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偽神墜堕

「お言葉ですが、本当に良かったのですか?」


「何がだ」


「神様が選んだその身体ですよ、その身体は才能を持たないどころか……」


無才(ディザビリティ)の持ち主だろ、分かってる」


「他にも優秀な依り代はたくさんありました、何故その身体を……?」


「まぁな、俺にはこれが一番しっくりくるんだよ」


 俺は聖域で教皇と言葉を交わしていた。

 あれから何千年経ったのか。数え切れないほど転生を繰り返した。

 記憶は曖昧で、もはや自分が誰だったのかも思い出せない。

 それでも確かな事が一つある。俺はハッピーエンドを望んだんだ。

 顔も名前も思い出せない、大切だったはずの人達を幸せにする為に。


「それと、もう一つ。神様を討とうと迫る彼女達を、本当に迎撃しないのですか?」


「あぁ、福音使徒には誰一人あいつらに手を出すなと命令しておけ」


「神様無くして、これから教国はどうすれば良いんですか……」


「お前達には悪いと思ってる、ここまで俺が生きてこれたのは聖教会のお陰だ、その恩を仇で返す事になるのは、悪いな」


「滅相も無い!我々が神様にして頂いた事の方がとても尊く重い物です、寧ろ神様に貰った恩を返しきれないのが我々の心残りで……」


 教皇イヴ・エンド。神である俺の忠実な部下だ。

 長く生きる内に、俺は表情や仕草から嘘と本当を見抜ける能力を手に入れた。

 そして、こいつは本気で言葉の通りの事を思っている。本当に良く出来た人間だ。


「なぁ教皇、お前は知ってるんだろ?」


「……何をでしょうか?」


「CCだよ、持ってるだろ、俺が本当の神じゃない事は分かってたはずだ、それでも何故お前は……」


「そんなの簡単な話ですよ、ただ居るだけで何もしない真実の神よりも、民の為、教国の為に今まで尽力してきた偽物の神の方が、我々が信仰するに足る物だった、それだけの話です」


