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白と紅

「この座標の未来は確定した」


 私は手元の紙に浮かび上がった文字列を読み上げる。

 ラプラスからのメッセージだ。恐らくは最後の。

 あとは予定調和。私は用意されたシナリオをなぞるだけだ。

 それは決してハッピーエンドでは無いけれど。


「神様、報告です」


「大凡予想は付きますが、聞きましょう、クラウス」


「用意していた二箇所の迎撃地点ですが、双方突破されました」


「敵の損害は」


「魔剣グレモリー、魔杖クロセルを無力化しました」


「よりにもよってその二人ですか……人間の方を一人も殺せないとは……」


「恐らく間もなく聖域に到達します、福音使徒を集めていますが……恐らく……」


「時間稼ぎにすらならないでしょうね」


 私は溜息を吐く。

 私の前の前、要するにエルの前の身体は優秀だった。

 卓越した剣術の才能。勇者じゃないのが惜しいほどに。

 エルの身体も悪くはなかった。飛び抜けた才能はないが、才能の数は良好、汎用性は高かった。

 それに対して、今の身体は力不足だ。戦闘系の才能は杖術3のみ。

 創造、天罰覿面、能力封印は全て防御系の権能である。これだけでは人は殺せない。

 今回は生き残るだけではダメなのだ。必ず、ヤマトを殺す必要がある。


「お言葉ですが……魔杖クロセルが戦闘不能になったので結界は消滅しました、ここは上層から脱出するべきでは?」


「ラプラスの予言が正しければ、ヤマトが生き延びた場合、確実に結末は私の死という座標に至る」


「私にはよく分かりませんが……」


「説明するのも面倒ですね、要するに『ヤマトが生き延びた場合』に『今の時間座標で私が生存している』という可能性が消えるんですよ」


「おかしな話ですね、それではまるで、これからヤマトさんが生き延びた場合、何らかの手段で過去に行き、神様を殺す……と言ってるような」


「惜しいですね、実際はその逆です」


「……?」


「まぁ、貴方に話しても意味がないことです、ただ事実は一つ、ここでヤマトを殺さなければ、私は死ぬ」


「分かりました、何としてでも神様をお守りします」


「えぇ、善処しなさい」


 元から期待はしていない。それはお互い様だろう。

 私はヤマトのように頭が回る訳では無い。

 私は神だが、所詮は神の権能を宿しただけの人間なのだ。








「これが最終防衛ラインか」


「みたいですね」


 俺達が空間の穴を抜けると、そこには一面が透明なガラスのような建材で出来た広い空間が広がっていた。

 ここが聖域。神の、いや……エルの住む場所だ。

 俺たちはその端に立っていた。そして、そんな俺達を取り囲むように十数人の福音使徒。

 その中には、俺の見知った人物の姿もあった。


「お前は……クラウスだったか」


「覚えてもらえてるとは光栄だね、世界の反逆者」


「世界の反逆者……か、確かにそうだな、俺によく似合う、良い響きだ」


 福音使徒の先頭に立つ青髪の青年。エルによく似ている。

 クラウス・シュルツヴェール。エル・シュルツヴェールの……いや、クリスタ・シュルツヴェールの兄であり、教皇に次ぐ地位を持った福音使徒だ。


「お前はエルに妹を奪われた、それでもお前は神に忠誠を誓うのか?」


「神様の依代に選ばれるのはこの世で最も光栄な事だ、これはクリスタにとっても幸福な事だったんだ」


「どうだか。神に身体を奪われるのは死ぬのと同じだ。神の権能を宿した人間は寿命が縮む。例え神が次の身体に移っても、その頃にはお前の妹の寿命は尽きる」


「クリスタは……神に感謝しながら逝ったと聞いている……」


