだ、そして適切な有効打を……


「…………」


「クロセル?」


「ぁ……あはは……ご主人、これはちょっとダメかもしれんぞ……」


 赤き竜、変異種であるならば必ず殺人の才能を持つ。殺人の才能とはかなり自由な解釈が取れる才能だ。『殺すため』のことであれば、あらゆる行動に才能のバフが掛かると思っていい。

 そして、この竜の『殺人』の才能指数は……


「10だ……『殺人10』の竜なのだ、こやつは……」


「……そうか」


 ヤマトは、淡々と呟く。才能指数10、これは1から9までの差とは話が違う。神の力による絶対的な力。今の私がどれほど小手先の技術を講じても、神の力には……抗えない。


「……やはり、私は神の器ではなかったのかもしれんな……」


 乾いた笑いが思わず浮かぶ。結局、誰も救えない。救いたい人すら、守りたい人すら、守れない。

 あれほど私に希望を寄せてくれた人々の、期待にすら応えられないのだ。

 あぁ、なんでだろう。悔しいなぁ……口元は笑っているのに、どうしても涙が止まらない。


「――クロセル」


「ご主人……?」


「お前は俺のモノだ、つまり……お前の願いも俺のモノだ……!」


 ヤマトは、まるで自分に言い聞かせるように、強い口調で吐き散らす。

 何か、あるのだろうか……この、どうしようもない逆境を覆す一手が……


「……これは賭けだが、なんでだろうな、お前と一緒なら上手くいくような気がしてる」


 そして、ヤマトは優しく笑う。こんなに優しい笑顔ができる人だったのかと、私はまたあなたを好きになる。

 自然と差し出された手首に、私は引き寄せられるように口づけをする。温かい血液が、私の喉を潤していく。


「――神が民を救うのは義務だ、必ず果たさねばならないことだ……」


 それは、祈りか、詠唱か。

 強く、強く、魂の底に刻み付けるように。呪いの言葉は紡がれる。

 ごくん、私が喉を鳴らすのと、ヤマトが竜に向けて勝利を宣言するのは、同時だった。


「故に、お前を倒せないという事実は、俺が、俺達が……民を傷付けるという……『傷害』に該当する――!」


 ドクン、全身に激動が駆け巡る。膨大な力、膨大な感情。それは血液を接種したからという理由だけで片付けるには、あまりにも大きすぎて。


「俺達は……民を『傷付けない』ために……お前を止める……!」


 傷害の才能。才能指数0の力。ディザビリティ、無能の烙印。

 その天邪鬼な神の力が、今……私の身体を満たしている。


「さぁ、やっちまえ……クロセル!」


「魔術全書第七十八章四十五節、召異魔術……

 魔術回路改竄(カスタマイズ)……略式詠唱展開(ファストキャスト)……」


 それは遠い過去に、私を呪い続けた魔法。

 けれど、同時に、あなたの前で初めて使った、出会いの魔法。

 右手を振り上げる。開いた手のひらの先に、眼の前の赤い竜よりも、ずっと、ずっと巨大な、魔法陣が展開される。


 そして、全ての力を魔力に代えて。始まりの一撃を。終わりの一撃を。私は放つ。


「――召異魔術……神竜召喚(バハムート)ッッッ!!!!!」




 ――そして、世界は再び閃光に染まった。

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