「なるほどな、数千年前から抱いてた疑問がやっと分かってすっきりしたよ」


「……?数千前に私は居ない筈ですが……」


「気にするな、それよりここは危険だ、もう行け」


「……分かりました。ご武運を、神様」


 教皇は俺に深いお辞儀をする。

 一分程経過した。教皇はゆっくりと顔を上げ、そのまま聖域を後にした。


「ラプラス……俺の選択は、正しかったのか?」


「はへ?どれの事です?」


「俺が過去に戻り神になった事だ。俺は思うんだ、あのまま神を殺していた方が幸せだったんじゃないかって」


「さぁ……知りませんけど?あっでもでも?ボクとしてはヤマト様の方法が好みですかね」


「そうかよ」


 いつからか、その少女は俺の脇に立っていた。

 どうやら彼女の事は、俺以外に見えないらしい。

 時の調律師ラプラス。見た目こそ可憐な少女の姿をしているが、その中身は悪魔と呼ぶに相応しい邪悪な心を持っている。

 だが、彼女の力なくして、俺はこの結末に辿り着くことは出来なかった。

 だから、感謝はしている。どうやっても、好きにはなれないが。


「さて、時間ですね」


「あぁ、そうだな」


 ラプラスの瞳が青く光る。

 黒髪に碧眼の少女、誰かとはまるで正反対だ。

 誰だっただろう、思い出せない。とても大切な事だったはずなのに。







 そして、運命の時は訪れる。

 正面の通路から聖域に足を踏み入れた人間が4人。


「……貴方が、神なの?」


「あぁ、そうだ」


 中央に立ち、俺に問い掛けてくるのは黒髪の少女。

 断片的だが、記憶が蘇ってくる。

 ……この子は、確か。


「その姿で会った事は無かったな」


「……?私は貴方と初対面の筈だけど」


「そうだったな。良く思えば、俺はお前の本当の名前すら知らなかったんだ……聞いても良いか?」


「これから殺す相手に名乗る必要があるかは疑問だけど、まぁいいよ、私はカナデ、鳴無(オトナシ) (カナデ)だよ」


「そうか、良い名前を持ってるじゃねぇか……俺はヤマトだ」


「神に名前は無いのでは無いのですか?」


 俺とカナデの会話に、一人の女性が口を挟む。彼女は……


「アカツキか……」


「何故私の名前を?それと質問に答えて下さい」


「神に名前が無いのは神を唯一の存在にする為だ、だがお前達は神が一人じゃない事をもう知っている、つまり隠す必要はない」


「なるほど、確かにそうですね」


「……ヤマト、僕を覚えてる?」


 黒髪の少年。瀬野 充。

 確かこいつはこの座標で俺が過去に行った事を知っている。

 それは辻褄合わせの為に修正された過去だが。

 そして、最後に。


「貴様、何を考えている?ここまで福音使徒や勇者の妨害が無いどころか、聖域で一人、丸腰で座っているとは」


「お前は……」


「魔杖クロセルだ、マスター、我は予定通りこいつを殺して良いんだな?」


「そうだね、やっていいよ、クロセル」


 クロセルと呼ばれた少女。

 美しい白髪に吸い込まれるような赤い瞳。

 白と黒のゴスロリドレスに透明な氷の剣を携えた、可憐な少女。


「グレモリーとシェル公は居ないんだな……」


「役者が違いますからね、完全に同じ筋書きとは行きませんよ、まぁボクなりに頑張った結果なんで?褒めて下さいね?」


 ラプラスが嬉しそうに顔を綻ばせて首を傾げる。

 なんだか一発ぶん殴ってやりたい気分なのだが、ラプラスは俺以外の誰にも見えていない。殴っても虚しいだけだろう。


「……今からお前を殺す、覚悟は良いな?」


「あぁ」


 クロセルが俺に剣の切っ先を向ける。

 その視線には明確な殺意が込められていた。

 だが、自然と不安は無かった。既に心は決まっていた。俺は最初から、こうする為に神になったんだ。


「……何故だ」


「どうした?」


「何故……抵抗しない!我を舐めているのか!?抵抗しないからと言って情けをかけるとでも!?」


「いや、そんなことはない」


「なら何故!」


 震えていた。俺ではない。

 目の前の彼女の肩が、震えていた。


「何故……なんだ……」


「クロセル?」


「私は……貴方の事なんて……何一つ知らない……」


「あぁ」


 俺は目を閉じて静かに答える。

 あの頃とは、身も心も変わってしまった。

 今の俺は、もはや前の座標の俺とは別人なんだろう。

 そもそも、今目の前にいる彼女は、俺の知るクロセルではない。

 俺と出会わなかった可能性を辿ったクロセルだ。

 だから、分かるはずがない。

 あの時に交わした約束も、何も意味なんて無かった。価値なんて無かったんだ。


「なのに……なんで……」


「……」


「どうして貴方は、そんなに優しい目で私を見るんだ!」


「数千年の間、願い続けた望みが叶うんだ。お前の為だ、俺はお前の為にここまで来た、だからお願いだ、クロセル」


「やめろ……嫌だ、聞きたくない!」


 クロセルが頭を抱える。そんな彼女を、俺は優しく見下ろしながら、望みを告げた。


「――俺を殺してくれ」


 俺は両手を広げて、小さく笑った。

 そんな俺を真っ直ぐ見据えたクロセルは、震えた手で剣を振り上げる。


「待って、クロセル」


「……なんだ、マスター」


「死にたがってる奴を殺すのは、なんか……癪に障る、私達の目的はシンシアに権能を返す事、そうでしょ?」


「この男を……神を殺さないのか?」


