Cynthia
「はっ……そうか、シンシアってそういう意味かよ」
俺は笑う。目の前に広がっているのは白い大地。
そこに人型は、動物は、生物は、存在しない。
――ここは月面だ。
いや、少し違うか。月によく似ているだけだ。ここは地球のある世界ではないのだから、正確には月ではない。
シンシア(地上の方、ややこしいな)の衛星であり、生命を創り、才能システムを作り出した神。それがこの星だ。
神は人ではなかった。当然の事だが、どうもしっくりこなくて笑えてくる。
「Cynthiaは月の別名だ、女神の名として使われる事もある、月であり神である存在、だからCynthiaか……なるほど良く出来た名前だ」
恐らく、これも"後付け"なのだろう。
Cynthiaは地球の言葉だ。つまり、名付けた人間は地球の人間。
文明が生まれた頃から存在していて、地球の人間と言えばエルしか居ない。
まぁ、今回はエルは来ない。エルには"別の役割"があるのだから。
「シンシア、いや……今はまだ"ただの神"か、まぁいい、お前は今日からシンシアだ」
声が聞こえているのかは分からないが、一応伝えておかねばなるまい。
今から俺は転生する前の俺に戻る。力を使って奪い、悪の道を突き進む邪道。その権化に。
「今からお前の権能を奪う、拒否権はない、せいぜいそのでかい身体で取り返してみやがれ」
俺は悪い笑みを浮かべてそう告げると、月面に手を付ける。
エルに出来たんだ。俺に出来ない道理はない。
「っ……」
手を付いている部分の奥、この星の奥底から、力を感じる。
膨大な力だ。才能指数10の力を何個並べても足りない。
これが神の力、圧倒的だ。
だが、俺は、それを奪う。その意思を抱く、それだけで良かった。
ドクンと大きな力の塊が掌から身体へと流れ込んでくる。
1回、2回、3回、4回、5回、6回、7回。
「かはっ……まずっ……」
権能は七つだけじゃなかったのか。力はまだ流れ込んでこようとする。
慌てて手を離すが、七つの権能を宿しただけでも、俺の身体を破壊するには十分すぎた。
「確か権能一つに付き寿命が1割削れるんだったな……」
ぜぇはぁと息を切らしながら、胸を抑える。
ここから先は悪逆無道の道だ。俺はこれから、無数の命を喰らって生きていくことになる。
多くの命を犠牲に、大切な人達を守る。酷く利己的な生き物だ。だが人間とは、そういう生き物なんだ。
俺は自分が間違っているとは思っていない。悪を貫くには、そういう考え方でもないとやっていられない。
「そういう意味では、エルも甘かったな、多分……俺の方が向いてるぜ、この役割はな」
「あはっ……あはははははははは!やりやがりましたねぇ!ヤマト様!」
「っ……てめぇは!?」
俺の後ろから高笑いが聞こえる。
慌てて振り返ると、そこには……見覚えのある奴が居た。
「どういう事だ、何故お前がここに居る!」
「いや~そんな警戒しないでくださいよ、今のボクはまだ貴方に何もしていないはずでしょ?」
魔剣の悪魔。ラプラス。
それが、ここに居る。ここはあの時間座標から数千年以上前であるはずだ。
そして、この笑い。こいつは確実に"知って"いる。
「説明必要です?しょうがないですねぇ……ボクの正体は、魔剣でも悪魔でもありません、時の調律師ラプラス、それがボクだ」
「時の調律師?大層な名前だな、お前には悪魔ラプラスの方が似合ってるよ」
「ボクもそう思います!まぁ、残念ながらこっちが本名なんですよねぇ、ぶっちゃけダサいんですけど」
「魔王の名前は全てソロモン72柱の名前を冠している、だがそこにラプラスという名の魔神は居ない、お前が普通の魔剣じゃない事は分かってたが……」
「あれ?気付いてたんですか?まぁその通りですよ、ボクは魂器作成で作り出された器に憑依していた人外、ジャンルとしては神の類ですかね」
「それで、今度は何をして俺の邪魔をするつもりだ?」
「あはっ?そんな警戒しなくて良いんですよ、今回ばっかりはボクは貴方の味方だ」
「味方だと?」
「貴方の計画は自分がエルの代わりに"偽りの神"になり、エルがヤマト様の立ち位置となる、簡単に言えば役割の入れ替えだ」
「……そうだが」
「もちろん、それを実行するにあたって不整合が起こる、例えば『ヤマト様が偽りの神になった場合、ヤマト様が過去に行くという未来が発生しない』という不整合、これを辻褄合わせするのがボクの役目なんですね」
「どう辻褄を合わせるつもりだ」
「簡単ですよ、エルさんと同じ『ヤマト様がこの世界に来た後、偽りの神を無視して真の神であるシンシアから権能を奪う為に過去に向かった』その結果が今、ということになります」
「待て、その場合……今の俺の記憶は」
「安心してください、それを決めるのもボクの役目だ、ボクは愉快な物語が好きなんですよ、この世界を愉快な物語とする為ならば、ちょっとした例外や不整合も見逃すのがボクのやり方です、そして今回ボクは貴方の味方だ」
「つまり、俺の記憶はこのまま、未来の俺の行動だけが書き換えられるということか」
「それが出来るのがボクなんでね」
自信満々に告げると、ラプラスはウインクする。
それを見て俺は溜息を吐くと、小さく頭を抱える。
最低最悪な敵だったラプラスに力を借りる。
不本意だが、こいつの手助けが無ければ俺は目的を果たせないだろう。
「俺は地上に戻る、お前はどうするんだ」
「もちろん着いていきますよ、貴方が望んだ結末を迎えられるようにサポートするのが、ボクの役目ですから」
「そうかよ」
にっこにこのラプラスを無視して俺は才能を発動する。
時空間操作は無論、空間操作も可能だ。こうして俺は一瞬にして地上に着く。
"致命的なエラーが発生した為……
破損箇所のある才能を破壊します『時空間操作0』"
いつもの警告文が頭に流れる。
しかし、いつもの痛みがない。何故だ?
「神の権能『使徒命令』の副作用ですね、勇者と感覚を共有するんですけど、痛覚まで共有したらショックで死んじゃうので神には完全に痛覚が存在しません」
「おい」
「あと転移先に人里を選んだのは偉いですね、今のヤマトさんは才能の解放も出来ませんから野垂れ死んでたかもしれません」
「なんで当然のようにお前が居るんだよ……」
「あはっ?」
俺は自分一人だけを転移させた筈だ。つまりこいつは自力で俺に着いてきたという事になる。
「なんでもありかよ……」
「えーヤマト様がそれ言います?」
ニヤニヤと笑っているラプラスを無視して、俺は歩き出す。
ここは神が生命を創り、文明が出来た直後だ。
まずは人里で神の権能を示し、信仰を得る。そして次の身体を見つける。
俺の肉体に残された時間は長くない。失敗は許されない、心を鬼にして取り組まねば。
「まぁボクのサポートもありますから、志半ばでヤマト様が倒れる事は無いように善処します」
「お前も心が読めるのか?」
「いえ?でも未来は見えます」
「俺の未来は明るいのか?」
「まぁ、万事うまくいけば目的は果たせますよ、ボクの力があればね」
「それ、お前の力を借りなければ俺が失敗すると言ってるようなもんだよな」
「えぇそうですがなにか?え?えっ?自分一人の力でこの先数千年の未来を決定できるとでもお思いで?ぷっ、あはははははははは!」
「やっぱ俺おめーのこと嫌いだわ」
こうして俺(と不本意ながらラプラス)の偽りの神としての人生が始まった。




