大切だったはずのもの
「ルツ、いやクロセル、君は僕に剣を向けるのか?」
「私にとっては貴方は主であり、その身体はマスターだ、でも私のご主人はただ一人だけ、ヤマトだけなんだ……」
「どういう事だ?君は神と何の関係も無い筈だ」
「私もよく分からない、でもこの気持ちは間違いじゃないって分かる、この思いだけは絶対に失っちゃダメなんだ」
「そうか……」
分からない。分からないんだ。
私はあの男の事を知らない。何も知らないのに。
頭じゃなくて、心臓が叫んでるんだ。彼が私の一番大切な人だって。
「トドメだ、ヤマト君」
「させない……!」
ハーゲンティが地面に膝をついたヤマトに片手を向ける。
あの力は時空間操作による空間断裂。発動までの時間は3秒。発動範囲は手を向けた方向に50m。
マスターの力なのだから熟知していて当然だ。
つまり、手を切り落とせば力は使えない。
私の魔術で後から治せるのだ、躊躇う必要はない。
高速の踏み込みからハーゲンティの腕目掛けて氷の剣を斬り上げる。
「おっと……」
刹那、ハーゲンティの姿が掻き消える。
恐らくは空間転移。位置は……分かる。
マスターとの契約による魔力の糸が場所を示してくれる。
私は素早く身を翻すと、転移先に立っていたハーゲンティに向かっていく。
「埒が明かないね、だがクロセル、君は一つ大事な事を忘れている」
「何のことだ!」
「君の魔力は、僕が供給している物だという事だ」
ハーゲンティはそう呟き、ニヤリと笑う。
その瞬間、ぷつっ……と何かが切れるような感覚が全身に走った。
すると、突然身体に鉛が付いたかのように動作が重くなる。これは……まさか……
「魔力の供給を断った。君は燃費の悪い魔剣だからね、僕が与えていた無尽の魔力無しではその力を発揮できないだろう」
「くっ……」
私は咄嗟に強化魔術のランクを落とす。
体内の残存魔力は30%ほど、この調子で戦闘すれば3分と持たないだろうか。
「好き勝手してくれてるな……ハゲ」
「おや、まだ喋れる体力があるのかい?」
「ゼノの力で傷口の空間を塞いだ、荒療治だけどな」
神だった少年、ヤマトがふらふらとしながら立ち上がる。
その胸元に空いた穴は聖域の建材であろう透明な物質で塞がれている。
辺りは深い血溜まり、失血量からして意識を保っているだけでも奇跡だ。
そして、ヤマトは何故か笑った。そして、手を宙に掲げる。
「お返しだ。てめぇにプレゼントをやるよ」
「君に何が出来る、その身体では才能を使ったとしても戦闘など出来るわけがない」
「――第七権能発動『能力封印』」
ヤマトがそう告げた瞬間。ジジッとノイズが走るような音が辺りに響き渡った。
「権能!?全てシンシアに返したんじゃ……」
「悪いな、保険で一個だけ残しといたんだ、後で返すから許してくれ」
「この身体の才能を封印したか、でも無駄だよ、僕は才能の封印を解除する事が……でき……っ!?」
「俺が封印したのはカナデの才能だけじゃねぇよ、てめぇという意志の才能もだ!」
その言葉を聞いて、ハーゲンティの顔色が変わる。
まさかヤマトが権能を隠し持っていたとは。私にとっても想定外だった。
「そうか……やってくれたね……ヤマト君」
「クロセル、分析しろ」
「ハーゲンティの才能としての不死性は消滅した、今のハーゲンティは才能の残り香のような物だ」
「つまり、ここであいつの意識を奪ってカナデの人格を取り戻せば、あいつを倒せるんだな?」
「あぁ、そうだ……」
「ならやる事は一つだ、カナデを取り戻すぞ、クロセル」
「だが、我はもう魔力が……」
「それなら安心しろ、良い方法がある」
「ご主人、その身体で戦えるのか?」
「生憎様だが俺はディザビリティだ、傷害のな」
「ディザビリティだと!?本気で私達と戦う気が無かったのだな……」
ヤマトはふらふらとこちらへ歩いてくる。
そして、倒れ込むように私の胸の中に飛び込んでくる。
その身体を抱き留めながら、私はヤマトと目を合わせる。
「血だ、俺の血を使え」
「そうか、我は……魔杖クロセルは本来、血液を対価に力を発揮する魔剣」
「そうだよ、あいつを気絶させるぐらいの魔力にはなるだろ」
「だが、ご主人……それ以上の失血は命に関わるぞ?」
「気にするな、俺はしぶといからな、そう簡単には死なねぇよ」
「……分かった」
私はヤマトを抱き締めたまま、その首筋に歯を立てる。
ぷつっ、と小さな音と共に、私の口の中にヤマトの血が流れ込んでくる。
甘い。とても美味しい。
「はっ……あむっ……んぁ……ぁあ……」
理性が溶けていく。血液摂取の副作用だ。
人間で言うと、アルコールを摂取するのに近いだろうか。
一滴残らず飲み干してしまいたくなる気持ちを辛うじて抑え、私はヤマトの首筋から口を離す。
「はぁ……あぁっ……」
「一々色っぽい声出すんじゃねぇ……緊急事態なんだぞ」
「うん……分かってる、大好きだよ、ご主人様」
「だから緊急事態だって言ってるだろ……ハゲの奴に逃げられたら……」
ヤマトの身体を目いっぱい抱き締める。