「……狂ってるな、お前も妹も」


「黙れ!狂っているのはお前達の方だ!崇高なる神様を殺すだと?そんな事が許されて良いはずがない!」


 クラウスは大きな声で叫び、剣を構える。

 分かっている筈だ。彼らでは俺達に勝てない。

 それよりも衝撃な事実が、俺の心を揺れ動かす。

 クリスタが死んだ。俺と旅をしていたあの子はもう居ない。

 つまり、今のエルは新しい肉体を得たということだ。

 また……神の犠牲者が一人増えたことになる。


「ダーリンに剣を向けるとは良い度胸じゃないか、福音使徒」


「この数でクラウスはそこそこ腕が立つ、いけるか?」


「無論問題ない、魔杖クロセルの身体強化魔術があるからな」


「そうか、分かった……やれ」


「仰せのままに」


 俺の言葉と同時に、シェル公がクラウスの懐に飛び込んでいく。

 そこから先の戦いは、一方的であった。

 シェル公が氷の剣でクラウスを相手取る。数回の打ち合い、それだけでクラウスは姿勢を崩される。


「ごめんね」


 瀬野の呟きと同時に、乾いた音が響き渡る。

 そして、クラウスは大きく仰け反ったかと思うと、そのまま静かに倒れる。

 何が起きたかなど、今更語るまでもないだろう。瀬野の拳銃でヘッドショット、即死だ。


「命中精度おかしくないか?」


「あはは……時間を止めて丁寧に狙ってるから、当てられない方がおかしいよ」


「それとお前……殺しに躊躇いが無くなったな」


「そうだね……僕はもう変わったんだ」


 そんな短いやり取りをしている間に、シェル公は一人で無数の福音使徒を相手取り、薙ぎ倒していく。


「あの男を狙え!神様はあの男さえ殺せれば良いと仰っていた!」


「……俺?なんでだ?」


「分かりませんが死なないでくださいね」


 福音使徒の一人がそう叫ぶと、福音使徒が四方八方から俺目掛けて一斉に襲いかかってくる。

 獲物は剣が殆ど。福音使徒は兵士ではない。神官である。故に戦闘においては素人だ。才能も持たない。

 360度全方位から剣戟が飛んでくる。それを俺は鉄の棒で受け流し、踊るように回避していく。

 当然だが、こちらから攻撃をしても無駄だ。回避すること、生き延びることだけを考えていれば、負けることはない。

 相手を殺そうと生き急いだ瞬間こそが、戦闘において最大の隙、それを常に晒し続けているこの福音使徒達は、生き残れない。


「がはっ……」


「……最後か」


 気が付けば、シェル公は相手していた全ての福音使徒を無力化していた。

 当然、俺を取り囲んでいた福音使徒も同じだ。


「見事な屍の山だ」


「あまり見ていて気持ちのいい物ではないですね……」


「さて、遂にご対面だな」


 倒れた福音使徒達を跨いで俺達は先に進む。

 透明な建材で出来たとても広い空間。

 その中央に位置する玉座のような場所に、彼女は居た。


「久しいな、エル」


「久しぶりですね、ヤマト」


 椅子から立ち上がる、緑髪の少女。真っ白な服を着ている。

 それに対して、俺達は真っ赤だ。身に付けているものは全て血に染まっている。

 これは俺達の罪の証。


「この際ですから一々咎めるような面倒な事はしません、貴方達の目的は分かっています」


「それは話が早いな。シンシアの為、世界の為に死んでくれるか?」


「世界の為?笑止千万。貴方達の行為は紛れもない世界への反逆です」


「俺達が間違ってるんじゃない、この世界が間違ってるんだ、だから俺達はそれを正す必要がある」


「……そうですね、認めましょう。私は確かに、この世界の本当の神とは言えない、偽りの神、その表現が正しいかはともかく、間違いだと一概に否定できないものである事は事実です」