「私個人としては特に恨みとかないし、確かにこいつが今までやってきた事は許されない事だけど、この偽物の神は私達に一切手を出さなかった、殺す理由、無くない?」


「確かに、私もこの人は悪い人ではない……気がします、もちろん、最終決定はカナデさんに任せますが」


「僕も……ヤマトには死んでほしくない」


 カナデが淡々とそう告げたかと思えば、それぞれが自分の意思を表明する。

 クロセルは、はっとした顔で剣を降ろすと、小さく安堵するように溜息を吐いた。


「ふっ……ふん!命拾いしたな、我のマスターが寛大な事に感謝するが良い」


「……要するに、シンシアに権能を返せば、俺は生かして貰えるのか?」


「そういう事になるのではないか?」


「そうか……この流れになるのは予想外だったな……」


 よく考えれば分かる事だ。俺に思い付いてカナデが思い付かない筈がない。

 俺の思い描いたハッピーエンドの中に、俺も居て良いのだろうか。

 もはや償いきれない罪を背負った俺が、生きていて良いのだろうか。

 両手を下ろし、自分の掌を見つめる。そしてゆっくりと立ち上がると、片手を空に掲げた。


「ほら、持ってけよ、シンシア」


 身体の奥底にあるロックを外す。俺の中に封じ込められていた七つの膨大な力が、天に還元されていく。

 1、2、3、4、5、6。これでいい。

 俺の掌から放たれた白い光の塊は、聖域の天井を突き抜け、真っ直ぐと月、シンシアの元へと還って行った。

 これで、俺は神ではなくなった。


「満足か」


「私は満足、シンシアの御告げもこれで果たせたしね」


 カナデは俺に向かって一つ頷いたかと思えば、目を閉じて小さくよろける。

 だがそれも一瞬。姿勢を直すと、カナデは目を閉じたまま俺に向けて片手を突き出した。


「じゃあ……」


 そのままカナデが一歩ずつ俺に近付いてくる。

 やがて、その手が俺の胸に触れた。

 その瞬間、カナデは目を大きく見開いて笑った。


「――死 ん で く れ る か い?」


 刹那、俺の視界は真っ白に染まる。

 遠い爆発音、それが自分から発生している物だと気付くのに、数秒の時間を要した。

 何が起きたのか理解が追い付かないまま、俺は地面に膝をつく。


「ごほっ……」


 カナデが触れていた胸元を抑えながら、俺は喉元にせり上がってきた血を吐き出す。

 痛覚が無い為、何かをされたのは分かっていても何をされたかが分からない。


「マスター!?何を!?」


「微妙に急所を外した?いや、外部からの干渉か、となるとあいつもここに居るようだね」


「カナデさん……?じゃないですね、誰ですか?貴方は」


「流石は直感の才能だ、一瞬で彼女ではなく僕だと気付くとは」


 損傷を確認。胸部の空間が大きく抉り取られた。

 辛うじて心肺は無事だが、致命傷な事に変わりはない。

 状況が理解できない、目の前にいるこいつは誰だ?カナデじゃないのか?


「何者だ……マスターの身体を乗っ取るなど!」


「名乗るほどの者では無いよ、ルツ」


「……どうしてその名前を」


「おっと間違えた、君はクロセルだったね」


 "何者か"がカナデの身体を乗っ取り、動かしている。

 そして、あの男がルツという言葉を出した瞬間、クロセルの表情が凍り付いた。

 クロセルの……本名なのか?俺でも知らない事を知っている存在、そんなの……


「魔王……様?」


「……最後まで君にはバレたくなかったんだけどね。そうだよ、僕だ。魔王ハーゲンティ……の意志の才能だ」


「思い出したぞ……ハゲ、てめぇ……」


「ヤマト君、君はどうやら勘違いしているようだね。僕の目的は"神を殺す事"だ、シンシアに権能を返す事じゃない」


 カナデの身体を乗っ取ったハゲの奴は、俺達に向けてそう笑顔で言い放つ。

 この男は味方だと思っていた。良い奴だと思っていた。

 だが違ったらしい。この男は、神を殺すという目的、自分の意志の為ならば手段を問わない。俺と同じ外道だ。


「かはっ……」


 血が止まらない。命が尽きるまでのカウントダウンが始まっている。

 結局、俺はここで終わりなのか?

 だがそれでも良いだろう。当初の予定では、俺は死ぬはずだったんだ。

 俺が居なくても、ハッピーエンドは成立するんだ。




 意識が遠のいていく。痛みはない。苦しくもない。

 ただ、寂しさだけが残った。

 俺はこの座標で、孤独なんだ。


「……だ」


「クロ……セル?」


「嫌だ、私は!もう二度と!ご主人を失いたくない!」


 クロセルが剣を取り、ハゲの元へ走る。

 ご主人?マスターではなく?それは確か……


「どういうことだラプラス……前の座標の記憶は……」


「あはっ?言ったでしょうヤマト様、ボクは愉快な物語が好きなんだ、その為ならば不整合や例外をあえて残すこともある」


「あのクロセルは……俺の事を?」


「まぁ、思い出せるかどうかは賭けでしたよ?ボクがやったのはあくまでも彼女の記憶を世界記憶から削除しなかっただけ。彼女のやってることは前世の記憶を呼び覚ますようなもんですから、一種の奇跡です。愛の力って凄いですね!」


「……今回ばっかりはお前に感謝するよ」


 ラプラスが俺に向けてウインクする。溜息の代わりに血反吐を吐きながら、俺は事の一部始終を朧げな意識で見届けていた。

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