あぁ、安心する。姿は変わってしまったけど、この人は私の大好きなご主人様だ。
ずっと触れていたい。でも今は……やることがあるんだ。
「クロセル、命令だ」
「うん、私、何でもする!」
「ハゲの奴をぶちのめしてやれ、意識を奪えば俺達の勝ちだ」
「分かったぁ!任せてっ!」
全身に魔力が満ち渡る。これなら、いける。
私は氷の剣を持ち直すと、一気にハーゲンティの元へと走る。
ハーゲンティは、私達に背を向けて逃げ出している。
今は武器も才能も無いのだ、賢明な判断だろう。
だが、逃がさない。絶対に逃がさない。ヤマトの、私の大好きなご主人様の命令は絶対だ。
身体強化、フルスロットル。文字通り飛ぶように地面を駆け、距離を詰める。
「はぁっ!」
「うっ……」
背後から剣を叩き付ける。
刃の部分は当てていない。刀で言う峰打ちに近い物だ。
ハーゲンティはバランスを崩し、地面に倒れ込む。
「……魔王様」
「ルツ……君は……僕を殺すのか?」
ハーゲンティは、諦めたように溜息を一つ吐くとそのまま力を抜く。
そして、地面を横に転がり仰向けになると、そのまま両手を大の字に広げて呟いた。
「君は……僕の唯一の理解者だと思っていた」
「私も、貴方は唯一の主だと思っていました」
「「でも違った」」
私とハーゲンティは、悲しげな口調で同時に告げる。
「あはは……やっぱり僕は、君のナイトにはなれなかったみたいだ」
「どうして、魔王様はどうして神を殺すことに固執していたんですか」
「……復讐だよ、魔王システムを作った神への復讐だ。僕は望まずして魔王になった数々の人間と、魔王に殺された無数の命の代弁者だ」
「殺さないと……ダメなんですか」
「あぁ、殺さないとダメなんだ」
「そう……ですか……」
本音を言えば、私も魔王様を殺したくはない。
でも、魔王様かご主人様、どちらかを選ぶとしたら、私は後者を選ぶだろう。
それほどまでに私にとって彼の存在は大きくなってしまったんだ。
「今度こそお別れだ」
「そうですね……」
「君がヤマト君を想っているのと同じくらい、僕も君を想っていたんだけどね……」
「知っています、でも……ごめんなさい」
「良いんだ、君に消されるのなら、僕は構わない」
ハーゲンティはそう言って、目を閉じる。
そして、私は剣を振り上げ、一思いに振り下ろした。
鈍い音。そして、ハーゲンティは意識を失った。
「ごめんなさい、魔王様」
これで魔王ハーゲンティは完全に消滅した。
私が、彼を殺したのだ。
湧き上がる罪悪感と後悔で、胸が苦しい。
それでも私は、ヤマトを選んだんだ。
「そうだ……ご主人!」
私は、はっとして来た道を全速力で駆け戻る。
ヤマトの傷は致命傷だ。直ぐに手当てをしなくては。
「あ、クロセルさん」
「ご主人は無事か!?」
「あぁ、ヤマトなら……」
ゼノとアカツキが立っていた場所の足元に、壁に背を預けて目を閉じたヤマトの姿が目に入る。
「応急処置……と言えるのかすら分からないけど、傷は塞いでるよ、ただ失血が酷い、このままだと心停止する……かも」
「くっ……我が血を吸ったからっ……どうすればいい!?」
「輸血出来れば良いんだけど……僕とヤマトは血液型が違うから……」
「ヤマトさん、何型ですか?」
「Bだよ、僕はA」
「なら問題無いです、私はO型なので」
「ユケツ……?血を分け与えるのか?」
「そうですね、瀬野さん、空間操作で輸血出来そうですか?」
「やってみる」
アカツキが地面に膝をつき、手を差し出す。
ゼノはその手首を片手で握ると、意識を失っているヤマトの片腕を握る。
「手から手への物質転送は飽きるほど練習したからね、出来る……はず」
ゼノはそう呟くと、静かに目を閉じ、集中する。
それから何秒経っただろうか。私には悠久の時に感じられた。
そして、暫くするとゼノは目を開き、二人の腕を離す。
「はぁ……多分、成功した。アカツキさん、大丈夫?」
「結構持っていきましたね……まぁ、私は平気です」
「良かった。じゃあクロセルさん、傷の治療をお願い、傷を塞いだら体内の異物は除去するから」
「うむ、任せておけ」
私は心の中でほっと一息つく。ヤマトが死なずに済んだ。それだけで私にとっては十分だった。
「私はカナデさんを見てきます、気絶したまま放置という訳にはいきませんし」
「僕も行くよ、ヤマトのことはよろしくね、クロセルさん」
そう言って、アカツキとゼノは歩いていく。
残されたのは、眠ったままのヤマトと私。
回復魔術で胸の傷を塞ぐと、私は力を失うように地面に尻餅をつく。
あぁ、眠い。ぐちゃぐちゃになった頭と、消耗しきった身体。
私に本来睡眠は必要無いのだが、今だけは何も考えずにただ眠りたかった。
ヤマトの横に座り、背を預けると、首を傾げてヤマトの肩に乗せる。
そして、その手を握って、私はゆっくりと目を閉じた。
どうか、この一日が泡沫の夢ではありませんように。
もう二度と、何よりも大切な彼の事を忘れませんように。
そんな願いを抱いて、私は静かに意識を手放した。