 シェル公が一歩踏み出す。それを俺は手を横に突き出して制止する。

 対話の余地があるならば、それに越したことはない。平和的解決が一番だ。


「一つ提案がある、シンシアに大人しく権能を返すつもりはないか?」


「良いですよ、ただし条件があります、ヤマトが今ここで死んでくれるならば。どうです?」


「なぜお前は俺の死に固執する?そんなに俺が憎いのか?」


「前も言ったはずです、『私とヤマト様は殺し合う関係』であると」


「どちらかが死なない限り……この問題は解決できないと?」


「そうですね、そうなります」


「……どうしても、戦わなければならないのか」


「貴方は"今"私を殺す必要がなくても、どうしても私は"今"貴方を殺す必要がある、分かって頂けますか?」


「あぁ、分かったよ。俺は……お前を殺す、いいな、エル」


「無論、大人しく殺されるつもりは更々ありません、私はここで貴方達を殺します」


 神の少女は椅子の横に置かれた杖を手に取る。

 教皇の持っていた身体を支える為の杖というよりは、魔術師が持つ杖というイメージのデザインだ。

 そして、神の少女は杖を構えると、もう片方の手で杖に手をかざす。


「目覚めなさい、バアル」


「っ!誰でも良い!あの杖を破壊しろ!」


 俺のその一声が、戦闘開始の合図だった。

 真っ先に先頭に躍り出たのはシェル公。氷の剣を構えて神に肉薄し、その杖を叩き切ろうとするが……


「パリン!」


 氷の剣が砕け散る音が響いた。

 シェル公の剣を受け止めた"なにか"。

 それは煙のように曖昧な物から、一瞬にして実体を得る。


「ようやく出番か、今は何年だ?」


 現れたのは小麦色の肌の背の高い男。

 白髪の頭に赤い鉢巻のような物を巻き付け、両手に五枚刃の鉤爪のような武器を付けている。

 その赤い瞳から放たれる視線は鋭く、睨まれただけで動けなくなってしまいそうだ。


「魔剣……ラプラスだけじゃなかったか……」


「教えてあげましょう、貴方達の知らなかった最後の権能、第五権能は『魂器作成』……魂の器を作る力、『創造』と合わせて聖剣作成とも言われますね」


「なるほどな……『創造』で生み出した剣などの武器を『魂器作成』で魂の入れ物にしたのが聖剣ってわけか」


「……俺を使うって事は、よほどの緊急事態みたいだな」


「えぇ、緊急事態です。原初の魔王バアル、貴方の活躍を期待しています」


「全員殺せば良いんだな?」


「えぇ、特にあの男を優先して殺して頂けると」


「良いだろう、任せろ」


 魔剣バアルはふっと小さく笑うと、目の前のシェル公に蹴りを放つ。

 危機を感知したシェル公はそれとほぼ同時に飛び退く。紙一重で躱した。


「やはり劣化コピーでは武器として心許ないな、複製(ディプケーション)


 シェル公の手に氷の剣が生まれる。ん?あいつ魔術なんて使えたか?


「あれもシェル公の才能だ」


「なんでも複製出来るのか?」


「構造を完璧に記憶している物であればな、彼女は記憶操作で自身の記憶を永続的に保持できる故に、その制限も無いに等しいが」


「あと心を読むな」


「緊急事態につべこべ言うでない、それより来るぞ」


「分かっ……っ!」


 恐ろしく速い。十メートルはあったであろう間合いを一瞬にして詰められた。

 そして、鉤爪が二方向から飛んでくる。

 鉄棒で一撃を防ぎ、鉤爪の刃に棒を引っ掛けると、コンマ数秒後に突きの動作で放たれた鉤爪向けて振り下ろし、受け止める。


「ほう、ガキの癖になかなかやるな」


「後ろががら空きだ!」


 鉄棒で両手の鉤爪を振り払うと、そのまま飛び退く。

 追撃に前傾姿勢になった魔剣バアル。その背後には剣を振りかぶったシェル公の姿。

 死角からの一撃。魔剣バアルの肩口に見事に入る。

 が……


「パリン!」


「なっ……」


「効かねぇんだよ、そんな攻撃」


 バアルは攻撃を受け止めた訳ではない。間違いなく受けたのだ。

 だが、シェル公の振り下ろした剣は、バアルの肉体に触れた瞬間、砕け散った。

 それが意味するのは、あの肉体が恐ろしい硬度を持っているという事だろうか。

 考えられるのはやはり、才能。覚えている。あれと同じような芸当をやってのける人物を。

 アシュバル・ゴッドフリー。クロセル救出任務で仲間になり、勇者ニコラスに討たれて別れる事になったあの男だ。

 彼の持っていた「強靭」の才能。あれと同質の才能を持っていると考えるのが無難だろう。

 だとすれば、中々に厄介な相手だ。


「クロセル!こいつは強靭の才能を持ってる!そうだな!」


「あぁ、確かに『強靭7』の才能を持っている」


「チッ……やっぱりそうか」


 どうする?俺はもとよりディザビリティだ。

 こいつが強靭の才能を持っていようと関係ないが、仲間は違う。

 特にシェル公の剣や瀬野の銃が効かないのは致命的だ。


「くっくっく……残念だったなぁ、お前達の攻撃は俺に効かない、諦めて、死ね」


 魔剣バアルの、死刑宣告が響き渡った。

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